追放王女~予言で「国を滅ぼす」と言われたせいで、瘴気渦巻く谷底に捨てられた件~ 作:青いカンテラ
―――いまにして思えば、おれの半生はそれなりに充実したものだったと思う。
家族仲は悪くなく、学校の成績は良いときもあれば悪いときもあり、友人・・・というか、よく話をする程度のクラスメイトが数人いて。激しい喜びはないが、その代わり深い絶望もない、平凡な日常。一応、小中と野球はやってたけれどそれも万年補欠で、特にこれといったエピソードもなかった。高校では帰宅部だったし。こういうのもよくあるといえば、よくある話だろう。
このまま何かの職について、独身を貫くにせよ結婚するにせよ、なんでもないような人生を送って幕を閉じるのだろう。・・・
「やあ、初めまして。早速だけど
おれは気がつけば真っ白な空間にいた。そして目の前には見上げるほどに巨大な、目のような彫刻がされている両開きの扉があり、さらにその手前には貫頭衣を着た褐色肌の少女が胡坐をかいて座っていた。
ここはどこだ? なぜおれはここにいるんだ? という疑問よりも先に、少女の言葉がすっと頭の中に入ってきた。少年のような少女のような、老人のような不思議な声である。
いや、それよりもだ。
この子はいまなんていった? おれが、死んだ・・・?
冗談にしても笑えない。現におれはこうして生きているというのに、死んだも何もないだろうに。そう思って口を開こうとして、はたと気づく。体の感覚がない。まるで金縛りにでもあったかのように、視界も動かせない。なんなら瞬きだってしていない。
なんだこれは。現実なのか? いや、夢か。いわゆる明晰夢というやつだろうか。それにしては夢を見ていると自覚したのに、こうして固定された視界を見ていることしかできないのだが。
「おやおや、どうやら信じていないようだね? それとも現実逃避というやつかな。まあどちらにせよ、君が死んだという事実は、覆りようのないことではあるのだけどね」
何が面白いのか、少女は口元に手をやってくつくつと笑う。
「信じようが信じまいが、事実を直視しようが逃避しようが、結果は変わらないよ。あ、でもショックで忘れてるっていう可能性もあるか。ならこうしよう」
パチン、と少女が指を鳴らす。瞬間、真っ白だった空間が見覚えのあるものへと変化する。毎日通学のために利用していた駅だ。ホームには電車を待つおれの姿がある。数分ほどして電車がやってきて、おれはそれに乗り込んだ。なんのことはない、いつも通りの日常。そうだ、そのはずだ。そのはずだったんだ。
「思い出したかな? それとも直視できたかな? 君は巻き込まれんだ。大きな事故にね。現場はそれはもうひどいありさまだったみたいだねえ」
少女がもう一度パチンと指を鳴らすと、あの巨大な扉のある白い空間へと戻る。
そうか、思い出した。おれはあのときに命を落としたのだ。体の感覚がないのは当然か。いまのおれには動かす体がないのだから。
しかしそこでもう一度最初の疑問が頭をもたげる。なぜおれはここにいるのか? という疑問である。人間は死ぬとあの世に行くというのは、誰しも一度は聞いたことがあるだろう。あるいはそれは天国と地獄であり、死者は生前の行いを裁かれるとも。
そうであるなら、この目の前にいる褐色肌の少女はおれを天国行きか地獄行きかを裁く閻魔大王様のような存在なのだろうか。
「死後の世界、あるいは楽園。そんなものがあると信じて心のより所にしないといけないなんて、ニンゲンというのも難儀な生き物だねえ。死んだらそこで終わり。死とは虚無へと還ることだというのに。・・・まあ、そんな話はどうでもいいんだ。君をここに連れてきたのは他でもない。君を元いた世界とは異なる世界、いわゆる異世界へと転生させるためさ」
異世界転生。またなんとも現実味のないワードが飛び出してきたものだ。おれもその手の小説や漫画を読んだことはあるが、まさか自分がその対象になるとは思わなかった。・・・というか、フィクションの物語ではなかったんだな。
「おや、君は喚いたり怒鳴ったりしないんだねえ。面倒がなくていいけどさ」
異世界というのがどういうところかはわからないが、転生、つまりは第二の人生を送るチャンスがあるというのなら、ふいにするような危険は犯さない方がいいだろう。それに、泣いても笑っても怒鳴ったとしても、結果が変わることはないのだから。
「さて、と。長話もなんだし、そろそろ始めようか。君はこれから、とある世界にあるとある王国の第一王女として生を受けることになる」
第一王女ということは王族になるのか。
「―――だが、君の意識が目覚めるのはその子が
ん? ちょっと待ってくれ。おれの意識が目覚める? ということは、何事もなければそのまま一生を終えることになるのか。そして生を諦めたときという条件付け、それは状況的には死に掛けなのではないか。
「さあ門が開くぞお。精々死なないように祈って異世界ライフを送ってちょうだいな」
