しのぶが澪の説得に失敗してすぐ、緊急で柱合会議が開かれた。
「お館様のおなりです」
「よく来たね、わたしのかわいい子どもたち。」
「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます。」
「ありがとう、実弥。みんな、今日は急にもかかわらず、来てくれてありがとう。忙しいだろうから、手短に話すよ。東城司と奏多澪が結婚したことは、みんな知ってるね。1週間前、少し早く新婚旅行を切り上げて、帰ってきたと報告があった。切り上げた理由は……」
耀哉は少し言い淀む。
「妊娠したからだと、聞いている。」
「「「!!!」」」
それを聞くなり、その場の空気が凍りつく。
しばしの沈黙が、場を支配する。
「事実、なのですか…?」
衝撃的な事実を聞いて何も言えない柱たちだったが、かろうじて言葉を発したのは悲鳴嶼だった。
「直接澪と会ったわけではないんだ、体調が悪くて、動けないみたいだからね。わたしもこの屋敷から移動できるほどの体力はない。だからしのぶに見てきてもらった。しのぶ、簡潔にでいい。みんなに話してもらえるかな。」
「御意。」
しのぶはかいつまんで話した。
澪が司、つまり鬼の子どもを妊娠したこと。胎児は強靭で、澪を傷つけながらかなりの速度で成長していること。澪はおろす気はなく、産むつもりであるということ。
「ありがとう、しのぶ。それで、今後のことをみんなと話し合いたくてね。」
話を聞いた柱たちは衝撃のあまり、しばらく何も言えなかった。
しかし、一番最初にいきりたったのは不死川だった。
「ったく、だから言ったんだよォ、人を食わないとはいえ、鬼と親しくするべきじゃねェって!結婚すると言い出した時も正気じゃねェと思ったが、まさかここまでアホだとはなァ!」
「落ち着いてください、不死川さん。」
不死川はだから言わんこっちゃないといった様子でまくし立てるが、しのぶがそれを落ち着かせようとする。
「逆にお前はなんでそんなに落ち着いてるんだよ?!」
「お館様の前ですよ、言い争いは差し控えるべきです。それに、わたしは落ち着いてなんかいませんよ。正直、起こりうることで最悪のパターンだと思っています。でもわたしたちがわめいても、澪の容態も決心も変わりません。」
そういうしのぶの表情もかなり険しい。
そして冷静に見えるしのぶの態度も、不死川の神経を余計に刺激したらしく、捲し立てた。
「あの女の決心なんか知ったこっちゃねェ!胡蝶、お前もお前だ、死なせたくねェなら、力づくだろうがなんだろうが、中絶させろォ!」
「わたしだってそうしたいですよ!」
しのぶは思わず声を荒らげた。
「わたしだって、本当は子どもを始末して、澪を救いたいんです、それができるものなら。何度も彼女に言いましたよ、こんなこと馬鹿げてると。無駄死にするつもりかとね。彼女の決心を変えられていたら、苦労していません。でも、あの子はそういう子なんです!自分を殺すかもしれないものに、命を捧げるような、そんな子なんです!本当に頑固で……一度決めたら、不死川さんだろうが、お館様だろうが、たとえ神から説得されようとも、絶対に考えを変えることはないんです!」
しのぶのあまりの迫力に、さすがの不死川も押し黙り、他の柱も何も言えなかった。
「2人ともそれくらいにしておけ、柱合会議中だぞ。」
「「!……申し訳ありません。」」
悲鳴嶼が注意すると、しのぶも不死川も我に返る。
「大丈夫だよ、感情的になるのは当然だ。それに、2人の意見はどちらも間違っていないしね。」
「お館様はどうお考えなのですか。」
再び悲鳴嶼が声を上げる。
「東城家のみんなは鬼殺隊公認の鬼の一族だ。彼らは危険な存在ではない。彼らが人間を襲わない限り、鬼殺隊に貢献する限り、罰することはしない。そういう決まりだ。彼らは決まりを破ったわけではないから…」
「つまり、お咎めなしということですか。」
悲鳴嶼が確認するように問うと、耀哉はそうだと言うように頷いた。
