「――植物学者、ねぇ。そういや、三ヶ月前かそこらにそんなことを言ってた奴がいたっけなぁ」
「本当ですか!?」
フォレストビレッジにあるハンターオフィス。
ある意味恒例となったやりとりを終えた後、バーイショで引き受けた依頼――エリーゼという女の子の父親探し――のため、カウンターに座る職員にダメもとで尋ねてみたのだが……。
大雑把な推測によるあてもない人探しのため、きっとかなりの時間や手間がかかるだろうなと思っていた矢先の出来事である。
返ってきた予想外のその答えに、驚いたナヴィが思わず聞き返してしまったのも無理もない話であった。
「はは。ツイてたよな、アクア」
ナヴィから事情を聞いた男性職員が、過去の記録を調べてくれている。彼の、ポンポンポン……というパソコン端末を叩く音が静かなオフィス内に響く中、ナヴィは付き添いのアクアに話しかける。
「喜ぶのはまだ早い」
側で伏せているシーザーの白い毛並みにブラッシングをかけながら、メイド服の少女が楽天的な兄貴分に釘を刺した。
かけ終わるとそっと毛並みを確かめ、一つ頷くとブラシをポケットに仕舞う。気持ち良さそうなシーザーの頭を優しく撫でると、立ち上がりナヴィの方へと振り向く。
「まだここ、もしくはこの近くにいると決まったわけじゃない」
「いや、そりゃそうだけどさ。なんも情報がないよりは良いだろ?」
彼女の言葉に、困惑しながらもナヴィが答える。
「それはもちろん、その通り。けど、一番大事な問題が残ってる」
「それは?」
ナヴィの問いにアクアはため息を吐くと、その理由をはっきりと口にした。
「わたし達あの子から父親の名前を聞いてないから、特定出来ない」
※ ※ ※
生活圏のすぐ近くに、広大なグロアプの森が存在するフォレストビレッジ。
村と街の丁度中間くらいの規模であり、ナヴィやエティアの故郷であるムーセムの街よりも一回りほど小さい。
店……武器屋などはごくごく小規模であり、村人が護身用にとたまに利用する程度。
回復カプセルやドリンクといった消耗品の類いはなんとか補給出来るものの、やはりハンター達にはやや心許なかった。
森の中には当然のようにモンスターが存在しているため、それを狩るハンターが立ち寄りやすく滞在しやすいように、後からオフィスや酒場兼宿屋が作られたほどである。
バーイショから商品の仕入れを行い質や量の向上を計ったり、宿屋の規模を拡張したり増やしたりと、現在も試行錯誤が繰り返されていた。
「おーい、酒はまだか!?」
「こっちの料理も早くしろよー!」
「てめぇ! それは俺のヘビ肉揚げだぞ!?」
「これはわたしのトカ揚げさんだ」
陽が完全に暮れてしまった時刻。
二軒ある酒場兼宿屋の内の一つ『森の木こり』亭の中は、酒に酔った見た目がよろしくない集団の喧騒で埋め尽くされていた。
村の中には経営経験豊富な者が(当然)いないために、二軒の酒場では相談を受けた酒場組合から主人や従業員が派遣されてきている。
厨房には、村の住人が助っ人で入ることもある。
ナヴィ達も四人がけのテーブルに着いて、日中に手に入れた情報の交換をしていた。
「ま、まあ、それでも前進には違いないですわね」
テーブルの中央に置かれた鍋。中身は肉と野菜でたくさん入っており、作られてからさほど時間が経っていないため、グツグツ……という音が絶え間なく聞こえてくる。
お値段が手頃で栄養バランスも良く、味もそれなりのこの石焼鍋はこの店だけの限定メニュー。
唯一の欠点は、作るのに時間がかかること。これを頼む者が多いと、他のメニューが遅れがちになってしまうのである。
備え付けのお玉を使って鍋から自分の器の中へと具を取り分けながら、エティアは二人からの話を聞いていた。
――おいおい、あんたら依頼ならきちんと話を聞いとけよ? チームでそれなりに稼いでるみたいだが、大事なポイントはメモにでも書いとけ。
「……と、言われたけど詳しい話を聞く前にあの子がいなくなったから」
その後はなし崩し的に戦闘になってしまい、バーイショからも慌ただしく出発することになったので少女を探すことも出来なかった。
「聞いてないではなく訊けなかった、不可抗力」と言いながら、アクアは野菜ばかりを掬い取る。
「だよなぁ。……ま、頑張って探そうぜ! オフィスで雇った護衛と一緒に、ここの森に入ったのは確かなんだし」
手渡されたお玉でグルグルと鍋をかき混ぜながら、オフィスで聞いた情報を話すナヴィ。
彼は自らのお椀に入れる前に、食べようとしていたアクアのお椀の中に肉を一つ入れた。
真横からのムッという視線を無視しながら、少年は食事を始める。
