秘密の先に恋をして   作:ゴマ醤油

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はじめて

 自室に鞄を放り投げ、布団に溺れながら溜息をつく俺。

 自宅とは心安らぐ場。学校というある種の地獄から開放された人間が、すり減ったメンタルを癒やす場所。――そのはずだ。

 

「ウィズフレ、ねぇ……」

 

 最早相棒と言っても過言ではないくらいお世話になっている携帯の画面に映るのは、先程翼に紹介されたウィズフレンドなるサイトである。

 

『ウィズフレは知らない人との会話を楽しむために作られたものなんだ』

 

 翼が言う限りでは、他人に愚痴を吐くためのストレス発散を目的として作られたらしい。

 まあ要はボイスチャットだけで行うマッチングシステムと言ったところか。確かに身近な人間には吐けないであろう汚い部分をリスク無く聞いてもらえるなら、用途はあるのかもしれない。

 

「……でもよりにもよって、俺にこんなものを勧めるなんて正気なのかな?」

 

 基本間違ったことを言わない翼の言葉だからこそわざわざ部屋に戻っても考えてはいるのだが、それにしても胡散臭いサイトだ。

 そもそもこれ無料なのだとか。翼が言うには後から請求されることもないらしく、個人情報もほとんど使わないらしい安心さが売りなのだと。

 

 ……本当にぃ? この手のやつって大概は後から痛い眼を見るのがお決まりじゃない?一ヶ月くらい使ったくらいで六桁くらいの請求が襲ってくるとかありそうじゃない?

 

 まあでも、あいつがそんなしょうもないことをする人間じゃないのは付き合いでわかっているし、本当に善意で勧めてくれたんだろう。

 ……一回だけやってみようか。少しだけ触って俺には合わなかったと言えば、あいつの顔を潰さなくても良いし話のネタになる。うん、以外とメリットも多い。

 

 そうと決まればと、机に置かれているパソコンを起動させ先程のサイトを広げる。

 携帯でやっても別に良いが、こういうアプリって基本携帯の寿命を大きく削っていきそうだから辞めときたい。どうせアカウントについてはどっちでも共有出来るとか書いてあったし問題無いだろう。

 

 ぽちぽちとアカウントを作る間、どうしてこんなサイトを紹介してきたのかが気になってくる。

 翼はこういうのに詳しそうな性格をしているわけはない。どっちかというと機械音痴な類であるのは、この一年でよく知ってるつもりだ。そんな翼がこんなドがつくマイナーなもんを、本人がやりそうに無いものを推してくるのか?

 

 ……うん。まあ俺のコミュ力があんまりにも落第レベルなんで、どうにかしたいとか思ってくれたのかもしれないな。とりあえず、明日にでも確認しておこう。

 

 面倒くさいので一旦後回しにして、注意説明を読んでいく。

 何々……? 会話以外の通話手段は原則として課金要素になります? どういった会話をするかは自由になりますが、何度も通報を受けた場合はこちらで対処させていただきます? 

 

 ふむふむ。簡単なチャットはあるらしいが、それは課金しなきゃ使えないのか。

 なんかこう、言葉に出来ない不安がますます強まってきたんだけど本当に大丈夫なのだろうか。こんな簡単アカウントを作れるサイトで垢バンされたところで、また作り直せば良いだけの話じゃないのか。メルアドすら必要なかったのだから特定なんてできっこないだろうに。

 

 本当に一回で辞めとこう。その方がよさそう。……うん、そうしよう。

 

 とりあえずマイクを繋いで準備しておき、適当にサイトを巡回していく。へー、マッチングするまでの間ミニゲームとか出来るんだ。面白そうな奴が意外と多いなぁ。

 そんなこんなで時間を潰すこと三分。白黒の陣地合戦に勤しんでいた画面に大きくマッチングしましたと掲示された。相手の名前は……tearさんか。

 

 ……いよいよか。お腹が痛くなってきた。心臓がばっくばくで張り裂けそうだ。

 こんなやばいのは、あの時以来だ。今すぐ中断してトイレに駆け込みたいくらいにいろいろとやばい。そうしようかな。……そうしよう。

 

 いよいよ緊張に耐えきれなくなってきたので椅子から離れようと、行動しようとした時だ。

 

『あー、聞こえていますか? ましろさんで合ってますよね?』

 

 ――ヘッドホンから聞こえてきたのは、透き通った音だった。

 今まで聞いたどんな声よりも脳を突き抜け、蕩けさせてくる魔性に満ちた美声。嵌まっていたアニメのヒロインすら過去の物にしてしまいかねないくらいに素晴らしい音が、それが俺の思考を一気に吹き飛ばす。

 

『は、はいましろです。き、聞こえています』

 

 返せたのはただの偶然。相手の会釈にびくっと驚きながら返す時のような、実にみっともない反射でしかなった。

 

『良かったです! tearと言います! よろしくお願いします!』

 

 そんな気持ち悪さ全開の俺に、まったく引くことなく明るい口調で返してくれるこの声の持ち主は何なんだろう。天使かな?

