鬼滅版トワイライト   作:クッキーマロン

55 / 77
取引

 

澪の結婚式から10日後、しのぶはお館様のお屋敷に来ていた。理由は簡単、お館様に呼び出されたからだ。

 

お館様のお内儀、あまねに連れられ、案内されたのは寝室だった。

 

「蟲柱、胡蝶しのぶ様がいらっしゃいました。」

「通しておくれ。」

「どうぞ。」

 

あまねに促され、しのぶは中に入り、一礼した。

 

「よく来てくれたね。」

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます。」

「ありがとう、しのぶ。忙しいところすまないが、君にお願いしたいことがあってね。聞いてくれるかい?」

「もちろんです、なんなりと。」

「昨日、澪から手紙が届いたんだ。」

 

澪の名前が出て、しのぶの肩がピクリと揺れる。

 

「新婚旅行のお土産と一緒にね。手紙には直接お渡しに行けなくて申し訳ないと書いてあったんだ。どうも体調が良くないみたいでね。」

「体調不良、ですか…」

 

しのぶは胸騒ぎがした。脳内に警報が鳴り響いてやまない。

 

おかしいとは思っていた。澪は新婚旅行から帰ってきても、蝶屋敷に来ることはなかった。澪は結構義理堅いので、挨拶に来ると思っていたが…

 

「どうも心配でね、胸騒ぎがするんだ。君は澪と親しいだろう、様子を見てきてくれないかな。」

「…御意。また報告しに参ります。」

 

 

 

とはいえ、澪が今どこにいるのかさえ知らななかった。司との新居に行ってみたが、そこは空っぽだった。ならあそこしかないと考え、東城家に向かう。屋敷に着くと、武流が迎えた。

 

「やぁ、しのぶ。久しぶりだね。元気だったかい」

「えぇ、わたしは。それより、澪はここにいますか?いないなら、どこにいるのか教えてください。会って話をしたいのです。」

「そうか…今はちょっと…都合が悪いんだ。あとでも構わないかい?」

 

しのぶは少し呆気に取られた。"都合のいい時間"などない。それはお互いにわかっている。

 

「しのぶ様、ですか?」

 

その時、2階から声が聞こえてきた。声がした方に首を向ける。

 

「やっぱりここにいるんですね。」

「あぁ…」

 

急いで2階に上がると、広い居間に、東城家全員が集合していた。

 

澪はソファーに座っており、彼女の目の前には百合がいた。百合はしのぶを食い入るように見ている。まるで、澪に危害を加えないか、念入りに観察しているかのように。

 

でもしのぶがその場に立ち尽くしているのは、百合がガン見してくるからではない。司だ。司の顔に浮かんだ表情のせいだった。

 

苦悩を超越した何か。尋常ではない目つきが、それを物語っている。まるで誰かに火を放たれたかのような顔だった。

 

そんな司を横目に見ながら、しのぶは澪のそばに座る。 

 

頬がこけて、目の下にクマがある。お世辞にも、体調がいいとは言いがたい状態だ。

 

「澪、なんだか…やつれましたね。」

「えぇ、でも…会えて嬉しいです、しのぶ様。」

「わたしもです。どうしたんです、どこか悪いのですか。蝶屋敷に来ないから、心配していたんですよ?」

 

すると澪は百合の方を向いて頼んだ。

 

「手を貸してくれる?」

 

百合は顔を曇らせたが、澪の上にかがみ込むと立たせるのを手伝った。

 

「や、やめてください、立たなくてい…」

「質問に答えるんです。」

 

澪はやめろというしのぶを遮り、ピシャリと言った。

 

立ち上がった澪の身体は膨れていた。肩や腕のあたりはゆるゆるなのに、腹部は異様に丸みを帯びている。

 

他の部分、顔や手足は痩せている。まるで大きな膨らみが、澪から吸い取ったものを糧に成長したようだ。

 

しのぶが最後に澪に会ったのは結婚式の時だ。あれから2週間経ったか経たないかだ。

しかし、澪の腹部はどう見ても妊娠後期、8ヶ月くらいに見える。

 

見たくない。考えたくない。想像したくない。知りたくなかった。でも、知ってしまった。

 

間違いない。澪は妊娠している。

 

