僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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難産だったんです……結局文字数多くなったので分けました。
10話記念ですね。


10.ベテラントレーナーと新人トレーナーにありがちな事

 時刻は既に午後の13時。

 お昼休みを終えてなお、ハルウララが練習開始直後に蝶々を追いかける時間帯。

 彼女のトレーナーが午後いっぱいまでハルウララチェイスを始める時間帯。

 

 

 僕と桐生院はひっそりとした忍び足でトレセン学園内の廊下を進んでいく。

 ヤッターマンのドロンジョ達が腰を低くしてつま先を立てて恐る恐る進むような、そんな感じだ。

 

 

「それで桐生院トレーナー、後輩の子がトレーナーを辞職しそうになっている原因がこの先にあるのは間違いないのかな?」

 

 先頭を進む僕が振り返れば、同じく腰を低くしている桐生院が小さく頷く。

 

「はい。どうにも、梨子ちゃん……えっと、去年知り合った私の後輩なんですけど……。

 その、彼女……今年に入ってからデビューさせたウマ娘の成績が伸びないって、悩んでたんです。

 人一倍感受性が強くて、神経質で。

 その性格もあって、成績が不振なのは自分のせいだって考えるようになっちゃって……」

 

 

 なんか、どっかで聞いたことがある話だ。

 正確には、ハッピーなんとかさんのレース成績が振るわない事に責任を感じてプチ失踪した一人シーソー遊びが得意な「き」から始まる名門トレーナーの一人娘みたいな。

 

 

「なるほど、大体わかった」

 

「それ大体分かってない人が言うセリフですよね」

 

 ちゃんと聞いてくださいよ、まったく。

 と、頬を膨らませた桐生院は話を続ける。

 

「以前、私も同じような境遇だったので何か力になれる事が無いかなって……ご飯に誘ったり、一緒に公園でシーソーで遊んだり、カラオケ行ったり、ミークと彼女の担当ウマ娘と合同で練習したりして、様子を見ていたんですけど……」

 

「うん?」

 

 え?シーソーやったの?カラオケ行ったの?え、マジ?

 この変人奇人と呼ばれてる僕でさえ、お前が一人でシーソーを遊んでた時は「え?」って思ったし、カラオケで童謡のフルコースを披露されたときは頼んでたオレンジジュース噴出したんだが。

 

「なかなか元気にならなくて……」

 

 まぁ、そりゃあそうだよ。

 

 と、とても口に出して言えるようなことではなかった。

 桐生院にとってはそれが最善だと考えていたのだから。

 言わない優しさ……社会に出たら度々目にするかもしれないから覚えておくように。

 

 

 そして話には続きがあった。

 

「辞職を希望する理由……それがレースの成績不振だけじゃなくて、彼女が所属しているチームに原因があるみたいで」

 

「ほう」

 

 

 窓枠よりも頭部を低くして歩く僕たちはさぞかし不審者に見えるだろう。

 たづなさんが目の前を通らないことをただただ祈るばかりだ。

 

 しかし、自らの行いに責任を感じてしまい、メンタルがダウンすることなんていくらでもあるが、チーム自体に原因があるとなると、結構深刻な問題である。

 個人の責任ではなく、職場の環境が一枚かんでいる可能性があるからだ。

 

「私も一度行ったことがあるんです……それはもう、凄くて……今の時間ならチームのミーティングをやっている筈ですから、その時に見れると思いますよ」

 

「桐生院?見れるって何を―――」

 

『駄目だ駄目だ!やり直せ!』

 

 

 問おうとした次の瞬間、扉越しにでも分かるくらいの怒号が僕の耳に飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 ふと、扉の窓から室内を覗かせる。

 そこには、トレーナールームというにはあまりにも広い空間があった。

 トレセン学園のトレーナールームというのは学園側から割り当てられている部屋を使っているわけだが、チームに所属するウマ娘の人数によって広い部屋を与えられる事が多い。

 

 具体的な広さで例えるなら、学校でよく見かける保健室や進路相談室のような若干狭い(なんだったらミスターXの巨体のせいで最近は更に狭い)部屋だが、このトレーナールームは職員室並の広さがある。

 

 要するに、部屋のデカさがチームの規模のデカさに繋がっているらしい。

 僕達のチームも明らかにスペースを取る巨体のトレーナーが居るから、今度学園側に新しいトレーナールームを手配して貰いたいものだ。

 

 

