※(注) あえてボカして書いている箇所があります。
その23 幕間1 紡ぎ、紡ぐ物語――彼女の場合
ピンポンパンポーンという軽やかなメロディに、暖かい泥のような眠りに沈んでいた意識は急速に浮上していく。
どうやらあたしは枕を抱えるようにして、横向きで寝ていたらしい。その証拠に薄く開いた視界に入ってきたのは天井ではなく、光がないせいで黒く見える壁だった。
『――皆様おはようございます。
「……ん、ぅん? ……もうあさ?」
“外はまだ暗いのに”という言葉は飲み込んだ。
そう錯覚してしまうくらい熟睡していた自分に、思わず苦笑いが溢れる。
今の放送の主が“彼女”であるなら、夜中に『これから朝食です』などということはしないからだ。
これまで培ってきた経験により起きてすぐでも回り始めている頭で、ボケるにはまだまだ早いぞあたし! とセルフツッコミを入れておく。
暗いのは室内の明かりを寝る前に落とし、外から来る光も唯一な出入口である小さな窓が、二層に分けて敷かれたカーテンで厳重に遮られているせいだ。
それにしても、おっとりした彼女の声は寝起きの耳にも心地良い。朝からオッサンのダミ声なんて流された日には寝覚めは最悪、思わず主砲を電光石火で撃ちたくなってしまう。
でも、ロマンスグレーなオジサマなら許す!
……え、差別? するに決まってるじゃない、なに言ってんの?
ちなみに先程のアレは朝の定時
セットしている時間は午前五時五十分。
いつもいつも変わらぬ時間に放送できる彼女の几帳面さに、さっきのとは別の趣な笑みが浮かぶ。
朝の放送は食事当番が行うんだけど、実はその時間は担当者によってまちまちだったりする。
『定時』なのに定時じゃない。
そんなあたしを含めた『おおよそ定時』が主流を占めているからこそ、時間の正確さも相まって彼女のそれが際立つのだろう。
もちろん最初は
だからここで暮らすようになって随分と経つけど、これには未だに慣れていなかったりする。
……しかし、ねむい。
もとい――ね
彼女の朝食には後ろ髪が引かれるけど……。けど!
そのためには浮上してきた意識を押し戻し、今まさに消え去らんとしている眠気を何としても連れ戻さなくてはならない。
となると、次にあたしがすることは一つだ。
足元の方に追いやっていた掛け布団を足の指で摘まみ、グイと引っ張る。そしてお腹の辺りで手へとスイッチし、後はそのまま頭まですっぽり被れば――。
ほら、みんな大好き布団シェルターの完成!
ふぅ、さすがはあたし。作成開始から一秒もかかってない。
え、行儀が悪い?
…………アーアー、きこえなーい。
別に誰も見てないし、うるさく言う人もいないからいいのよ。
それに、マリアもしてたんだから問題ないでしょ?
マリアはあたし(と、ついでに兄)にとって、母親代わりの女ソルジャーだ。両親を亡くしたあたし達兄妹に、彼女はこの世界で生きる術を文字通りに叩き込んでくれた。
性格はがさつで大雑把。気性も荒くて激しい、いかにもソルジャー! って感じの
しょっちゅう「憧れるな」だの、「よせよやめろよマネるなよ」とか言ってるどっかの
そんなマリアも、今は遠く離れた場所で療養中の身だ。
説明すると長くなるからかいつまんで言えば、それにはあたしの居た地方でのさばっていた“とある犯罪組織”が関わっている。
その組織の名は――『バイアス・グラップラー』。
人体実験を目的に、『人間狩り』と称しては町や村々を襲い、人々を連れ去っていく悪党どもよ。
そんな奴らを、“牙無き人々の刃”であるモンスターハンター達が見過ごすはずがない。ハンターオフィスも連中の幹部クラスに高額の賞金を懸けることで、事態の早期解決を図った。
街や村でもこのまま座して襲われるのを待つよりはと、オフィスで出されるのとは別に報酬を用意することで用心棒を雇い、徹底抗戦しようとする所が出てくる。
マリアと彼女の相棒があたし達兄妹を連れて訪れたマドの町も、そういった流れから“抗うこと”を選択した場所の一つ……だったわ。
町に着いて早々、あたし達四人――あたしと兄のケン、マリアとその相棒にして女性型アンドロイドソルジャーのエルピナ――は雇われていた他の用心棒達と共に、やってきたグラップラー共を迎え撃つこととなる。
倒しても倒しても、雲霞の如く物量で押し寄せてくる連中を相手に、あたし達は十人に満たない数でかなり善戦していたと思う。
