ようやく、彼らの日常は再開する。
まだ少し残る夏の暑さに当てられ、じわりと額に汗が滲む。その汗を手の甲で拭い、蒸し暑く居心地の悪い体育館で一つ息を吐いた。
「......はぁ」
(教師からすれば)長いようで短い夏休みを終え、今日はついに始業式である。俺たち教師陣はその準備ということで、ステージ上のマイクのセッティングや音響の確認、果てには体育館の掃除などをやらされている最中だ。ちなみに俺は掃除班である。
まったく、何故こんな仕事までやらねばならんのか......。と、文句ばかり言っていても仕事が終わるわけではないので、黙って手を動かす。はちまーん、がんばえー!
『先生方、準備が整いましたので、一旦お集まりください』
ひたすらにモップをかけること数分後、思ったより早く準備が終わったようで、教師陣に招集がかかる。どうでも良いけど、放送で呼び出されると「何か悪いことやったかな......」みたいな思考になるよね。まあ教師になってからはそんなことないけど。
そんな思考を巡らせているうちに、先ほどまで教師しか居なかった体育館に、次第に生徒たちの姿が見え始める。それに合わせ、教師陣も体育館の横の方に並ぶ。
ここに立つと、特別何かするわけでもないのに何故か緊張する。でもそれは、不安や焦燥の類いではなく、これからまた生徒たちと顔を合わせられることへの期待や喜びなのかもしれない。
どうやら俺は、そんな思考になってしまうほど立派な社畜になってしまったらしい。でも、そんな社畜も悪くないと思えるあたり、この職業にすっかり毒されてしまっているように感じる。
『これから、始業式を――』
校長の声が体育館に響き渡る。これがいつもの日常の開幕の合図となり、これから始まるであろうその日常に、柄にもなく俺は心を踊らせていた。
× × ×
「きりーつ、気をつけ」
「「ありがとうございました」」
久しぶりの授業を終え、教室が普段の喧騒を取り戻す。やれ夏休みに何をしただとか、やれ宿題が終わっていないだとか、やれあの先生の奥さんがとか、夏休み明けということもあり話題は尽きないようだ。って最後だけおかしくない?なんか滅茶苦茶心当たりあるんですけど。
そう思ったのもつかの間、後ろから聞き覚えのある声がかかる。
「せーんせっ、お昼食べましょっ!」
声をかけてきたのはやはり渋谷であった。その手には、弁当と思しき包みが握られている。その包みを顔の横に持ってきて満面の笑みを浮かべこちらの返事を待っている姿は、心なしかいつもよりどこか上機嫌に見えた。
こいつ、なんか企んでやがりますね......。
俺の第八感(八幡だけに)がこいつがなにかよからぬことを企んでいると危険信号を出している。そうとわかれば返答は自ずと一つに絞られる。
「断る」
「えー、良いじゃないですかー。一緒にお昼食べるだけですよー?」
どっかの天才漫画家並みのキメ顔で断ったのだが、それに納得がいかないようで、むすっとした表情で説得してくる。やっぱ絶対なんか企んでるだろこいつ。こうなったら直接聞くか......。
「お前、絶対飯食うのが目的じゃないだろ」
「うぐっ、い、いやー、そんなわけないじゃないですかー!」
「いや、うぐって言っちゃってるじゃん......」
どうやら図星だったらしい。まったく、隙あらばなにかしようとしてくるんだからこの子は。
まぁ何はともあれこいつが何か企んでいたのが割れたので、これ以上こいつに付き合う道理もない。
俺は渋谷に背を向け、逃げるように歩きだした。
「せんせーい、待ってくださーい」
声が止む気配の無い賑やかな教室を後にし、職員室へと向かう。後ろから何か聞こえる気がするが、きっと選手宣誓の練習をしているのだろう。立派だなぁ。
「...せんせーい?」
お、宣誓の台本が飛んだのかな?でもそういうときは疑問符付けない方が良いんだぞ。なんか凄いダサくなって笑い者にされてそのネタを半年は擦られ続けるからな。
「あ、歩きながら死んでる......」
「いや死んでねぇよ......」
無視してやり過ごそうとしていたが、よく分からない発言に思わず反応してしまう。反射でツッコミを入れる男、ハチマッ!......語呂悪いな。