澪の身体は歪められ、顔は骨が突き出しそうだ。こうなったのは、体内の何かが澪の生命力を奪い、飢えを満たしているからとしか考えられない。

 

なぜなら、そいつは化け物だからだ。

 

しのぶは、やっぱり止めればよかったと後悔した。司との交際自体を、それ以前に鬼と関わること自体、やはり間違いだったのだ。

 

これは想定していた中で最も最悪のパターンだ。でも、とりあえず声を絞り出した。

 

「どう、なってるんです?」

「……わからないんだ。」

 

武流さんが力なく答える。

 

「わからない、とは?」

「膜が厚すぎて、胎内の様子を検査できない。胎児は強く、急速に育っている。」

「わたしにもわからないの。」

 

続いて杏が答える。

 

「今まで見えてた澪の未来が見えなくなった。これからどうなるのか、わからなくて…」

 

わかる。未来など見え透いている。しのぶはそう心の中でつぶやいた。

澪は死ぬのだ。それ以外ない。摘出しない限りは。なら…

 

「武流さん、あなた医者でしょう。さっさと摘出するなり、中絶させるなりすればいいじゃありませんか。難しいことじゃないでしょう。」

「"毒使い"は黙ってて!」

 

百合のその言葉に、しのぶはこめかみをぴくつかせた。しのぶは日輪刀に手をかけており、両者は一触即発の状態だ。

 

「百合、やめなさい。言い争っても、澪のためにならないわ。」

 

張り詰めた空気を破ったのは武流の妻、恵美だった。

 

「胎児は澪にとって危険よ!」

「ちょっと杏!」

 

"胎児"という言葉を発した杏に反論したのは百合だった。

 

「やめてそんな言い方、"赤ちゃん"よ。ただのかわいい赤ちゃんじゃないの。」

「それはどうかな。」

 

冷たく返したのは純だった。

 

しのぶは鬼殺隊公認の鬼の一族の仲間割れを目の当たりにして、何も言えなかった。この鬼の一族の中でも、意見が割れているのだ。

 

「武流さん、なんとかしてください。」

「ダメです。」

 

澪の決意に満ちた口調に、しのぶは思わず振り返る。

 

「どうするか、決めるのはわたしです。しのぶ様でも、みんなでもありません。」

「しのぶ、少し2人で話そう。」

 

しのぶは目を見開き、反論しようとしたが、司がずんずん歩いていくので、追いつくので精一杯だった。

 

屋敷の外に出た時、司はしのぶに向き直る。

 

「ぼくを殺したいんだろうけど、まだ殺されるわけにはいかないんだ、しのぶ。」

「我慢は苦手なのですがね。」

 

そう意気込んだが、振り返った司の顔を見て、戦意はかなり削がれた。

 

火刑に処された男さながらの顔つき。

それで悟った。

 

澪の死刑宣告。

 

「あれのせいなのでしょう?彼女、死にますよ。」

「……ぼくのせいだ。」

「そうです。それは疑いようがありません。なんで澪を説得しないんです?あなただって澪を失いたくないでしょう。あなた、また自殺未遂したいんですか?」

「澪が譲らないんだ。」

 

しのぶはその台詞の意味をすぐに飲み込むことができた。澪は頑固な性格だ。一度決めたら、誰がなんと言おうと譲らない。

 

鬼と交際、結婚ときて、今度は化け物の落とし子のために命を捨てるときたか。しのぶは澪らしい、とさえ思った。

 

司はそんなしのぶの心の中を読み、感嘆すらしていた。

 

「澪のことを、よくわかっているんだね。こんなにすぐに見抜くなんて…ぼくにはわからなかったんだ、手遅れになるまで。屋敷に戻るまでの間、澪はずっと無口だった。怯えてるんだと思ったんだ、それが自然だし、こんな目に遭わせて、彼女の命を危険に晒したぼくを怒ってるんだとね。澪の本心も決意も、想像すらしてなかった。屋敷に戻ってうちの家族と落合い、澪が百合の、よりにもよって百合の…!…腕に駆け込んだその時まで。そこで、百合の考えていることが聞こえてきたんだ。それで全て悟った。」

 

司はため息ともうめきともつかない声を漏らした。

 

