【森林管理局跡:地下?階】
天井から、破壊を免れ生き残った僅かばかりの照明が、申し訳程度に室内を照らしている。
その薄暗さの中、衣服を着たまま白骨化したいくつもの骸や、ここで使用されていたと思しき道具の残骸が床上に散乱しているのが見えた。
「――というワケで、ココでは戦車が開発されていたのだよ!」
そんな室内で
男といってもそれは声だけの判断であり、隙間なく頭部を覆うヘルメットの前面部分……透明なカバーで仕切られたソコから見える彼の顔色は、土気色を通り越して腐ったドブ色だ。
有り体に言えばゾンビであり、ハンターオフィスではモンスターに分類されている存在である。
・人間に襲いかかってはその肉や臓腑を喰らい、彼らに殺された者は彼らの仲間入り。
・よしんば殺されなかったとしても、怪我一つ負わされでもしたらそこから毒が回り、それらの者もやがてはゾンビと化す。
・理性を無くしたことで人間という
少し話は変わるが、幼き頃の某少年が就寝前にちょっとした話をゴネてねだったことがあった。そこへ両親に連れられてきたばかりの妹が通りすがり、彼の希望を叶えるため具体的な描写を交えて、懇切丁寧にそれらの逸話を語って聞かせたという。
それほどに、今の時代ではワリとポピュラーなモンスターだ。
これも余談だが、
――閑話休題――
一行が森で見かけた家族と同じく、これまで発見されたゾンビというご多分に漏れずこの個体も目が白濁し、顔は崩れて辛うじてパーツが判別出来る程度。
しかし、目の前にいるゾンビ? は明らかに他と異なっていた。
まず喋る。
とことん喋る。
いつまでも喋る。
武器を向けられていても気にせず喋る。
呼吸を必要としないらしく、息継ぎ無しで喋り続ける。
自らの生誕から入社してからの苦労話など、訊いてもいないどうでもよさそうなことまで。
合間に身振り手振りを交えながら機関銃のように捲し立てるゾンビ? の勢いに押され、一行が口を挟めないまま時は過ぎていった。
いつ終わるのか分からないこの状況をどうにかしようと、イラッとした仲間の一人がバズーカで排除しようとした(※あえて誰かは秘す)のを止めて、一行は穏便な手段で止めようとジッとその機会を待つ。
チャンスはなかなか訪れなかったが、それでもなんとか話の切れ目を狙って要点だけを話すように求めたところ、男から先の宣言にも似た回答が得られたワケである。
「なんだな……今までの時間はなんだったんだってくらい、簡単になったよな。肝心の『理由』のトコロだけがサッパリだけど」
そうこぼしたナヴィの言葉にも、多分に疲れが滲み出ていた。
それにずっと立ちっぱなしで話を聞いていたため、全身の筋肉も凝り固まっている気がする。とりあえず全身運動……はさすがに目立つため、片腕ずつ手で揉みほぐしながら、ナヴィはチラリと右隣に立つエティアに視線を走らせた。
彼女の父であるウルフェアから贈られた、自分とは色違いの赤いゴーグルキャップ。どうやら話を聞いている間にずれてしまったソレを手早くかぶり直している途中で、いつもは傷まないように四苦八苦して押し込めている彼女の長い髪がナヴィの視界に入ってきた。
手の動きに合わせて波打つ輝くような金髪が、僅かな光を反射して闇の中に浮かび上がっている。
やはり少し疲れてはいるようだが、生真面目な彼女は手を動かしながらも「途中で話を遮るのはやっぱり失礼じゃないかしら?」などと言っていた。
そのさらに向こう側、エティアの頭越しにナヴィの長身な妹――ウィンの頭が見える。だがその空色の髪は、コクリコクリと上下に揺れていた。どうやらゾンビ? の話は、ウィンにはスイミンDX並の効果があったようだ。
もっとも、彼女の場合は長々とした話全般が当てはまるのだが。
「終わった?」
そして彼の左隣から、疲労の欠片もない落ち着き払った声が聞こえた。
ナヴィは首肯し、その人物の横顔を見やる。
そこに立つのは彼のもう一人の妹――アクア。ナヴィの立ち位置からでは丁度見えないが、左目に装着したハンタースカウターの小さなモニターを見つめているらしく、
「二時間二十八分二十秒」
そこに表示されている数字を小さく呟く。
それを耳にしたナヴィの口からは、うへぇという呻き声が溢れた。具体的な数値を出されたことで、さらに疲れが増したきた気がする。
