ムーセムの街。
北から西側にかけてはかなりの高さを持つ崖。東側は、その崖上にあると思われる水源地から落ちる滝と、その大きな河幅に守られている。
豊富な水を使って一部の家では農業を行い、危険な外敵の少ないこと、南にある商業都市とそれなりに交流があることも相まって、大破壊後の暮らしとしてはかなり恵まれた生活を営んでいた。
それだけではなく、他にも理由がある。近くに、大破壊前の軍事施設があるという噂や、この街を拠点にしていた二組のハンターが街の発展に力を注いだ事である。
大破壊前の施設には、現在の技術では作れないモノが多く眠っていることがある。壊されているモノも多いが、無事なモノが見付かればちょっとした財産になることすらある。その最たる遺産が――“クルマ”である。
特に“戦車”と呼ばれる“クルマ”は、この時代を生き抜く力に繋がり、『モンスターハンター』と呼ばれる者達にとっては垂涎の品となっている。
一部の地域では、「戦車を持たぬ者はハンターに非ず」とさえ言われているという。
勿論、戦車を持たずに己の肉体を武器に使う者達も居るため、そういう者達にとっては大きな収入源となる。
現在までに、噂の施設は見つかっていないそうだが、それでも一攫千金を狙う者達は時折訪れるし、街から街へと商売の為にこの荒野の世界を渡り歩く、『トレーダー』と呼ばれる者達が定期的に訪れる事で、ムーセムの街は発展してきた。
そんなムーセムの街で目立つモノ。街の発展の貢献人が考案した六ヶ所にある見張り塔? 比較的最近出来たばかりで綺麗なハンターオフィス? それとも、改装を終えたばかりの酒場兼宿だろうか?
いや、やはり発展の貢献人、“成功者”ウルフェア・スノの屋敷を住人はあげるだろう。
そこは、元々は街の有力者の屋敷だったが、ウルフェアが発展に力を注いでいる内に屋敷に住む娘と恋仲になり、大恋愛の末に結婚し共に住むようになった。ウルフェアが発展に力を注いだのも、その娘に一目惚れしたせいだと、酒場でとある人物が話していたという噂もあるが、真相は当人達のみが知ることである。
その屋敷は、最初はありふれた普通の屋敷ではあったが、ウルフェアの旅の仲間である“未知の探求者”シオン・ルルムと、“未知の解明者”リスポラ・ルルムが、ウルフェアの結婚祝いにと改良に改良を重ねた結果、今の要塞然とした様相を呈することになる。
そこで凝りすぎたせいで、ウルフェアの屋敷の隣に建てていた――現在スノ家一区画と化している自分達の家を、飽きて改良しなかったのだろうと当時を知る街の住人達は話していた。
屋敷の持ち主で、聡明で心優しいアティア・スノが間に立たなければ、改良の件でウルフェアとシオンが笑いながら、本気で戦車戦を行っていただろうとも話していたが……。
娘のエティアが何かをウルフェアに伝えた際に、二つ返事でルルム家を現在の様に塀で取り囲んだのも、その事が関係していると思われている。
その塀の中の家の前に四人の姿があった。落ち込んでいる少年に手を差し伸べているのは、闇の中でも輝く様な陽光を放つ、十五・六歳位の少女。
「ほら、ナヴィしっかりしなさい。ウィンだって、その内良いもの見つけるかもしれないでしょ? いつかを夢見て、今は朝食に行きましょう」
エティア・スノは父親からはハンターの才能を、母親からは聡明さと美貌を受け継いで、その実力を遺憾無く発揮していた。
母親以上の、触れた者にはさらさらとした手触りと、黄金の河を思わせる輝く様な腰までの長さの金髪に、太陽の様な黄金の瞳。
整った顔立ちに、体のラインが目立たない服装を好みそれで隠してはいるが、出るべき所は出て引っ込む所は引っ込む理想的なスタイル。ごくごく一部の友人には、その強気で勝ち気な面を見せるが、その他の者には優しさをもって接していた。
父親が過去に手に入れていた戦車の一台を借りている身だが、ハンターとしても登録済みで、“太陽の娘”がいずれは父親を越える事が期待されている。
スノ家と、現在『探索』に出ているルルム夫婦を外すと、この街にはもう一組名物になる者達がいた。