視界は奴等の死体と、連中が乗ってきた車両の残骸で埋め尽くされていく。
――勝てる! あたし達はそう確信していた。
しかし――――。
《ふしゅるるる》
そこに“奴”が現れた。
死んだ部下をも焼き払う、紅蓮の炎を伴って。
テッドブロイラー。
“グラップラー四天王”の一人にして、『バイアス・グラップラー』における実働部隊を取り仕切っていた存在。
《邪魔するヤツは殺す! このテッドブロイラー様が丸焼きにしてくれるわ! がががー!》
《ガハハ! 逃げろ! 逃げろ! 早く逃げないと真っ黒焦げだががー!》
こちらで唯一のクルマ持ちだったハンターを皮切りに、一人、また一人と。
奴との戦闘が始まってすぐに、ここまで健闘してきた用心棒たちが次々と倒されていく。
生きたまま燃え上がり、炎に包まれ黒く炭化していく姿はまさに悪夢以外の何者でもない。
狂気の炎は当然あたし達にも迫り、そして焼いた。
エルピナの――彼女が持っている機能のほとんど全てと引き換えにした特攻で奴が撤退しなければ、途中で意識を失ったあたし達兄妹はもちろん、それを庇っていたマリアも、今頃は生きていなかっただろう。
同じように辛くも生き残った者達とマドで療養中の彼女であるが、『絶対安静の身なのにちっともジッとしていない』という困った連絡がしょっちゅう届く。
イリットとカル、それとナイル爺ちゃんには迷惑とお世話をかけっぱなしだ。
しっかり者で料理上手なイリットと、やんちゃでこまっしゃくれたカルはマドに住んでいる姉弟。マリアのおかげで(比較的)軽傷だったあたしと兄を家に住まわせてくれたり、二人の祖父でクルマの修理屋を営むナイル爺ちゃんともども、あたしたち兄妹にとってまさに恩人だ。
受けた恩と借りは返さなくちゃね。
ということどイリットはあたしの嫁。異論は認めない。ケンは論外。アレにはもったいなさすぎる。
「……んゅぅ」
ゴロン、と布団にくるまったまま寝返り一つ。
寝ようと思えば、眠気はすぐに戻ってきた。
眼が開かない。昨夜はベッドに入る時間が遅かったせいだろう。
ハンターオフィスからあたし達を指名で緊急依頼が入ったのは、昨日の朝のこと。メンバーを編成し急ぎ向かった先の街で、住民を襲っていた空飛ぶ三ツ首型ロボット竜を退治。アフターフォローで残る者を除いたメンバーがここへ帰ってきたのは、日付が変わって空が白み始めた頃。
それに、仕事を終えたハンターはゆっくり休養を取ることが推奨されているしね。一瞬の油断がすぐに死へと繋がるこの世界、集中力が足りないのはハンターにとって命取りだから。
……というオヤクソクを盾に、あたしは布団の中で丸くなった。
“布団には魔力がある”とは、昔の人はよく言ったものだと感心する。これ以上の真理はない。朝になる度にそう思う。この誘惑には誰も逆らえやしない。楽園はこんな近くにあったんだ。
キャタツラーやタンスゴンならぬ、フトンガーZとかベッドンなんてモンスターがいたら、あたしは絶対に引っかかる自信がある。
ただし、冬の朝限定。今は春先だけど。
真理とは移ろうモノ。
それは年だったり季節だったり。週だったり、日だったり。
分や秒、なんてこともあるわよ?
……なーんてね、さすがに後の二つは冗談よ。半分くらいは。
ハァ……。このままずっと微睡んでいたいわ〜。
旅の途中で野宿をしていた時なんかは、こんな風に起きたくないなんてことはなかったんだけどね。自分とか仲間の命もかかってるし、その関係で神経も過敏になってるから。
そもそも安心して眠れること自体が滅多にない。
それは宿屋でもそう。たまに好意で泊めてくれる人もいるんだけど、安眠できることはやっぱりそうそうなかったりするのよね。これも職業病と言うべきか、どうしても襲撃を警戒してしまうから。
……蚊に刺されたりもするし。
いつも思うんだけどね、何よあの蚊は!
あたしのハンター歴はそれなりに長い。
同期の人より修羅場も潜ってきてるし、豆鉄砲みたいな砲弾程度なら、例え不意打ちされたとしても傷一つつかない自信もある。
ちなみに誤解のないよう言っておくけど、年頃の女の子らしくお手入れだってきちんとしてるからね!
そんなあたしの血を、しかも気付かせずにヤツラは吸ってんのよ?
腹立つよね!?
砲撃しちゃうぞ!
町の中でやったらもれなく指名手配されるから出来ないけどね!!