おれの疑問を置き去りにして、少女が両手を広げる。するとその背後に聳える門が僅かに開き、おれの視界がふわりと浮いたと思いきや、門のほうへと吸い寄せられていく。
門を潜り抜けた瞬間、おれの意識はぷつりとそこで途切れた。
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ガタゴトと、体全体を揺さぶる振動で意識が浮上した。
ゆっくりと瞼を上げると、見えたのは木組みの骨格に布を被せただけの簡素な作りの天井だった。それから右に視線を動かすとそこには木箱に寄りかかって休んでいるロンの姿があった。
さっきまで何かおかしな夢を見ていたような気もするが、よく思い出せないな。まあ夢というのものは起きたら忘れてしまうものだからな・・・。
それよりもだ、なぜおれはここに寝かされていたのだろうか。ゴブリンの集団に襲われている荷馬車を見つけて、やつらを蹴散らすために戦ったのは覚えている。その途中でゴブリンに不意打ちを食らい、なんとか凌いで持っていたこん棒でそのゴブリンを滅多打ちにしたのだったか。
無我夢中だったとはいえ、よくもまあ現代日本に生きていたおれにできたものだ。・・・スキルで作った使い魔を使って命を奪うのとは違うものだな。いや、それは当たり前か。
ん。ということは、ここは荷馬車の中か。揺れているのはどこかへと移動中だからだろう。
「起きたか」
声を掛けられて、今度はそちらへと目を向ける。そこには鈍い光沢のある鎧を着た、灰色の毛並みの狼が剣を抱えて座っていた。おれの中に遺されている、アリスの知識と照らし合わせて見る。亜人種・・・いや、人狼だろうか。とりあえずは体を起こしてその場で座る体勢になる。どことなく犬ホームズを思い出すなあ、この人狼さん。
「なんだ、私の顔をじろじろと見て。別段面白いものでもあるまいに」
「ああ、いえ・・・。初めて見るもので。気分を害されたのなら、謝ります」
「いや、いい。慣れている。それよりも先ほどは助かった。お前たちの助力のおかげで積み荷も無事だ」
「困ったときはお互い様といいますから・・・。ところで、このあたりでは頻繁にあのようなことが起こるのですか?」
「そうでもない。このあたりはゼッツボーの谷こそ近いが、出てくる魔物も弱い。今日の出来事は想定外だったな」
そう何度もゴブリンの群れとエンカウントするような場所なら、荷馬車一台ではなくもっと多くの護衛を引き連れた隊商規模でやって来るだろう。いくらゴブリンが弱いとはいっても、数が多くなればその分厄介だ。戦いは数だよ、という名言もある。
「私はジェニ。見ての通り、人狼種だ」
「あ、わたしはアリスです」
「アリスというのか。そうか。ところでお前たちはパーティーを組んでいるのか?」
お前たち? ああ、ロンと一緒にいるから同じパーティーメンバーだと思われているのか。
「いえ、彼とは・・・森の中で。彼、行き倒れていたので。わたしは・・・旅の、そうですね、旅の召喚士です」
「ふむ。旅の」
この反応、まずったかな。転生者用掲示板の連中も少しうるさい。
「あの、」
「みなさん、ヨリミーチの町が見えましたよ」
続く言葉は御者台からの声に遮られた。ヨリミーチの町。ゼッツボーの谷から出たおれが目指していた目的地である。ジェニさんとの会話を切り上げ、前に移動する。
ひょこっと御者台から顔を出してみれば、少し遠くに石造りの城壁が見えた。門のところには列が出来ている。あれがヨリミーチの町か。周囲を城壁に囲まれているのは、魔物対策だろう。
その後は門のところで多少待った以外は何事もなく、ヨリミーチの町へと入ることができた。ジェニさんと、荷馬車の持ち主であるロイドさんとはここでお別れ。別れ際にゴブリン退治のお礼ということで、いくらかの硬貨をもらった。これはありがたい。
そして、ロン。彼はこの町の冒険者ギルドに行くらしい。受けていたクエストの報告やらなんやらをしないといけないのだとか。まあ、採集するために森の中で迷って行き倒れていたのだから、きちんと生存報告をしにいくのは当然だろう。
ちなみにおれもロンと共に冒険者ギルドへと向かうことになった。森で倒れていた彼を拾ったことでの証人というか、そんな感じらしい。いい機会なのでギルド登録も一緒に済ませておきたい。
いまのところは大丈夫だとは思うが、もしもおれが生きているとディストピー王国に知れれば、追手を差し向けてくるだろう。予言回避のために自国の王女を亡き者にしようとしたくらいだしな・・・。幸いというべきか冒険者ギルド自体はディストピー王国とは違う国に本部を置いているらしいので、ギルド経由でバレることはない・・・と思う。思いたい。あくまで希望的観測でしかないが。
それに、このヨリミーチの町は間に大きな森やゼッツボーの谷を挟んでいるとはいえディストピー王国の領土と近いというのもある。ここで資金を稼いだら次の町へと行きたいと考えている。そのためにもまずは、冒険者として登録しなければ。