しかしそんな兄の様子にも構わず、彼女は彼女で姉のウィン同様、正面こそ向いているもののゾンビの方を見ていないのだが。
さっきナヴィが頷いた時も、そちらを見ずに動きの気配だけを察して言ったに過ぎない。
ではそんな彼女は何をしているのかと言えば、床を嫌がってガイアウォーカーの上で寝そべっているシーザーのブラッシングをしていた。
小柄な彼女に合わせて丁度いい高さになっているため、汚い床にしゃがむどころか服を汚す必要も無い。
今日ここに来るまでの間に、ホワイトシェパードである彼の白い毛並みはすっかり黒く汚れてしまっており、彼女が走らせているブラシの毛先も染まってしまっている。
気持ち良さそうにしている彼を最後に軽く手で一撫ですると、アクアはブラシをメイド服のポケットへと仕舞った。
「宿に帰って汚れを落とした後にもう一度する」と告げた少女に、シーザーは一回吠えることで了承を告げる。
「それで?」
顔を上げた少女の深い海のような青い瞳がスッと細められ、いまだに腕を振り上げたままのゾンビ? に向けられた。
「あなた……いえ、あなた達が開発したクルマ――戦車を使わせてくれると?」
「その通り!」
訝しげなアクアに、ゾンビ? は肯定を返す。その答えに、少女はますます眉を寄せる。
「ですが、私達には受け取る理由がありませんわ」
「いきなり戦車をくれるって言われても……なぁ」
あればこれからの旅が楽になるのは確かではある。しかし、相手の意図が分からない。
交渉役としてリーダーのエティアに代わって内容の裏まで考えるアクアはもちろんのこと、そのエティアやナヴィにしても、この話には困惑を見せている。
「ふむ……理由か。実に簡単なことだよ」
ゾンビ? は大したことではないと言わんばかりの口調で話す。
「“今、ここに、君達が来たから”。それ以上の理由は無い!」
キッパリと言い切った姿に、三人は絶句する。
ゾンビな男が三人のその表情に気が付いているのかは定かではないが、クルリと背を向けた彼は
「あれから何十年も経ってしまったが、あの時受けた衝撃は今も忘れていない。そもそもの始まりは、ブラド・コーポレーションが開発した一台の戦車だった。今もあるのだろうか、君達は知ってるかな? あの真紅の究極戦車、レッドウルフを」
「――――ッ!?」
その名前に、ナヴィとエティアは思わず息を飲む。少し前に出会って、二人の常識を見事に“撃ち壊した”レイナの駆る戦車を思い出して。
「それは、オリジナル?」
「アクア、それはどういう意味かしら?」
ゾンビ? に対して彼女が口にしたそれを疑問に思ったエティアが訊ねると、アクアは以前ウィンに聞かせたようにかい摘まんで説明を始める。
レッドウルフ。
神話コーポレーションと並び、大破壊前の世界的企業だったブラド・コーポレーションが製作した究極の名を冠する戦車。
ただし、真にその名を持つ戦車はただ一台。
以前、それらしきクルマを駆る凄腕のハンターのことが風の噂で流れたことがあった。しかし、ある時を境にパタリと途絶えてしまう。
そのためハンター達の間では、その人物が命を落としたためにクルマは奪われたとも、どこかの洞窟に隠されたとも言われている。
真相は誰も知らない。
「その性能の高さから、現在でもウルフタイプの戦車は使われている。ただし、それはごく少数。レ……イナが乗ってたのもそうだけど、多くはメルカバを改良したもの」
「そうか、あの戦車は行方知らずか……なんとも残念な話だ」
アクアの話を聞いて、ゾンビ? は深く嘆息する。
「私達は完成し、ただ一度だけ公開されたアレを見たんだ。そして、大きなショックを受けた。だから、自分達の手でアレ以上のモノを産み出そうと躍起になって、開発にのめり込んでいった――」
地中でも行動可能なテリオンシリーズ。
多くの兵器を搭載出来る天道虫シリーズ。
そして、サイズを度外視して陸上戦艦に似たコンセプトの移動要塞型巨大戦車である、マルドゥクシリーズ。
「確かに、マルドゥクシリーズはレッドウルフを越えたかもしれない。しかし、私があの時目指したものとは違う。サイズで上回っても意味がないんだ。相手と同じ土俵で超えてこそ、意味があるんだ!」
――だから、思いを同じくする仲間達と産み出したんだ!
――自分達がこれまで培った技術の、“全て”を注ぎ込んだ至高の戦車!
――『マイス』を!
