秘密の先に恋をして   作:ゴマ醤油

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 あれから早数日が経過した。別に何も変わることのない日常が、ただ淡々と過ぎていく。

 

『それでさ? 限定クロネがどうしても出なくてもう一万使っちゃったんだよ』

『それはしょうがないです、うん! あの普段は隠そうとする愛くるしい耳を愛でるためにはもう、一ヶ月のバイト代など捧げてしまえるほど魅力的で──』

 

 違いがあるとすれば、こんな風に女の子と話せるようになったことか。

 最初は一回で辞めようと思っていたウィズフレだが、最初の天使ボイスで味を占めてしまったので続いてしまっているのだ。

 

 とはいえ、特に苦労なくうっきうきでトークできていたというわけでもない。

 やはり相性というものはあるわけで、時には完全に無言空間を生み出したり、相手方の地雷に触れたのか怒鳴られることだってあった。

 今話しているこの人は話しやすい方なのだ。確かに癖はあるが、ソシャゲという共通の話題があったり性格も似通っているので会話もスムーズに進むやりやすい相手。こういったあまりおおぴっらにしたくない会話こそ、このアプリの正しい醍醐味と言えるのではないだろうか。

 

『あ、そろそろ時間なので落ちまーす。また話しましょうねー』

 

 回線が切れ静かになった自室で、ほっと落ち着きながらコップに手を掛ける。

 ああ疲れた。あの人話しやすいんだけど、通話が長くなるからちょっと体力いるんだよな。

 

 ウィズフレを始めてわかったことがある。それは実に単純で、女子と話すのはとっても疲れるとということだ。

 もちろんそんなことは前もってわかっていた。──そのはずだった。

 

 それでもまともに会話するのなんて、幼馴染と除けばそれこそ皆無と言って良い陰キャぼっちには、最初はマラソンよりも辛かった。

 いやごめん同じくらいだわ。だってうちの高校は、なぜだか8キロも走らにゃいかんのだしそれ以上の地獄なんて、肉体的には今のところない。

 

 まあ心はマラソンなんぞより辛いが、それでもあの時に比べれば──。

 

「……ああ、嫌になる」

 

 いつもの自己嫌悪を始める感じになった来たので、もう一人くらい会話して強引に思考を切り替えるとしよう。

 慣れた手つきでパズルゲームに勤しみながら相手が見つかるのを待つ。実はこの時間がガチャの抽選みたいで楽しかったりする。

 

 次はどんな人が来るかなと考えていたところで、画面には浮かぶのはいつも通り繋がった相手の名前。

 

「……md?」

 

 えっと……えむでぃーで合ってるのかな? 

 写し出されたそのたった二文字のローマ字が、非常に悩ましい問題をよぎらせてくる。

 

 ──名前の読み間違い。それは単純にして最初の関門。

 ハンドルネームの大半は、自身が何かしら思い入れのあるもので構成された場合が大多数である。例えば好きなアイドルのイニシャル。例えば飼っている犬の名前。例えば知って欲しい秘密など様々。

 

 もちろん適当に決めている人もいる。というか読めればそれで良い人の方が大抵であることが一般的で、多少読み間違いをしたところで軽い笑いで済まされることの方が多いはずなのだ。

 だがしかし、この電子の海には時折いるのだ。無駄に読みにくい名前の癖してすぐに切れる歩く爆弾共が。

 

 このたった数日で何度も出会った。イヤホンを介して、何度も鼓膜を破ろうとしてきた。

 こういうサイトを使う人は俺を含め、現実に鬱憤がたまり何かを抱えた地雷のような連中ばかりである、はず。

 だからこそ。ただ会話を楽しみたいだけの俺はこの最初の試練をつつがなく通り抜けたいのだ。

 

 さあ運よ。天におわします我らが神よ。どうか祝福あれ。俺は別に神社も教会も行く気はないけれど、この相手ガチャの当たりをお恵み下され──!!

 

『……ましろさん。本日はよろしくお願いします』

 

 水晶を思わせる、透き通るようで芯の通った声。我が聴覚がそれを捉えた瞬間、安堵と歓喜の両方が込み上げてくる。

 やった! 多分当たりだ! ナイス神様! 次年始に神社行ったら五十円玉投げてあげる!

