全てが丸く収まっている。そう思っていた。
わたしは今まで通り任務に行くし、眠る必要がないから、昼間は司と娘と一緒に過ごす。昼夜逆転生活だけど、何もかもが充実していた。
でも、気にかかることが一つ。娘の杏花のことだ。
はじめて口をきいたのは生後1週間の時だった。自分の子どもが初めて言葉を発したら、普通なら有頂天になるところだ。でも、わたしは杏花の成長に恐れ慄き、凍りついた顔で微笑み返すのがやっとだった。
おまけに、杏花は最初の言葉に続けて、文章を言った。「母上、眠いからもう寝るね。」と、澄んだ高いソプラノで。
杏花は自分の考えや希望をただ"見せて"伝える方がいいらしく、めったに話さない。わざわざ声に出したのは、わたしが部屋の反対側にいたからだ。
その後3週間もしないで最初に歩き始めた時も、似たようなものだった。杏花は長い間百合の姿をじっと追い、花を抱えて踊るように部屋のあちこちへ移動しながら花瓶に生けているおばの姿を、ひたすら観察していた。そしてすくっと立ち上がると、危なっかしさのかけらもなく、負けず劣らず優雅に歩いてみせたのだ。
司と武流さんは調査に没頭して、なんらかの答えがないかアテになる手がかりを探していたけど、成果も確証もなかった。
たいていは、杏と百合のファッションショーで、1日の幕が開ける。杏花が同じ服を二度着ることはなかった。すぐにきつくなってしまうし、杏と百合が成長記録として、毎日写真を撮ってアルバムにしているからだ。アルバムは数週間じゃなくて、数年にわたっているように見える。
2人は山ほど写真を撮って、杏花の早送りの幼少期をあますところなく記録している。
生後3ヶ月で、杏花はすでに3歳児並みの大きさだ。体型も、あまり幼児らしくない。スリムで優雅で均整がとれ、まるで大人のようだ。
赤銅色の巻毛は腰まで伸びている。言葉も完璧な文法と発音で喋れるし(まぁあまり喋らないのだけど)、敬語も使える。
わたしは杏花が寝る前に詩を読みきかせる。言葉の流れとリズムが安らぎを与えるようだからだ。
読み物は常に新しいものを探さなければならない。杏花は普通の子どもと違って、おやすみの前に同じ話を繰り返されるのを嫌がるし、絵本も嫌いだ。
布団に入っている杏花は、わたしの頬にふれる。そしてぶつぶつと詩を朗読し始めた。
「自分で読んでたら、眠れないでしょ?」
声の震えをなんとか抑えて問いかけた。
武流さんの計算では、杏花の成長はだんだん遅くなっているらしい。頭脳は引き続き急成長しているけど。このままの速さで成長が鈍化したとしても、わずか4年足らずで大人になってしまう…
このままいけば、15歳でおばあさんだ。
たった15年の命。
それでも、杏花は健康そのものだ。元気で明るく、キラキラしていて幸せそうだし、みんなを惹きつけてやまない。
目に見えるすこやかさのおかげで、今そばにいられることに満足し、未来のことは明日に委ねようという気になる。
そんな時、珠世さんから手紙が届いた。
『澪さん。杏花さんの血を提供してくださってありがとう。調べてみましたが、成長の速さは確かに驚異的なものです。しかし鬼の血が半分ですから、このまま成長して老いて死ぬというのは考えにくいと思います。これはわたしの憶測ですが…杏花さんは6、7年ほどで完全な大人になり、その後は老いないのではないかと思います。』
成人まで成長したら、その後は老いない…?
もしそれが本当なら、願ってもないことだ。わたしたちは家族として、永遠に幸せに暮らせる。
ふと見ると、杏花はピアノを弾いている。最近興味を示し、毎日練習しているのだ。音楽の才能は司に似たようで、本当によかった。
「あの子は長く生きるのね。」
「そうだな。」
同じく手紙を読んだ司が、わたしのそばに来て言う。
唯一の心配ごとが、まだ確証はないにしても、解決して、肩の荷が降りた気分だった。
この幸せの潮流の中で一番大事なのは、何より揺るぎない現実。
わたしが司と杏花と一緒にいること。永遠に。
杏によると、これからそう遠くない未来に、大きな戦いが起こるらしい。そしておそらく、柱も大多数は生き残れないだろうと。
それを聞いた時、わたしはがっかりなどしなかった。杏の未来予知は不確定要素も多いし、もしそうなるとしても、それはわたしが変えてみせる。
わたしは鬼だ。疲れることもないし、傷を負ってもすぐに治る。柱全員を無傷でとはいかないだろうけど、出来る限りサポートして、犠牲を最小限にしてみせる。絶対に。杏のおかげで、決意が固まった。