・祝言後まもなく、他里との戦争も勃発していないころなので平和
扉間くんの扉間くん
「あのね兄さん。扉間くんの男性器がねこんなだったの、大きかったんだよ。すごいよね」
最愛の弟の桜のような唇から発された「男性器」というワードに、うちは最強の男であるうちはマダラは膝から崩れ落ちそうになった。
うちはキズナが千手キズナとなって以降、うちは兄弟の関係性はマダラが恐れていたほどには変わらなかった。キズナはうちはの黒装束こそ着なくなったが、その背にうちはと千手の家紋を並べて背負うようになり、身をもってうちはと千手の和睦を内外に示し続けている。
同じ屋根の下で生活することは叶わなくなったが、里外任務がない限りうちは兄弟は頻繁に顔を合わせている。そのたび変わらない笑顔で「にいさん、にいさん」と寄ってくるキズナは幼い頃と同じように、否それ以上に愛おしい弟だった。
その愛しい存在が男性器の話題を邪気なく振ってくるものだから、マダラとしては「育て方間違えたかな」と思わざるを得ない。昔から天然というか独特な子だとは思っていたがどこで間違えたのか。おにいちゃんお前をそんな子に育てた覚えはありません。
「扉間くんのね下の毛の色も見たんだけど、なんと……銀色だったんだよ! 髪の毛の色と同じ!」
いいから。扉間の下の毛のことを「ここだけのマル秘情報!」みたいなテンションで教えてくれなくていいから。
やめてくれキズナ。具体的なサイズ感を手で表現しようとしないでくれ。
定規を持ってこようとしないでくれ。正確なサイズをミリ単位で伝えようとしないでくれ。
「でも扉間くんのより柱間さんの方が大きいんだって。本当かな……兄さん、柱間さんのサイズってどれくらいなの?」
知らん。本当に知らん。
すまないキズナ、柱間のサイズを知らない兄ですまない。お前が疑問に思うことにはなんでも答えてやりたいが、兄さんは実は全知ではないんだ。
というかなんでお前は扉間のナニについてそんなに詳しいんだ。答えによっては兄さん、今から扉間の首を取りに行かなきゃいけなくなるんだが。
キズナがふざけているのなら、マダラを揶揄うためにこの話題を出しているのであれば、マダラは兄として年長者としてキズナを叱ることもできた。
だが違う。キズナは純粋に、兄と共有したい面白エピソードとして善意100%で話している。実兄であるマダラには痛いほどそれがわかる。
──マダラおにいちゃん、お庭に大きなカマキリがいるよ。
マダラの記憶に今も残る美しい思い出。幼い末の弟がその小さな手でマダラの手を引き、大きな虫がいることを教えてくれた。
そうだな、こんなに大きなカマキリはおにいちゃん見たことないよ。すごいなキズナ。教えてくれてありがとうな──
ああ、キズナ。かわいかったお前。命に代えても守ると誓った末の弟。
お前にとってあの日のカマキリと扉間のナニは同じものなんだな。
マダラは長兄として、うちは頭領として、全ての自制心をもってキズナに微笑んだ。微笑んだまま言った。
「そうか、よかったな」
何がいいのかはマダラ自身にもわからなかった。
だがキズナはそれを聞いて嬉しそうに「うん」と言った。それだけで全てをよしとしようと決め、マダラは優しくキズナの頭を撫でたのだった。
第一回火影決定戦
「あの、僕も立候補だけしていいですか……?」
いい加減里の長を決めなくては、と千手・うちは両兄弟で話し合っていた場にて。キズナが恐る恐る手を上げそう言ったのに残り三人は目を丸くした。キズナが長になりたがるとは思っていなかったのだ。誰も。
里の名を木ノ葉隠れとすること、長の名を火影とすることは決まったものの、その火影を誰にするのかがまだ確定はしていない。
柱間はマダラを推しており、マダラもそれを受け入れてはいるが──里の者は柱間を選ぶだろう。うちは一族でさえ。
身も蓋もなく言ってしまえば、柱間とマダラでは人望に差がありすぎる。マダラが千手に実質の敗北を喫したうちはの頭領であることを置いても、民は柱間についていきたがる。マダラは柱間以上に情深い男ではあるがとかく不器用で、万人に愛される類の人間ではない。
柱間のカリスマは諸人に「この人を支えたい」と思わせる、所謂人たらしが持つものだ。一方マダラのカリスマは、その圧倒的な力で周囲を服従させ思考を抑制するもので、「里」という大きな家族を率いるには向かない。
ではキズナはどうかと言うとマダラよりはマシだが柱間には劣り、やはり火影を背負うには荷が重い。少なくとも今はまだ。
そもそも年若く、女(ということになっている)で、扉間に嫁いだばかりのキズナが火影になるとは誰も考えてすらいない。
本人にもそのつもりは全くないだろうと、千手兄弟もマダラも思っていた。しかしそのキズナは遠慮がちに、だがはっきりと「火影に立候補したい」と表明している。
これに喜んだのは柱間で、「幼い頃から平和を目指していたお前ならきっといい火影になる」とキズナを撫で回している。
「だがお前はまだ十六だろう。ここはまずマダラに先陣を切ってもらい、お前は二代目というのでどうかな」
「待て。待て兄者」
額を抑えながら扉間が待ったをかけた。
「二代連続で同じ一族の者が長になるというのは問題がある。それ以前に火影はオレ達が内々に決めるのではなく、広く里の者の意見を入れて民主的に決めるべきだ。違うか」
義妹(弟)可愛がりタイムに水を差された柱間が拗ねた顔をする。キズナが「僕もそう思うよ扉間くん、やっぱり時代は民主主義だよね」と夫を後押しした。
「だからさ、ここにいる皆で立候補しようよ」
「流れるようにオレを巻き込むな」
自分が火影に立つ気などさらさらなかった扉間が即座に返したが既に遅く、柱間が元気いっぱいに「そうだな、俺たち全員の中から皆に選んでもらうか!」と言い、マダラがそれに同意したことで扉間含めた四名が火影候補となることがここに決定した。
何を余計なことを言ってくれるんだと扉間は妻を睨み、しかし彼が思慮深い瞳でマダラを見つめていたことでそれをやめる。何か考えがあるのだと察したために。
────キズナは鎹だ。
かつて柱間はそう言った。
千手とうちはを、敵だった兄弟同士を繋ぎ止める絆。
マダラは「愛する弟の愛する者だから」と扉間への憎しみを抑えており、扉間は「愛おしい妻の最愛の兄だから」とマダラへの警戒を表には出さない。
仮にキズナが存在しなかったとしたら、マダラと扉間の関係性はより殺伐としたものになっていたことは間違いない。
男でありながらうちはの「姫」として千手に嫁ぎ、その背に千手とうちは双方の紋を負うキズナは両家の橋であろうと日々奮闘しており、今回の火影立候補もその一端なのかもしれない──キズナの私欲の薄さを知っている扉間はそう考えた。
かくして、世にも平和な第一回火影決定戦は開かれた。
決定戦と言っても血なまぐささは欠片もない。自分が火影になったらこんな里になるように頑張ります。同意してくれる人は投票してくださいね──そんな、クラス委員長を決めるがごとき素朴さで各々が指針表明をし、それを聞いた里の有力者が支持する者を決める。
里の初代長の決定がこんなに平和でいいのか、いやだからこそこうでなくてはならないのかもしれない──有力者たちをざわつかせながらも話し合いは進んだ。
選ばれたのは千手柱間でした。
扉間は「そりゃそうだろうよ」という顔をし、キズナは「残念だったね兄さん、やっぱり柱間さんはすごいねえ。兄さんの親友で、唯一対等に戦えた人だもんね」「兄さんが火影になった里も見てみたかった」「けどやっぱり僕もやってみたかったな、火影」など言いながらマダラに構われている。
マダラは己が選ばれなかったことに複雑そうな顔をしつつも、キズナを「お前なら二代目火影になってもおかしくない」と慰めている。
扉間はその光景を静かに見ていた。
「キズナ」
