目に見えて、その色は澄んでいる。
突然だが、夏の定番料理といえば何を思い浮かべるだろうか。
きっと、大半の人が「冷やし中華」や「そうめん」と答えるだろう。何故なら『冷たい』からである。夏の暑さに対抗しうる手段というのは限られているので、このような冷たいものたちは夏にうってつけなのだ。
だが待って欲しい。
本当に冷たいものだけが夏に合っていると言えるのだろうか。夏だからと言って熱いものが合わないなんて誰が決めたのか。実は暑いときに熱いものが合うのかもしれない。
ここまで言えば、勘の良い人なら分かるだろう。そう、つまり俺が言いたいのは―――
「―――いろは、ラーメンを食いに行こう」
「えぇ......」
二郎系ラーメンよろしく、暑いときには熱いもの理論を展開していたときに既にひきつっていた
だが、そんな顔をされても諦めないのがこの俺だ。現国教師の語彙力見せてやるぜ!
「いろは、つまりこれは......」
「まぁ、たまには良いですけど」
「......え?」
え?俺の聞き間違いじゃなきゃ、良いって言った?いきなりデレ期きたのん?
唐突すぎて状況が飲み込めず固まっていると、しびれを切らしたのか、いろはが声を荒げた。
「だから、良いって言ってるじゃないですか!早く行きますよ!」
「え、お、おう」
さっきまでは俺が会話の主導権を握っていたはずなのに、いつの間にかいろはがその権利を俺ごと握り込んでいる。握る力が強すぎて花山薫かと思ったぜ......。
まぁこのままだとホントに「まだやるかい?」とか言いながらなんか色々されそうなので、当初の目的であるラーメンは達成できそうということで、良しとする。
そうして俺たちは、地獄の炎天下に足を踏み出すのだった。
灼熱の太陽の下に晒されながら歩くこと十数分。今回の目的地であるラーメン屋に到着した。
「いやー、暑いですねー」
「そうだな。流石は千葉の夏だ」
やはり八月の頭というだけはあって、かなり暑い。だが、そんな暑さなのにも関わらず、目の前のラーメン屋は思ったより繁盛していた。
「こんな暑いのによく来ますね」
「それ俺らが言ったらブーメランだぞ」
「まぁそれもどっかの誰かさんが『ラーメンを食おう』なんて言ったからなんですけどねー」
「す、すまん」
「後でアイス買ってくれたら許しちゃいます!勿論、ハーゲンなダッツで」
「......まぁ、良いけどよ」
そんな会話を交わしながら空いている席を探していたのだが、生憎テーブル席が空いておらず、仕方なくカウンター席へと腰を下ろす。
「醤油、麺硬めで」
「私も同じので」
「じゃあ私も」
店員さんに注文を伝え、ラーメンが運ばれてくるまで暇だなーと思っていると、その考えを汲み取ったのかいろはが話しかけてきた。
「今日は油多めにしないんですね」
「ああ、最近胃もたれとかするようになってきたからな。ちょっと控えてんだ」
「でもラーメン好きなんですよね?」
「そりゃあ千葉県民のソウルフードだからな」
千葉県は日本でも有名なラーメン屋が結構あったり......ん?話の流れで普通に答えたけど今の声いろはじゃなかったよな?てか注文のときも一人多くなかった?幻のシックスマン的なノリ?
見落としかけた謎の違和感に気付き、取り敢えず先ほど声がした方向、つまり隣の席に恐る恐る視線を向ける。
するとそこには、影の薄い少年ではなく、よく知った顔に満面の笑みを浮かべた一人の少女が座っていた。
「先生、ラーメンで胃もたれとか完全におじいちゃんですね!」
「なんで居るんだよ......」
思わずカウンターに突っ伏してしまう。せっかくの休日に、しかも妻と一緒に居るところにコイツと鉢合わせてしまうとは。八幡ってば超不憫。
「で、今日は奥さんと一緒ですか?」
「ああ、いや、そうだが......」
ここでふと、先ほどからいろはが不自然なほど静かなのに気付く。
いつもなら所構わずいたずらのようなことをしてくるので、どうしたのかと気になり、いろはの方に視線をやると、何故か顔を俺から背けた状態で固まっていた。
「おい、いろは、どうした?」
「え、いろはって......」
「げ」
俺の呼び掛けに反応したのは、何故かいろはではなく渋谷であった。
あといろはさん、『げ』ってなんですか『げ』って。俺またなんかやっちゃいましたか?
