「……わかった、いいだろう。どうすればいい」
「この子の手が届くところまで近づいて、屈んでいただけますか。」
不死川様は言う通りにしてくださった。杏花は彼の傷だらけの顔に少しびっくりしたみたいで、少し戸惑いながらも、頬に手を当てた。
さっきは杏花がそうだったが、今度は不死川様が硬直する番だった。完全に圧倒されているのがわかる。
3分ほどして、杏花が手を離した。不死川様は唖然として杏花を見下ろしている。
「どうだったかな、実弥?」
何も言えずにいた不死川様に、お館様が声をかける。
「なんと、申し上げたらいいのか…」
「わかるよ、わたしもそうだった。杏花の能力は、言葉で言い表すのが難しいからね。よければみんなやってもらうといいよ。」
あの不死川様が一瞬で圧倒されたこともあり、他の柱も興味津々だったらしく、みんなやってほしいと言ってきた。
杏花は1人ずつ、頬に触れて自分のイメージを伝えていく。
それまで半信半疑だった柱も、これには度肝を抜かれたらしく、頬から手を離されると、みんな決まって呆然としていた。
宇髄様は「ド派手な能力だな、ぶったまげた!」と興奮気味だったし、悲鳴嶼様は「南無…盲目のわたしでもはっきりわかるとは…」と感心なさっていた。
そしてしのぶ様の前に来ると、杏花は満面の笑みを浮かべた。
「しのぶさま!」
「こんにちは、杏花さん。また少し、大きくなりましたね。」
この前のことを覚えているのか、杏花は嬉しそうで、しのぶ様の表情も柔らかいものだ。
「そうだ、こちらは恋柱の甘露寺蜜璃さんです。あなたが生まれるまで、わたしが母上のそばにいるために、担っていた任務を肩代わりしてくださっていたんですよ。」
それを聞いて、杏花は目を輝かせて甘露寺様の方を向いた。
「ありがとうございました、かんろじさま。かんしゃもうしあげます。」
そう言ってペコリと頭を下げた。それを見て、甘露寺様は一瞬でメロメロになってしまったらしく、杏花を抱きしめた。頭を撫でられて嬉しいのか、杏花も目を細めてにこにこ笑っている。
「いいのよ、お礼なんて!それにしても、なんて可愛い子なの…!わたしにもやって見せて!」
「はい。」
杏花はこくりと頷くと、甘露寺様の頬に触れる。
「素晴らしいわ…!あなた、本当に澪ちゃん…じゃなくて、お母さんのことが好きなのね。」
杏花は柱全員に能力を披露し、誰もが圧倒されていた。まだポカンとしている柱も多い中、お館様が口を開く。
「この子、杏花は唯一無二の存在だ。人間だが、高い身体能力や人間には持ち合わせない特殊能力など、鬼としての要素も持ち合わせている。多くを学べる可能性を秘めているんだ。でも、危険が存在することも確かだ。実の両親ですら、行く末を案じているのだからね。未来のことは誰にもわからない。未知のものは弱点に、脅威にもなり得る。」
その通りだ。この子のような存在は、過去に例がない。将来どうなるのか、今は大丈夫でも、これからもずっと人間を襲わないと断言することは、誰にもできないのだ。
それはこの子に限ったことではない。わたしも司も、武流さんでさえそうだ。
だからこそ、抗い続ける。鬼でありながら、鬼殺隊に貢献する。
「だから、この子にも東城家のみんなと同じ決まりを適用する。人間を襲わないことを条件に、処罰等はしない。澪、君もだ。」
「はい。感謝致します。」
「みんないいかな。異論がなければ、これで今日は解散にするよ。」
「「「御意」」」
終わった…
そう思ったら、思わずため息が出た。一息ついてすぐに、杏花を抱きしめる。
「偉かったわね。」
「わたし、うまくやれた…?」
「あの実弥を一瞬で黙らせたんだ、完璧だよ。」
司もいつの間にか隣に来ていて、わたしと杏花を抱きしめる。
「黙るほかねェよ、あんなもん見せられりゃ」
「!不死川様…」
声がした方に振り返ると、不死川様が立っていた。杏花が何を見せたのか、わからないのがちょっとモヤモヤする。
不死川様はわたしの前に立った。
「正直、俺の血にあんなに淡白な反応をされるとは思ってなかった。竈門の妹でさえ、ダラダラ涎垂らしてたってのに…」