キズナが企画した「火影になれなくて残念だったけどこれからも頑張ろうね飲み会」(マダラ・キズナ・扉間の三名で開催。自分も参加しようとした柱間は「柱間さんは火影だから駄目」とキズナに拒否され本気で落ち込んだ)が終了し、自宅へ帰る道すがら、扉間はキズナに話しかけた。
「なーに?」
「おまえ、端から火影になる気などなかっただろう」
少しだけ酒を飲ませてもらい、ご機嫌に歩いていたキズナはその言葉に口を閉ざす。しばらく黙り込んだのち、扉間が答えを待っているのに溜息をついて口を開いた。
「選ばれたら最善を尽くすつもりだったよ」
「己が選ばれると思っていたのか」
「……流石にそこまで楽観的じゃないよ。というか扉間くん、何が言いたいのかな。性格悪いぞ」
子どもっぽく唇を尖らせるキズナに扉間は淡々と言う。
「マダラの心を守ろうとしたのか、おまえは」
また黙り込んだキズナが夜空を見上げる。星の無い夜だったが、月は煌々と輝いていた。
そうして黙っていると妖艶なまでに大人びて見えるキズナの横顔を、扉間は言葉もなく眺めた。
「……兄さんは、僕に守られなきゃいけないほど弱くはないけど。繊細な人ではあるから」
ぽつりと言い、キズナは微笑む。
「柱間さんに推薦されて、けど皆が──うちはを含んだ皆が、その柱間さんを選んだとしたら、兄さんはきっと傷付いたと思う。自分のことを道化みたいだって思ったんじゃないかな。……というか柱間さんサイドにも問題があるよね? 自分の支持率わかってなかったのかな」
「それに関しては同意する」
「ね、柱間さんも罪な人だよね。そんな無欲なところがまた人を惹きつけるから質が悪いんだよなぁ……」
その言葉を最後に、キズナは家に帰りつくまで何も言わなかった。扉間も強いて言葉を求めることはしなかった。
キズナが、そして扉間が火影候補として壇上に上がったことで、「柱間に負け」「皆に選ばれなかった」のはマダラ一人ではなくなった。
選ばれなくて寂しかった、悔しかったと甘えてくるキズナをあやすマダラは「兄」として凛と立っており、火影選挙後のマダラの動向を密かに危険視していた扉間から肩の力を抜かせた。
キズナはマダラにとっての
──案外、おまえが火影になる未来もあるのかもしれんな。
大局を見る目の片鱗を示した妻を眺め、扉間は内心でそう呟いた。
犬も食わない
扉間が妻を「子猫ちゃん」と呼び、それを聞いた柱間が椅子から落ちた。
職人に作らせたばかりの火影専用のそれからずり落ちた柱間からは、影の威厳は感じられない。呆然と「と、扉間……?」と弟を見る姿はただ、キャラ崩壊した弟を案じる兄でしかなかった。
幸いにもマダラはここ、火影室にはいない。
最後の登場人物である扉間の妻(男)・キズナは盛大に引き攣った顔をしていた。
「………………………………なに、扉間くん」
引き攣りながらもそう返したキズナに、彼を子猫ちゃんと呼んだ扉間はしれっと続ける。
「この書類はおまえがうちはに持っていってくれないか。おまえが行った方が角が立たない」
「……うん、もともとそのつもりだったし、行ってくるよ」
「流石オレの妻、頼り甲斐しかないな。全くおまえのような才色兼備の伴侶を持ててオレも鼻が高い。木ノ葉一の果報者とはオレのことだろうよ」
「あははそんな風に言ってもらえるなんて僕も嬉しいなー。行ってくるからその書類ちょうだい」
「まぁ待てハニー」
「その呼び方はやめよう扉間くん」
「ではダーリン。優秀なおまえにこんな使い走りのようなことをさせてすまない。だがわかってくれ、オレとて愛しいおまえと僅かな間でも離れるのはつらい。許されるなら一日中おまえを膝に乗せて執務にあたりたいところだがそれも難しい。立場というものは度し難いな、オレの可愛い子猫であるおまえもそう思わないか」
柱間が本格的に怯え始めた。
なに? 何が起こってるんぞ……? と幼女めいた瞳で見てくる柱間を無視しながら、キズナは根性で笑顔を保つ。
「うんうん、僕も扉間くんと離れるのは寂しいよ。すぐ帰ってくるからね。だから書類から手を離して」
「そう急いで行ってしまわなくてもいいだろう、オレの愛。おまえの鈴の音のような声を一秒でも長く聞いていたい夫の気持ちをわかってくれないか」
「渡せその紙を、今すぐ僕に」
「不機嫌なおまえも愛らしいな、おまえの二つ名が木ノ葉の天使になる日もそう遠くは──」
「あああああああっ! 僕が悪かった! 僕が悪かったよ僕の負けだよ!! だからもうやめろその薄ら寒いやつをッ!!」
限界を超えたキズナが絶叫する。敗北宣言を聞いた扉間はあっさりと頑なに離さなかった書類をキズナに渡した。
「そうか。わかってくれて何よりだ。では行ってこい」
「くっ……こいつ……」
悔し気に歯を食いしばりながらも受け取った書類の皺を丁寧に伸ばし、懐にしまうとキズナは足音高く部屋を後にした。
あとに残された千手兄弟のおにいちゃんの方は、椅子に座り直しながら「扉間……?」と恐る恐る弟を呼んだ。
「なんだ兄者」
「いやなんだはこちらの台詞なんだが!? なんだったんだ今のは」
「夫婦喧嘩だ」
「夫婦喧嘩」
「ああ。昨夜から少々揉めていてな……。どちらが正しいという話ではなかったから冷戦状態になっていた。あいつが先に折れてくれて助かった」
助かったも何もキズナが折れざるを得ないバカップルムーブを仕掛けたのは扉間だ。
なるほどキズナはああいった恥ずかしいことを言われるのがひどく苦手なのだな、と必要のない学びを得た柱間は、どうやら弟が乱心したわけではないらしいとわかり安堵の息をついた。
「しかし扉間よ、あまりオレの
夜更かしするとオバケが来るよ、と全く同じ言い方で引き合いに出されたマダラに内心ツボりながらも扉間は「心得ている」とだけ返し、仕事に戻った。
「とびらまくん♡ おはよう♡」
それこそ子猫のように高く甘い声音で、キズナは寝ていた扉間を起こした。
目を開いた扉間の視界に、爽やかな朝の光と満面の笑みのキズナ(割烹着装着)が飛び込んでくる。
「──どうした、今朝は早いな」
「もう扉間くんたら♡ 朝のご挨拶は?」
「おはよう」
「おはようございます♡ 朝ごはんできたから一刻も早く食べてもらいたくて起こしにきたの♡ 着替えたら来てね♡」
「……………………」
軽い足取りで去っていくキズナを据わった目で見送りつつ、どうやらまずいことになっていると扉間は考える。
まだ新婚さんと呼んで差し支えない長さの夫婦生活の中で、こういう時のキズナは本気で怒っていることを学んでいた。
着替え、覚悟を決めつつ朝食を摂る部屋に向かった扉間は食卓の上に満漢全席を見た。
「……………」
小さくはない卓の隅から隅までギッチリと料理が乗った皿が敷き詰められている様はもはや蓮コラのようであり、集合体恐怖症ではない扉間さえ若干怯んだ。
「……………キズナ」
「早起きして二時間かけて作ったんだ♡ いつも一生懸命お仕事してる扉間くんに精をつけてほしくて♡ ──食べてくれるよね、ハニー? いやダーリンと呼ぶべきかな」
瞬きもせず扉間を見つめるキズナの開かれた瞳孔は闇のように黒く、扉間に逃げを許さない。
扉間の想定以上に、義兄の前で子猫ちゃん呼ばわりされ屈服させられたことを根に持っていたらしいキズナは扉間から目を逸らさないまま煮えたぎった角煮を寸動鍋から皿に盛った。
それだけで三人前はある角煮が扉間の朝食に追加される。
「頑張って作ったんだよ♡ ──全部喰え」
底冷えするような冷たさで微笑んだキズナがダメ押しに「僕は先に食べたから」と言い放ち、扉間の向かいに座った。
果たして、これだけの料理を二時間で完成させた妻の手腕を褒めるべきか、「朝からこんなに食えるか」とマジレスすべきか、「オレが悪かった」と言って抱きしめるべきか──どれを選択しても逃げ切れるとは思えず、扉間は虚ろに遠くを見た。
やったね兄さん! 弟が増えるよ!
