それから3日後、お館様から返事が届いた。珠世さんは少し前までは浅草にいたのだが、今は移動して銀座にいるらしい。
銀座のどこか聞いたけど、君と司なら探し出せると思うと言われ、詳しいことは何も教えてくださらなかった。
よくわからない。相手の考えが読める司はともかく、わたしはなんの能力もないのだから。なぜか司の能力を無効化してるのだけど、それはなんの役にも立たない。
銀座には久しぶりに来た。司がわたしが死んだと思って、自殺するのを止めるために来た時以来だ。あれは思い出すだけでも身震いしたくなる。
あの時は昼間だったけど、今日は夜だから、また違った景色が見える。綺麗だ。並んでいる店の光、賑わう雰囲気、月明かりに照らされる街灯。
杏花も街中に来ることはほとんどないため、興味津々のようで目をキョロキョロさせている。
それにしても、珠世さんはどこにいるのだろう。鬼なのだから、目立たないところに住んでいるはずだ。
そんなことを思っていたら、路地裏にぽつんと立つ、一つの家屋を見つけた。やけに暗い。周りの景色とは正反対だ。
「ねぇ司、あの家…」
「ん?どこ?」
「あれよ、あの小さくて、黒い屋根の家。」
司はある場所を指差すわたしを見て、首を傾げている。
「何も見えないけど…」
「え?」
そう言われて、瞬きを数回して目を凝らしてみた。やっぱり変わらない。
「ねぇ、杏花は見える?あの黒いおうち。」
杏花はわたしが指差す方向に顔を向けたけど、顔を顰めた。
「なにもみえないよ、ははうえ。」
うそ…
どういうこと?わたしは幻覚でも見てるの?
とうとうおかしくなっちゃった?
「ちょっと、近づいてみてもいい?あなたたちはそこにいて。」
「気をつけて。」
扉まであと数歩のところまで近づくと、中から30歳前後くらいの男性が出てきた。
「お前らか、東城家のやつらは。」
「あ、えっと…そうです。わたしは澪。こちらは司と、娘の杏花。」
「珠世様から話は聞いている。迎えに行こうと思っていたが、その必要はなかったみたいだな。突っ立ってないでさっさと入れ。珠世様を待たせるな。」
そう言うと、その少年はさっさと建物の中に戻って行ってしまった。
慌てて追うと、玄関にいたのはとても綺麗な女性だった。わたしと同じ年齢くらいの女性。ということは、彼女が…
「はじめまして。武流さんからお話は聞いています。あなたが東城澪さんですね。」
「は、はい。こちらが主人の司と、娘の杏花です。」
「珠世と申します、どうぞよろしく。立ち話もなんですから、中へどうぞ。」
「お邪魔します…」
気品に溢れ、上品で落ち着いている。鬼とはとても思えない。その点においては、武流さんと近いものを感じる。
「武流さんはお元気ですか。」
「はい。家族みんな元気です。」
「それは良かった。今日は杏花さんのことですよね。」
「はい。」
「大体の内容は、武流さんからの手紙を読んで把握していますが…改めて説明していただけますか?」
「もちろんです。」
それからわたしは自分の身に起こったことを全て話した。
司と結婚したこと、そのあと妊娠して杏花を授かったこと、出産時に命を落としかけ、司がわたしを鬼にして救ったこと。
改めて話を聞いた珠世さんは、目からウロコという感じの反応をしていた。
「人間が鬼の子どもを宿せるなんて…知りませんでした。」
「誰もわからなかったよ。」
司が言った。
杏花は慣れない場所ということもあり、大人しくしている。
「その子、杏花さんは…鼓動が聞こえますね。人間の香りも少しする。でも…これまで嗅いだことない香気ね…」
「未知の香りなのは間違いない。これは全く新しい経験だということを忘れないでくれ。固定観念は捨てるんだ。」
「おい貴様、珠世様に向かってなんて口を…!」
司の物言いにカチンときたのか、愈史郎がいきまく。
「いいんです、愈史郎。今はこの子に集中したいの。静かになさい。」
「はい、珠世様。」
わたしは思わずポカンとしてしまった。そしてわかった。この人は珠世さんのことが好きなんだ。
そんなことを思っていたら、杏花がわたしの髪の毛を引っ張り、必死に訴えてきた。
「珠世さん、杏花からお話をしてもいいですか?この子は、その…色んなことを説明する才能があるので。」
「才能…というと?」
「多分、聞くよりも直接感じていただいた方がわかりやすいと思います。」
「……わかりました。」
杏花はいつものように珠世さんの頬に触れる。それを見た愈史郎さんが血相を変え、間に入ってやめさせようとすると、それを珠世さんが制した。
しばらくして杏花は手を下ろし、呆然としている珠世さんに向かって微笑んだ。
「なんと言えばいいか…すごい才能ですね。血鬼術とは言いがたいですが…これは…」
「卓越した才能に恵まれた一族だもんな、お前らは。父親は読心術、母親は盾の能力、そして娘は投射能力か。」
……ん?何か聞こえた気がしたけど…盾?