「いえ、とんでもない。押さえ込むのに必死でした。事前に聞いていたんです、あなたの血は鬼にとってのご馳走なんてものじゃないと。心構えをしていたつもりでしたが、かなり参りました。まぁ…この子は全然平気だったみたいですが。」
杏花は不死川様を見るとパッとわたしの後ろに隠れてしまい、わたしの着物の裾を掴んでいる。
「うでだいじょうぶ…?またきっちゃやだよ…」
それを聞くと、不死川様はふっと表情を崩した。
「こんなの大したことねェし、もうしねェから安心しなァ。武流さんほどじゃねェが…お前らを信用する。今のところはな。」
「それで十分だよ、実弥。」
不死川様が言うと、司がそれに応じた。そしてわたしの方に向き直ると、鋭い視線をわたしに向けた。
「鬼になっても鬼殺隊のためになるっていうことを証明してみろ。そして、もし人間を食った時は容赦しねェから、覚悟しておけ。」
「……望むところです。感謝します。」
わたしが真っ直ぐ目を見て答えると、不死川様は満足そうに去っていった。
不死川様が帰った後、わたしは甘露寺様の元へ行った。まだ直接お礼を言えていなかったからだ。
「甘露寺様、少しよろしいでしょうか。」
「澪ちゃん!もちろんよ(きゃっ、澪ちゃん、鬼になってから変わった…?!ものすごい美人…キュンキュンしちゃう!)」
「あの、わたしの妊娠中、しのぶ様の任務を引き受けて、わたしについていられるようにしてくださったと聞きました。本当に、なんとお礼を申し上げたらいいか…」
「そんな、いいのよお礼なんて!こうしてまた会えてお話しできるだけで十分だわ!」
杏花もしのぶ様と同じくらい甘露寺様に懐いたようで、甘露寺様から離れようとしない。
「ぼくからも礼を言わせてくれ。」
そこに司も入ってくる。
「司さん(きゃっ、相変わらず物凄くカッコいいわ!)」
「本当にありがとう蜜璃。お礼に贈った桜餅はどうだったかな。」
「とっても美味しかったです!1日で食べちゃいました!」
「それは良かった。実は500個買おうとしたんだが、店の主人に300個が限界だと言われてしまってね。今度また改めて贈るよ。」
「そんな、気を遣わずに!そうだ、今度澪ちゃんと杏花ちゃんと一緒に、わたしのお屋敷に遊びに来てください!」
甘露寺様が目を輝かせてそう言うので、わたしも司も微笑まずにはいられなかった。これじゃ、あの伊黒様もやられるわけね。
わたしはもう一度お礼を言い、産屋敷邸をあとにした。
その日の夜、お館様から手紙が届いた。今日柱合会議があったのに、なんだろう?どうしてあの場で言わなかったの?
そう思ったが、内容を読んだらすぐにその理由はわかった。
『澪、今日はお疲れ様。みんなが君や杏花のことを認めてくれて、わたしも安心した。手紙を出したのは、ある提案があるからだ。杏花の成長ぶりには、目を見張るものがある。武流も独自に色々記録したり、調べたりしているようだが、他の医者にも診てもらうというのはどうかな。わたしと武流の知り合いで、珠世さんという女医がいる。彼女は鬼だが、君たちと同じように人間を食わないで生きている鬼なんだ。素性も知っていて信用に足る人物だし、医者としても優秀だ。新しい視点で見れば、何か新しい発見があるかもしれない。もし興味があれば、返事をくれ。』
武流さんの他にも、鬼の医者がいたことにまずびっくりした。でも、これは願ってもない話だ。
武流さんに相談すると、珠世さんのことを色々教えてくれた。
「それはいい考えだと思う。彼女には一度会ったことがあるが、とても聡明な、良い人だよ。医者としても優秀で、刺激を受けたしね。肉体年齢は19歳だから、澪とほとんど変わらない。きっと打ち解けられると思うよ。」
「今はどこにいらっしゃるんでしょうか。」
「いろんな場所を点々としてるはずだから、それはお館様に聞かないとわからない。会いたいなら、返事にそう書けば教えてくださると思うよ。」
少しでも何かわかるなら…会ってみる価値はある。決心して、わたしは筆を取った。