朝から新施設建設の陣頭指揮を執っていたキズナは「一段落したから柱間さんのところへ経過報告に行こう」と義兄のもとまで足を運び、半壊した火影室を見た。
「…………クーデターでもあったんです?」
木遁をフル活用して火影室の再建を進める柱間と、傍でそれをフォローする扉間に問う。
「下手人はマダラだ」
「兄さん…………どうして…………」
「扉間、誤解を招く言い方はよさぬか! 大丈夫だキズナ、マダラはちょっとびっくりして壊してしまっただけだからな。断じてクーデターなどではない」
「ちょっとびっくりして火影室壊すってなんなんですか我が兄ながら傍迷惑すぎる」
そしてその兄はどこに行ったんだと周囲を見回すが気配すらない。事情はどうあれ自分が原因なら自分で直すべきでしょうがとキズナが珍しく実兄に怒りを露わにしかけたとき、扉間がぼそりと「オレのせいでもある」と言った。
「……兄さんに何かしたの?」
「兄と呼んだだけだ」
「へえ、兄…………。え!? 扉間くんが兄さんのこと兄さんて呼んだの!!?」
「兄さんとは言っていない。義兄上と呼んだ」
「あ、あにうえ……!? 扉間くんが……兄さんのことあにうえって……!?」
雪でも降るかと壊れた窓から首を出すが、空はただ快晴だった。
「どうしちゃったの扉間くん……。兄さんとそんな仲良くなかったでしょう……?」
「仲良くないからこそだ。マダラは排他的だが、身内への情は深い男だろう。おまえと夫婦になった今、オレはマダラの義弟になった。マダラに『千手扉間は身内である』と認識させられればと考え、まずは形からと呼んでみたんだが」
「うーんその計算高さがマダラ兄さんの好みじゃないんだよなあ」
ある程度部屋の修復を終えた柱間が近づいてきて、「扉間だけではない、俺も調子に乗ってしまってな」と言った。
「俺もマダラのことを『兄者』と呼んでみたのだが、マダラがそれで余計にパニックになってしまってなあ」
「なんでそんなことしたんですか」
「いやなに、扉間とキズナが祝言を挙げたことで、俺とマダラも義兄弟となっただろう? マダラは『オレが兄でお前は弟だ』と譲らなくてな。ならばいい機会だから兄と呼んでやろうと」
「タイミングが悪いと思います」
「そうさなあ、扉間に兄と呼ばれて困惑している時に畳みかけるべきではなかったな。そのせいで照れたマダラは一通り暴れたあとどこかに行ってしまって」
「照れ隠しが激しすぎる」
親友と弟の仇に揃って兄と呼ばれ、どうしていいかわからなくなってしまったのだろう。
「あんまり兄さんを揶揄わないでください、うちはは繊細なんですよ。兄さんは特にそうなんですから」
「面倒くさい兄弟だな」
「扉間くん聞こえたからね今の!」
「すまんなキズナ、怒らせるつもりはなかったんぞ」
「怒ってはいないと思いますが……」
とにかく今後、兄と呼ぶのはやめてあげてください。そう疲れたように言ったキズナに柱間は頷き、扉間は拒否した。
「オレはマダラを今後も義兄上と呼び続ける」
「その鋼鉄の意志なに? なんで? そんなに兄さんから身内認定を受けたいの?」
「ああ」
「──そっか。じゃあもう止めないけど……。あのね、僕が言うのもなんだけど……兄さんの愛情は重いよ。下手に身内だと思われるとそれはそれで大変だよ」
「わかっている。おまえの実の兄だからな」
「……扉間くんが僕のことをどう思ってるのか問い質したいところだけど、今はいいや。兄さんのこと探してきます」
兄がいそうな場所を脳内で洗い出しながらキズナは窓枠に足をかける。
マダラが扉間を弟と呼び、世話を焼く──そんな未来を、あり得ないと思いつつも悪くはないと思い、キズナは笑った。
兄のこころ弟しらず
気付いたら弟と親友の弟がラブラブになっていた。
未曾有の事態におにいちゃんズの精神は大丈夫だったのかというと、大丈夫ではなかった。
全然大丈夫ではなかった。
うちはマダラは胃潰瘍になりかけたし、豪放磊落で鳴らした千手柱間も「マジで? そんなことある?」と思っていた。
長かった千手とうちはの争いがやっとこさ終結し、手を取り合って里を作っていくぞという段階になって初めて「オレたちの弟、距離感バグってない?」とマダラと柱間は気付いた。
気付いたがいったん気付かなかったことにした。
触れたらえらいことになると本能が言っていたのだ。
戦争中から内通していた二人だ、互いにしかわからない絆があるのだろう。扉間はあれで世話焼きだし、キズナは心を許したものには懐く。
だからちょっとばかり弟たちが仲良しでもおかしくはない。そう、おかしくはないのだ。
雲行きが変わったのは二人の結婚話が出てからだった。
双方共に男性である。キズナを女子と誤認した大名の頓珍漢な提案、そう切り捨てるつもりだった。少なくともおにいちゃんたちは。
それに弟たちが待ったをかけた。
僕たちの結婚は里のためになるんじゃないかな。なら僕、結婚したい。
そうだな、里の安定に繋がるのであれば異論はない。
うちはと千手の二番目同士だもんね、僕たち。
子を作るつもりも元々なかったしな。
だから僕たち、結婚します。
そうはならんやろ。
おにいちゃん達は頭を小脇に抱えて走り出したくなった。
弟たちはとても真面目で、献身的で、築かれつつある里のことを想い、それが故に男と結婚しようとしていた。
マダラはわかりやすくキレ散らかし、それを見た柱間は冷静になった。お化け屋敷で自分よりもビビっている友人を見て逆に落ち着く人と同じだった。
柱間は言った、里のために犠牲になるなど許しませんと。
もう子どもが身を犠牲にする世は嫌だったのだ。弟たちは幼くはないが二十歳にもなっておらず、未来を里に捧げるには若すぎる。
確かに政略結婚はよくあることだ。よくあることだからこそ、柱間は、そしてマダラも弟たちには愛する人と番ってほしかった。
しかし事態は収束しなかった。
ここに愛はあるのかもしれなかったからだ。
千手扉間に惚れているわけでもないんだろう──兄が冗談で言ったその言葉にうちはキズナは凍りついた。
マダラは自分が押しちゃいけないボタンを殴打したことに気付いた。
扉間は能面のような顔をしていた。自分の感情を強く隠したい時にする表情だと柱間は知っていた。
そして一瞬、二人の間に確かに香った桃色の空気にマダラの顔色はドブ色になり、柱間は天を仰いで亡き父に語りかけた。
仏間父上、浄土でお元気にお過ごしでしょうか。オレたちは元気にやっております。扉間は甘いところのあるオレを支えてくれる、実に頼もしい男に成長しました。
その頼もしい男がオレの親友の弟に懸想しているかもしれないのですが、どう思われますか?
