マイス登場を焦らすわけではありません、よ?
「……なんでだよ」
双眸からは、後から後から熱いモノがこみ上げてくる。少年はそれを拭うこともせず、やるせない思いのまま流すに任せる。
「始めてもいない……終わって……ないのに!」
「ナヴィ……」
エティアは彼の心情を慮り、慰めようと伸ばしかけた手を途中で止めた。
慣れろとは言わない、言いたくもない。彼女自身、慣れているわけではない。ただ知識としてあり、それを当たり前として感情を冷静に処理しているのは、彼とのモンスターハンターとしての経験の差と言えるだろう。
だが、旅を続けていけばこういうことはまたあるに違いない。死が身近にある世界、それを『受け
そして、それに『飲み込まれる』ようでは、キツいようだが彼自身もそこまでだということになる。近く、命を落とすようなことにもなりかねないのだ。
残念ではあるが、ムーセムの街に戻って何か別の仕事を探した方が彼のためだろう。
受け容れ、決して飲み込まれず――そうして、自らの足をもって前に進み続けることの出来る者が、“モンスターハンター”なのだから。
もしかしたら、今回のコレがハンターとしての彼への試練なのかもしれない。
――もしそうなら……。
彼がこれを乗り越えられるよう、胸の前で拳を握り込んだエティアは祈る。
「あんたは、本当にこれで満足だったのか……?」
音の無い、頼り無く薄暗い部屋の中。ナヴィとエティアの前には、
『――あの日、私達はこのビルの上に居たんだ。文明が崩壊した後も、ここはある程度の設備が生きてたからね。これからの生活では食料が枯渇するからと、そっちの専門家を招いて一緒に作業をしてたんだよ。
『――順調だったよ、あの日までは……奴が襲って来るまでは。それまで苦楽を共にしてきた仲間達が、為す術なく奴によって殺された。……セキュリティ? もちろんあったさ。警備員もいた。だが、治安維持システムは役に立たないどころか――私達に攻撃してきたよ』
『――命からがら、私と何人かはここへ逃げ込んだ。それに、ここにはマイスの搬出口がある。私達はマイスの確保と、そこからの脱出を考えた』
『――だが、奴によってそれも叶わなかった。おそらく通風口だろうな、そこから無理矢理に侵入してきたんだ。その後はもう分からない。みんなバラバラになってしまったからね。誰か一人でも逃げ切れていればいいのだが、おそらく無理だろうなぁ。少なくとも、マイスの保管庫には誰も辿り着けなかったのは確かだよ』
『――私がここに残ってた理由かい? 私ともう一人は、脱出には参加しなかったんだよ。ここへ逃げ込んだ時に、二人とも重傷だったんだ。一緒に行ったら、他のみんなの迷惑になるからね』
『――マイスの保管庫に誰も辿り着けないと分かった時、既に歩けなかった私は床を這って、この
『――幸い回線封鎖は上手くいって、外からの乗っ取りも防げた。今も、マイスはあそこにある。もともとそれ用の部屋だしね、保存状態もいいはずだ』
『――それからは……ただここに居るだけだな。上で回収出来るだけの、仲間達の骨を拾ったりしたりね。土に還してやりたいけど、さすがに外には出れなくてね』
『――ああ……駄目だ。もっと……いろいろやりたいことあったけど……満たされちゃったな。これ以上を望んだら、
『――ん……みんな、そんなところにいたのか。遅くなってすまないね。さあ、続きをしよう……新しいプランも出来てるんだ……大丈夫、マイスは託した……よ』
四人と一匹が戦いに赴こうとした、まさにその時。
不意に、その近代的な見た目の強化服に身を包んだ男が声を漏らす。
嬉しそうな、それでいて恍惚としたその声は、進もうとしたパーティーの足を止め、振り返らせる何かがあった。
始まる、熱に浮かされたうわ言のような独り語り。出会った当初の圧倒的なものではなく、聞き役を必要としない静かな
そうして語り続けていく内に、ゾンビと化していたこの施設最後の住人の身体は急速に失われていっていたのだろう。名前も知らないままに、彼は仲間達の元へ逝ってしまった。
水が蒸発するように、徐々に跡形を――骨するも残さずに。
託すという言葉のみを遺して、それを見届けることなく。
しかし、彼の最期の声に苦しみはなく、安らぎに満ちていた。
「彼の望みは叶った。だから、満足していたはず」
光が当たらず、暗がりとなっていた奥に続くドアの脇。ウィンやシーザーらと共に、離れて事の成り行きを見守っていたアクアがそこから歩み寄り、立ち尽くすナヴィに語りかける。
闇に染み込みそうな、いつも以上に静かな――昔を思い起こさせる声で。
自分が小さな頃からまるで姿の変わらない彼女のことを、年端もいかぬ少年時代はお姉ちゃんと呼んでいた。後から来たわたし達は妹だと言う少女を、実際にそう接し始めたのはいつだったか?