 都合の良いことばかり考えるちょろメンタルが速攻で懐柔させそうになるが、ぐっと堪えながら頑張って脳を回し次の言葉を考えていく。

 

 ――さて、何を話せば良いのだろうか。自己紹介? 天気について?

 早速どう会話して良いかどん詰まりの状況なんだが。これもしかして、初手から詰んでいるとか言う状況なのでは?

 

『……えっと、何を話せば良いんですかね?』

 

 自分に問いかけるつもりが、つい口から出てしまった。

 恐らくマイクは拾っている。これはまずい。痛恨の一撃、大失敗だろうか。

 

『やっぱり悩んじゃいますよね! ここのサイトは中々切り出し方が難しくて大変なんですよ!』

 

 拾われたっぽい情けないコミュ障証明に対しても優しく拾ってくれるtearさん。やっぱり天使だなこの人。

 

『ま、まあとりあえず、簡単に自己紹介でもしていきましょうか』

『そうですね! じゃあ私から……。こほん、tearです! 高校二年生やってます!』

 

 たどたどしい様子を見せながらも、ゆっくりと自己紹介していくtearさん。

 ああ、実に可愛らしい。なんだか語彙力も著しく欠けてきている気がするが別に良いだろう。それだけ心が、ズキュンと矢にでも貫かれたかのようだ。

 

『気軽に話せる友達が欲しくて、今日から始めました!』

 

 もうやばい。さっきとは違う意味で色々危ない。ぜんっぜん内容が残らないくらい声が可愛くてやばいんだけど。

 それにしても、学生でこんな声をしているならさぞかし友達も出来そうなのだが。こんな耳を癒やしてくれる素晴らしい音色を聞かないなんて実にもったいない。

 

『じゃあ今度は俺ですね。ましろです。俺も学生です』

 

 一段落したところで今度は俺が、自分について当たり障りのないように語っていく。

 とはいっても俺について語る事なんてほとんど無い。こんなゴミくずオブゴミくず代表みたいな俺のことなんて大事ではないのだから、嘘さえつかなければ問題無いだろう。

 

『同い年なんてびっくりです! 随分かっこいい声をしてるので年上の方かと! 意外です!』

『そんなことないですよ。そういうtearさんこそ、とても可愛らしい声ですよ』

『そうですか? ありがとうございます!』

 

 あ゛あ゛かわいいなぁ! もうずっと聞いていたい! あわよくば目覚ましにでもしたいわぁ!

 

『私……あんまり自分の声が好きじゃないんです。でも好きって言ってもらえるととっても嬉しいです!』

 

 一瞬だけ少しだけ声のトーンが落ちながらも、すぐに元の明るい調子に戻るtearさんの声。

 ……まずい。これは地雷を踏んでしまったかもしれない。顔が見れない分、どういう言葉を返せば良いか余計にわからない。

 

 少しだけ心を平常に戻しながら、会話を続けていく。

 最初は中々難しいこともあったが、気がつけばすっかり硬い雰囲気はなくなり、自然に会話を楽しむことが出来た気がする。

 

 今までの人生では考えもつかないくらい幸せな時間。これほど長時間、女の子とお話しできたことなんてあっただろうか。いやない。断言できる。

 

『それでですね。来月から転校することになってしまってですね……。今度こそ友達が出来るか不安なんですよ』

『ああ、転校は辛いですよね。今話している友達が転校生だったんでですけど最初は大変そうでしたよ』

 

 話の種になってくれる転校生こと翼に感謝しつつ、tearさんの話しに耳を傾ける。

 なんかこう、会話っていうのは楽しいものなんだなって。なんだかついそう思えてしまう。

 

 ――だが、そんな楽しい時間こそすぐに終わりを迎える。

 

『あ、すいません。そろそろ落ちさせていただきます!』

『あ、了解』

 

 この楽しい時間に終了の合図が彼女の口から放たれた瞬間、すこしだけ心が締め付けられるような錯覚をよぎらせた。

 辛い。辛みがやばい。たかがチャットのはずなのに、まるで大切な人間との別れみたいな苦しさを引き起こしてくる。

 

『もしまた機会があれば話しましょうね! では!』

 

 ずつっと途切れる通話。もう、彼女の声は聞こえない。

 

「……あー、疲れたー」

 

 さっきまでの会話は本当に現実だったのか。もしかしたら、都合の良い夢だったのかもしれない。

 

 椅子に座りながらぼんやりと振り返っていると、いきなり現実に引き戻されたように疲労が脳みそに襲いかかってくる。

 だがまあ、その疲れが実に心地よい。この感覚こそ、これが妄想や夢の類ではないと証明してくれるのだから。

 

「最高だなぁ。ウィズフレ」

 

 もうすっかりサイトへの懸念など抜け落ちていた。

 今の俺の顔を見れば十割の人間がこういうのだろう。――実に気持ちの悪いにやけ面だと。

 

 

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