千手仏間も黙って首を振っただろうその問いかけに答える者はおらず、柱間は親友と共にこの事態に真正面から取り組むことになった。
キズナがキズナちゃん(女)であれば話は早かったのだ。マダラは抵抗しただろうが二人は結ばれただろう。
キズナがキズナくん(男)であった場合でも、「今生では無理でも、来世で正式に添い遂げるということで」あたりに着地させることはできた。
キズナがキズナくんちゃん(男の娘)であることが事態を混迷させていた。
どこからどう見ても美少女なのである。
性別を疑うのが躊躇われるほどに美少女なのである。
それでいて下半身には、柱間やマダラと同じものを装備しているらしかった。
皆の思いが交錯する中、割を食ったのは柱間だった。
彼は意地を張る実弟と情緒不安定な親友、同じく不安定なその弟、全員をなんとかして幸福にするために立ち回ることになった。
表面上は落ち着いている扉間とキズナはいったん置いておき、荒れるマダラのメンタルケアが急務であった。
酒! 飲まずにはいられないとマダラが持ち込んだ酒を酌み交わしながら兄二人は弟たちについて延々話し合い、マダラは「オレの純粋な弟があんなやつに」と嘆いた。
弟をあんなやつ呼ばわりされた柱間は、ここで反論するとマダラが余計に荒れ狂うことを承知していたので敏腕カウンセラーの如く聞き役に徹した。
うんうんそうだの、キズナは純粋な子よな そうだ、キズナは本当にいい子で、ちょっとアレなところはあるが素直で真っ直ぐで、それがあんな野郎に…… ……キズナは扉間をどう思っていると思う? 知るか考えたくもない だがそうも言ってられんだろう キズナは、あの子はオレが一番好きだと言ったんだ。扉間よりオレが好きだと言ったんだオレは確かに聞いた、なのにどうして、どうしてなんだキズナあの男のどこがいいんだ 扉間は情深い男ぞ? だからなんだってんだ、てかお前の弟は本当にキズナに懸想してんのか? わからん…………ぶっちゃけキズナは扉間に惚れていると思うんだがの (罵詈雑言) そうは言ってもマダラ、お前だってそう思っているんだろう。だからさっきから「あの男のどこがいいんだ」とか言っとるんだろうが 許さねぇ、キズナまで奪うつもりかあの野郎、誑かしやがってオレの弟を ……扉間が誑かされた可能性は…… キズナがんなことするか表に出ろ柱間ァ!!
紆余曲折あったものの、兄二人はおにいちゃん同盟を結成した。愛しい弟を持つ兄として、長男として、耐え忍んでいく覚悟を持つ者の同盟だ。
唯一の同盟相手として柱間とマダラは腑を見せて語り合い、「キズナと扉間が互いの気持ちに答えを出さないことにはどうにもならん」と結論づけた。
その「答え」は己にとって恐ろしいものになると直感しているマダラは抵抗したが、「気持ちに蓋をしたままでは、いずれ苦しむことになるかもしれんぞ? キズナが」と言われ引き下がった。
互いの気持ち、と言っても扉間は難しい顔でキズナを見つめるばかりだし、キズナは情緒が幼女疑惑がある。友愛と恋愛と親愛の区別もついていない可能性があった。
ここは年上の扉間が男気を見せるべきではないのか。扉間はキズナをどう思っているのか、その謎を解明するべく柱間は弟のもとへ飛んだ。
柱間は真っすぐな男だったので、実弟に真っすぐに「ぶっちゃけキズナのことどう思ってるの? LOVEなの?」と聞いた。
扉間はすごく嫌な顔をした。兄者と恋バナなんてしたくなかったのだ。
そして扉間自身も自分の感情に名前を付けられていなかったので聞かれても困るのだった。
しかし「わかんないです」と言われても柱間も困る。このままでは弟たちの赤い実がはじける前にマダラの脳の血管がはじける(ストレスで)。そうなっては里どころではない。
柱間はアプローチの方法を変えた。扉間に「キズナはあの愛らしさだから、いずれ他の男との縁談の話がまた舞い込むかもしれない。キズナがどこの馬の骨とも知れん男に嫁いだら、お前どう思う?」と尋ねたのだ。
扉間は柱間が見たことない顔をした。
それを見た柱間は「ほら~~やっぱ好きなんじゃん~~~~」と思った。
「告っちゃいなよ! 絶対イケるって!!」と両手をグーにして無責任に応援したいのは山々だったが、柱間には千手頭領としての責任があった。好きなら好きで円満にくっついてもらわないと関係者一同困るのだ。
柱間は弟の説得に入った。愛があるなら結婚を認めるしマダラもきっと認めてくれるから、まずこの膠着状態をなんとかしろと。好きって言っちゃいなよと。
万が一キズナが「え……。僕が結婚したいって言ったのはあくまで里のためであって、扉間くんのことはいい人だとは思うけどそんな目では見れない」とか悪魔みたいなことを言ったらその時は朝まで共に飲み明かしてやるからと。
それを聞いた扉間は、要約すると「キズナはオレのことが大好きだから、オレを袖にすることはあり得ない」ということを言った。
このとき柱間は生まれて初めて弟に「お前ぶっ飛ばすぞ」と思った。
扉間にも言い分はあり、決して嬉し恥ずかし両片思い状態をキープしておきたいから口を噤んでいたわけではなかった。
キズナからの好意は確かにあるのだろうが、その感情には今はまだ何の色も付いていない。ここで扉間が愛を告げてしまえば、純粋なキズナはたやすくそれに染まるだろう。
情緒面が幼女のキズナの心を誘導してしまうようでそれは躊躇われるのだと扉間は言った。あとから後悔して、やはり女と番いたかったとキズナが思うようなことがあったらどうするのかと。
柱間は実弟に、このいくじなし!!! と思ったし、そう言った。
里のためとしれっと結婚に同意しておきながら今更そこにビビるなど情けないにも程がある。愛の千手一族の名が号泣案件だ。
オレが一生幸せにするくらいは言えんのか。それでもオレの弟なのか。
何の障害もない男女の仲だったとしても人の心は移ろいやすいもの、情を交わしたことを後悔する者も世間には数多いるだろう。だがいつか訪れるかもしれない悲劇に怯え、今の幸福を掴まないなど本末転倒。
確かにキズナが精神面でまだ未熟なのはそうだろう。だが聡い子でもある、お前に好きと言われたからとお前に責任を負わせることはないし、己の人生は己で背負える子だ。
とにかくキズナと話せ。会話しろ。腑を見せ合え。そうでなくては何も始まらない。
正論に弱い扉間はしばらくむっつりと黙り込んだのち、わかった、と言った。
それから小さく、面倒をかけてすまないと言った。
柱間の仕事はまだ終わらない。次は速やかにキズナのもとへ飛んだ。
ああは言ったが、扉間の言も正論ではある。キズナが本当に女として千手に嫁ぐ重さを理解しているか、扉間と共に生きていく覚悟があるのか。扉間の兄として、里の設立者のひとりとして、知っておく必要があった。
