2年F組 八幡先生   作:陽陰 隠

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……待たせたな。


存外、雪の中は暖かい。

「ただいま」

「おかえりなさい。今日は遅かったわね」

「まぁ、ちょっと仕事が増えちまって......」

 

午後11時。いつもより幾分か遅めの帰宅となってしまったが、雪乃は待ってくれていたようで、少し泣きそうになる。良い嫁を貰った......。

 

「ご飯温め直すから、先にお風呂に入ってもらえるかしら?」

「あぁ、サンキュ」

 

雪乃に言われるがまま風呂場へと足を進める。

 

習慣とは恐ろしいもので、特に何も意識していなくても勝手に体が動いて、服を脱いだり等々の準備を行ってくれる。なのでその間、今日のことが頭をよぎる。奉仕部についてのことだ。

色々あって、奉仕部を作るには俺が直接動かないといけないことがわかったのは良いが、どういう理由をつけて申し出ればいいものか。生徒指導の一環とはいかないだろうしな......。

 

「どうするべきか......」

「あら、悩み事?」

「うぉっ!」

 

風呂場での独り言に、聞き慣れた声が返ってきたことで変な声が出てしまった。

てかなんでいるの?しかも全く物音しなかったぞ。ゆきのんは殺し屋かなんかなのん?

 

困惑している俺をよそに、雪乃は何食わぬ顔で風呂場へと侵入してくる。

 

「悩み事なら聞くわよ。なんてったって、元奉仕部の部長なんだから。ね?平部員くん」

「平社員みたいに言うなよ......」

 

とてもこんな状況で言うことでは無いが、なんだか懐かしいやりとりだ。

特に比企谷の名前いじりとか、奉仕部にいた頃の雰囲気を思い出す。まぁ、今じゃどっちも比企谷なんだけどね。とか言ったらゆきのんが拗ねのんになっちゃうのでやめておく。

 

「そんな平部員くんには、悩みを私に話す義務があると思うの。報連相は大事でしょう?」

 

雪乃が言うことはもっともなのだが、それにしたってわざわざ風呂場にまで来る意味がないように思える。

 

てか今気付いたけどバスタオル一枚以外なにも着けてないわねこの人。ちょっと危機感が足りないんじゃないかしら?こう、体のラインとかそういうのがアレでアレだしね......。

 

そんな煩悩を上書きするように、雪乃から目を逸らしながら答える。

 

「ああ、まぁ、対したことじゃないんだが――」

 

――そうして、新しく奉仕部を作ること、奉仕部を作るための条件を満たせてないこと、俺がなにかもっともな理由をつければ無条件で作ることができるということの、全てを包み隠さず話した。

 

雪乃は終始黙って聞いていたが、話が終わると、はぁ..….と一つ呆れたようにため息を吐いた。

 

「......あなたは少し奉仕部を神聖視しすぎだと思うの」

 

そんな雪乃の発言にあっけらかんとしたまま固まってしまう。

そんな俺に構わず、雪乃は続ける。

 

「別に、完璧に同じじゃなくても良いと思うのよ。要はその宇田川さんが学校に来る目的を作れば良いのよね?」

 

肯定の意味を込め、無言で頷く。

 

「なら、活動内容を増やしたら良いんじゃないかしら。昔のままだと少し退屈過ぎると思うのだけれど」

「それもそうだが......」

 

雪乃が言うことはもっともだ。あの部活は普段の活動が少ないぶん楽ではあるが、そのぶん、少々やりがいに欠ける。

 

その点、活動内容を増やす――例えば、生徒会の業務の一部を請け負うとか、まぁなんでも良いが、これはかなり宇田川の要望に沿える可能性が高くなる。それに、部活発足のための理由にもなるだろう。

 

――だが、本当に良いのだろうか。

いや、勿論、誰にも咎められることはないだろう。だが、それでも、あの場所は不変であってほしいと願っている自分がいるのだ。

それはもしかしたら、願いではなく、恐れなのかもしれないが。

 

「......やっぱり、奉仕部を神聖視し過ぎよ」

 

そんな俺の考えを見透かしたように、雪乃はもう一度確かめるようにそう言った。

返す言葉は――出てこない。

 

「なにも、過去の奉仕部がなくなるわけじゃない。それを踏まえた上で、考えてみてもいいと思うのだけれど」

 

彼女は諭すように語りかけてくる。

そんな彼女の姿を見ていると、申し訳なくなってくる。俺の中の幻想を傷つけないように。それでいて、優しく引き戻そうとしてくれている。

 

でも、彼女は――気付いていない。気付けていないのだ。

それが何かと言われれば、少し言葉にはしにくいが、それでも彼女のために、そして――自分のために、伝えようと、俺は覚悟を決めて口を開いた。

 

 

「――バスタオル、ずれてるぞ」

「っ......!み、見ないで」

 

 

× × ×

 

「さっきは、その......ごめんなさい」

 

リビングへと戻って来ると、開口一番に雪乃はそう言った。

最後こそ締まらなかったが、それでも、俺の心は雪乃の言葉に動かされたのだ。

だから、謝られる道理はない。むしろ謝るのはこっちの方だ。

 

「俺の方こそすまん。つい、その、なんだ......見ちまった」

「い、いえ、良いのよ。その......ふ、夫婦、なんだし」

 

雪乃は頬を赤く染めながら目を逸らす。そんなことを言われてしまい、こちらも少し恥ずかしくて目を逸らす。

お互いが目を合わせずにいる無言の時間がしばし発生してしまう。なにこのラブコメみたいな絵面……。死ぬほど気まずいんですけど……。

 

と、そうこう考えているうちに、この空気に耐えられなくなり、一つ話題がてら疑問を口にする。

 

「てか、なんで風呂場まで来たんだ?別にリビングでも良かっただろうに」

 

雪乃はそれを聞くと、頤に手をあてながらしばし考えた後に、笑わないでねと一つ忠告をして口を開いた。

 

「……いや、その、お、お互い裸だから、赤裸々に語ってくれるかなって……裸だけに」

 

雪乃は恥ずかしげに頬をさらに赤くしながら消え入りそうな声でそう言った。

そんな表情で言われたら、こちらもちょっと恥ずかしくなってくる。いや、発想は可愛いけど、それはちょっと……ねぇ?いや可愛いけどね?

 

 

開け放たれた窓から入ってくる夜風が、少し冷たく感じるようになってきた今日この頃。

それでも変わらず、我が家はまだ暖かいです。




待たせたわりにこのクオリティと文字数、気持ち悪すぎだろ!
…………マジごめんなさい。

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