「お前、それ放射できるのか?」
愈史郎さんが興味深そうに聞いてきた。
「放射、って?」
「自分の外へ押し出すんだ。」
「押し出す…」
「自分以外の誰かを守るってことだよ。」
愈史郎さんが説明し、司が捕捉してくれた。
「どうかな…自分の潜在能力も今知ったところだし。考えたこともなかったから…」
「まぁ、できないかもな。」
愈史郎が素早く言った。
「珠世様も俺も、血鬼術を操るのに数世紀かかったんだ。」
そりゃそうよね。ほぼ不滅の存在になって、突然人間の時は気がつかなかった能力が判明して、それをいきなり操れるようにれるわけない。
でも、もしできるようになれば?下弦の壱の魘夢のように、精神的に痛めつける攻撃をしてくる敵から司を、杏花を、みんなを守ることができたら…それは願ってもないことだ。
「やり方はわかりますか?教えてください!」
わたしは思わず愈史郎さんの手を掴んで訴えた。しかし、愈史郎さんは顔を歪めた。
「気安く触るな貴様!俺に触れていいのは珠世様だけだ!」
「愈史郎!やめなさい。わたしも澪さんの能力は興味深いと思います。手伝って差し上げるべきです。」
「はい、珠世様。」
愈史郎さんはものすごく不機嫌で、嫌々応じた。
「でもお前、少し力を緩めろ。地味に痛かったぞ。」
「あ…」
そうだ。鬼が一番強いのは、なってから最初の一年だ。人間だった頃の自分の血を糧にしているから、身体は信じられないほど強靭だし、本気を出せば、年かさの鬼でもたやすく潰せる程だ。力を制御しないとだめなのだ。迂闊だった。
「ごめんなさい、気をつけます。」
「澪に悪気はないんだ、許してくれ。」
司も加勢してくれて、愈史郎さんはそれから渋々教えてくれた。
「まぁ確かなことは言えないが…盾の動きを、色をイメージして、意思で広げるんだ。」
それだけ?と思ったけど正直、かなりの難題だった。つかみどころも働きかけるモノも何もない。家族を、誰かを守りたいと熱望するだけだ。捉えようのない盾を何度押し出そうとしても、かすかで散発的な手応えしかない。
目に見えないゴムひもを伸ばそうと格闘しているような感じだ。しっかり掴んだと思ったら、いつの間にか煙のように消えてしまうゴムひもを。
結局、3時間ほど格闘してみたけど、あまり成果はなかった。ほんの少しだけ、身体の外に押し出せるようになっただけだ。
それを見かねた愈史郎さんは、わたしには強いモチベーションが必要だと言った。
実際に誰かが危機に瀕しているところを目の当たりにするとか。
「珠世様、白日の魔香を発動させてください。」
「何ですか、それ…」
なにかはわからないけど、なんかまずいということだけは本能的に察知した。
「自白剤のようなものだ。脳の機能を低下させることで虚偽を述べたり、秘密を守ることが可能となる。ただ、これは"人間が吸い込めば"有害なものだ。」
え、まさか…
「ちょっと待って、杏花を使う気ですか?!」
「それくらいの危機感があった方が、お前の能力を引き出せる。」
「やめて、冗談じゃないわ!」
司はわたしを落ち着かせようと、わたしを抱き寄せる。
「絶対にやめてください!」
わたしは鋭く叫んだ。
杏花が手を伸ばすと、わたしはとっさに腕を広げて抱き上げる。杏花は丸くなってわたしにすりより、肩のくぼみに頭を押し付ける。
「わたし、母上のお手伝いしたい。」
「だめよ、今回はだめ。愈史郎さん、それ以上この子に近づかないでください。」
「そうはいかない。」
愈史郎さんは静かに前進する。獲物を見つめる狩猟者のように笑みを浮かべて。
わたしはそれに合わせて後退しながら、杏花を背中に移動させた。