ふと渋谷の方を見ると、怪訝な表情でこちらを見ていた。
「やっと反応したと思ったら、何でニヤついてるんですか?キモいですよ?」
「先生相手にキモいとか言うなよ。先生だって一人の人間なんだぞ」
一人脳内茶番をしているうちにそれが顔に出ていたらしく、ストレートにそのことを告げられてしまった。生徒に罵倒されるとか世も末だな。いや、末なのは俺の表情筋か。
で、結局こいつは何がしたいのん?罵倒したいだけなのん?と、頭に疑問符を浮かべていると、それを感じ取ったのか、満面の笑みを浮かべ俺の正面に移動してきた。
「ちょっとお願い聞いてほしいんですけどー」
× × ×
歩みを進める度に、先ほどまで鮮明に聞こえていた生徒たちの喧騒が遠ざかっていき、二人分の足音だけが閑散とした廊下へと響き渡る。
俺たちは現在、特別棟へと足を運んでいる。わざわざ特別棟にまで来て、向かう場所はというと――
「――ここだな」
「ほぉ......」
渋谷が感嘆に似たため息を吐きながら見つめるのは、一つの空き教室――元奉仕部部室である。
「じゃ、じゃあ入りますよ......」
「何でそんな心霊スポットに入るみたいなテンションなんだよ......」
「だ、だってなんか聖地巡礼みたいな気分なんですもん!」
「だってお前が先生の思い出の場所に連れていけとか言うから......」
今回の元奉仕部部室訪問は、渋谷の「先生と奥さんの思い出話に出てきた所に連れてってください!」という至極面倒くさい願いによって行われている。
正直、俺はここにくるのはさほど久しぶりということもなく、たまに掃除に来たり、半年に数回奉仕部や奉仕部に関係の深い人間で集まったりしている所謂溜まり場のような場所なのだ。OB・OGですって言ったら結構簡単に入れてくれるからこの学校のセキュリティが不安になってきているのは秘密だ。
物思いに耽っているうちに、渋谷は覚悟を決めたようで、教室のドアをゆっくりと開けた。
「おー、なんか思ったより普通ですね」
「机とかの配置は当時からあんま弄ってないからな」
「じゃあ早速、昼食タイムにしますか!」
そう言うと彼女は、近くにあった椅子を真ん中の長机の中間地点辺りに配置し、広々とした机の上に自前の弁当を広げた。
俺も手に下げていた袋から、愛妻弁当とマッカンのセットを取り出し、食べ始めた。
× × ×
弁当を食べながら、思い出話を強要されたので、仕方なく話しているうちに、昼休みも残り僅かという時間になってしまったので、教室を後にする。
「......羨ましいなぁ」
教室を出るとき、彼女のそんな呟きを聞いてしまった。果たしてそれが何に対してなのかは、聞かずともわかる。が、自信を持って何か言葉をかけることができるかと問われれば、答えは否としか言いようがない。
だが、教え導く立場としてならかけられる言葉というのも、存外思い浮かぶものである。
「......まぁ、今はそれで良いんじゃねぇの」
「え?」
「渇望して羨望して、求め続けた結果、振り返ったときに望んだ結果が得られるんじゃねぇの。知らんけど」
「......ふふっ、カッコつけですか?」
「ちげぇよ。同じ道を歩んだ先人からのアドバイスだ」
彼女の言った通り、少々カッコつけすぎたのかもしれない。だが、教師というのは生徒にカッコつけることが仕事だと俺は思う。かつての俺の恩師がそうであったように、今度は俺がカッコつける番なのだ。
「じゃあ、先人の知恵には大人しく従っておきますね!」
「おう」
こんなふうに、生徒から慕われるというのも、存外悪くないものなのだから。
ちょっとカッコつけ過ぎちゃいましたかね。ということで、学校生活再開編でした。
今回はかなり悩んだ結果、なんかちょっとカッコつけた内容になりました。
次回は今度こそ登場人物を増やしたい!でも勉強やらテストやらで忙しい!なので、毎度の如く不定期投稿でやらせていただいておりますどうも。
感想・評価等励みになっております。今後ともよろしくお願いいたします!
では、また次回でお会いしましょう!