 部屋内部はトレーナー用のデスクが四つ。

 来客用のスペースが別にあり、ウマ娘達がミーティングを開けるソファやテーブルが配置されていて過ごすには持ってこいの環境である。

 

 さて、先ほどの怒号の正体。

 壁を背に椅子に踏ん反り返った白髪の老人、彼こそが先ほどの怒号の正体である。

 その真横に俯きながら立たされている黒髪ロングの少女がいるが、彼女が桐生院の後輩トレーナーである梨子ちゃんなのだろう。

 

 

「あれは……松原丈トレーナー」

 

「ブラックサンダーさん、松原トレーナーのこと知ってるんですか?」

 

「知ってるも何も、有名な人じゃないか。最近編入することになった僕でも聞いたことがあるよ」

 

 

 正確には、まだトレーナーとして配属になった頃に僕のチームの先輩トレーナーから「気を付けた方がイイ」と言われたトレーナーの名前だ。

 

 

 松原 丈(まつばら じょう)。もうすぐ還暦を迎えるトレセン学園のベテラントレーナーである。

 その実績は確かなもので、過去に何人ものG1ウマ娘を育成したこともあるほどらしい。

 だが、彼の指導方法はとても厳しく、ウマ娘だけでなくチーム内のトレーナーに対しても厳しい指導をすることで有名だ。

 

 

 彼の指導というものがどんなものか、今から行われる彼らのやり取りを見ても遅くは無いだろう。

 

 

「吉田ぁ、オイ……このトレーニングプランよ、詰めが甘ぇよ。

 この練習、各セット毎に挟んでる休憩時間とかさぁ、短すぎんだろがどう見てもよ」

 

「あ、す、すいませんチーフ……練習計画を立てる際、この休憩時間ならあの娘も問題ないと思ってたんですけど……えっと」

 

「それさぁ、吉田ァ。お前が決めたレスト時間だろ?あん?

 正しい根拠に基づいて設定したさ、適切なモノじゃねェだろうが。

 あ?お前がよ、勝手によ、決めたメニューだよな?」

 

「は、はい……す、すいません……」

 

「いいんですか吉田さん?この練習メニューであなたの大切なウマ娘が、怪我したらどうするんですか?

 怪我させて、もう二度とそれが原因でレースに走れなくなったりしたら、責任が取れるんですか?

 もうデビューさせて一年が終わりますよ?あなたは一体何をやっていたんですか?」

 

「はい……」

 

「もうすぐ一年経つんですよ?

 時間はたーっぷりありましたよね?

 考える時間は私もたくさん、与えたつもりですよ?

 おかしいね、なんも成長が感じられないですよ?」

 

「うっ、うぅ……」

 

「なんでメニューを作る際、私に相談しなかったんですか?

 言いましたよね?確かに。〝分からない事があったら、ちゃんと聞きなさい〟って

 でもあなた、それをしなかったじゃん。

 そりゃあ怒られて当然でしょ?

 もっと具体的に詰めろって言ってんだよ!

 だから勝てないんですよ、分かる?」

 

 

「で、でも……この前相談しに行ったら、チーフ私の事突っ返したじゃないですか……」

 

「あ?言ってねぇよ。言う訳ねぇだろ?」

 

「で、でも本当に―――」

 

「なんで言い訳すんだよオイ。

 アンタさ、すぐ言い訳するよね、前から前から。

 ね?社会人にもなってさ、噓つくなんてさ、見っとも無いと思わないの?」

 

「あ、ぁぅ……」

 

「泣いても仕方ないでしょ、お前が招いたことなんだからさ。

 なに?泣けば終わると思ってるの?んな訳ねェだろ。

 あなた、社会人だよ?もう子供じゃないの。

 舐めてんじゃねぇぞ。

 ウマ娘のトレーナーはさ、子供のお遊び感覚でやられたら困るんだよ。

 お前さ吉田、今年で幾つになるんだよ」

 

「うっ、うぅ……に、21、で、す……」

 

「ああそう、酒飲める年だったんだお前。

 いいよなぁ、お前。

 仕事中途半端で、大した実績も残してないのにさ、毎週土日で酒かっくらってんだろどうせ。

 さぞかし美味いだろうな、楽して稼いだ金で飲む酒はよぉ。

 

 俺がお前くらい若い時はよ、毎週土日も先輩の雑用を手伝わされてよ。

 したくもねぇ仕事やらされて、ウマ娘のマッサージとかやらされてよ。

 夜遅くまで、それでこそ土日なんて遊ぶ時間もなかったし、仕事の不手際があったりでもしたら灰皿でぶん殴られたモンだ。

 ……ったく、近頃の若い奴らはよ、ちょっとした事で根を上げやがる。

 ―――俺が若い頃はよ」

 

