司に連れてこられたのは、すごくお洒落なお店だった。品書きに値段が書いてない。すなわち、それほど高級なお店ってことだ。
「あの、本当に何もいらないのですか?」
わたしの注文を聞いた女性は、司が何もいらないと言うとびっくりしたようだった。
確かに、料理屋に来て何も頼まない客などいないだろう。
それに加えて司がとんでもなく整った顔をしていることから、少しでも気を引こうと、彼の肩に手を乗せて、あれこれ話しかけている。でも、彼は見向きもしていない。
「あぁ、いらない。それより、彼女の分を早くいただけるかな。」
「は、はい。えっと、では少々お待ちください」
そういうと、女性はとぼとぼと厨房の方へ戻って行く。
よかった。彼に話しかけられて平常心を保てなくなるのは、わたしだけじゃないみたい。
「そういうこと、みんなにやるの良くないと思います。」
「え、そういうことって?」
「今みたいに、相手をクラクラさせることです。今頃彼女、厨房で呼吸困難になってると思いますよ。」
「・・・?」
彼は何も言わず、意味がわからないと言った顔をしている。
「ちょっと嘘でしょ」
信じられない。わたしは呆れて、思わずバカにしたような口調になってしまった。
「自分が相手にどんな影響を与えるか、わかっていらっしゃらないの?」
司は首を傾げた。瞳は興味津々だ。
「ぼくが、みんなをクラクラさせるって?」
「気づいていないんですか?誰もが思い通りにしてくれて当たり前だと思っていらしたの?」
質問は無視された。
まぁ当然か。こんなに恐ろしく整った顔立ちに加えて甘い声色で話したら、どんな相手でも言いなりになりそうだ。催眠術みたいに。
「君もくらくらする?」
「しょっちゅうです。」
正直に白状した。
今わたしの顔は真っ赤だろうし、どうせ誤魔化せない。
「失礼します。先にお飲み物をお持ちしました。あの、本当に何もいらないのですか。」
「あぁ、ありがとう。」
彼は料理を運んできた女性に見向きもせず、むしろ早く行ってくれといった感じだ。
「そ、そうですか…では、どうぞごゆっくり…」
料理を運んできた女性は、わたしを一瞥した後、またとぼとぼと厨房へ帰っていく。
わたしを見た目には、明らかに戸惑いが見えた。その理由は簡単だ。わたしが彼の連れとして、どう見ても釣り合っていないからだ。
それからまもなく、料理も運ばれてきた。
「どうぞ食べて。」
「あの、人前でどうしても何か食べなきゃいけなくなったらどうするんですか?」
「きみは知りたがりだな。まぁいいや。前置きとして、そんな機会は訪れない。仮にそうなった場合は…例えばだけど、どうしても泥を食べなきゃいけないとなったら、君だって絶対に食べられないわけじゃないだろう?それと同じことだ。」
「一度だけ食べたことがあります。度胸試しで。それほど不味くなかったですけど。」
と白状した。
彼は声をあげて笑った。
「君って子は全く…ほら、料理が冷めてしまうよ。」
「その前に、聞きたいことがあるんですけど。」
「どうぞ。あと敬語なんていいよ。」
「えっと、じゃあ、お言葉に甘えて…なんで初対面の時、わたしを避けたの?」
わたしはずっと疑問に思っていたことを、素直にぶつけた。
彼の顔が一瞬こわばる。
「やっぱり気にしてたのか。」
「どうしてもわからなかったの。あなたがどうしてあの場から立ち去ったのか…」
「説明しなければいけないとはずっと思っていたんだ。でも、君を不快にさせるかもしれないと思って。」
「わたしがどう思うかとか、気にしないで。ただ、真相が知りたいだけなの。」
彼は少し間を置いて、ずっとわたしが知りたかった真相を話し始めた。
「君の香りが…苦しかったんだ。」
「わたしの、香り?」