ルルム夫婦の息子、“何か可哀想”なナヴィ・ルルムと、夫婦が保護したらしいウィンとアクア姉妹だ。
エティアを“太陽”と評するなら、姉妹はそれぞれ“空”と“海”と評されることが多い。姉妹揃って、戦車を使わずに武器を持って戦う『ソルジャー』として登録されている。
「あちゃー、また違っちゃったか。まあ、気にしちゃダメだよ、ナヴィ! その内良いことあるよ」
落ち込む少年に明るくそう言っているのは、スノ家とルルム家を繋ぐ扉を、“自走式砲台”で粉砕したばかりの当人である、背の高い少女。着ていた赤いジャンパーを肩にかけて、白いTシャツとショートパンツ姿になっている。
姉と認識されている“空”ことウィン・ルルムは、その気楽で明るい雰囲気で街のムードメーカーとしての役割を持っていた。
同年代としては低くないエティアよりもさらに高い背に、色々な意味でスラッとしたスタイル、裏表の無い性格と、裏を考えることが出来るのか? とも言われる“空(から)”の頭脳は、街の住人達に愛されている。
そんな空色の短髪と瞳の少女は、街の防衛ではそのソルジャーとしての才能を発揮している。銃器と剣を巧みに扱い、空を舞うかの様な戦いぶりは、共に戦う者を魅了して止まない。
最も、戦闘後に誰に何を言われているのか“戦車”らしきものを集めることで、そのキャラクター性も発揮しているが。
現在までに彼女が集めた“戦車”は、砲台に跳び跳ねる四足を付けた様なキャノンホッパー、芋虫の口の先端から機関銃が飛び出している生物と機械が融合したサイバー系モンスターと呼ばれるイモバルカン、自走式砲台のいっぱつや、「俺を犯罪者にしたいのか!」と怒られたトレーダー殺しと呼ばれる自律自走戦車である。
ただ、トレーダー殺しだけは街の住人からも反対があったため、『これだけは』一回しか捕獲していない。
そんな出来事が有っても、彼女の人気はエティアと並ぶ程の高さを保っていた。
「砲台と戦車の違い位は、そろそろ理解した方が良いかも? とりあえず、壊れた扉の代金を支出に入れておく」
落ち込む少年には見向きもせず、家の中から出てきたばかりの、太ももまでの丈の長さのワンピースと膝上までのオーバーニーソックスを身に付けた少女。粉砕された扉を見て、持っていた手帳に赤いペンで横線と数字を記載している。
ウィンの妹にして、しっかり者と思われている“海”の少女は、姉とは真逆に大人しい。肩口までの澄んだ青い髪と瞳、服もその色に合わせる。名物娘の中で、エティアの肩までの高さの身長という一番小柄な体格をしている。
エティアとウィンの中間位のスタイルを持つが、トロンとした眠そうな雰囲気のせいか他二人が目立ち過ぎるせいか、人気度は二人に一歩譲っていた。
彼女の真価は“サポート”として動いている時に発揮する。エティアのプランの穴を塞いだり、ウィンが戦いやすい様に戦場の調整をしたりなど、縁の下の力持ち的な役割を“それとなく”行っている。
会計的な役割も多々任されるため、三人……いや、四人の中で立場が一番強いのは彼女かもしれない。
ソルジャーとしては、長距離狙撃と特殊な鞭を使っての近距離を主とするが、素手でちょっとした金属を貫いたり、何故か動いている機械系にやたらと強いという噂を持つ。
誰かと共に居る事が多い彼女だが、改善されない家計を助けるために、酒場でウェイトレスのアルバイトをしている事がある。そんな日は、酒場が数分が埋まるという現象が起きることもある。
「お、俺はハンターになって父さん達の様になりたいだけなのに……」
起き抜けのラフな格好で、うちひしがれ大地に手をついて落ち込んでいる少年。
そんな太陽や、空と海の姉妹の身近にいる少年――ナヴィ・ルルムは、そんな三人の中で埋もれた日々を過ごしていた。ウルフェアと並んで偉大と評されるハンターの父親と、メカニックにして大破壊前の事を調べる研究者の母を持ち、彼自身もその才能をいずれ発揮すると思われていたナヴィ。
ただ、その両親の屋敷改良の弾け具合と、今の名物三人との生活、灰色に近い銀髪と瞳も関係しているのか、とにかくアクアよりも目立たなかった。