……あー、もう! あの蚊もノアの玩具ごと根絶やしに出来たらいいのに。
おかげでカトールは手放せない必需品。まとめ買いは基本よね。
その点、
完備されたセキュリティにより蚊は一匹も存在しないのだ。
さらにここを拠点に生活を共にしている者たちも、みんなベテラン揃い。
意気投合したあたし達は時に切磋琢磨しながら腕を競いあい、時に協力して依頼をこなす。メキメキ腕が上がっていくのを感じながら、それぞれがそれぞれの目的に向かって邁進する日々だ。
そうして気心知れるようになった仲間たちがいるからこそ、ここに居る時だけはグッスリ眠れるようになった。
その反面、普通の宿ではますます眠れなくなっちゃったけど……。
ツラツラとそんなことを考えてる内にまたしても意識が戻ってきたらしく、お腹の虫と一緒になって起きるよう催促を始めた。
確かにご飯を食べたい気持ちはあるけど、しかし布団のチャームには逆らえない(自主的に)。
もうちょっとだけゴロゴロさせてもらおう。
大丈夫。今日の料理当番は彼女だから、後から向かっても取り置いてくれ――
『あー、テステス。なお、自主的に布団から出たくなーいとか言ってるであろうヤツへの連絡事項が一件。そのままそこにいて構わないが、惰眠を貪ることを優先して集合時間に遅れてくるようなヤツに朝飯は出さないし、もちろん取り置きも無しだ。そのつもりで』
……………………。
――目蓋の裏にしたり顔で言う双子の兄の顔が立体化されて浮かんだ。
ア・イ・ツ〜〜……!
そういえば今日は
元々の枕があった辺りに手を伸ばし、そこへ置かれているiゴーグルに表示されている時間を確認した。
五十四分。あと、六分。
やれやれと腰を落ち着けようとしていた眠気を、今度は手のひらを返しスナップを利かせて払い除ける。そして一気に覚醒したあたしは布団も片手でベッドの端に放り投げると、仲間たちからまるでピューマのようだと言われる身体を起こした。
(ネコのようってただ言われるより、ピューマの方が格好良いよね? でも、なんでピューマなんだろ?)
そうして流れるようにベッドから飛び下りたら、一度大きく伸びをする。
寝間着にしていたガウンを脱ぎ、そのままポイ。
メリハリのある肢体を包む下着姿になれば、後は床一面に広がっている衣服からテキトーに見繕うだけ。
……うん、今日は黒のミニスカートとグレーのスウェットにしよう。
ガンベルトを巻き、次いでウェポンホルダーを身に付ける。
近接戦にも対応出来るよう踵部分が鋼鉄のヒールになっている特製ブーツを履きながら、あたしは三面タイプの鏡台前へと移動。ちゃちゃっと身だしなみを整えていく。
軽く寝癖の付いた髪に手櫛を入れ、三枚の鏡に映る自分の姿を前後左右から確認。
……うん、完璧!
後は急いで食堂に向かうだけ――――。
「あ」
っと、危ない危ない。数少ない日課だというのに、気を急かしすぎて大事なことを忘れちゃっていた。
これも全部
入り口へと進路を取りかけていた足に待ったをかけて、クルッと姿見に向き直る。そしてそこに置かれていた写真立てを手にした。
「みんな、おはよ」
写っているのは、あたしが旅の途中に出会った大事な人たち。
今度は長い旅になるかもしれないからと、向こうを発つ前にその旨を伝えるべく、あたしはお世話になった人を順番に訊ねて回ったのだ。
本来なら、それの移動だけでもかなり時間がかかるんだけど……ドッグシステムさまさまよね。定められた中継エリア内ごとという制限はあるものの、アレは本当に便利な代物だ。
手元にある写真はその際に撮ったのを切り貼りし、それをさらに一枚になるよう撮りまとめたもの。ちょっと不恰好だけど、こういうのは気持ちよね?
――――目的を達成し、そちらに一日でも早く帰れますように!
……ってね。
優先すべき目的は二つ。
マリアたちの症状を快復させる薬を手に入れる。
それと、壊滅させたはずのグラップラーに生き残りがいる噂の確認。……特に止めを刺したはずのテッドブロイラーが生きているらしいというのは見過ごせない。アイツだけは、例え何度生き返っても絶対にあたしがこの手で倒す!
西方でそんな噂が流れているらしいことを聞いたのは、今から半年ほど前のこと。
少し前にちょっとしたことでそちらへ出る機会があったんだけど、結果は空振りに終わった。
もともと依頼の帰りに見つけた獲物を追ったついでのことで、すぐに終わると思っていたから同行していた仲間たちはここへ戻ってもらっていたのだ。
まぁ、思わぬ遠征になっちゃったけど。
噂が本当なら、道中の町にあるハンターオフィスででも話が聞けるかと思っていたから。
しかし何も無し。
噂は噂に過ぎないのかもしれない。けど、火の無い所にとも言う。奴だけに。
しかし
といって、収穫がまるで無かったわけでもない。
将来有望そうな新人ハンター達とも出会えたし、大きなトレーダーキャラバンがいることも分かった。
もしかしたら、マリア達を治す薬もそこで見つかるかもしれない。
折りを見て、また行ってみようと思う。
「――って、ヤバ! あと二分しかない!」
写真立てを元の場所へと戻し、あたしは浮島みたいになっている場所を選んで入口に向かう。
扉脇に掛けてあるボディスーツ兼コートを軽く羽織り、扉を開いた。
「さ! 今日も一日の始まりよ!」
そして声を張り上げた彼女は食堂を目指し、颯爽と駆け出す。
※ 幕間が少し長くなりそうなため、三つに区切りました。間を空けないよう投稿しようと思います。