鬼滅版トワイライト   作:クッキーマロン

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空腹の正体

 

しのぶが居間に入ると、近づいてきたのは武流だった。司と同じように、打ちのめされ、憔悴しきった顔をしている。

 

「しのぶ、大丈夫かい?」

「えぇ。澪はどうですか。」

「良くはなっていない、かな…」

 

中にいるほかの家族の声も聞こえる。徹、杏、純は声を潜めて何やら話し込んでいる。

 

司と百合は澪にぴったり寄り添っていて、2人の呼吸音もすぐそこに聞こえて…どっちがどっちかはわからないが、澪の苦しそうな、荒い息遣いとはすぐに区別がついた。鼓動もどこか乱れがちだ。

 

「武流さん、あなたは澪のことも家族だと思ってますか?」

「もちろん。澪はもうわたしの娘だ。愛する娘だよ。」

「でも死なせるんですね。」

 

武流は黙り込んだ。しのぶは少しして顔を上げる。武流もひどく疲れた顔をしている。その気持ちはしのぶにもよくわかった。

 

「君にどう思われているか、想像はつく。だが…澪の意志は無視できない。本人に代わって選択をして、押し付けるのは間違っている。」

 

しのぶは怒りをぶつけたかったが、そうもいかない。まるで自分自身の言葉をそのまま、立場を逆転させて、ぶつけられている気がしたからだ。

 

「"あれ"は澪に何をしてるんです?良くなっていないどころか、悪化してるでしょう、見ればわかります。」

「胎児は澪の身体に適合していないんだ。まず、力が強すぎる。しばらくはもちこたえられるだろうが…もっと大きな問題は、母体を維持するのに必要なものを摂取できないようにしていることだ。どんな形であれ、澪の身体が栄養を、食べ物を受け付けない。点滴で補給しようとしても、吸収しないんだ。症状はみるみる進行している。わたしは澪が、澪だけでなく胎児もだが…刻々と飢えていくのを見ているだけなんだ。止めることも、遅らせることもできない。わからないんだ、どうしたらいいのか…」

 

しのぶはなんとか震えを抑え込むので精一杯だった。澪を傷つけているあれが、憎くてたまらない。母親をコテンパンに痛めつけるだけでは足りないのだ。あの化け物は、澪を飢えさせてもいる。澪の命を吸い取って、生きている。

 

胎児が何を欲しているかは明確だ。血だ。半分は鬼の血を引いているのだから。

 

「もっとはっきりしたことがわかればいいんだが…胎児はしっかり保護されているんだ、超音波の画像も撮れない。あの羊膜に針を貫通させるのも難しい。」

「針って…?」

「情報が多ければ多いほど、胎児がこれからどうなるか、もっと把握できるからね。少量でも、羊水が手に入ると本当に助かるんだが…」

「なるほど…まぁ、できないことを考えていても仕方ありません。澪に会っていいですか?」

 

近づこうとした時、司と百合が近寄ってきた。

 

「ちょっと良いかな、武流さん、しのぶ。」

「なんだい、司。百合まで」

「今の会話を聞いて、どうしたらいいかというくだりで、しのぶがいいことを思いついてた。」

 

しのぶはふっと苦笑いをする。

 

「いいことではないですよ、皮肉を込めた意見ってところです。」

「聞かせてくれるかな。」

 

武流に促され、しのぶは渋々口にした。

 

「胎児は喉が渇いているんじゃないかと思っただけです。欲しているのは、人間の栄養素じゃなくて…」

 

武流もこれにはハッとしたらしい。

今まで、澪の必要とするものを満たそうとしていたため、うまくいかなかった。今の澪は、人間の栄養に対して拒絶反応を示している。胎児の欲求に対処した方がいいのだ。

 

「なるほど、その通りだわ。」

 

百合は完璧な顔を輝かせて、興奮に目を見開いている。

 

「武流さん、澪のためにO型の輸血用血液を保管してあるでしょう?やってみましょうよ。」

「そうだな…このまま何もしないよりは、やってみるべきかもしれない。しかし、どんな方法を取るのがいいのか…」

「新しい方法を考えてる時間はないわよ。」

 

そこでしのぶは焦ったように詰め寄った。

 

「あの、まさかとは思いますが…澪に血を飲ませるつもりじゃありませんよね?」

「何よ、自分で提案したんじゃないの。」

 

百合はしのぶに顔を向けることなく、目だけでぐっと睨みつける。

 

「だからって、それは…」

「おぞましい?」

 

しのぶの代わりに司が答える。

 

「そうです、言うまでもありませんよ。」

「でも澪のためになるかもしれない。」

「どうやるんです、喉にチューブでも突っ込む気ですか?」

 

しのぶは半分冗談、半分本気で尋ねる。

 

「澪にどう思うか聞いてみる。まずは武流さんに相談しておきたかったから。」

「赤ちゃんのためって言えば、澪は喜んでやるわよ。」

 

