それからすぐ、庭の奥の方、いつも洗濯物を干している方から、声が聞こえてくる。
「離してください!わたしっ…この子はっ…!」
アオイ…?!なんか口調が切羽詰まってる。
一瞬で移動して行ってみると、音柱の宇髄様がアオイのなほを軽々と持ち上げていた。
「うるせえな、黙っとけ。」
「やめてくださぁい!」
「はなしてください〜!」
すみときよは泣き喚いている。
「ちょっと、やめてください。嫌がってるじゃないですか!!」
「澪さん!」
「澪!」
わたしは思わず大声を出すと、宇髄様の腕を掴んだ。アオイとなほはわたしを見てほっとしている。
宇髄様はわたしを見るなり、目を見開いた。
「お前、奏多…じゃなくて、東城澪か?」
「だったらなんですか。さっさと離してください。」
宇髄様はすぐに離した。最初はわたしの冷めた口調に驚いたからだと思っていたけど、次に出て来た言葉で違うとわかった。
「ぶったまげた、別人みてェだな…」
わたしは少し顔を顰めた。
「そんなに驚きます?鬼になってから柱合会議で一度見てますよね?」
「そうだが、こうして目の前にすると…あの地味娘が、こんな…最高峰の花魁みてェな…」
「その辺にしておいてください、みんな引いてますよ。」
「あ、あぁ…それから、その手、そろそろ離してくれねェか?地味に痛ェんだが…」
「わっ…」
まずい、またやっちゃった…力を制御しないと…!
「す、すみません!」
「気にすんな、俺そんなやわじゃねェから。」
「それで、ここへは何しに?怪我をしているようには見えませんが。」
「あぁ、そうだった。任務で女の隊員が必要でな、こいつらを連れて行くんだよ。」
アオイの方を見ると、青ざめた顔をしている。
「なほは隊員じゃありませんから、連れて行けませんよ。アオイも蝶屋敷でやることが山ほどありますから、わたしが代わりに行きましょう。それで勘弁していただけませんか。」
宇髄様は少し考え、わたしをまじまじ見ると、冷静に首を横に振った。
「いや、それはダメだ。お前は既婚者だし、子持ちだろ。それに正直、こんなぶっ飛んだ美人を遊郭に連れて行ったら、別の意味で殺されそうだ。」
え?遊郭?
「じゃあ俺たちが代わりに行く!」
いつの間にか炭治郎が来ていて言った。
そこに伊之助と善逸もやって来る。
「俺は力が有り余ってる。行ってやってもいいぜ!」
「アアアアアアオイちゃんを返してもらおうか!たとえあんたが筋肉の化け物でも、俺は一歩もひひひひ引かないぜ!」
「あ、そォ。じゃあ一緒に来てもらおうかね。」
やけにあっさり引き下がったな…
わたしはアオイの元に駆け寄る。
「大丈夫?」
「澪、ありがとう…」
アオイは珍しく、半泣きになっている。不謹慎だけど、めったに見られない顔だなと思ってしまった。
それからすぐ、炭治郎たちは任務に向かった。遊郭がどうのとか言ってたけど、柱の宇髄様も一緒だし、みんななら大丈夫だろう。
不安はない。みんな鍛錬を重ねて、強くなっているから。絶対に生きて帰ってくる。何も心配ない。そう自分に言い聞かせた。
そして翌日。
「ははうえ、どうしたの?」
突然歩くのをやめたわたしを不思議に思ったのか、杏花がわたしの着物の裾を引っ張る。でも、わたしはやっぱり怖かった。
炭治郎はあんなふうに言ってくれたけど、煉獄さんがどう思うかは、本人にしかわからない。
ふと視線を落とすと、杏花が心配そうにわたしを見上げていた。イメージは特に何も伝わってこない。純粋に心配しているみたいだ。
情けない。娘に心配をかけさせるなんて…
信じられないくらい大人びているけど、この子はまだ"赤ちゃん"なのだ。
「大丈夫よ。行こうか。」
いざ煉獄家のお墓の前に来たら、涙が溢れてきた。もっと早く来るべきだった。でも、ここで言うべきは謝罪じゃない。
「来るのが遅くなってすみません、煉獄さん。今日は娘も連れてきました。あなたがいなければ…あの時、命に替えて守ってくださらなければ、この子は生まれていません。本当に、なんとお礼を申し上げたらいいのか…」
その時、わたしの手を握っていた杏花が、わたしにイメージを伝えてきた。それに思わず微笑む。
「そうよね、それしかないわよね。」
わたしは真っ直ぐ前を向く。
「ありがとうございます。」
思い出すと、また涙が溢れて止まらなかった。