少なくとも、自分と同レベルで遊んでいた――くれていた?――もう一人より遅かったのは確かである。
留守しがちな両親に代わって、隣家のエティアの両親と共に自分……自分達の面倒を見てきたのは、間違いなく彼女だ。
まるで機械のような常に淡々とした態度で、しかし親身に甲斐甲斐しく。
自由にさせつつ、ナヴィやエティアが間違ったことをすれば呼んで正座させ、納得するまでコンコンと無表情で語り続ける。
もう一人がやらかした場合には拳が飛んでいたが。
後ろで自分を見守っている――母で、姉で、妹のような存在。
今も自分を気遣ってくれている彼女に、ナヴィは振り向かず言う。
「アクア……けど、望みったって、俺達まだ何もしてないのに」
「ううん。そんなことはない。二人の、ナヴィとエティアのおかげで、彼はその役目を終えられたのだと、私は推測する」
噛んで含めるように話すアクアの方に、涙を腕で拭ったナヴィはゆっくり振り向いた。
言っている意味が分かるかと、少し明るい場所に出た彼女の目が、先に振り返っていたエティアに問う。
つられてナヴィも見てみれば、口元に指を当てて考える素振りを見せた後、ややあってエティアは口を開く。
「依頼を引き受けたからかしら? 仇を討ってくれると思って」
それに小さく頷き、続けてアクアはナヴィに視線を向ける。
「他には?」
「え……それ以外に、まだあるのか?|
「予測でしかないけど」
言われて、考え込む。
出会ってから……つい先程の別れを思い出して涙ぐみそうになるが、それを堪えて考えを巡らす。
「……(ヒントは、たぶん話の中だよな? そこから特に大事そうなこと……そういや最初に)」
顔を俯けて深く考えこむ彼を、エティアとアクアはただジッと待つ。
ドア脇から動いていないが、暗闇の中からウィンとシーザーも彼に視線を注いでいた。
「託す日が……きた?」
思い当たったのは、ナヴィ達がこの部屋に来てすぐの、“彼”の言葉だ。
顔を上げたナヴィがエティアと共に見つめた先で、二人の“姉”は大きく頷きを返し、自分の推測を述べ始める。
「おそらくだけど、あの人の願いは託すこと。信頼出来そうな者にマイス――自分達が手掛けた戦車を、そして仲間達の仇を」
「でもさ、それなら最後まで――」
見たいんじゃと続くナヴィの言葉を、アクアは片手で制して遮る。
「おそらく、最初から見届けるつもりはなかった」
それに思い出してと、アクアは続ける。
「彼の最初の任務は、然るべき相手にマイスを渡すこと。志を同じく、共に過ごしてきた仲間は、ある意味家族も同然。任務の終わりが現実味を帯びたことで、彼の妄執は晴れたんだと思う。家族には……やはり会いたい……ものだから」
いつもと違い、少女はどこか遠くを見るような眼差しでしんみりと。
ただ、それからすぐにアクアが「あくまでもこれは推測だから」と肩を竦めて取り繕うように言ったことで、その空気をうやむやにしてしまった。
さらに、
「ねえ~、もうそろそろ行こうよ~。夕方も近いんだし、戦闘時間のことも考えたら、本気でココに一泊することになっちゃうよ?」
「ウォーン」
待ちきれないとばかりに急かすウィンと、それに同意するかのようにガイアウォーカーの上でシーザーが鳴く。
その声に、――苦笑いではあったが――ナヴィとエティアの顔に久し振りの笑みが浮かぶ。
「ナヴィ、薬はまだ大丈夫かしら?」
「ああ! カプセル、ドリンクに、虎の子のエナジーカプセルもあるぜ」
モンスターハンター御用達の大きくて丈夫な背負い袋の中、すぐ取り出せる場所にあるそれらを確認して。
「弾数も大丈夫」
バズーカとライフルを背負い直しながらアクアが、ボクもバッチリとウィンも続いた。
「ウォン!」
力強くシーザーも鳴いてアピールすると、エティアはレーザーライフルを腰から抜き、扉を見据えて言う。
「さあ、舞台の幕を上げましょう」
「今宵捧げるは、鎮魂歌」
「今こそ奴を宿敵と認め、全力を尽くそうー!」
「ウォンウォーン!」
「
メンバーが次々に部屋を出ていくなか、最後の人物がポツリと呟く。
「……わたし達は悲しめないんじゃない。悲しむことの出来た部分が、とっくの昔に壊れて、出来ないんだよ。あの日……
――続く――
メインヒロインはエティアなのに、どうもアクアの方がポイントを稼いでいるような……。
気のせいかな?
次回、ようやく戦闘です。