「待ってくれ。」
司は驚いた口調で言うと、愈史郎の肩を掴んだ。
「ぼくの妻を今なんと?」
「貴様、気安く触るな!」
「愈史郎!」
司の手を払い除けた愈史郎を、珠世が諭す。
「司さんの質問に答えなさい。どう言う意味なのです?」
「盾…だと思います。その女が遮断しているから、確実には掴めませんが。」
愈史郎が不機嫌そうにそう呟いた。
わたしは戸惑い、眉間にシワを寄せて愈史郎を見つめた。
盾?遮断している?
わたしはただ立っているだけだ。
「とぼけるなよお前。俺は血鬼術が見えてる。まぁ血鬼術と呼べる代物かはわからないが…お前もそうなんだろ?読心術者のお前は今、妻の考えていることがわかるか?」
「いや、わからない。一度だってわかった試しがないんだ。人間だった時ですら、一度も。」
「ただの一度も、ですか?」
珠世さんが驚いて声をあげ、目を瞬いた。
「それは興味深いですね。かなり強力な潜在能力ということでしょうか…鬼になる前からそこまで駐在化していたなら。愈史郎が掴めないと言うなら、相当なものです。」
「しかも当の本人はさっぱり自覚がないらしい。全く意識していないんだから、皮肉なものだな。」
わたしは文字通り、アホ面をしていたと思う。
口ポカンみたいな。
「血鬼術の分類は感じる者によるし、型にはめられるものではない。それぞれが独特で、全く同じものは2つと存在しないが…お前のはかなり分類しやすい。」
愈史郎はわたしを指差して言った。
「防衛手段に特化され、対象者を保護するのは盾の能力だ。他に誰かの能力を遮断したことはあるか?」
「特定のものにしか効かない気がします。純が感情の波を操ったり、杏が未来を予知したりするのを防ぐことはできません。」
「なるほど、純粋に精神的な防壁ということかしら。」
珠世さんは1人納得したように頷いた。
「あ、でもそういえば、下弦の壱の血鬼術は無効化できました。術にかかると夢に落ちるというものだったんですけど、一緒に任務に行ったみんなはかかってたのに、わたしだけかからなかったんです。」
「下弦の壱…?!十二鬼月にも通用するのですね。」
「そもそも、お前らどうやってここを探し当てた?」
愈史郎が不思議そうに問いかけてくる。
「この建物は俺の血鬼術で厳重に隠されている。普通なら見つけられるはすがない。なのに、気配を感じて外に出てみれば、その女が立ってたんだ。なんでわかった?」
「わかったのは澪だけだ。ぼくと娘は見えなかったよ。君が建物から出てきて初めて見えたんだ。」
それを聞き、愈史郎は信じられないと言った表情をする。
「俺の"目隠し"も効かないのか、この女には…」
「澪さん、一つ試してもよろしいですか?わたしが今から血鬼術を発動させますので、見えるか見えないか、教えてください。」
「わ、わかりました…」
『血鬼術 惑血 視覚夢幻の香』
「うぉっ…」
「わぁ…」
珠世さんが血鬼術を発動させたのか、司と杏花は驚きの声をあげている。でも、わたしには何も見えない。
「君がいなければ、どこか別の場所にいるって錯覚しそうだな。」
「そ、そう?わたしは何も見えないんだけど…」
そこで珠世さんは血鬼術を止めた。
「やはり何も見えませんでしたか。」
「はい、何も変化は感じなかったです…」
「間違いありませんね。澪さんは盾の能力を持っている。」
「盾か。」
司はいかにも満足そうに言った。
「そう考えたことはなかったが、なんだか納得がいったよ。ぼくは今までも、そしてこれからも、君の考えを知ることは永遠にできないってわけだ。」
「母上、特別なのね。」
杏花はごく当たり前のように言った。まるで、わたしの着物の色を指摘するように、普通に。
「でも、戦闘じゃ何の役にも立ちません。下弦の壱の時は助かりましたが、鬼は物理的な攻撃をしてくるものが大多数ですし…」
「そうでもないぞ。」
愈史郎が言う。
「ある意味、一番厄介とも言える能力だ。限定されているとはいえ、無効化できるということは、常に例外であり続ける。防衛能力者に対して、できることはほぼないに等しい。どんなに強力な能力も、防がれては意味ないからな。」
頭がクラクラする。わたしの能力はわかってたはずなのに。恐るべき転生1年目を人間を食わずに乗り越える自己制御力。
でも、鬼の特殊能力はせいぜい1人につき一つじゃないの?
それとも、最初から司が正しかったの?わたしの自制心は、自然の範囲を超えているのではと武流さんが指摘するまで、司は単に集中力と取り組み方の問題だって思ってたみたい。
どちらが正しいの?わたしには他にもできることがあったってこと?
あ、でも禰 豆子ちゃんもそうか。驚異的な自己制御能力と、爆血と呼ばれる血鬼術。
そして、愈史郎さんがこれから言う言葉で、わたしはさらに驚愕することになるのだった。
話の切り所が難しい…