「最初は、そうも思えなかったんです。あなたに守られるだけで、何もできなかった自分が情けなくて…完全に打ちのめされてた。わたしだけじゃない、炭治郎、善逸、伊之助もみんなそうでした。でも…みんな強くなった。炭治郎は水の呼吸とヒノカミ神楽を混ぜる事でより長く体力を維持できるようになったし、善逸は単独任務でも駄々をこねなくなったし、伊之助は以前にも増して猪突猛進になりました。今行っている任務は上弦がいるとの情報もありますが、あの3人なら大丈夫だと思えるんです。強くなったから。他でもない、あなたが守った存在だから。」
杏花はわたしの話が終わるまで口を挟まずにちゃんと聞いていて、区切りがついたとわかると、話しかけてきた。
「ははうえ、おしえて。れんごくさんって、どんなひとだったの?」
わたしは杏花の手を握り直して、自分と同じ茶色の目を見つめた。
あぁ、わたしにもこの子みたく、自分のイメージを鮮明に伝えられたらいいのに…
ふとあるアイデアが浮かんだけど、それは今はいいや。
わたしの足りない文章力を総動員して、杏花に説明した。煉獄さんの生き様を。どんな人だったのかを。
とても優秀な剣士だった。柱からの評価も高く、みんなから好かれていたし、尊敬されていた。リーダーシップがあって判断力も高く、的確な指示を出してくれた。あれがなければ、わたしと炭治郎と伊之助は連携が取れずに、下弦の壱を倒すのに相当手こずっていただろう。
そして、脇腹を刺されたわたしに呼吸で止血する方法を教えてくれた。あれで止血できてなければ、わたしはあの場で失血死していたかもしれない。
そこに、上弦が来た。夜明けが近かったのに。
凄まじい戦いだった。目で追えないほどの、激闘。鬼になれといくら勧誘されても、致命傷を負っても、絶対に応じなかった。最後まで、人間として戦い抜いた。
わたしも、炭治郎も、善逸も、伊之助も、200人の乗客も、みんな煉獄さんに救われた。
そして、杏花。
あなたの名前は、煉獄さんの名前から取られている。
杏花に言い聞かせているけど、実際には自分にそうしている感覚だった。忘れないように。いつまでも、覚えておけるように。
「すごいひとだったのね。」
「そうよ、その通り。すごい人だった…誰よりも。優しくて、強かった。それをあなたに知っててほしかったの。これからも、忘れないでいてね。」
「わすれない、ずっと。」
杏花はわたしの手を離すと、ひらひらと歩いてお墓の前に立つと、静かに手を合わせた。
「ははうえをたすけてくださって、ありがとうございます。」
手を合わせるなんて、教えたことないのに…と思って振り返ってみると、司が微笑んでいた。あぁ、あなたが教えてたのね。
あれから、色々あった。なんでわたしなんかが生きているんだろうって思ったこともあった。今も、思わないと言えば嘘になるかもしれない。
でも…
「こころをもやすの」
「え?」
杏花がふとそう言った。
「こころをもやすんでしょ。ははうえ、よくそういってるよね。」
「……」
そうだ。心を燃やす。
「そう。その通りよ。杏花、あなたはこれから、生きる上でたくさん困難にぶつかると思う。でもね、残念だけど、世の中は不公平なものなの。生き残るべき人が死んでしまうこともあるし、なんでこんな目に遭わなきゃいけないのかって、打ちのめされることもある。人生はうまくいかないものなのよ。でも、忘れないで。それは原動力にできるの。悔しさが、生きる糧に、心を燃やすきっかけになる。強くなれる。今はよくわからなくても、覚えておいてね。」
「はい、ははうえ。」
「…そろそろ帰ろうか」
司が言い、わたしが頷く。
わたしはもう一度手を合わせると、司と杏花の手を握り、その場を後にした。
屋敷に帰ると、杏と百合が出迎えてくれた。
「抱っこさせて!」
百合は杏花を見るなり待ってましたと言わんばかりに抱っこする。
「まるで誘拐犯みたいだな。」
司が呆れたように呟く。
杏はというと、満面の笑みを浮かべている。これにはなんとなく、見覚えがあった。
弾むような足取りでわたしに歩み寄ってくると、鍵をわたしに差し出した。
「なにこれ?」
「プレゼントよ。澪、誕生日おめでとう!」
わたしは呆れて天を仰いだ。
「あのね杏、普通は0歳のお祝いなんてしないのよ。最初の誕生日は1歳からでしょ。」
「転生のお祝いをしてるんじゃないわ、それはまたね。今日はあなたの誕生日だもの。18歳の誕生日おめでとう!」