 

 割愛させていただこう。

 新社会人と堅物上司による一方的な面倒くさいやり取りを描写し続けていてもリアル社会人達のトラウマを多分抉るだけだと思うから。

 

 しかし、どうして年寄りの上司は定型句、「俺が若いころは~」で始まり、終わったと思ったらまた同じ定型句で話を再開するのだろう。謎だ。ラプラスの箱並に謎だ。

 

 それから松原トレーナーの過去の栄光を語られては罵倒に近い言葉をぶつけられる、そんな負のループを繰り返す事三十分。

 漸く話の終わりを告げたのは松原トレーナーの方からで、彼は話途中に何度もボールペンで叩いていた一枚の用紙を躊躇いもなくその場で破り捨てた。

 

 

「もう一度作り直せよ、練習計画表。

 出来上がるまで帰れると思うなよ、オイ。

 ウマ娘にはちゃんとメニューやらせとけよ、さぼらせんな」

 

 

 紙片が舞い散ろうとも、床に落ちても、彼女は拾い上げようともしなかった。

 目を見開いて、涙を流すだけだった。

 

「チッ……タバコ行ってくるわ」

 

 舌打ち交じりに立ち上がると、松原トレーナーは立ち尽くす少女を気にする事もなく、目もくれず扉に向かって歩き出した。

 よりにもよって、僕達が居る方向の扉だ。まずいと思ったが、流石にこの距離で咄嗟に隠れる事も出来ず。

 

 

「あん?」

 

「……どうも」

 

 扉が開け放たれて、しゃがみこんでいた僕達は松原トレーナーとバチクソ目を合わせる事になってしまった。

 そして、何故か隣の桐生院だけが気分悪そうに顔を青くして、視線をわざと逸らしていた。

 

「何見てやがる……見世物じゃねぇぞ。

 あ?隣のヤツ、女、見覚えがあるな……前にこのトレーナー室に乗り込んできた奴か?」

 

「い、いいえ……あの、その…」

 

「桐生院トレーナー、そんな事したの」

 

「だって……その、見てられなくて」

 

 

 どうやら、既に桐生院はこの惨状を目の当たりにして我慢できずに現場へ突入してしまったらしい。

 以前、根性論を押し付ける脳筋トレーナーに文句を言いに行っていた事があるから、もしやとは思ったが。

 

 

 ウマ娘の為に自ら正義を成そうとする桐生院らしいが、どうやらその時、彼女の正義は通用しなかったらしい。

 

「なんだぁ?テメェ…1時間正座させられて半泣きにされたってのに、懲りずにまた来たってか」

 

 ああ、正座させられたのか。

 泣いちゃったんだ桐生院。

 しかも一時間。

 ただの一時間ではないだろう、この老人の事だ。

 恐らく、桐生院をもってしても覆せない圧力に抑え込まれ、その一時間はこの男の「最近の若いモンはよ」、「俺の時はよ」という老害特有のスペシャルメドレーを聞かされていたに違いない。

 

 

 地獄だな。

 六道輪廻を軽く二週するくらいには地獄だ。

 なるほど、桐生院が僕に助けを求めてきた理由が何となく分かった気がする。

 

 

 分かった気がするけど、こいつはヤバい。

 マジモンのヤバさに僕の脳内がサイレントヒルのような警笛を鳴らしている。

 このヤバさを例えるなら、たづなさんと朝帰りした時(サポートカード参照)に学園でばったりグラスワンダーと出くわした時と同じくらいのヤバさを感じている。

 

 

「オイ、そこのウマ娘……あぁ、ブラックサンダーボルトだっけか、ガンダムみてぇな名前しやがって。

 動くんじゃねぇぞ、テメェんとこのトレーナーに今から連絡つけてやる……ただで帰れると思うなよ、そこの隣の奴もだ」

 

「ひっ」

 

 

 桐生院が怯えたように身を竦める。

 どうやら、こっぴどくやられたことが軽くトラウマになっているらしい。

 僕は扉の奥で、既にデスクに向かって黙々と新しいメニュー表を作成するべくパソコンと向き合う桐生院の後輩を見た。

 

 

 手は動いていた。

 だけど、目は死んでいる。

 今すぐにでも助け船を出してあげたいが、今は態勢を立て直す事が先決である。

 