キズナはうちはの序列二位としての矜持と実力、聡明さを備え、同時に幼女(概念)という難解な性質を持っていた。そしてどう見ても美少女の男子だった。
人物造形が複雑すぎるが、そこはあのうちはマダラの親友をやっている柱間である。臆せずキズナをデートに誘い、その内面を聞き出すことに大体は成功した。
そして扉間にそう言ったように、二人でちゃんと話し合いなさい、と言った。
柱間は頑張った。とても頑張った。実弟の背を叩き親友の心を支えその弟を導いた。東奔西走した。千手キューピッド間に改名してもいいくらいだった。
そして腹を決めた扉間と素直なキズナは、(後に判明したが二人きりで月を見上げながらというロマンティックが止まらないシチュエーションで)心を通じ合わせたようだった。
二人が「できあがった」ことに、兄二人はすぐに気づいた。
弟たちが、思いが通じ合った者特有のとろりとした雰囲気を纏っていたからだ。
柱間は「さてこれから忙しくなるぞ」と覚悟を決め、隣で発狂しかけているマダラを抑えにかかった。
マダラはキズナを、弟というより娘のように見ている節があった。写輪眼に入れても痛くない最愛のその子が元敵の男と本格的にラブラブになったうえ、その男から「大名からの提案の件で後日、話がある」=オレたち本気で結婚します、と言われ正気度を一気に削られていた。
片手に大鎌、片手に大団扇を装備して扉間のもとへ行こうとするマダラを柱間は、とりあえずいっかい落ち着こ? ね? 扉間に何かしたら嫌われるのはマダラだよ? と宥めすかした。
マダラはほとんど泣きながら柱間に絡み酒をした。
どうしてなんだキズナ、ああ、イズナが知ったらなんて言うか…… 扉間もキズナも、もうオレたちに庇護される子どもではない。彼らの決断を寿ごうぞ 嫌だ、キズナ……おにいちゃんの方が好きって言っただろうが…… マダラ、それ以上呑むと吐くぞ うるせェオレは酒には強(吐く) ほら言わんこっちゃない(貰いゲロ)
一貫して弟たちの味方をしていた柱間だったが、マダラの気持ちも痛いほどわかった。自分がマダラの立場で扉間が男の娘だったら泣いていたかもしれない。
故に、弟たちから改めて結婚の申し入れがあった日。マダラが扉間との真剣勝負を望んだとき、それを止めることはしなかった。
柱間は平和主義で理想主義ではあったが、強者同士が本気でぶつかり合うことで芽生える絆もわかり合える気持ちもあることを知っている。
その戦闘に乱入してきたキズナ、そして柱間自身も含め最終的にスーパー千手うちは大戦と化した戦いは、弟たちが試合に負けて勝負に勝った形となった。
愛しているのだと、共にいると幸福なのだと叫ぶ弟にマダラの心が完全に折れたのだ。
柱間の心も打たれまくった。
この二人なら幸福になれる、なってほしいと祈った。その実現のためならいくらでも力を貸そう。
二人がその後バカップル仕草をするようになり、かつそれに自覚がほぼないことは想定外ではあったが、仲がいいことは素晴らしいことである。
当初の目的だった「千手・うちはの融和アピール」としてもこれ以上ない。
そしてここから、マダラが本気で頑張らなくてはならなくなった。
兄の相次ぐ死により次男となったキズナが「千手の次男に嫁ぐ」と聞かされ「ちょっとなに言ってるのかわかんないです」となっているうちは一族をわからせなくてはならなかったのだ。
それまでのマダラなら「ここは穏便に暴力で解決しよう」となっていただろう。だがそれをしたら最後、結局はキズナが一番困ることは明白だった。
「力だけではどうにもならないこともあるなあ」と、うちはマダラはここにきて思い知った。
それからのマダラは真摯だった。真摯であり紳士だった。
戸惑い憤る一族を、うちはマダラとは思えない根気強さで説き伏せたのだ。
一様に困惑顔だった一族の者は、少しずつ、一人また一人と理解を示していった。
もちろん全員が全員納得したわけではなく、納得していないうちの一名が後年にとんでもない爆発事故を起こすのだが、少なくともこの時点では信じがたいほど穏便に、一族はキズナと扉間の縁組みを受け入れたのだった。
マダラはそれでも、「扉間がキズナを虐げることがあれば扉間の首を取って庭に飾る」と誓っていた。一族にもそう言った。一族の者は引いた。
だがそれは杞憂だった。
扉間と番ったキズナが明らかに精神的に安定したのだ。
それまでのキズナは自身を軽んじる傾向が強く、いくら消耗していても「死んでないからまだいける! ヨシ!」と己にゴーサインを出してしまうところがあった。
そんなキズナに扉間は、やめろ、生き急ぐな、今日はそこまでにして休めとキズナを逐一止めた。
扉間くんが言うなら、とキズナはそれによく従った。
根本的に自身を尊重できるようになったわけではないが、それでもこれまでに比べれば劇的な変化だ。
キズナの緑の黒髪は艶を増し、桜色の唇はより柔らかになり、白い頬はより滑らかになった。
美少女度合いが増したのだった。
「キズナ様は扉間様に嫁いでから美しさが増した。旦那様にどれだけ愛されているかわかるというもの」と里の者が囁き、それが耳に入るたび、柱間は笑いマダラは石を呑んだような顔をした。複雑なのだ。
マダラは頻繁に、扉間にひどいことをされていないか、困っていることはないか、兄さんが代わりに扉間を殴ってやろうかとキズナに尋ねた。
キズナは「とっても大切にしてもらってるし、一緒に寝てるし、喧嘩したときは自分で殴ってるから大丈夫」と返した。
マダラは柱間と酒を飲みながら泣いた。せめて布団は別であってほしかった。
柱間はマダラに「夫婦ぞ?」と言った。マダラは余計に泣いたし酒も飲んだ。
のち、兄から「最近マダラが酒の飲みすぎな気がして心配ぞ」と聞いた扉間が、義兄が酒で身を持ち崩してはキズナも病みかねんとノンアルコール飲料などを持参してマダラを訪ねた。
マダラは「テメーのせいだよ!!」と言いながら扉間の鎖骨を強めに殴った。
兄たちがどれほど弟たちを心配し、やきもきし、応援していたのか、弟たちは全てをわかってはいないだろう。
扉間もキズナもしっかり者ではあるが、根っこの気質が「弟」だ。長兄の気持ちを芯から理解することはないだろう。
だが、それでいい、と柱間もマダラも思っている。
オレたちはおにいちゃんなのだから。
弟が幸せならそれでいいのである。
あなたがいないと眠れない
夫婦(正確には夫々)となって以降、日々を共にしていた千手扉間とうちは改め千手キズナは、扉間が基本的に人格者であることとキズナが旦那にデレデレであることから仲睦まじく過ごしていた。