そこでしのぶはぴんときた。百合が‘’赤ちゃん‘’と言った時、口調がやけに甘ったるくなった。彼女は澪の命を吸い取る化け物を助けるためなら、手段を選ばないということなのだろう。

 

 

 

それから武流と司、百合、そしてしのぶは澪の元に近づき、声をかける。

 

「澪、少しいいかな。しのぶが君のためになりそうなことを思いついたんだ。」

 

武流さんが切り出す。

 

「あまり気分のいいことではないだろうが…」

「赤ちゃんのためよ。」

 

百合が熱っぽく口を挟んだ。

 

「栄養をあげるもっといい方法を思いついたの。」

 

澪は瞼を微かに震わせると、咳き込みながら弱々しく笑った。

 

「気分のいいことじゃないって…今更どうってことない。なんでもやるわ。」

「澪。お世辞にも、気分がいいとは言い難いことをしてもらうことになる。」

「どんな?」

 

なんと伝えようか迷っている司に代わり、武流さんが伝えた。

 

「胎児の食欲は、わたしたちに近いのではないかと思うんだ。」

「あっ、そうか」

「君の…君たちの容態は急速に悪化している。一刻の猶予もないと言っていい。方法を考えている時間がないんだ、だから…」

「わたしが血を飲むのね。」

 

司がそうだと言うように、軽く頷く。

 

「動物の血では、胎児は満足しないだろうから、輸血用の血を飲んでもらうことになる。」

「わかった。わたしはもうお腹ペコペコだし、きっとこの子もそうだわ。やってみる。」

 

それを聞いて百合は一瞬で移動して、輸血用の血液をコップに入れて持ってきた。

 

「百合、透明のはだめだ。透けないやつの方が飲みやすいだろう。」

「しのぶ様が思いついたんですか?」

 

澪の声は掠れていた。小さな声を出すのも大変そうだ。

 

「わたしを責めないでくださいね、頭の中で嫌味を言ったら、司さんがそれを読んで本気にしたんですよ。」

 

澪は軽く微笑む。

 

「もう会えないかと思ってました。」

「えぇ、わたしもです。でも、お館様からあなたを見ておくように言われましたから。ちょくちょく来ます、あなたが嫌でもね。」

「嫌だなんてとんでもない、心強いです、本当に。」

「百合さんには敵いませんけどね。」

 

澪は顔を顰めてしのぶを見る。

 

「やめてください、百合は…わたしを理解してくれてます。」

「そうでしょうね。」

 

不機嫌そうにしのぶが返す。

 

百合は子どもを守りたいだけで、澪のことはどうでもいいと思っている。そしておそらく、澪もそれをわかっていて、それでも構わないのだろうとしのぶは考えていた。

 

 

司がコップを澪に渡す。澪はコップに顔を近づけ、匂いを嗅いだが、すぐにぎょっとして顔を顰めた。

 

「やっぱり、もっと楽なやり方を探そう。」

 

そう言ってコップを下げようとする司だったが、澪は離さなかった。

 

「大丈夫よ、時間がないんだもの。ただ…すごい香りだなって思っただけ。」

 

澪は意を決してストローで吸い上げた。

 

「……中々の味、ね。」

 

この場にいる中で人間なのは澪としのぶだけだ。しのぶは見ていて吐き気がしてくるのを必死に堪えていた。

 

「澪、気分はどうかな?」

「大丈夫、まずまずって感じです。」

 

武流が聞き、澪はか細い声で答える。

10分ほどかけて、300mlを飲み干した。

 

「おしまい。」

 

澪が嬉しそうに言う。

しのぶは驚いた。声は相変わらず掠れているが、先程よりかなりしっかりしている。

 

「脈がかなり強くなっているな。」

 

武流さんも澪の手首を掴み、脈を確認しながら言った。

 

「武流さん、このまま飲み続けたら、点滴の針を抜いてもらえますか?」

「なるべく早くね。正直、点滴はほとんど効果をなしていないから。」

 

輸血用の血液は、驚くほどの効果があった。しかも即効性の。澪の顔は血色が少なからず戻り、ほんのりではあるが、頬がピンク色になった。呼吸がスムーズになり、脈も力強くなって、安定してきている。

 

「今の気分は?」と武流が確認する。

 

「悪くないです。空腹感はあるんですけど…食べたいのか飲みたいのかはわからなくて…」

「武流さん、澪が欲してるのは血よ。もっと輸血用の血はない?」

 

百合はわざとらしく、澪にもっと血を飲ませようとする。

 

「澪は人間だ、普通の食べ物も必要としている。とりあえず効果を観察しよう、それから普通の食べ物を試す。……何か希望はあるかな?」

「卵料理がいいです。」

 

澪は即答し、司が少し微笑んだ。新婚旅行の時、まるで中毒者のように卵を食べまくっていたことを思い出したからだろう。

 

これで澪の容態がますます悪化していくことは避けられるように思われた。この時は。

 

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