 

 そう思った僕は、

 

「あいや、御免仕る」

 

「えっ!?」

 

 桐生院の手をとって、その場から逃げ出した。

 戦略的撤退である。

 

「あっ!?オイ、逃げるなこの野郎ッ!!」

 

「逃げウマ娘に逃げるなって言うのは無理な相談だ」

 

 トレーナーの頃なら話を聞くような態度を取ったかもしれないが、今の僕はウマ娘である。

 他の部署のトレーナーの話を聞く必要もないし、何より僕はこの手の屁理屈ばかりを先行して宣うオッサンの長話は嫌いなのだ。

 故に逃げるに限る。

 

 

 ウマ娘と老人の脚だ。

 差はすぐに開いていく。

 向こうも流石に悟ったか、こちらが20m程離した時には追いかけてくるのを止めていた。

 

「ぶ、ブラックサンダーさん!?」

 

「桐生院トレーナー、ちょっと今はタイミングが悪い。一旦立て直そう」

 

「で、でも梨子ちゃんが!」

 

「時間は逸らして、あのオッサントレーナーが定時帰りした頃にもう一回行こう。

 幸い、僕は先日朝日杯のレース直後で一週間の休養をトレーナーから言い渡されてるからさ、一日くらいサボっても平気だよ。

 僕もこうやって首を突っ込んだんだ。ちゃんと最後まで付き合うから」

 

「う、うぅ……わ、分かりました…」

 

「よし、桐生院トレーナーも一度自分の持ち場に戻って、放課後もう一度落ち合おう。

 僕はそれまでに、出来る事をやっておくから」

 

 

 その後は桐生院と別れ、僕は一人である所へ向かう。

 次に会うのは練習も終わって、食事を済ませた後になるだろうな。

 

 

 

 

 不審者……桐生院 葵とブラックサンダーを取り逃がした松原は荒い息を一人整える。

 既に姿の見えなくなった二人だが、片方のウマ娘のトレーナーである男、学園所属のトレーナーであれば彼が待機しているであろうトレーナールームで内線を掛ける事は容易い。

 

「このままで済むと思うなよ、ふぅ、ふぅ……」

 

「お?ジジイ、何やってんだよ珍しく汗なんて流して……健康志向に目覚めたのか?」

 

「……ふん、メルティか。なんでもねぇ、てかお前どこ行ってやがった」

 

 その背後の廊下からのし、のしと重厚な足音共に現れた一人のウマ娘を見上げる。

 彼女は松原が今年発掘したウマ娘、メルティロイアル。その強靭な肉体から繰り出される末脚を彼は評価した。

 可能性を十分に秘めた逸材だというのが、長年のトレーナーとしての目で見ても丸わかりなのだが、如何せん態度が解せない。

 

「ジジイのミーティングってただ五月蠅くしてるだけだからなァ。

 耳が痛くならないように、時間ずらしてきてる」

 

「本人の前で言うか、馬鹿が……さっさとメニューこなしてこい、後で俺も練習場に行く」

 

「あいよ、ちゃんと息整えてから来いよなジジイ」

 

「こ、この……っ」

 

 

 メルティロイアルはケラケラと笑いつつ、こちらに目もくれずその場を去っていく。

 あまりの舐めた態度に松原は額に青筋を浮かべて、大きく深呼吸をしては息を吐き出す。

 

「……ったく、近頃の若ェヤツらはどうしてこう―――――」

 

 扉を閉めて、松原は歩き出す。

 向かう先は喫煙所だ。最近は室内での禁煙が義務付けられて、喫煙者は一か所に固められて吸わなければならない。

 

「チッ、あと二本かよ」

 

 手持ちの煙草の本数が残り二本しかない事に、松原はまた苛ついた。

 気分を落ち着かせる為に煙草を吸うのに、こういった些細な事で逆に苛ついてしまうのはもはや喫煙者としての業である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃のグラスワンダー。

 

 

「?グラス、どうして部屋で薙刀の手入れをしているデース?」

 

「あらエル、これはですね……来るべき時の為の、言うなれば戦《いくさ》の準備ですよ」

 

「なるほどデース……」

 

 

 ブラックサンダーに明日はあるのか!

 

 




・松原トレーナーの秘密
①毎夜お酒を飲み歩き、最後は必ず行きつけのおでん屋に行く。




ウマ娘の小説なのにレースを走らない……これは一体どういうことだってばよ。
続きは夜にあげます。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

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