秘密の先に恋をして   作:ゴマ醤油

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彼女は
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 少女は、今日という日を振り返りながら笑っていた。

 

 普段から彼女を知っている人からすればそれこそ最初に驚愕が浮かぶであろう程、隠そうともしない獰猛な笑み。

 まるで得物を見つけた獣。飢えに飢えて死の淵を彷徨う中で、命を繋ぐ食べ物を発見したかのように喜びを露わにするように悦に浸る──そんな光景を幻視させるほどに口を歪ませていた。

 

「……ようやく、ね」

 

 彼女がどれだけ待ちに待ったことかと、思わず噛み締めるように呟いた言葉に対し更に表情を歪ませていく。

 

 椅子に座りながら、最早隠しきれない程に零れる微笑。まるで怪物の嘲笑──すなわち、溢れんばかりの彼女の歓喜そのもの。

 

「長かったわ。……本当に。どうしようもないほど!! 絶望的に!! ……この一年は長かったわ」

 

 一度言葉にしてしまえばもう止まることはない。栓を開けた蛇口のように、絶え間なく途絶えることなく零れ続けるそれは淀みきった泥のように、どろどろと溢れ流れていく。

 

 ──だが、それも仕方が無いこと。最早彼女にとってこれは日常の一切れにすぎない。"彼”という劇薬と、絶望の果てに辿り着いた運命と巡り会ったあの時から続いているに過ぎないのだ。

 

 手に持つ一枚の写真を観る様は、まるで神に祈る敬虔な信徒のよう。例えどれだけの苦渋困難が待ち受けようとも、神にさえ思いを捧げていれば幸せだと確信する凶徒と同義。それほどにまで“彼”という存在に心酔し固執していた。

 

 彼が自分から動くのをどれだけの間待ち望んでいたか。マグマの如く煮えたぎるこの興奮を測ることなど──嗚呼、それこそ自分にだって出来はしないだろう。

 

「けどそれも終わり。ようやく冬夜君が、臆病な彼が自分から動いてくれる気になったのだからそれで十分」

 

 机に置いた写真に写る彼──垣根冬夜の顔を宝石を愛でるようにゆっくりと指でなぞり、もう一方の手で机の一番上の引き出しを開けていく。

 

 ──そこには写真があった。おびただしいほどの数の同じ人物を写した写真。撮られていると想像すらしていないのであろう彼の自然な日常が、そこには無数に切り取られていた。

 

 ついさっきまで指で触れていた写真がその中に新たに加わる。自身の通う高校で使われている体操着に身を包んだ彼が、球技大会で彼がボールを蹴ろうとするその瞬間が、これ以上無いくらい丁寧に彼女の大切な宝箱の中に入れられた。

 

「彼がどうなるか。ああ、実に楽しみねぇ」

 

 彼女はこれからの日々を、いずれ来るであろう輝かしい未来を思い悦に浸る。 

 きっかけは作った。口実も与えた。後は彼がどういう選択を取るか──それだけの話。

 

 あの勘の良い男を利用しウィズフレ(こんなサイト)を使ってまで、彼を導ける関係──絶対の味方という立ち位置を作り上げたのだ。

 すべては彼に自信を持ってもらうため。私を救ったあの日のような自信を取り戻してもらうためのプロセスなのだ。

 

 幼馴染という思わぬ誤算もあったが、結果的には彼が動く要因になってくれたので予定を少し早く進めることが出来る。そうすれば、秋頃のあのイベントまでには間に合うはずだ。

 

 失敗したらそれはその時だ。この計画が上手くいかず、彼がどれほど捻くれようとすべてが嫌になろうともそれはそれ。私の方から手を伸ばし、そのまま二人だけで暮らすのも悪くはないだろう。

 

 どちらでも良い。彼がどうなろうとも彼は彼。けどせっかくなら彼から踏み出して欲しい。彼自身が自分の事を──私が好きな彼のことを嫌いじゃなくなってくれればそれは喜ばしいことなのだ。

 

 何処まで行ったとしても私が望むのは彼の幸せ。彼が胸を張り誇らしく人生を歩んでくれるのなら、私に出来ることならなんでもするつもりだ。

 乗り越えるべき壁は多い。境遇、過去、幼馴染。──そしてあの女。

 

 雲のようにつ掴み所の無い浮浪。誰の手にも余る孤高。──彼が立ち止まることを望む一匹狼(もうどく)

 あれだけは駄目だ。あいつが彼の隣に居座ってしまえば彼は変わることは出来ない。変化を望まず、彼を揺らがない置き石程度にしか思っていないあの女は──彼には相応しくない。

 

 やらなきゃいけないことはあまりに多い。けれど、彼と私の輝かしい未来のためならば、例えそれがどんなに大変でも成し遂げなくてはならないのだ。

 

「とりあえず、次の修学旅行のための計画を練らなくちゃね」

 

 そっと引き出しを閉め、机に向かう彼女。

 彼女のいる部屋に響くのはカリカリと鉛筆を走らせる音。そして彼女が漏らす心の音のみであった。

 

 ──彼女は、笑っていた。

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