鬼滅版トワイライト   作:クッキーマロン

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悲劇の序章

 

耀哉の呼び出しを受け、しのぶは産屋敷邸に向かう。ここのところ、東城家の屋敷と産屋敷邸しか行き来していない。

 

「よく来てくれたね、しのぶ。」

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます。」

「ありがとう。疲れているところ申し訳ないが…澪のことが気がかりでね。最近はどうしているのかなと思って。」

 

どこまで話したらいいのか、少し迷った。でもすぐに思い直す。お館様に隠し事はできない。真実を言うべきだ。

 

「当初はかなり衰弱が激しく、正直…いつ死んでもおかしくないと思えるほどでした。でも最近、ある解決法が見つかりまして…」

「ほぅ…」

 

耀哉は独り言のように呟く。

 

「どんな方法なのかな?」

「澪の身体は胎児に適合していないので、点滴や食べ物の栄養を吸収せず、飢え死に寸前だったんです。だから、アプローチを変えてみました。人間ではなく…」

「なるほど、胎児の求めているものに着目したのか。」

 

やはり、全てお見通しか…としのぶは思いつつ、頷く。相変わらず、すごい鋭さだ。

 

「おっしゃる通りです。輸血用の血液を摂取したところ、脈拍も呼吸もかなり安定しました。」

「じゃあ、今澪の体調は比較的安定しているのかな?」

 

しのぶは少しため息をつき、瞼を伏せた。

 

「体調は安定していると言えます。ただ…澪が元気になった分、胎児も力をつけてきていまして…澪を傷つけています。さっきは肋骨を骨折していました。」

「まぁ、当然といえば当然か…骨折は大丈夫なのかい?」

「はい。酷い骨折ではありませんし、内臓も無事です。」

 

少し沈黙が流れる。

耀哉も、話を区切ったしのぶに対して、下がっていいと言わなかった。

 

「まだ何かございますでしょうか」

「うん、君がまだ話すことがあるんじゃないかと思ってね。」

「……」

 

そうだ、ある。隠し事はするべきじゃない。でも、なんとなく言いたくなかった。子どもを庇うことになる内容だから。

 

「司さんが、胎児の考えていることを読んだんです。声が聞こえてきたみたいで。」

 

その時、耀哉の纏う雰囲気が少し変わった。

 

「それは興味深い。なんて言っていたんだい?」

「……両親の声が好きで、澪のことを愛していると。」

 

それを聞いて、耀哉は微笑んだ。

 

「それが本当なら、すごいことだ。事態は好転まではいかなくても、悪くはなっていないんだね。」

「そう、ですね…悪くはなっていません。ただ、時間もそうありません。5日以内に生まれる可能性もあるとのことです。」

「!そうか…わかった、引き続き頼むよ。今日はありがとう。」

 

 

 

 

 

 

しのぶは産屋敷邸を後にすると、東城家の屋敷に戻った。すぐに司が屋敷から出てくる。両者、淡々と会話を交わした。

 

「澪はどうです」

「悪くはなっていない。」

 

ついさっき、お館様にもそう言ったところだと、しのぶは苦笑いした。

 

「子どものことだが…考えを理解できるようになってみると、男の子か女の子かわからないが、あの子は驚くほど発達した思考力を持っているようなんだ。ぼくたちのことを理解している。ある程度までは。」

 

しのぶは思わず口をぽかんと開けてしまった。

 

「わかるよ、ぼくも未だに信じられないからね。何がどうすれば澪を傷つけるか、なんとなくわかったらしい。なるべく大人しくするように、努力しているようだ。」

 

しのぶは司をまじまじと見た。信じられない反面、すぐにピンときた。司は澪が愛するものを心の底からは憎めないのだ。

 

数日前には感じられなかったなんらかの感情が、司の口調から聞き取れた。おそらくは親しみか…愛おしさか。自分の子どもの考えがわかり、しかもそれが澪を愛しているという内容となれば、それも当然なのか…

 

「発育のスピードは予測を超えている。武流さんが戻ったら…」

「え、いらっしゃらないんですか?」

「あぁ、もう随分狩りをしてなかったから。そろそろ"食事"をしないと。今は恵美さんと徹と一緒に鹿を狩に行ってる。とにかく戻ったら、すぐに子どもを取り上げるように説得する。」

「なんですって?」

 

思わず聞き返してしまった。司は補足するように説明する。

 