目立ち始めたのは、姉妹と同じ日にハンター登録に向かった時。担当者に一秒経たずに拒否された挙げ句、「ハンターになれないんだって!」と大声でウィンに言われ、彼の中で黒歴史と化した日からだろう。おかげで、そのことで知り合いからはからかわれ続ける日々を過ごすことになる。
塀に取り囲まれた家、エティアとウィンに振り回され、酒場にバイトに行ったアクアを心配して様子を見に行って、いつの間にか自分も無料で手伝っている等、悪い意味で目立つ様になってきた。
それでも彼は、その境遇に絶望せずにハンターになることを夢見て、日々努力していた。
この日も、彼は立ち上がる。
「この程度で、俺は断じて諦めない!」
片膝立ちを経て、ショックから立ち上がった彼は“吼える”。
「絶対にハンターになって、世界という世界を探るんだ!」
「ハンターにならなくても、探索は出来るのではなくて? 執事でも世界を巡っている方もいるそうよ。私としてはすっぱり諦めて、ここで真面目に商売でもした方が良いとは思うけど。あなた変に運だけは良いし……ハンターにはなれなかったけど」
立って吼えたナヴィに、エティアは冷たい口調でブレーキをかける。
「そうそう。ボク達でシャシン? か何か撮ってきてあげるからさ!」
「エティア、ウィン、止めたいのは分かるけど、それだとイジメにしか聞こえない」
「そうだよな、アクア! 実際イジメだよな! お前達、俺は自分で見に行きたいんだよ!」
壊れた扉の横でウィンは明るく言い、玄関前でメモ帳とペンをサイドポーチに仕舞いながら、アクアは静かに二人を咎める様に言った。
そんなアクアの頭を撫でながら、ナヴィは強く主張する。
「三人は外に行ってるけど、俺は出たこと無いんだぞ!? 父さんや母さんの話とか、お嬢達の話とか。改めて言うけど、俺は聞くだけは嫌なんだ。それに数年も帰ってこない父さん達の事も気になるし、お嬢達が外へ出ていく度に無事かどうか気になるし……」
後半は小声で、しかもあらぬ方を向きながらだったため、ゴニョゴニョとしか聞こえないが……。
聞こえなかったエティアはその間に、ウィンの近くへと小走りで駆け寄り、二人で話し始める。
「(ねねえてぃ、ますますやる気になってるよ?)」
「(おじ様達が戻って来られないのは予想外よ。じゃあ、私達も行かないからナヴィもここに居てって言いにくいじゃない。探しに行くと言って強行する勢いよ。理性で抑えているだけで)」
「(ムズカシイことは分からないけど、もう四人で行く? 縛って、えてぃのたいがーの座席の後ろに放置で。これが世界だよって、隣街一周とか)」
「(タイガーじゃなくてティーガーと言って。バカ、そんなことをしたら火に油でしょう! ハンターオフィスの人にダメと言って貰ったけど、時間の問題だとは言われていたし、そろそろ限界かしらね)」
「(え、ガソリン美人に地獄のストーブ? それよりも、南に行かずに北に進んでビッグキャノンだよ)」
「(何わけの分からない事を言っているのよ……。とりあえず、この場は切り上げるわよ)」
「(オッケー! 下から一撃だね、大丈夫大丈夫。全治二ヶ月位で)」
「(おバカ! その斬り上げじゃないわよ、怪我させちゃ駄目でしょう!)」
「(いやー、言葉って本当にムズカシイね。とりあえず、頭はアクアとえてぃに任せた! ボクは例のモノの組み立てでもしてるよ)」
「(正直、あなたに任せたくないけど……情報収集、出来ないしね)」
「(護衛隊のみんなからは、アの子可愛いとは良く聞くよ! ただ、どの子か分からないけど)」
「(ええ、まあ、そうでしょうね……見て、聞くだけならね……)」
「おーい。目の前でひそひそ話されるのは結構こたえるんだが……。てか、エティアは何でそんなに疲れた顔してるんだ?」
虚空への呟きから戻ってきたナヴィの声を聞いて、二人は話を終えることにした。
「何でもないわ。(後で決めましょう)」
「(うん)」
小さく頷き合うと、エティアはナヴィの方に戻り、ウィンは一発屋をどこかへ引きずっていった。
途中エティアと視線が合ったアクアは、ナヴィに気が付かれない程度に小さく頷いて見せた。
「ナヴィ」