たまに洒落にならない規模の夫婦喧嘩を起こすこともあり、そのたび部下は泣いたが、喧嘩後は反動のように背景に花を散らす上司夫妻に部下も間もなく慣れた。
そんな彼らも物理的に離れ離れになった期間がある。
扉間が部下を連れて里外任務に出ることになったのだ。
任務と言っても命の危険は低い。まだまだ発展途上の木ノ葉の地盤を一刻も早く固め、いずれ起こると予想される他里との戦に備えるための情報収集の意図が強い任務だった。
しかし危険性が低いとはゼロという意味ではなく、ゼロでない以上、死ぬときは死ぬ。
それを嫌というほどわかっている戦国育ちのキズナはこの話を聞いた時「僕が代わりに行こうか?」と言いかけ、悔し気に口を閉ざした。自分にもやることがあるとしっかりわかっていたからだ。具体的に言うとキズナは、一日も早く医療忍術を才能ある木ノ葉の忍に伝授する必要があった。
忍術の医療転用、というほぼ前人未踏であった領域を独力で切り開いたキズナは割と常軌を逸した天才ではあったが、天才が一人いるだけでは発展はない。体系化し、天才でなくても使えるよう広める必要があった。
「特殊な才を持つ者でなくても、努力次第で使える術」は夫である扉間が重んじるものでもあり、キズナは第一人者の責任として弟子を取り、少しずつではあるが木ノ葉の里に医療忍術を広めはじめていた。
それがやっと軌道に乗ってきたこともあり、キズナが里を中長期開けることは好ましくない。そもそもキズナは女(ということになっているの)だし、キズナが里を留守にするとなればその実兄が「オレもついていく」と言い出すに違いなかった。過保護なのだ、嫁いでなお。
というわけで千手扉間は粛々と出発の準備を進めていた。
同行する部下たちに指示を出し、自分がいない間に業務に支障がないよう仕事を割り振り、実兄たる火影にサボらないよう釘を刺し、同性の妻に「オレがいない間、決して無理をするな」と累計二十四回言うなどしているうちに、あっという間に出発の日取りとなった。
見送りに来たキズナは明らかに「行かないでほしい」という目をしており、それでも表情だけは凛とした真顔を保っていた。
その隣に立つうちはマダラは「こんなに可愛いオレの弟がこんなに寂しそうな目をしているのに貴様という男は」という顔で扉間を見ており、更にその隣の千手柱間は遠足に行く我が子を見送るように「気をつけての」などと言っている。
合理主義の権化、理性の怪物と名高い千手扉間も内心行きたくねえなあと思ったし後ろ髪を引かれすぎて後頭部が剥げかけた。
ぶっちゃけキズナと離れたくなかったのだ。
負の意味でも目が離せない嫁なので長期間目を離したくないのである。
長期間と言っても扉間が里を開けるのはせいぜい三ヶ月間の見込みだ。千手とうちはの和解前、内通状態にあったとはいえ敵として離れ離れだった期間に比べれば刹那である。
それはキズナもわかっていて、出発する夫に「気を付けて行ってきてね。僕は大丈夫だから」と己に言い聞かせるように言った。
結論から言うと、大丈夫ではなかった。
キズナはストレス性の不眠症になった。
ただ彼の名誉のために言うならば、キズナは扉間から離れたことだけが原因で病んだわけではない。
確かにそのストレスは大きかったが、それ以上に業務負担が大きすぎたのだ。
千手扉間は己が不在の間、その分の仕事がキズナに降りかかることはわかっていた。その負担を軽減するため打てる手は全て打っていた。
しかし仕事には想定外がつきものであり、こういう時に限ってイレギュラーは頻発するものである。
火影として多忙な上、机仕事に向かない柱間はあまり頼りにはできない。実兄であるうちはマダラもうちはの長として常に「やることが……やることが多い……!」状態であり、彼もまた事務作業は好きではなかった。
部下育成がまだ道半ばであるため下に全てを放り投げるわけにもいかず、キズナは生来の真面目さ、「僕が扉間くんの代わりなんだ」という自負と責任感、欠点でもある社畜精神により文句ひとつ言わずに仕事に没頭した。
結果、眠れなくなった。
もともと寝付きは物凄くいい方だったのだが、一度「あ、眠れない」と自覚してしまうともう駄目だった。
人間は栄養が足りていたとしても、睡眠が足りなければあっという間に病む。キズナはそれを知っており、知っているからこそ眠らなくてはと焦り、より眠れなくなる悪循環に嵌っていた。
医療忍者のくせになんという体たらく、とキズナは己を責めたが、彼が得意とするのは「外傷を治すこと」であって不眠症は専門外である。優秀な外科医が優秀な内科医とは限らない、いわんや精神科をや、という話だ。
しかし専門外だろうがなんだろうがキズナはなんとしても眠らなくてはならず、間もなく画期的な方法を編み出した。
「自分をぶん殴って強制的に寝かす」。
以上である。
世間ではそれを睡眠ではなく気絶と呼ぶのだが、気絶だろうがなんだろうが「意識がない」状況に自分を置けるならばそれでいい、とキズナは妥協した。
ここに扉間がいれば「いいわけがないだろうが」と怒り、それこそ殴ってでもキズナを止めただろうが、その旦那がいないから今こんなことになっているのだった。
キズナも「これ扉間くんにバレたらメチャクチャ怒られるな」と薄々思いつつもそのフルパワー自傷を敢行した。
なお「影分身に鳩尾を殴らせ、気絶するとともに分身は消え、チャクラは戻る」というエコ仕様だった。
影分身開発者の扉間が聞けば「オレの影分身の用法はそんなんじゃない」と憤ったと思われる。しかしその扉間はいないのだった。
最初から影分身によるセルフ殴打を選んだわけではない。民間療法から睡眠薬に至るまで試し、それでも駄目だったのだ。
睡眠薬ならいけるか、と思ったがキズナは忍であり、そういった薬への耐性がある。耐性を凌ぐほどの強い薬を自分に処方した場合、今度は朝起きられなくなり、それだけならまだいいが最悪永眠の可能性すらあった。シンプルに自害であり、うちはマダラ闇堕ちRTAが開始されてしまう。
フルパワー自害に比べればフルパワー自傷の方が遥かにマシ、とキズナは考えた。
そしてキズナは夜ごと気を失い、数時間後に目覚め、また自分をぶん殴り、朝まで気絶し、何でもない顔で早朝から出勤する生活を続けた。
そんなことをしていれば誰であれ限界が来る。睡眠と気絶はやはり違うのだ。
キズナは男の娘であるため男の子よりも根性があり女の子よりも体力があったため、耐えた。耐えられてしまった。
そのうち異変に気付いたのは流石というべきかキズナの実兄で、顔色が悪いキズナを「大丈夫だから、なんでもないから」という本人の言葉を無視して実家へ連れ帰った。仕事は容赦なく柱間に投げた。