「正確に言うと、君の血の香りだ。人間にはそれぞれ性格があるように、血の香りも1人1人違うんだ。そして、それぞれの鬼の血の好みも違う。君がぼくの家に挨拶に来た時、ぼくの方に向かって風が吹いた。その瞬間、ぼくの理性は崩壊しそうになった。その場にあと1秒でもとどまっていたら、君を襲ってしまいそうで…」
「でも、わたしは稀血じゃないはずなんだけど。」
「稀血かどうかは関係ないんだ。風柱の不死川実弥っているだろう?稀血の中でもさらに希少な血の持ち主なんだけど、彼の血には確かに参ったな。でも、ぼくにとっては全然我慢できる程度だった。君の発散させてる香りに比べたら、今思えば余裕だったよ。」
そこで一旦言葉を区切ると、彼は少し物思いにふけった。当時のことを思い出しているのだろう。
「とにかく、武流さんに血への欲求を抑える訓練をされていなかったら、間違いなくぼくは君をあの場で襲っていた。それくらい、耐えがたかったんだ。」
「でも、今は辛くないんじゃない?」
わたしの言葉に、彼はびっくりしている。
「どうしてそう思う?」
「目の色よ。今は灰色。灰色の時は比較的大丈夫なんじゃない?渇いてる時は黒い。違う?」
「…中々するどいね。」
「もう一つ、質問があるの。任務帰りに、酔っ払いからわたしを助けてくれた時のことだけど。あの時、私に会ったのは偶然?」
彼は苦笑いしている。聞かれたくなかったのだろうか。
でもこれは初対面で避けられたことと並んで、わたしが聞きたかった謎の一つだ。答えてもらわなくては困る。
「まぁ言ってもいいかな。その質問に対する直接的な答えは「いいえ」だ。君を追っていた。正確には、君の匂いを追ってたんだ。」
「あなたの好みの匂いね。」
「誤解しないでくれ、君に気づかれないように、慎重に距離を置いて、君を見守ってた。何もなければ、話しかけずに帰るつもりだったんだ。でも、君を襲う奴らの考えが聞こえてきて、」
「ちょっと待って、考えが聞こえたって?」
あまりにさらっと言われたから、聞き流すところだった。
「鬼の中には特殊な能力、血鬼術を使うのがいるのは知ってるだろう?ぼくのは血鬼術とはいえないかもしれないけど、人の考えが読めるんだ。人も、鬼も。この店にいる全員の考えていることもわかる。君以外はね。」
「えっ…わたし、何か変なの?」
それを聞いて、彼は魅力的な笑い声をあげた。わたしは真剣に疑問に思っているのに!
「考えが読めるって非現実的なことを言ったのに、自分が変だと思うの?」
彼は面白がっているような笑みを浮かべている。
わたしは少しムッとして注意した。
「笑わないで」
「ごめんごめん。君が変なんじゃないよ。でも鬼になって随分経つけど、読めなかった相手は君が初めてだ。なんかバリアみたいなので覆われているような感じで…何も見えないしわからない。だから、蝶屋敷で再会した時も、君が本当に僕を許してくれたのかわからなくて。」
「最初から怒ってなんかいなかったのよ。ただ、わからなかったってだけ。ねぇ、他人の考えを読むって、具体的にどうやってやるの?」
彼は慎重に言葉を選んでいる感じだった。
「完全な他人だと、かなり近くにいないと難しい。相手の声を知っていれば、その分遠く離れていても聞こえる。でも4、5キロがいいとこかな。」
彼は物思いに沈んで言葉を切った。
「混雑した巨大なホールにいるみたいな感じさ。みんなが一斉に話していて、ただの雑音みたいに、ぶつぶつつぶやく声が聞こえてくる。そこで一つ一つの声に意識を集中させると、考えがはっきりわかるんだ。でも普段はあまり意識しないようにしてる。ものすごく気が散るから。それに」
そう言って、彼は顔を顰めた。
「相手が話してることじゃなくて、頭の中で考えていることに思わず答えてしまったら面倒だからね。」
「あぁ、なるほど。」
「まぁ疑問は尽きないと思うけど、今日はもう遅いから送るよ。しのぶに怒られる。」
「また会える?」
「忠告しただろう?ぼくはいい友達じゃない。」
またその話?