「お館様、先程は申し訳ありませんでした。僭越ながら、少しよろしいでしょうか。」
「いいよ、実弥。」
「たしかに、彼らは人間を襲わない、喰わないという決まりを破ってはいないでしょう。でも、これは想定していない事態です。たとえ子どもだろうと、半分は鬼の血が入っている以上、脅威だ。周辺地域にいる人間が危険に晒される可能性は大いにあると考えます。東城家の人間にお咎めなしというのは同意しますが、子どもは始末すべきです。最悪、それを守ろうとする者も。危険性は排除しておくべきでしょう。」
先程とは打って変わり、不死川は落ち着いて、淡々と話した。
他の柱たちも同意するように頷いているが、しのぶと恋柱、甘露寺蜜璃は苦々しい表情をしていた。
子どもを守ろうとする者もろともとなれば、それは澪が犠牲になることを意味するからだ。それに、これは当然の意見だ。何も間違っていない。
「そうだね、実弥。前に、純から聞いたことがある。子ども、つまり幼い鬼は凶暴で、暴力的で、理性や抑制が効かないことが多い。大人の鬼でも、血への欲求を抑えられないのだから、それは当然だ。東城家の人間を殺さないのは、彼らが人間に危害を及ぼさないという絶対的な確信があるからだ。わたしも正直、澪の子どものことは確信が持てないし、それはみんなもそうだろう。」
「なら、」
「でもね」
実弥の言葉を遮り、お館様は続ける。
「我々鬼殺隊は、人間を鬼から守るのが責務だ。澪は人間だし、司と澪の子どもも、半分は人間の血を引いている。守るべき存在でもあるんだ。」
「「「………」」」
それは紛れもない事実だ。それを言われると、何も言えない。
「しのぶ、君は澪の状態を直に見たね。君から何か言いたいことはあるかな。」
柱たちの視線が一気にしのぶに集まる。
「……可能性として、4つあると思います。澪も子どもも助からない場合、澪は死に、子どもは助かる場合、澪は助かり、子どもが助からない場合、澪も子どもも助かる場合です。」
「そうだね。」
耀哉も同意する。
「しのぶはどう考えるかな?」
「後者2つは可能性としてはかなり低いと思われます。胎児は強靭で、すでに澪はかなり衰弱しています。澪への負担を考えれば、今すぐに始末するのが得策だとは思えません。それに子どもが、東城家の人たちと同様に、人間を襲わないという可能性も…なきにしもあらずですし。」
「半分は人間の血を引いてるから、鬼よりも血への欲求を抑えられる可能性はあるね。疑わしきは罰せずだ。どうするかを考えるのは、生まれて精査してからでも遅くはないと、わたしは考えている。もちろん、危険があると判断すれば、容赦をするつもりはない。異論がある人はいるかな?」
人間を襲うと判断すれば始末すると耀哉が明言したこともあり、子どもの"死刑執行猶予"に、反対する柱はいなかった。
「いずれにしろ、澪の状態は注視しておく必要がある。しのぶ、君への任務の割振りを減らすから、その分、澪についててやってくれ。なにかあったら、報告も頼めるかな。」
「御意。」
「あの…」
そこで遠慮がちに声を出したのは、甘露寺蜜璃だった。
「なんだい、蜜璃?」
「しのぶちゃんが減らされる任務や警備は、わたしが引き受けたいのですが、よろしいでしょうか。」
しのぶは少し驚いて、蜜璃の方を見た。蜜璃の顔はいつもの感情豊かな感じではなく、真剣そのものだった。
耀哉はそれを聞いて微笑む。
「もちろんだよ蜜璃、よろしく頼む。それからみんな、これは極秘事項だ。ほかの隊士に知られれば、混乱を招くだけだからね。ここだけの話にとどめてくれ。」
そこで柱合会議自体は解散になったが、その後耀哉はしのぶ1人を呼んでこう付け加えた。
『極秘と言ったけど、澪と親しい人間…同期の炭治郎、善逸、伊之助、カナヲ、そして蝶屋敷のアオイ、なほ、すみ、きよは例外でいい。もし彼らが澪のことを尋ねてきたら…嘘はつかず、正直に言った方がいいだろう。』