そしてうちはマダラは、弟が不眠に陥っていること、夜ごと自傷行為を繰り返していることを本人から聞き出したのだった。
「…………。……キズナ……」
「ご、ごめんなさい」
「謝るくらいなら初めからやるな、どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」
「そんな小説みたいな台詞を自分が言われることになるとは思ってなくて」
頭を抱えたマダラが「オレが傍にいながらここまでお前を弱らせるなんて」と自虐モードに入りかけたためキズナは慌てた。普通に叱るなり呆れるなりしてくれればいいのに、この兄は弟に何かあると自分を責めがちなのだ。
もういい年なのだからそんな保護者ムーブをしなくてもいいのに、とも思うが、兄にとって弟はいつまでも弟なのだろう。末っ子であり最後の弟、しかも女子として元宿敵の次男に嫁ぐというわけわからん人生を歩んでいる存在を気にかけるなという方が無理な話だった。
「兄さん、ごめん、ごめんなさい。なんとか自分のおなか殴らなくても気絶する方法を見つけるから」
「まず気絶しようとするな。普通に眠れるようになってくれ」
それができれば苦労はないのだった。
思えば扉間に嫁いで以降、力士二人ぶんくらいある大きな布団に旦那と共に寝ていたキズナはそもそも一人寝を久しくしていなかった。多少つらいことがあっても悲しくても、真隣に扉間がいる状況では長く落ち込めもしない。ストレス値が仮に七十あったとしても、「扉間くんと一緒にいる幸福」は常に百二十くらいあり、それを超える悲劇などそうは起こらない。
千手キズナ、一度心を許した相手にはどこまでもデレる男の娘だった。
「扉間くんと一緒に眠ってるときはこんなことなかったし、扉間くんが帰ってきたらきっとすぐ治るよ。だからあんまり心配しないで」と言った弟にマダラは苺の飴だと思って口に入れたら梅干しだったみたいな顔をし、「……そうは言っても、奴が戻るまであとひと月はあるだろうが」と言った。
兄としても里の重鎮としても、同じく里の重鎮であるキズナにこれ以上の無理はさせられない。肉体を酷使した反動は必ず後からやってくる。看過できるものではない────マダラは正論を言い、正論に弱いキズナは呻いた。どうやら誤魔化せない。
うちは兄弟は「どうすればキズナは健やかに眠れるようになるか」と頭をひねった。
「マダラが扉間に変化し、キズナと添い寝する」という地獄みたいな提案もされたがそれは否決された(キズナが「嫌だそんな倒錯した浮気みたいなの」と拒否した)。
議論は早々に暗礁に乗り上げたと思われた。脳が疲弊したキズナが「扉間くんと一緒に寝てる時はね、扉間くんの匂いを嗅ぐと安心していつの間にか寝てた」とぽろりと零し、それを聞いたマダラはカッと目を見開いた。弟の一生やってろな惚気に脳が破壊されたからではない。光明を見出したからだ。
「キズナ」
「はい、兄さん」
「犬塚の者に聞いたんだが」
「うん」
「主人から離れた犬は精神的に落ち込むが、主人の匂いのするものがあると落ち着くらしい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
マダラが「言わなきゃよかった」という顔をしている。
確かに扉間はキズナの「主人」ではあるがそれは夫の別名であって主従関係にあるわけではない。そしてキズナは扉間に内心「仔犬みたいだな」と昔から思われてはいたが犬じゃなく人間である。
しかしキズナは怒りもせず、真顔で頷いた。
「つまり……扉間くんの匂いがするものを抱いて寝ろって言うんだね、兄さん」
そしてキズナはそれを実行に移すことにした。
もう色々疲れていたのだ。
キズナはさっそく「扉間くんの匂いがするもの」をかき集めることにした。
洗濯していない着物でもあればよかったのだが、この夫婦は二人ともマメだったため洗濯物をためることはなかった。
旦那の兄に「弟さんの匂いがするもの持ってませんか」と聞き里長を宇宙猫顔にさせるなど紆余曲折ありつつ、キズナはそれでも主人の残り香があるものを頑張って集めた。ただでさえ忙しいなか、時間を無理やり捻出して集めた。
扉間は忍らしく基本的に無臭で、匂い袋のひとつも持たない男だが、生きている人間なので体臭はある。キズナはそれこそ犬のように嗅覚を研ぎ澄まし、旦那の残り香を探した。「いったい僕は何やってるんだろう」と正気に戻りそうになりつつも探し、最終的に扉間の枕や室内着(軽く羽織るだけなので頻繁に洗濯しない)、扉間の個人研究室に置いてあった白衣などを回収した。
なお個人研究室とは、文字通り扉間が個人的な研究をするために隔離された一室である。中ではキズナが「倫理観とのチキンレース」と密かに呼んでいる研究がなされており、キズナは唯一入室の許可を得ていた。
そうして、一抱えほどの旦那の衣服などを手に入れたキズナはそれを無言で寝所に持ち込んだ。このあたりでだいぶ正気に戻っており大きな黒い目も死にがちではあったが、実兄に「ちゃんと寝るから」と宣言した以上眠らなければならないのだ。
キズナは扉間の着物を羽織り、扉間の枕を抱え、その他の衣服を布団代わりに自分にかけて床についた。多分碌に眠れないか、眠れたとしても浅い眠りだろうなと思いつつ目を閉じる。
熟睡した。
「僕は犬だった……?」
爽やかな朝日に照らされながら呆然と呟くキズナの肩から旦那の羽織がずり落ちる。
ぬいぐるみのごとく抱きしめていた枕がへしゃげていた。そういえば寝ぼけて扉間に抱き着き勢い余って彼の肋骨にヒビを入れたことがあったと思い出す(治した)。
かつてないほど視界も思考も冴えている。今ならどんな面倒な仕事でも片付けられそうだった。
「これが……睡眠の力……!」
キズナは睡眠の大切さを後世に説くことを誓った。
ウキウキで出勤したキズナは心配そうに出迎えた兄に「兄さんの助言のおかげでよく眠れた!」と元気いっぱいに報告した。
弟がある意味犬同然だったことに複雑そうな顔をしたマダラだったが、弟の健康に勝るものは何もないと気を取り直した。「オレにしがみついて寝てた頃とは違うんだな」と少し寂しそうに呟いたのを通りかかった部下Aに聞かれ「うちは兄妹仲良すぎでは?」という顔をされたが、マダラとキズナと柱間と扉間はそれぞれやたら仲良しだと認知されていたためスキャンダルにはならなかった。
これで完璧に解消したかと思われた不眠問題だったが、次いで「数日で扉間の残り香が薄れる問題」が浮上した。匂いが薄くなるごとにキズナの眠りも少しずつ浅くなっていく。
扉間の体臭が強くないことにキレそうになったキズナだが、怒っても仕方がない。
