わたしは劇場に7回観に行きましたが、何度観ても泣いてしまいます。
お館様から全隊士に「わたしを見ても殺すな」という通達がいってからすぐ、炭治郎から会いたいと手紙が届いた。
わたしも直接みんなに説明したかったから、任務から帰ったらすぐ会おうと返事をした。
そしてわたしは今、蝶屋敷の庭で炭治郎、善逸、伊之助と対面している。3人はわたしを前にして、口をあんぐりさせて固まっている。
「わかってる、混乱するわよね。何も連絡できなくてごめんなさい。」
「ちょ、ちょっと整理させてもらえる?」
かろうじて声を出せたのは、炭治郎だけだった。
「君はあの結婚式の後、新婚旅行に行って…妊娠、したんだね?」
「えぇ。」
「それで、その子が生まれた…」
「そう。」
杏花は3人の方を見て、にこにこ笑っている。
「この子を産んだ時にその…色々あって死にかけて、司がわたしをやむなく鬼にしたの。かなりの賭けだったけど…成功した。で、ご覧の通りってわけ。」
「でも、結婚式から1ヶ月ちょっとしか経ってないよね?」
「えぇ。本当に、怒涛の1ヶ月だったわ。」
善逸はわたしの頭から爪先までまじまじと見て、たった一言、
「すっげー美人…」
とだけ言った。
「おい、善逸…」
炭治郎は善逸をたしなめるが、そう言う炭治郎や伊之助の視線もわたしに集中している。
鬼になると、人間を惹きつけるために、整った容姿になる。人間だった頃の面影が全くないわけではないけど、わたしの容姿は凡人中の凡人だった顔が、会わなかった1ヶ月の間にいつの間にか花魁並みになっているのだから、驚いて当然だ。
伊之助に至ってはわたしに気がつかずに斬りかかろうとして、炭治郎と善逸が必死に止めるはめになり、説明しても「こいつ誰だ?子分その4を連れてこい!」と言う始末だった。
「澪ちゃん、変なこと聞いて悪いんだけどさ…」
「いいのよ、何でも聞いて。」
切り出したのは善逸だった。
「澪ちゃんはさ、その…ぼくらを目の前にしても、平気なの?」
善逸は言いづらそうに質問してきた。
あぁそうか。鬼のわたしが、平然としてるから、不思議に思ってるんだ。
炭治郎は別だ。人を襲わない禰 豆子ちゃんと常に一緒にいるから、違和感をあまり感じないのだろう。
「平気よ。東城家のみんなと同じように、動物だけ狩ってるの。クマとか、鹿とか。わたしはなりたてだから、今は毎日狩らないとダメだけど、慣れれば3〜5日に一度狩りをすればいいくらいになるらしいわ。ここに来る前にも、念のために鹿の血を飲んできたし、飢餓感はないから、安心して。」
「そうなんだ…」
「ごめんなさい、不快にさせた…?」
顔を顰める善逸や炭治郎の顔を見たら、少し怖くなって、恐る恐る聞いてみた。
しかしそれを聞いた2人は、ぶんぶんと首を横に振った。
「違うよ、単純にすごいなぁって思ってさ。」
「そうだよ、簡単にできることじゃないだろう?禰 豆子でさえ、最初俺を襲おうとしてたしさ。」
それを聞いて、わたしは最初の狩りでのことを思い出した。
「でもわたしも最初の狩の時に、たまたま近くにいた人間がいて、あれはものすごい欲望に駆られたわ。思わず司を威嚇しちゃったくらいよ。それから、やっぱり不死川さんの血は凄まじかったわね。禰 豆子ちゃんも苦労したって、事前に聞けてたから、何とか抑え込んだけど…」
「なっ…!」
それを聞いた炭治郎は青ざめた。なんだかそれを見てるこちらまでそうなりそうなくらい、蒼白だ。
「まさか澪"も"刺されたの?!」
「いいえ。不死川さん、最初杏花のことを試そうとして、自分の腕を斬ったのよ。あの血の匂いは、並のものじゃなかったわね…」
だめだ、思い出すだけでも空腹を覚えそうだ。振り払おうと、首を横に振った。
炭治郎はわたしとこの子に何もなかったとわかって、少し安心したみたいだった。
「しなずがわさん、びっくりしてたよね。」
「うわっ、しゃべったぁ!!」
いきなり杏花がしゃべったから、善逸はびっくりして飛び上がった。
そりゃびっくりするわよね。3歳ほどの見た目なのに、片言とかじゃなくてすらすら話してるんだし。
「喋った!喋ってるよその子!!でもめちゃくちゃ可愛い声!っていうか、どう見ても生後1ヶ月の見た目じゃないよね?!」
「静かにしろ善逸!びっくりしちゃってるだろう!」
喚き散らす善逸を、炭治郎が宥める。
杏花は善逸の大きな声に驚いて、わたしにしがみついて胸に顔を埋めてしまった。
そんな杏花を少し引き離して、手を握った。
「杏花、この3人はね、わたしの大切なお友達なの。ご挨拶して?」
「はい、ははうえ。」
杏花はわたしから離れておずおずと3人に近づくと、少し恥ずかしそうに話し始めた。
「はじめまして、とうじょうきょうかです。よろしくおねがいします。」