「お、おぅ。どうした、エティア?」
エティアの黄金の瞳でジッと見つめられ、どもりながら答えるナヴィ。
「あなたの想いと願いが、伝わってきた様な気がするわ」
「気がするだけじゃいまいちあれだが、それは何より。それで?」
何かを期待する様なナヴィの視線。それを受けてしばらく間があるも、エティアは口を開く。
「とりあえず、前向きに善処することを検討してみようと思う様に考えているわ」
「何だ、その全くやる気の感じられない答弁みたいなのは!? そんなに俺を行かせたくないのか!?」
「とりあえず、今はね。ウィンが、一生懸命に街のみんなとあなたの為にって、戦車を『狩って』いるのよ? それを信じて待ってあげるのも、あなたの役目ではなくて?」
こんこんと言って聞かせる様なエティアに、ナヴィから返ってきたのはジト目と引きつった笑顔だった。
「良い話に聞こえるが、お嬢? ちなみに、自分だったら信じられるか?」
沈黙。見つめあう灰と黄金の瞳。沈黙。
視線を反らしたのは、黄金だった。顔が少しだけ赤くなってるが、憤慨する少年は気が付かない。
「信じていないじゃないか! うがー!! あの時、アクアにはめられて約束しなけりゃ良かった……」
「失礼な。わたしは、ウィンならアッと驚く様な戦車を見つけるかもしれない、と言っただけ。『かもしれない』は心の中でだけど」
「はめてんじゃねーか! 何だよ、心の中って!? 分かるわけないだろう!」
シレッと、数年前の出来事の真実を言い放つアクアに、少年はますますヒートアップした。
「大丈夫。逆境や苦難、艱難辛苦の先に明るい未来がある。わたしを、わたし達を信じて」
そんなナヴィを、アクアは静かに少しだけ見上げる。ヒートアップしていた少年の心を、穏やかな海が静めていく。
落ち着いて、アクアとエティアを交互に見つめたところで、少年は小さくため息をついた。
「……分かったよ。しばらくは待つ。でも、ハンターになることは諦めないからな! これは、絶対に妥協しない」
「ええ」
「……譲歩したように見せて、これでもうしばらくは足止め出来る。二人のあの言い方では逆効果……」
先程咎める様に言ったのは、あくまでも二人の言い方に対して。ナヴィを庇って、ではないアクア。
「ん? 何か言ったか、アクア?」
「ウィンがお腹すいた……かもしれない」
「ああ、そうだな。俺も着替えてくるから、お嬢の家でいつもの様にご馳走になろう」
「自分で作ろうという言葉、一回も聞かないわね」
「良いだろ? アティアさんのご飯美味しいし。母さんみたいに怪しげな実験器具で作ったりしないし」
「リスポラおば様の作った食事も、独特な味で嫌いじゃないわ」
「わたしも」
「味覚、大丈夫か……? ま、着替えてくる。で、ゴミ出ししてから食事。掃除に、アティアさんに頼まれた食材の仕入れとウルフェアさんの服の受け取り、依頼品の調子の悪い発電機の修理の続きに、ハンターオフィスのおっちゃんのパソコンの調子見て、人間装備屋の兄ちゃん達の手伝いして、最後がアクアのバイトの日だから酒場だな」
指折りおって数えながら言うナヴィに、少女達は思わず絶句。
「あなたね……いつの間にそんなに引き受けてたのよ。道理で時々見に来ても居ない筈よ」
「ん? 頼まれた事をきちんとこなしているだけだぞ、俺は。それに困っているなら助けないとな。良い経験にもなるしな」
そう言って少年が着替えに家の中に消えると、閉じられた扉の前で少女達は顔を見合わせた。
「迂闊。街の中なら安心と思って、ナヴィの情報収集に穴があった。ハンターの前に、力尽きそう」
「アクアが知らなかったのなら、こっそりお金を貯めているわね。借金策が裏目に出るなんて。まずいわ、みんなナヴィに協力的だから、結構旅用の資金が……」
「それはない」
エティアの焦りながらの推測を、アクアは即座に否定する。
「え?」
「多分、ほぼ全部無料ボランティア。ナヴィは、正直にお金は私に預けるから」
「本当なら、ウィンとは違う意味で心配になってきたわ……」
言い切ったアクアに、エティアは頭痛をこらえながら深くため息をつくのであった。