「要は扉間くんの存在を感じられるものが近くにあればいいんだ」
安心するから。
キズナは匂いの有無に関わらず、扉間がよく着ていた衣服や手ぬぐいなどを改めて集めた(流石に褌には手を出さなかった)。「扉間くんの奥さんでよかった~」と思った。他人であったならこうもスムーズに集められなかっただろう。
キズナの読みは当たり、必ずしも匂いがなくても、旦那の存在を感じるだけでキズナの眠りはある程度安定した。
そのうち着物など布製品だけでなく、よく読んでいた本、普段使いしている筆、櫛などアメニティグッズにまで手を出し始め、布団近くに設置していく。
その結果、キズナの布団はヤバい祭壇みたいになった。
第三者が見れば扉間の重篤なストーカーにしか見えない。
だが、いいのだ。もしキズナの不眠が悪化した場合、マダラがキズナを問答無用で実家に攫い「おにいちゃんが守ってやるからな……」とヤンデレムーブを始める危険性がある。柱間が泣く。それを回避することができるなら、夫婦の閨がヤバい祭壇になるくらい安い。
もう茶碗とかも布団の周りに置こう。
キズナは夫婦茶碗の夫の方を枕元に安置した。夫に先立たれ狂を発した未亡人、もしくは新興宗教に目覚めた人の寝所みたいになった。
「夫の不在が寂しくてその面影があるものを近くに置きたがる若妻」という可愛らしいとも言える行為のはずが、ヤンデレを通り越して「ただただ病んでいる人」の様になっていた。
なので、キズナが床に入った三分後に唐突に帰ってきた扉間は萌えるとかじゃなく普通に引いた。
「…………、…………何をやってるんだお前は」
「!? ────」
無言で「解」の印を結ぶキズナに扉間は「本物だ阿呆」と突っ込みつつ手早く身に着けていた鎧を外す。どうやら里に帰還後、この家にほぼ直帰したらしい。
「…………なんで帰ってきたの?」
「久方ぶりに戻ってきた夫に言うことか」
「だって帰里の予定日はまだ先だったでしょう……? まさか僕が元気ないって聞いて帰ってきたの? 公私混同マンなの?」
「誰が公私混同マンだ。違う」
単に頑張って早く任務を終わらせて、巻きで帰ってきたのだ。
扉間以上にその部下が頑張った。上司を奥さんの下へ早く帰すために。
扉間は任務先で、キズナに二十四回「無理をするな」と言ったはいいが回数が少なかったかもしれない、三十二回くらい言っておくべきだったかもしれないと内心僅かに後悔していた。表には出さなかったが。
それでも空気が読める部下たちは、なんとなく「扉間様はさっさと里に戻ってキズナ様に会いたいんだろうなあ」と察してはいた。それもあり扉間の指示をよく聞き、聞くだけでなく自分の頭で考え、最高効率で任務をこなし、予定より早く終わらせて戻ってこれたのだ。端的に言うと扉間の人徳の勝利だった。
「兄者に最低限の報告は済ませてある。……お前の元気がないだろうからとりあえず一刻も早く帰れと戻された。部下にも、奥様がきっと寂しがっていらっしゃいますと言われてな」
「あのさ僕、もしかして扉間くんの飼い犬だと思われてる? ねぇ」
「…………」
「意味深に黙らないで」
「ところでこの惨状はなんだ」
つい、と祭壇と化した布団を指差されて言葉に詰まる。
「いや……そのー、模様替えを」
「不眠になって気絶を睡眠の代わりにし兄に怒られて自ら犬の真似事をした挙句の果てがこれだな?」
「エスパー!?」
「義兄上から話は聞いている」
「兄さん………………どうしてバラしたの…………」
「お前と兄者に関することならオレと義兄上は結託する」
「くっ……普段はそこそこ仲悪いくせに……」
キズナは布団の上で体育座りした。流石に旦那の茶碗と箸と湯呑を枕元に安置しているのを本人に見られたのは気まずかったのだ。褌には手を出さないでおいて本当によかった。
「えと、お風呂入りたいよね? 沸かし直すから待ってて。お夜食も食べる?」
「風呂は自分でやる。夜食は……何かあるなら貰おうか」
「うん待ってて、ごはんあるし、あと
いそいそ立ち上がったキズナを置いて扉間は速やかに風呂に向かった。さっさと湯浴みを済ませなければ手持ち無沙汰になったキズナが肉だの卵だのを焼き出すだろうことがわかっていたからだ。
実際扉間が風呂から爆速で戻ってくると、キズナが台所で「もうあがったの?」という顔をしつつ片手に包丁、片手にでかいハムを持っていたので強めに止めた。
久々に会う旦那から離れがたかったキズナは、扉間が夜食に箸をつけるのを対面で見守りつつ黙って白湯を飲む。水飲み鳥みたいになっているキズナのおなかがタプタプになる前に扉間は箸を置いた。
早速洗い物を片付けようとするキズナをそれはオレが明日やるからいい、と止め、扉間は台所に行きたがるキズナ(「家事を明日に回すとなんか気持ちわるい……」)を小脇に抱えて寝室に移動した。
敷きっぱなしの布団の周囲には変わらず扉間の私物が並べられており、中にも扉間の着物だの手ぬぐいだのが収納されている。
扉間は無言で周囲の私物を跨ぎ、ハムスターの巣みたいになっている布団の中にキズナをしまう。自分もその隣に横たわった。
「……狭いな」
「ごめん、僕が扉間くんの私物たくさん持ち込んだから……お布団もう一組出そうか?」
「いい、構わん。もっとこっちに来い」
素直に寄ってきたキズナは額を扉間の胸板に擦りつける。物凄く嬉しそうだった。
「お前は……どうかと思う程にオレが好きだな」
「うん」
「お前な、そういうところが」
「犬みたいって言うんでしょう。わん」
「…………」
「そんな怒ることある!? いい年した男の犬の真似そんなに不快でした!?」
「怒ってはいない」
「嘘だ……柱間さんが視察の名目で周りに黙って新しい賭場に行った時の顔してたもん」
「してない」
「してたって」
「もういいから寝ろ」
「僕の言論の自由が……。もうちょっとお喋りしようよ、久しぶりなんだし」
「明日も明後日も一緒にいるだろうが」
「嬉しすぎるな。目が冴えちゃった」
はしゃぎだす嫁の背を呆れ顔で軽く叩きながら、扉間は抑えた声で「オレも眠りが浅い日が続いたから多少眠い」と言った。
「へぇ? どこでも寝れる扉間くんが珍しいね。どうしたの、何かやなことあったの?」
「お前がいなかったからな」
「────ごめん、いま一時的に鼓膜が破れてたみたいで。もう一度大きめの声で言ってくれる?」
「断る」
「そこをなんとか! ワンモア! ワンモうぷ」
見た目より柔らかい扉間の胸筋に顔を埋められたキズナが大人しくなる。母犬に首を咥えられた仔犬のように無力になったキズナは数分と経たないうちに寝息をたてはじめ、「……お前のことを笑えんな」と呟いた扉間の声を聞き逃した。