そして耀哉から解放されたしのぶの元に、甘露寺がやって来た。
「しのぶちゃん」
「甘露寺さん…本当によろしいんですか、今でさえ相当忙しいでしょう。」
「……あのね、こんなこと言うべきじゃないのかもしれないけど…もしわたしが澪ちゃんの立場だったら、同じ選択をするだろうなって思ったから…何でもいいから、力になりたいの。母親って、子どものためならなんでもするものだわ、たとえどんなに苦しくても…」
あぁ、これは自分が聞くべきではない。澪が聞くべきことだとしのぶは思った。あの状態で味方がいるというのは、どれだけ心強いことか…
「あの子に伝えます。本当にありがとうございます。」
「いいの、澪ちゃんによろしくね。」
とりあえず司に会議の報告しようと東城家の屋敷に行こうと歩き出した時、しのぶは不死川に声をかけられた。
「胡蝶、その…さっきは悪かったな。お前は何も悪くねェのに、きつく言っちまって…」
しのぶは少し驚いたが、眉をハの字にする。
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。不死川さんが謝る必要はありませんよ、おっしゃったことは、何も間違っていませんから。」
「それでもだ。悪かった。」
不死川は過去に姉と交流があり、半年に一度の柱合会議ではいつも必ず元気かと聞いてくれる。優しい人だということは、しのぶもよくわかっていた。
何かあれば連絡すると約束し、わだかまりもとりあえずはなくなり、しのぶは産屋敷邸を後にした。
柱合会議を終え、しのぶは東城家の屋敷に向かう。
玄関から司が出てきて、しのぶを見た。考えを読み、少し目を見開くと、ささやいた。
「また君に借りができたようだ。」
「あなたのためにやったんじゃありません、澪のためです。取り急ぎ、あなたや澪、子どもへの処罰等はなしということでまとまりました。でも…問題視はしています。澪が宿しているものは、半分鬼の血を引いていますから…いずれ危険な存在になるかもしれないと。危険を排除し、人間を守るのが鬼殺隊の務めですから。」
「そうだな、当然だ。」
両者は大きくため息をついた。
「確認だが、澪は安全なんだな?」
「"安全"の定義によりますけど」
司は皮肉を言われていると瞬時に気が付いたが、とりあえず無視した。
「鬼殺隊が澪を始末することはありません。人間は守るべき存在ですから。」
「そうか。」
司は安堵したような、不思議な表情をしていた。
「なんです?」
「いや、ただ…最悪、鬼殺隊が澪もろとも子どもを始末するということも想定していたから。」
「あぁ、不死川さんはそう言ってましたよ。でも、なんとか言いくるめました。」
「そうか…本当に、ありがとう。」
「あなたのためじゃありません。でも…澪を救いたいのはわたしも同じですから。」
少しの間、沈黙が流れる。
「澪を説得できなくて悪かったですね。彼女は聞く耳を持たないって言ったはずですが。」
「わかってる。本気で見込みがあると思ってたわけじゃない。ただ…」
「ダメ元でってことでしょう?わかってますから。それより、澪の具合は?」
「……悪くなってる。」
司はため息混じりに言う。司の声と瞳は虚だった。
「お館様から、任務を減らす代わりに澪をみておくように言われました。会わせてください。」
しのぶは屋敷に入り、居間に向かう。1日前と同じような光景を期待して、広々した居間を覗いた。澪は居間の真ん中に置かれたベッドに横たわっている。
病院のようにモニターに繋がれ、肌には無数のチューブが刺さっている。モニターのライトが点滅しているが、音はしていない。ポタポタと音を立てているのは腕に取り付けられた点滴だ。透明ではない、ねっとりとした白い液体。
澪は苦しそうで、軽く咳き込んだ。司と百合が同時に身を乗り出す。澪は小刻みに震え、かすかにうめいた。顔は血が通っているのか怪しいくらい、青ざめている。
悪くなっている。たしかに、澪の容態は悪化していた。