再び強化装甲服の拳を突き上げながら、男は意気高く叫ぶ。
「…………つまり、アレらの戦車群を造った技術者達の、至高?」
彼女にしては珍しく、額に手を当てて頭痛を堪えるかのような姿勢で、呻くようにアクアが言う。
家族同然のナヴィも妹分である少女のそんな姿を見るのは久し振りで、前回はウィンの所為により家計簿がいつも以上に赤くなった時だ。
「――しかし……」
アクアの反応には何も返さず、主任技術者だった男はゆっくり拳を下ろすと話を続ける。けれどその声は今までとは正反対に暗く、悲しみに満ちているのに三人は気付いた。
「私達のマイスが究極を超えることは出来なかった。“あの日”を迎えたがために」
大破壊――前文明終焉の時。
ブラドと神話、諸共に。
バイアス・ブラド博士が設計し、両社が共同開発したスーパーコンピューター“ノア”によって。
「マイスを残し、ここの閉鎖が決まると同時に、我々には退去するよう指示が下された。だけど、私と何人かはここに残ることにしたんだ。万が一にも、受領任務を帯びた者が来てはいけないと思ってね」
「実は、軍の特殊任務部隊が取りに来るという話もあったんだよ。結局君達以外は、誰も来なかったけど」と、背を向けたまま男は覇気なく笑う。
静かな室内に彼の空虚な笑い声が響くなか、エティアの隣で上下運動を繰り返していた頭の動きが、最後に大きく震えて止まった。
やがて、開かれた彼女の瞳の奥にある種の感情が宿るが、それはまた人知れず内へと沈んでいく。
室内に満ちていた笑い声は徐々に静かになり、彼は緩慢な動きで四人と一匹の方へ振り返る。
「そういえば、理由なくば受け取れないって言ってたよね?」
「え? あ、ええ、確かに言いましたわ」
出会った当初とはすっかり人? が変わったような彼の様子に、エティアは戸惑いつつも頷く。
「そうか……それじゃ、君達に頼みがある。それが出来たら、君達にマイスを託そうと思う」
「依頼……ですか?」
エティアは仲間達と顔を見合わせて、全員が頷いたのを確認すると一歩前に進み出た。
「それがモンスターハンターである私達に出来ることでしたら、お引き受け致しますわ」
「モンスターハンター? へぇ、今の時代にはそんな職業があるのか……遊んでたゲームみたいだな。それについても色々話を聞きたいところだけど、もしそれが
「つまり、俺達にモンスターを狩ってほしいってことですか?」
確認するように言うナヴィに、男は静かに頷く。
「なるほど。それなら俺達に任せて下さい!」
胸を叩きながら言う兄を横目で見ながら、アクアは「また……」と呆れた様子で小さく呟いた。
「へ?」
それが聞こえたらしく間の抜けた声を上げるナヴィに、説明したのはゾンビ? の男だった。
「私はまだ詳しい話をしていないのに、そんなに簡単に引き請けてしまっていいのかい? 内容を確認せずうっかり判子を押してしまって、気が付いたら莫大な借金を背負ってた! ……ってことになるぞ?」
ちゃめっけを見せる男の後を、子供に言い聞かせるような口調でアクアが継いだ。
「あの人……人? の言う通り。簡単に安請け合いするのは、両者にとって良くない。まずは必要な情報を入手し、しっかり吟味することが大事。それが手に負えない相手で『やっぱり出来ませんでした』では、パーティだけではなく……最悪ハンターオフィス全体の悪評に繋がりかねない」
「ううっ……!?」
二人の余りにも正論過ぎる言葉に、ナヴィは何も返せない。前にも依頼を引き受ける際に失敗してるなんてことは、絶対に言えない。
「プッ……アッハハハハハハハ!」
突然、男が再び笑い声を上げる。今度のは先程までとは違う、本当に楽しそうなモノだ。
「フフッ……いや、すまなかったね。君達を見ていたら急に……それにしても、笑うなんて久し振りだよ。そもそも誰かと話すこと自体が、か」
一頻り笑った後、そう言って男が謝罪してきた。
「コホン。もともとナヴィの……彼のミスですから、あなたが謝る必要はありませんわ。それで、依頼の詳しいお話をお聞かせ願えますか?」
「ああ、もちろんだ」
取り繕うかのように一つ咳をして、話しかけたエティアに男は頷く。
何か言いたい衝動に駆られるナヴィだが、ここは堪えた。その代わり心中で汚名返上を誓うと、一言一句聞き逃さないよう男の話に意識を集中させる。
「君達に倒してもらいたいのは、巨大なムカデの化け物だ」
ムカデ……と誰かが呟くなか、勢いよくウィンが手を上げる。
「ムガデス?」
「賞金首だったけど、それはもう『疾駆の赤狼』が倒してる」
ウィンが上げたのは、少し前にとある組織に属していた賞金首の名であった。だが、アクアは即座に否定を返す。
じゃあ……と、ウィンは続けて口にする。
「ムカデンダー?」
「あれの繁殖地はもっと東の方。それに、『砲撃の申し子』にして『狂乱の破壊者』が殲滅したはず。もっとも、はらはら平原にはまだいるかもしれないけど」
次にウィンが言ったムカデンダーというのは、ビル並みに大きなモンスターの名だ。
しかし、それにも首を横に振ったアクアは、無造作にハンタースカウターへ手を当てる。
起動したソレから必要なデータを呼び出すと、エティアとナヴィのiゴーグルへと送信。ウィンとは自身と情報をリンクさせた。
今のこの世界ではもはや見ることが難しい、澄み渡った海のような碧い瞳が、片目を覆うモニターを無感情に見つめている。そして、
「想定ターゲット、ムカデロン」
そこに表示されている名称を静かに告げた。
――続く――
こう書くと、ムカデロンさんがかなり大物風に感じる!
次話は、今回よりも早くお届け出来る……はず、です。