「はじめまして、杏花ちゃん。ぼくは竈門炭治郎だ。よろしくね!」
炭治郎は花のような笑みを浮かべて返してくれる。
「かわいいーーーー!なんてかわいい子なんだ!!ぼくは我妻善逸だよ、よろしくぅ!!」
善逸はさっき喚いていたのが嘘のようにメロメロになり、目をハートにしている。
思わず「あなたには禰 豆子ちゃんがいるでしょ」、と言いそうになった。
「俺は嘴平伊之助様だ!親分と呼べ、子分その5!!」
「はい、おやぶん!」
「おい、この可愛い子を子分だなんて、何考えてるんだこの猪頭!」
「んだと?!」
善逸と伊之助はやっぱり喧嘩になり、庭で乱闘を繰り広げている。
「相変わらずなのね、あの2人。」
「まぁね。でも…本当に色々大変だったんだろうけど、とにかく君が死ななくてよかったよ。またこうして会っておしゃべりできるんだし。」
「そう、よね…ありがとう…」
炭治郎の言う通りだ。でも、素直に喜べない気持ちもあった。
あのまま死んでいたら、杏花の成長を見届けられなかったし、こうしてみんなと会えなかったわけだし…そう自分に言い聞かせてるけど……
でも、ずっと心に引っかかっていることがあった。
「澪?どうしたの?」
そんなわたしを見かねて、炭治郎が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「……今のわたしを見たら、煉獄さんは…失望するだろうなと、思って…」
それを聞いて炭治郎は顔を歪めて、複雑そうな顔をしていた。
煉獄さん。
命をかけて、わたしたちを守ってくれた恩人。優しくて強かった、誰よりも。
彼はどんなに誘惑されても、鬼になることを拒んだ。最後まで人間のまま、命を全うした。
『俺は如何なる理由があろうとも、鬼にならない。』
もちろん、わたしもそのつもりだった。人間のまま、杏花を守って死にたかった。
でも…
「せっかく命に替えて守った者が鬼になったのよ。お墓にも行けない。行く資格なんて、ない…」
自分が人間だった時は、客観的に見ていたから、東城家のみんなのことをただ「鬼なのに''菜食主義生活"なんて大変そう、すごいなぁ」などと思っていた。今なら、前に司が言っていた言葉の意味がよくわかる。
『ぼくらはいくらお館様をはじめ、鬼殺隊に認められてたって、人間を食べないからって、所詮鬼なんだよ。』
その通りだ。その言葉の意味が、今なら痛いほどわかるし、わたしの身にのしかかっていた。
「澪、ぼくを見て。」
炭治郎は俯いたままのわたしの手を取る。
「忘れてるかもしれないけど、煉獄さんは禰 豆子のことも認めてくれたよ。」
それはそうだろう。当たり前だ。それに値する子なのだから。
「煉獄さん、言ってたよね。命をかけて鬼と戦い、人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だって。君もそうだ。鬼になったけど人を食わずに、今まで通り任務に出て、鬼を狩ってるじゃないか。」
わたしはやっと顔を上げた。そこには少し悲しそうだけど笑っている、炭治郎の顔があった。
「だからぼくは、煉獄さんが失望しているとは決して思わない。もしこの場にいたら、禰 豆子と同じように『君を信じる、鬼殺隊の一員として認める』って言ってくれると思う。それにさ、杏花ちゃんだけど…もしかして、煉獄さんの名前から取ったんじゃない?」
「そうよ。恩人の名前をいただきたかったから。」
「司さんと杏花ちゃんと3人で、お墓参りに行ったら、煉獄さんきっと喜ぶよ。行くべきだ。」
炭治郎の言葉が、わたしの心にすっと入り込んできて、鬼になってからのしかかっていた心の重りが、少し軽くなった気がした。
「ありがとう、炭治郎。気が楽になったわ。」
「どういたしまして。ぼくだけじゃない、善逸も伊之助も、君の味方だから。それを忘れないでね。」
「ははうえ、かなしいの…?」
そこに、わたしが泣いていることに気がついた杏花が、わたしの頬に手を当てる。わたしは慌てて涙を乱暴に拭った。
「ううん、大丈夫よ。ねぇ杏花、明日父上と一緒に3人でお墓参りに行こうか。」
「おはかまいり…?誰の?」
「わたしを救ってくださった、大切な人のよ。杏花にも、一緒に来て欲しいの。」
「わかった、いく。だから、もうなかないでははうえ。」
そうよね。
泣いて蹲るのは時間の無駄よね。
この子にも知っていてほしい。
あの時、煉獄さんがいなかったら、わたしも杏花も今ここにいない。
あの時、命をかけて煉獄さんが守ってくれたから、今こうして生きていられるのだ。
心を燃やします。
この先、どんな困難が待ち受けていようとも。
あれから禰 豆子と杏花は一緒に遊び、とても仲良しになりました。