追放王女~予言で「国を滅ぼす」と言われたせいで、瘴気渦巻く谷底に捨てられた件~ 作:青いカンテラ
「―――ディストピー王国、第一王女アリス・アルタイル・ポロロッカ・ネイル・アンダーハート・ドラゴネウスよ。そなたの王位継承権をはく奪し、ゼッツボーの谷への追放を命ずる」
「え・・・?」
それはあまりにも唐突で、突然の追放宣言でした。王城の大広間。一段も二段も高くなっている場所にある玉座にいる、わたしの父にしてディストピー王国の現国王であるカイゼル・ベガ・スローウィンド・ドラゴネウスを唖然と見上げるわたしに、カイゼルお父様はふぅ、と短く息を吐くともう一度その言葉を繰り返し告げたのです。
「聞こえなかったか? アリスよ。そなたを追放すると言ったのだ。それも、ゼッツボーの谷にな」
「お、お父様!? どうして、そんな・・・っ!」
思わずお父様の許に駆け寄ろうとしましたが、傍に控えていた近衛兵が交差させた槍に行く手を阻まれてしまいます。その対応に、わたしは、もうこの国にわたしの居場所はないのだと察しました。
けれど、そこまでされる理由が分かりません。追放先であるゼッツボーの谷は、ディストピー王国の隣国ユートピー共和国との境にある、巨大な大地の裂け目。そこでは人間に害を為す瘴気が溢れ、渦巻いているのです。
そこに追放されるということは、事実上の死刑宣告。底まで落ちれば、もう二度と生きて日の目を見ることは叶わないでしょう。いくらわたしが魔法を使えない落ちこぼれといっても、これはあまりにもあんまりではないですか。
「どうして・・・どうしてなのですか、お父様・・・」
・・・魔法大国として成ったディストピー王国は、何よりまず魔法の才が重要視されます。それはこの国に仕える貴族は当然のこと、王族ともなれば多様な魔法を使えるのは当然であり、優秀さの証。逆に言えば、魔法が使えなければそれだけで『落ちこぼれ』の烙印を押されてしまうのです。
そんな中で、第一王女にもかかわらず魔法の使えないわたしが『落ちこぼれ』と言われ、冷遇されるのは至極当然のことでした。洗礼の儀を境に、お父様やお母様はわたしと顔を合わせることはほとんどなくなり、代わりに弟・・・第一王子であり、わたしと違って魔法の才に溢れたアスト・デネブ・ポロロッカ・ロックハート・ドラゴネウスにそれまで以上に愛情を注ぐようになっていきました。
一日の大半を、自室で家庭教師と共に過ごす日々。ふと窓から中庭を見れば、忙しい合間を縫ってアストと散歩をしたり、お茶会をしているお父様とお母様の姿が目に入って、寂しさに胸を締め付けられることもありました。
それでも・・・それでも、16歳になる今日この日まで頑張って来られたのは、いつかまたお父様に褒めてもらえるのではと、勉強や稽古を頑張っていれば、例え魔法の使えないわたしでも、優しい言葉を掛けてもらえるのではと、そんな淡い幻想とも言える一握りの微かな希望を胸にしていたから。
けれど、そんなものはなかったのです。玉座からわたしを見下ろすお父様の、鋭く冷たい目を見れば、否が応でもわかってしまう。
あの優しかったお父様はもういないのだと。
お父様の目。それは実の娘へと向けられるものなどでは決してなく、ディストピー王国の現国王としての威圧感のあるものでした。
いままで積み上げてきたものが、わたしという存在が否定されたように感じられました。あまりのことに頭がくらくらとして、ふらりと体がよろめきましたが、周りで見ているものたちは、誰一人として動くことはありません。
「・・・お父様。一つだけ、一つだけお聞かせください・・・」
「なんだ?」
それでも、王女として育てられてきたものとしての矜持か、意地か。なんとか踏ん張って、倒れないように踏み止まって、震える唇から言葉を紡ぎ出します。
「わたしの、追放理由を・・・聞かせてください・・・。わたしが、わたしが魔法を使えないからなのですか? ディストピー王国の王族の血を引く者であるにもかかわらず、魔法の才能がないから・・・だから、追放するのですか・・・?」
「・・・」
「それはね、姉さん。予言があったからさ」
「予、言・・・?」
お父様の代わりに言葉を発したのは、いままでずっと黙って見ていた弟のアスト。輝くような金色の髪に、深緑色の瞳をしたあどけない顔立ちをした少年です。魔法の才がないわたしとは対照的に、彼は魔法の才に溢れていました。
アストはわたしを心底バカにしたような表情をしながら、言葉を続けます。
「そうだよ。予言。いくら魔法が使えない姉さんでも、それくらいは知っているだろう? 宮廷魔術師たちが数か月に一度儀式を行い、この国の将来を予言するのさ」
宮廷魔術師たちによる予言の儀式。それは、このディストピー王国を繁栄させ、存続させるためにと定期的に行われているものです。国王はこの予言を元にして王政を執り行うのです。
「そこで予言が出たんだよ。姉さんが将来、この国を滅ぼす魔女になるってねぇ!」
「・・・っ!」
わたしが、魔女になる・・・? それも、この国を、ディストピー王国を滅ぼす魔女に・・・? ああ、そうか・・・だから・・・。その予言がなされたから、わたしは・・・。