今もこうして会っているのに。
「えぇ、でも距離を置くのに疲れたとも言った。それにまた言うけど、わたしは賢明じゃないから。友達を続けてもらいます。」
「それ、ぼくが鬼だっていうことを少しでも考慮した上で言ってる?」
「わたしはあなたの正体がなんであってもどうでもいいわ。もう手遅れなの、あなただってわかってるでしょ。」
「ぼくがバケモノでも構わないって言うのか。人間じゃなくても?」
「そうよ。それにあなたはバケモノじゃないわ。」
そう言った途端、彼のまとう空気が変わった。
「怒ってるのね。何も言うんじゃなかった。」
「そうじゃない。君が何を考えてるかわかるなら、その方がいい。考えてることがどんなにイカれてるとしてもね。でも、どうでもいいなんて、どうかしてるよ!それに、一番重要なことを忘れてるだろ。」
わたしはわからなくて、首をかしげた。
「君はぼくの"食生活"について、何も気にならないわけ?」
彼は呆れ気味に聞く。
そうだった。鬼は人を喰らう。それが常だ。でも…
「でも、東城家の人は人を狩らないでしょ。」
「しのぶから聞いたのか。」
「えぇ。あなたの家族は人を狩らず、動物の血だけで飢えをしのげるって。本当なの?」
「あぁ。人間で言うとそうだな、一生野菜と豆腐だけで生きていく感じ。欲求が完全に満たされることはないけど、我慢できるだけの体力はつくし、大抵は問題ない。」
「すごいわね。」
それは本当にすごいと思う。鬼殺は楽なことじゃない。体力も消耗するし、人間とかかわることがあれば血への欲求だって皆無じゃないはず。
「でも、だからって油断しないでくれ。」
彼は真剣な瞳で警告した。射抜くような鋭い灰色の瞳が、わたしを見つめる。
「ぼくたちが危険な存在っていうことは変わらない。」
「どういうこと?」
「ぼくたちは、世界一危険な肉食動物と言えるんだ。努力はしてる。普段はうまくやってるけど、過ちを犯すことだってあるんだ。たとえば、こうやってきみと2人きりになったりね。」
「これもあやまちなの?」
少し悲しくなった。
「あぁ、かなり。ぼくらはいくらお館様をはじめ、鬼殺隊に認められてたって、人間を食べないからって、所詮鬼なんだよ。人間と近づきすぎることはタブーなんだ。なんせ、今の世界では鬼の存在自体を信じない人が多いしね。それをぼくは破った。」
言葉を発するたびに、彼の表情はどんどん険しくなっていく。まるで自分に言い聞かせているみたい。
「その責任の一部はわたしにだってある。それであなたが不利益を被ったり、地獄に行くことになるなら、わたしも一緒よ。」
「ぼくのことで、きみが何かを犠牲にするなんてことは絶対にさせない。」
「わたしは構わないのに。」
彼は黙って、まっすぐ前をみつめている。表情は厳しく、冷たい。
「怒ってるのね。言うんじゃなかった。」
「そうじゃない。」
でもその声は顔つきに負けず劣らず厳しい。
「泣いてるのか?」
「わたし、感情と涙腺が直結していて、感情が高ぶると涙が出るのよ…」
「ぼくが君を悲しませているなら、それは不本意だな。」
「そう思うなら、明日また会って。」
「いいだろう。朝に蝶屋敷に寄る。とりあえず今日は帰って寝るんだ。送るよ。」
蝶屋敷まで送ってもらい、のろのろと階段を登る。頭の中はどんより曇っていた。何をしているのか意識することもなく、寝る支度をする。
お風呂に入り、寝覚めしないうちに布団に入るが、眠れない。
頭はまだくらくらしている。理解できないイメージでいっぱいだ。
絶対に確信が持てることが3つある。
一つ目は、司が鬼であること。
二つ目は、それが彼の一面であり、どれほど強力かはわからないけど、鬼としての彼はわたしの血がほしくてたまらないということ。
最後は、何があってもどうにもならないくらい、わたしは彼に恋してるということだ。