「武流さんは入手できただけの輸血液を持たせてくれたけど、あの分だけではすぐに飲み切ってしまう。子どもは暴れないようにしているようなんだが、それももう無理そうなんだ、大きくなりすぎて。武流さんの予想を遥かに超えて成長しているのに、待っているなど愚の骨頂だ。澪の体力もそろそろ限界だろうし、子どもももう外の世界に出ても自力で生きていけるだろう。」

「方法は?羊膜はかなり硬くて厚いんですよね?一体どうやって…」

 

方法と聞いて、司は少しの間黙り込んだ。

 

「……帝王切開しかないと思っている。もちろん麻酔をしてだが、道具は…日輪刀を使うしかないだろうな。鬼の肌と同等にかたいものを斬れるのは、日輪刀しかない。」

 

絶句しているしのぶを見て、司は慌てて付け加える。

 

「なにもそのままの日輪刀を使うわけじゃない。日輪刀の素材でできたメスや手術道具がうちにはたくさん置いてあるんだ。鬼の牙が刺さっていたりする患者もちょくちょく武流さんの元に運ばれてくるからね。」

「……なるほど。」

 

迂闊だった。確実な猶予は4日はあると思っていたのに…予想外のことが起こる可能性は常にある。

 

「このまま生まれるのを待つのは危険すぎる。いつなんどき、手遅れになるかもしれない。でも先手を打って素早く動けば、うまくいかないはずはないんだ。百合も澪も賛成した。その方が子どもにとっても安全だとわかってくれたからね。ぐずぐずしている暇はない。」

「わかりました。お館様にも書面でそう伝えておきます。」

 

 

 

 

屋敷の中に入ると、何やら言い争う声が聞こえる。

 

「もうちょっと古風な感じにしたら?」

「澪が決めることよ。わたしたちじゃないわ。男の子かもしれないしね。」

「何か問題ですか?」

 

しのぶが割り込むと、杏と百合が振り返る。座っていた澪も立ち上がった。

 

「あぁ、子どもの名前をどうするかで揉めてるんだよ。」

 

司が苦笑いをして言う。

しのぶも思わず笑ってしまった。

 

「候補はあるんですか?」

「いくつか考えてみたんです。かわいい、女の子らしい名前を。」

「男の子かもしれないですよ、そんなに女の子だって確信してるんですか?」

「男の子の名前も考えました。でもどちらであっても…恩人の名前から一文字、いただきたいと思っています。煉獄さんの名前から。」

 

澪と司は少し悲しそうに笑った。

 

「杏の字をいただいて、女の子なら…杏花。男の子なら杏介はどうかなと…」

 

これには、しのぶも微笑んだ。

 

「いい名前ですね。煉獄さんも喜んでくれますよ。」

「ありがとうございます。それと百合…あの、」

 

百合がクスリと笑う。

 

「澪、またなの?」

「この1時間で3リットルは飲んだ気がするから…トイレが近くなって当然でしょ。」

 

百合は澪に近づいて手を取り、トイレに連れて行こうとする。

 

「自分で歩いてもいいかな、足が固まっちゃって。」

「大丈夫なんですか?」

 

しのぶが心配そうに聞く。

 

「つまずいたら百合が支えてくれますから。すぐそうなりそうです、足元が見えないので。」

「それにしても…すごい大きさですね。」

「同感です。すごいですよね。」

 

澪もお腹をぽんぽんと叩き、クスリと笑った。

 

「さてと、それじゃ……あっ……!」

 

その時、机に置いてあったコップが倒れ、床に深紅の血が溢れた。それを見た澪が無意識にコップを取ろうと屈み込む。その時だった。

 

澪の身体の中央からくぐもった、何かが裂けるような音がした。

 

「っ……!?」

 

澪が息をのむ。

そして完全に身体から力が抜け、へなへなと崩れ落ちていく。その瞬間、倒れる前に司が澪を抱きとめる。

 

「澪……?!」

 

司が呼びかけても、反応がない。澪の目の焦点は合っておらず、直後に悲鳴を上げた。ただの悲鳴ではなかった。血も凍るような、苦悶の絶叫。

 

恐ろしいその声は喉のつかえに断ち切られ、澪は白目を剥いた。身体は司の腕の中でヒクヒクと震えている。そして、澪の口から大量の血が吹き出した。

 

 

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