なんかヤバいこと言ったかな......と自分の言動を振り返っていると、おもむろに渋谷が席を立ち、そのまま俺の後ろを通りすぎた。そして丁度いろはの後ろで止まり、ニヤリと口角を上げると、顔を背け続けているいろはの顔を素早く覗き込んだ。―――が、
「......」
「いろはさーん?」
「......」
「いろはさんですよねー?」
「......ヒトチガイデスヨ」
いろはは覗き込んでくる渋谷の動きを先読みし、絶対に顔を見せようとしない。一瞬こちらを向いた顔には夏の暑さのせいなのか、はたまた別の理由なのか、大量の汗が滲んでいた。
流石に怪訝に思い、いろはに問いかけてみることにする。
「いろは、体調でも悪いのか?熱中症って可能性も―――」
「違いますよ、先生。ズバリですね......」
俺の言葉をニヤニヤしながら渋谷が遮る。しかもなんかクイズ番組並みに謎のタメを始めた。あとその一本だけ立ってる人差し指はなんなの?凝とかした方が良い?
俺が不思議に思いながらも渋谷のタメが終わるのを待っていると、ようやく満足したのか、一つ深く息を吸うと口を開いた。ちなみにその間ずっといろはは手で顔を覆い、ぷるぷると震えていた。かわいい。
「―――ズバリ!『総武高校にOGとして来ては夫自慢をしていた相手が、実はその夫の生徒だったと知って、焦っているから。』でした!」
「えぇ......」
そんな理由だったのね。なんか......むず痒いな......。
呆れと少しの嬉しさが混じり、思わず朝のいろはと同じ声が出てしまう。でもこういう見えないところでデレているのがかわいい。やっぱりいろはすは最高だぜ!
なんだかんだでラーメンを完食した俺たちは、「せっかくなので先生といろはさんの昔話でも聞かせてください!」という渋谷の提案により、流石に店内で話し込むのもなんなので、近場の公園へと足を運んでいた。
そして今はノリノリになったいろはによる、知られざる俺の武勇伝(黒歴史)を一通り話し終わったところである。てか、一つ話し終わる度に二人してニヤニヤしながら俺のこと見るのはやめてね?マジで。八幡恥ずか死しちゃうから。
そしてそのお二人さんはというと、俺の苦悩を知ってか知らずか、話を続けていた。
「ところで、なんでいろはさんはずっと敬語なんですか?結婚してるんですよね?」
「あー、それはね、昔からの癖だね。高校のときからずっと先輩先輩って付きまとってたから、もう染み付いちゃってるんだ」
この話は俺も昔気になって聞いたことがある。まぁ今回と同じ答えが返ってきた訳なのだが。それでもやっぱり少し距離を感じてしまう。
―――だから、こんなことを言ってしまったのかもしれない。
「......俺はなんか寂しいけどな」
「えっ!?」
「あ、やっぱ今の無し!忘れてくれ」
思わず口走ってしまったことの恥ずかしさに気付き、急いで取り消そうとする。が、そんなものは無意味だったようで、いろはがおもむろに腰かけていたベンチから立ち上がり、俺の前に立つと―――
「えいっ」
―――思いっきり抱きついてきた。
え?いきなりどうしたのん?ここ外だよ?家じゃないよ?
状況が飲み込めず困惑する俺に気にせず、いろはが顔を俺の耳元へ寄せて囁く。
「......もう寂しくないように、私が―――」
きっと、この続きは......。
根拠もないのに、何故かその言葉の続きを予想できてしまった。いや、根拠はあるのかもしれない。きっとその言葉は、いつかと同じように俺に囁いた言葉に似ているはずだから。
「―――責任、取ってあげるからね♪」
あの時とは違う関係で、距離感で、場所で、奇しくも立場まで逆になって。それでも彼女は変わらないのであろう。だって彼女は―――
―――いつまでも、澄んでいるのだから。
「お二人ともお熱いですねぇ~」
「......あ、居たの忘れてた」
渋谷の発言で我に返り、滅茶苦茶顔が赤く染まっていくのを感じる。それは未だ俺に抱きついたままの彼女も同じだったようで、「や、やっぱり今の忘れてくださいごめんなさい!」と両手を慌ただしく動かしながら俺から急いで離れる。
......やっぱり変わってないわ。
念願のいろはす編でした。
今回の話は過去一悩んだ自信があります。あといつもより1000文字くらい多いですね。
次回は学校生活を書きたいなぁと考えております。もしかしたらオリキャラが増えるかも......?まぁまだ漠然としか考えていないので、お待ちいただければ幸いです!
あと、評価が赤くなっていて驚きました!滅茶苦茶嬉しいです!ありがとうございます!......ずっと赤いままだといいなぁ。
ということで、感想・評価等お待ちしております!
では、次話でお会いしましょう!