 

『はいましろです。エムディーさん、で合ってますよね?』

『大丈夫です。もし呼びにくかったら、好きなようなお好きに読んで下さっても大丈夫よ?』

 

 はい神。こんなに優しく対応してくれる人とか滅多にいないんだから、もうこれだけで平均点は超えてるわ。

 

 思わずガッツポーズしそうになるくらいの昂ぶりを抑えながら、mdさんと話を続けていく。

 

 最初はこんな素晴らしい人と話す話題なんであるのかと思っていたが、聞き上手話し上手とはこの人のことを指す言葉なのかを思える程すんなりと会話が進んでいく。

 あんまり人には言いたくないゲームの話題や学校での憂鬱な出来事など、つい口から滑ってしまったようなものでも決して声が引きつることなく綺麗に返してくれるmdさん。聞いたところによると同い年であるらしい。

 

 どうしてこんなボイスチャットをやっているのかと疑うくらいには会話が上手なんだが、この人一体何者なんだろうか。

 男ならこのままオフ会ランデブーするのが目的とか納得できるんだが、こんなお綺麗な声の持ち主がそんなことをするわけがない。

 

『mdさんって本当に高校生? こんなコミュ力持ってるなら、実は美容師とかじゃないの?』

『そんなことないわ。話しやすいと感じてくれるなら、私と貴方の相性が良いということなんじゃないかしら』

 

 ふふっと軽く笑いながら、心がきゅんきゅんしちゃう言葉を続けて言ってくれるmdさん。

 いやー、やばいね。正直出会い系とかでマジ恋するやつの気持ちがわからなかったけど、ようやく今理解できたわ。

 

 ホステスやらキャバクラやらに通う人間の気持ちを知ってしまった今の自分は、さぞかし気持ち悪い顔を晒しているだろうと思ったところで、パソコン近くに置いていたデジタル時計の液晶が、十八時四十五分を示しているのが眼に入ってきた。

 

 外もすっかり暗くなってお腹も空いてきた。随分長く話していたな。

 

『そろそろ落ちますね。今日は楽しかったです』

 

 もうそろそろ夜ご飯の時間なので、会話を切り上げようと締めに入る。

 いやー楽しかったなー。初日の天使ボイスことtearさんと同じくらいに満足度が高かった気がするわぁ。

 

『……ねえましろくん。よければフレンドにならない?』

 

 mdさんから言われた突然の提案に少しだけ脳みそが戸惑いを示してくる。

 フレンド。まあ簡単に言えばお気に入り登録と言ったところか。

 

 ウィズフレはこの一期一会をモットーとしているサイト。ただ一度の他人と会話を育むことを目的としたチャットであるというのが基本である。

 

 ──だが、どんなことにも例外はある。それがこのフレンド制度である。

 これに登録すれば電話のようにいつでも連絡を交わすことが可能になるという、このサイトの理念を根本から否定することになりそうな制度。

 

 でも、これは打ち込みのチャットと同じように課金要素なので使う人は滅多にいないはずだ。少なくとも、俺が巡り会ってきた方々の仲には提案してきた人はいなかった。

 ……まあ俺との会話が面白くなかったから誘ってこなかったとか言われるとそれまでなのだが、それを考慮たとしても珍しいのではないだろうか。

 

 ……どうしようか。正直、とても迷う。

 俺がこのサイトを使っているのは少しでもコミュ力を増やすことが七割。顔を見ないで雑談できるというのが二割。そして、残り一割は女の子と会話したいという下心だ。

 己が崇高な七割を考慮して考える。固定した人間との会話をしたところで会話力の向上が見込めるのだろうか。そこに疑問を抱いてしまうのは仕方が無いことだ。

 

 このmdさんは俺を気に入ってくれて話を持ちかけてくれたのだ。もし何回か会話をして話すことがなくなったら、それこそ気まずい空間を生み出してしまうのではないのか。ある日、ふとお気に入り登録から名前が消えたのを見て一人落ち込むのなんて嫌だよ俺は。

 

『……ダメ、かな?』

『良いですよ』

 

 即決だった。今までの考えとかもうどうでも良いくらいに即決だった。

 

『ありがとう! これからよろしくね!』

 

 想像できそうなくらいにぱあっと笑みを浮かべていそうなくらいの返事だった。

 ……うん。もうね、俺のことなんてどうでも良いね。あっちから切るのなら傷つくのは俺だけだし問題無いよね?

 

 送られてきた承認画面のイエスのボタンを押す。なんだろう、ちょっと良いことをした気分。

 

『じゃあまた』

『うん! じゃあねましろくん』

 

 通話を切り、パソコンのスイッチを切る。

 

「……ひひっ」

 

 友達とは言いがたいけれど話せる女の子が出来た。その事実が俺の表情をにやけさせる。

 端から見たら気持ち悪いであろう。でも良いもん。それだけ嬉しいって事だし。

 

 ちょっぴり自分が成長出来た気になってきて、ちょっと心臓が活発になって。

 それが収まったのは、夕ご飯だと言う母親の声が下から聞こえた時くらいだった。

 

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