なぜゼッツボーの谷へと追放されるのか。その理由が示されて、わたしの中で何かが音を立てて崩れ去っていきました。足に力が入らなくなり、今度こそわたしはその場に膝から崩れ落ちたのです。
「おい、お前たち。地下牢にでも放り込んでおけ」
兵士に命令をするアルスの声が遠く聞こえる。くらくらとして揺れる視界の中で、わたしの腕に木の枷がはめられたのがわかりました。
罪人へとそうするように、腕を引っ張られて強引に立ち上げられて、わたしは地下の牢獄へと連れていかれたのです。
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あれから一週間が過ぎました。
わたしはディストピー王国の王国軍が所有する特別仕様の馬車に乗せられ、ゼッツボーの谷へと向かっています。
いまや元が付くとはいえ第一王女。例え追放の身になったとしても、ある程度の敬意を払ってのこと・・・というのではなく。万が一にも逃げられないようにとのことでした。・・・とはいえ、もし仮に逃げだすチャンスがあったとしても、わたしには行くあてなどどこにもないのですが。
さらにいえば、王城で勉強漬けの毎日を過ごしてきたわたしには、外の世界に飛び出して一人で生きていけるだけの知識も技術もないのです。そんな状態で逃げだしたところで、おそらく数日と持たないでしょう。
逃げても逃げなくても、待っているのは同じく『死』という結果だけ。
どうせ行きつく先が同じなら、わたしは・・・
「おい、ゼッツボーの谷に着いたぞ。降りろ」
ガタゴトと揺れていた馬車が停車して、表にも裏にも何重にも魔法が重ね掛けされている鉄のドアが開きました。外には鎧を着て、剣や槍で武装した兵士たちが待機しています。その顔はみな一様に兜に隠れて見えませんが、きっといい顔はしていないでしょう。
馬車から降りると、土埃の舞う風が吹き抜けていって、思わず目をつむってしまいました。ゼッツボーの谷の周辺は、濃い瘴気の影響か草木一本生えてはいませんでした。どこを見ても赤茶色の乾いた大地が広がっていて、まさに絶望の荒野というに相応しい光景です。
逃げられないようにか、兵士たちに四方を固められ、瘴気が渦巻くゼッツボーの谷の、その淵の近くへと歩いていきます。歩くたびに木の枷が肌と摺り合って痛いのですが、これを外してほしいといっても、聞き入れられることはないでしょうね。わたしの扱いは、すっかりと罪人のそれなので。
「ここからは歩いていけ。言っておくが、逃げようなどと考えるなよ? もしも逃亡するようならば、命を奪っても構わんと言われているからな」
「・・・ええ、わかっていますわ・・・」
「ふん。さっさといけ」
「っ・・・」
どんっ、と乱暴に肩を叩かれる。つんのめりそうになるのをなんとか堪えて、兵士たちが睨みを利かせている中、震える足を何とか動かして、瘴気が渦巻くゼッツボーの谷へと向かって行きます。
近づくにつれて濃その濃さを増していく瘴気は、ただそれだけでわたしの体を蝕み、この場に長く留まるのは危険だと本能が警鐘を鳴らします。それを無視して、息を吸う度に瘴気で痛む体を押して、大口を開ける谷の縁へと辿り着きました。
覗き込んても底の見えない大地に刻まれた巨大な断裂は、まるで悪魔が哀れな犠牲者を食らうために大口を開けているようにも思えます。悪魔にこの体と魂を食べられて死ぬ・・・予言で魔女になるとされたわたしには、ぴったりの最後かもしれない。
「・・・なぜ、こんなことになってしまったのかしら・・・」
ぽつりと口から零れる言葉に、答えてくれるものは誰もいません。
いままでずっと、わたしはなんのために頑張ってきたのだろう。生まれてからの16年間、ディストピー王国の王女たるものとしての教育を受けてきました。辛いことも苦しいこともあったけれど、それでも、父と母は優しかった。それがあの日、わたしに魔法の才がないと分かるまでだとしても・・・。
それでもわたしは、この6年間もずっと頑張ってきたのです。いつかはお父様とお母様に褒めてもらえると思っていたから。そう思っていなければ、耐えられなかったから。
「・・・けれどそれも、無駄だったのですね・・・」
そう、自嘲の笑みが浮かんできて、同時に、ぽたぽたと手枷の上に透明な何かが落ちていきました。それは涙。人前では決して見せないようにと我慢してきた、大粒の涙でした。
すべては無駄だった。いままで積み上げてきたものは、頑張ってきたことは、何もかも。予言で魔女になると言われ、ゼッツボーの谷へと追放。事実上の死刑宣告を受けたのです。
ああ、神様。もしもいらっしゃるのならば、なぜこのような仕打ちをするのですか。なぜこのような残酷な運命へと導くのですか。
いずこかへと向けて問いかけても、答えなど返ってくるわけもなく。
神は人を救わない。いつか何かの本で読んだその言葉が、浮かび上がって消えていきました。
「・・・ああ、ロクでもない人生、でしたわね・・・」
さようなら。
最後の言葉は唇から出て来ることはなくて。わたしはゼッツボーの谷へと、自分の身体を投げ入れたのです。