アクアは箸でそれを持ち上げて――
「シーザー、あげる」
「ウォン!」
彼女の横で美味しそうにトカ肉焼きを食べていたシーザーが、顔を上げるやいなや口を開けた。
しっかり冷ますと、出汁がよく染み込んで身を蕩けさせた肉を食べさせる。
シーザーはゆっくり咀嚼しながら、パタパタとその尾を振っている。
その様子を見て満足そうにしながら、向き直った少女は自らのお椀の中に、排出したばかりの物が入っているのを見つけた。
恨みがましい目を横にぶつける。
そんな兄妹の様子を、ナヴィの正面に座っているエティアが微笑ましそうに見ていた。
彼女の頭髪はとても目立つため、店内でも帽子……ゴーグルキャップを深く被っている。
「アクア? 苦手とか言わずに、きちんと食べなくては駄目でしてよ?」
「わたし達には、そう多くの食事は必要ない。特定の物質をエネルギーに転換する機能があって、中にはそれを疎外してしまうものがある。わたしにとっては、それが肉だった」
人の世界で怪しまれないためにと、アクアは二人に話して聞かせた。
しかし、ナヴィはそれに「へー」とだけ答えると、エティアの横――アクアの正面にいる人物を視線で指し示した。
「ウィンについては?」
その細見の少女は、スッと席を立ち上がっており。
「すみませーん! 注射手羽餃子大盛り、もう一皿お願いしまーす! それと、ぶっとびハイも!」
厨房に向かって元気よく挙手しながら叫んでいるウィンに、赤ら顔ですっかり出来上がっている周りの席から、「姉ちゃん、若いのに俺達の同類かー!?」といった野次が飛んでいる。
「美味しい物は正義! そこに、性別や年齢は関係ないよ!」
「アルコールに関してはあるんじゃないかしら」
小声でそう言うと、恥ずかしさで顔を赤く染めたエティアは、そっとウィンから少し席を離した。
量や好き嫌いを気にする様子は、これまでも、そして今回も一切見られない。
「ウィンは…………特別だから」
「さすがにあそこまでやれとは言わんが、好き嫌いなら無くそうぜ?」
目を逸らしながら言う姿に苦笑し、エティアと顔を見合わせたナヴィは肩を竦める。
彼女達は、本当に人間らしかった。
「とにかく、ザフレという名前の植物学者が来てたのは事実なんだ。だから、明日はちょっとグロアプの森に行ってみないか?」
植物学者という珍しさからオフィスの職員が覚えていたのが幸いし、一行のハンター活動記録も悪くはなかったため、長期の護衛付きで出かけたまま戻っていないという話を聞くことが出来た。
「でも、ヌッカさんから私達にはまだ早いって言われてましてよ?」
ナヴィの提案を受け、エティアは考えながら以前聞いた話を口にする。
「あれは奥に行きすぎればという話。手前なら、脅威もそれほどじゃないはず」
と、肉を小さく砕きながらアクアが修正した。
「そういえばそうでしたわね」
「それに、ゲンゲンさんとレイナさんから装備を貰ってるしな。だから、ある程度ならどうにかなるんじゃないか?」
「確かに、装備で経験を埋めることは、ある程度なら可能。ただし、絶対安全というわけでもないのと、装備に振り回されすぎなければという前提はつくけど」
二人の話を聞いて、エティアは箸を止めた。
「じぁあ、明日はグロアプの森に入ってみましょう。ウィン? あなたもよろしくて?」
「うん。ボクはどこでも大丈夫だよ、えてぃ」
今か今かと食事が届くのを心待ちにしながら、ウィンは三人にサムズアップしながら答える。
「決まりね。部屋に戻ったら装備の確認をしましょ。話を聞いてきた限りでは、植物系や……虫……のバイオニックが多いみたいね」
「うし! 絶対見つけてやるぞ」
「うん」
「ウォン」
リーダーであるエティアの決定が出たことで、明日の行動が決まった。
ナヴィはエリーゼを喜ばせようと思い、気合いを入れる。
「お待たせしました! こちら注射手羽餃子にぶっとびハイ。モジョイモフライにラジオサラダでございます!」
「お待ちしてました!」
「いつのまに追加したんだよ!?」
翌朝。
朝食を終えた四人はオフィスに伝えた上で宿に戦車を預け、グロアプの森に続く門に集まっていた。
「忘れ物はないわね?」
「回復アイテム各種、マヒノンやアルカリクリームなども大丈夫」
「簡易寝袋もあるし、食料とシーザーの装備もバッチリだ」
「ウォン!」
「火炎放射機と火炎ブースターもバッチリ!」
「お前は森の中で何をするつもりだ!?」
「森林火災はやめてね」
「ほら、いつまでもバカ言ってないで、行きましょ」
賑やかにそんなやりとりを続けながら、四人は鬱蒼と生い茂る広大な森の方へと足を進めるのであった。