「澪が譲らないと言いましたよね?いくら鬼殺隊士といえども、澪の腕力は普通の女の子と何も変わりません。押さえつけて薬で眠らせるなりできるでしょう。」

「……できるならぼくもそうしたかった。武流さんだって…でも…」

 

なんだ?この期に及んで良心が許さないとでもいうのか?としのぶが心の中で思った時、司がそれを読んだ。

 

「違う、そうじゃない。"護衛"のせいで面倒なことになって。」

 

なるほど、だから百合が澪のそばいるのだ。自分を食い入るように見ていたのも、そのせいだ。

 

百合は澪を守っているのではない。子どもを守っているのだ。

 

「彼女は確かにあなたたちの中でも澪を嫌ってますけど、そこまで澪に死んで欲しいのですか?」

「そういうつもりではないと思う。」

「なら、彼女から先に始末しましょう。鬼は少し傷付けても再生しますから、バラバラにして動きを封じて、その隙に澪を治療したらどうです?」

「徹と恵美さんは百合の味方だ。恵美さんがそうなら、武流さんも…」

 

司は声を濁す。しのぶもため息をついた。

 

「やっぱり、澪は"普通"の幸せを掴むべきだったんです。あなたはあの子に近づくべきじゃなかった。」

「そうだな。」

 

司は否定しなかった。本心から、その通りだと思っているようだ。

 

「知らなかったんだ、ぼくと澪のような関係は過去に例がないし、人間が鬼の子どもを宿すことができるなんて…」

「そこに行くまでに八つ裂きにされて、喰われるのがオチですからね。」

「あぁ。」

 

少しの間、沈黙が流れる。

 

「しのぶ、いくら君でも、ぼく自身ほどこの身を憎むことはできないよ。」

 

そんなことない、と言いそうになった。思わず日輪刀に手をかけそうになる。

 

「ここでぼくを殺しても、澪は救えない。」

「他に手があると?」

「しのぶ、君に頼みがある。」

 

しのぶは思わず顔を顰める。鬼からの頼み事など吐き気がする、というのが本音ではある。

 

「澪のためだ。しのぶ、君は澪をよく知ってる。澪はぼくの話を聞こうとしない。でも、君の言うことなら聞くかもしれない。彼女を説得してもらえないだろうか。」

 

しのぶは努めて冷静に切り返した。

 

「あなたが話しても聞かないことを、あの子が聞くと思います?わたしは何も新しいことは言えませんよ、どうしろって言うんです?バカだって言うんですか?本人もそれはとっくにわかってる。死ぬぞって?それだって、あの子は自覚してるでしょう。」

「わかってる、でも……今のままはだめだ。あれが澪の命を奪っているのを黙って傍観するわけにはいかない!日に日にやつれていく彼女を目の当たりにして、あれが澪を傷つけるのをただ見ているなど…!」

 

苦悩に満たされた司の顔が、さらに歪んだ。

 

「頼む、百合がそばにはりついて、澪を守ってる。いや、"あれ"を守ってるんだ。澪の命など、百合にはなんの意味もない。説得が簡単じゃないことは承知の上だ。でも、君は澪の思考回路を把握してる。彼女に、分別のある行動を取らせてくれ。」

 

無理だと言わんばかりに、しのぶは目を回した。

 

「澪に分別ある行動を取らせる?どこの世界の話をしてるんです?」

「せめて話すだけでも。そろそろ戻らないといけない。ほんの数分でも、澪から離れられないんだ、容態は…みるみる変化してる。あれは…急速に成長してる。今は澪についていないと。」

「あれって…どうなってるんですか。」

「誰にもわからないが…澪より強靭なことだけは確かだ。」

 

しのぶの脳裏にある光景が浮かんだ。澪を徹底的に痛めつけ、成長する化け物の姿が。

 

「協力してくれ、そうならないように。」

「……あなた、わたしに頼るなんて相当病んでますね。」

「そうかもしれない。でも、やれることは全てやる。澪の決意が揺らぐ可能性が少しでもあるなら…」

 

しのぶは、こんなことを取り合っている自分が信じられない気持ちだった。

 

「頼む。澪が説得に応じなかったら、君がぼくを殺す機会はこれからいくらでもある。澪の心臓が止まった瞬間、ぼくは殺してくれと君に縋る。」

「……本気なんですね。」

「あぁ。」

「わかりました。」

 

こうして、両者の取引は成立した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。