ここにいる人はみんな、わからないのだ。我が子に対する愛情を、身をもって知らないから。わたしがすでにどれほど限界を超えてしまったか、気づいていないに違いない。
……いや、愈史郎さんなら気が付いてるのか…?わたしの能力も見破ったことだし…
憤怒に駆られて、わたしの視界は奇妙に赤みがかり、焦げた金属のような味が広がる。常に抑え込んできた力が、全身にみなぎってくる気がした。
激しい怒りで、全神経が研ぎ澄まされた。盾の収縮も今までよりずっとはっきり感じられる。
紐ではなく、膜のように、頭から爪先までわたしを覆う薄いフィルムみたいだ。身体中に広がる怒りに合わせて、盾をさらに敏感に捉え、しっかり把握した。周囲に張り巡らせて外へ広げる。
「そこまでだ!」
司が声を上げて、わたしは我に返った。
「愈史郎、澪から少し離れて、落ち着かせてやってくれ。今みたいに煽るのは良くない。そうは見えないだろうが、澪は鬼になってまだ1ヶ月だ。キレたら、ぼくもだが、君も捻り潰されるぞ。」
「司さんの言う通りですよ、愈史郎。不用意に煽るべきではありませんし、杏花さんは半分は人間なのです。傷つけることはどんなことでもすべきではありません。」
愈史郎は少しムスッとしながらも頷いた。
「でも、これでわかっただろ。能力を引き出す最大の原動力は、怒りの感情なんだよ。」
たしかに、その通りだ。
他でもない娘を傷つけられると思ったら、怒りに支配されて、いろんな物事が一気にクリアになった。問題は、自制心を保てるかどうかだ。それで我を失い、周りの人を傷つけたら本末転倒だ。
「それに、今のはかなりうまくいったんじゃないか?」
「そうだな。」
愈史郎の言葉に、司が同調する。
わたしも司の声につられて顔を上げた。
「さっき、澪のとなりにいた杏花の考えが、全くわからなかったんだよ。成功だ。君の盾が、杏花にも放射されて、彼女を守ったから、ぼくは考えが読めなかったんだ。」
それを聞いて、どんどん理性が戻ってきた。愈史郎さんの言葉の意味もわかる。怒りはプラスになりえるのだ。プレッシャーにさらされた方が、学習スピードは上がる。だからといって、歓迎はできないけど。
「まぁ、初日にしては上々なんじゃないか?
これで俺らがいなくても自主練できるだろ。せいぜい努力することだな。」
そうか、一度コツを掴めば、わたし1人でも練習できる。そのために、愈史郎さんはわざとわたしを煽ったんだ。
「ありがとうございます、愈史郎さん。助かりました。」
「別にお前のためにやったんじゃない。お前らを早く帰らせるためだ。」
あ、そうか。珠世さんと2人になりたいんだ。わたしたちはお邪魔なのね。さっさと退散しよう。
「遅くまですみませんでした、そろそろおいとまします。」
「澪さん。」
「はい?」
帰ろうとしたら、珠世さんに呼び止められた。
「あの…杏花さんの血を、取らせていただけないでしょうか。」
「採血、ってことですか?」
「少しで結構なので、調べさせていただきたいのです。もしかしたら、何かわかるかもしれません。」
それはこちらからお願いしたいくらいのことだ。今日ここに来たのは元々は杏花のためだし。
まぁ、わたしの能力が判明して、そちらに話題が逸れてしまったのだけれど。
「わかりました、お願いします。」
「ありがとうございます。実は、鬼を人間に戻す薬を作ろうとしているんです。もしかしたら杏花さんが、その鍵になるかもしれません。」
もし本当にその薬ができたら…禰 豆子ちゃんも人間に戻すこともできるかもしれない。
鬼になったわたしでも、半分鬼の要素を持つ娘でも、少しでも鬼殺隊の役に立てるかもしれない。そう思うと、ほんの少しでも救われた気分だった。