「……おい――、み―ーキミ、大丈夫かい?」
声が聞こえ、目を覆いたくなるような光に充てられて僕は漸く目が覚めた。
辺りを見渡すと、まだ外は暗いままで、倒れてしまった所をトレセン学園の警備員が見つけてくれたらしい。
「あぅ……ぁいた…」
後頭部を摩ると尋常ではない激痛が走る。
鉄パイプかバットで殴られたような感覚だ。
「頭は触らない方がいい、血が出てるから」
慌てて警備員が所持していたタオルを手渡してきた。
痛みのする後頭部にタオルを押し当てると布がじんわりと湿る感覚がある。マジだ。
畜生、なんだって僕がこんな目に。
犯人のヤツ、絶対見つけて警察に突き出してやる。
そんな事を考えていると、警備員は無線機を取り出して何やら話していた。どうやら、他の警備員にも状況を連絡しているようだ。
「こちら警備員。学園敷地内にてウマ娘を発見した、頭部を怪我している模様……名前?ちょっと待ってくれ、確認してみる」
「ん?」
さて、不思議なこともあるものだ。
僕のように背後から襲われて怪我をしたウマ娘が他にもいるらしい。
警備員はタオルで頭部を抑える僕に聞いてくる。
「キミ、名前は?」
「山々田山能です」
「ん?ヤマヤマダ……はて、初めて聞く名前だ……
こちら警備、負傷したウマ娘の名前は〝ヤマヤマダ〟です。確認願いたい……繰り返す、負傷しているウマ娘の名前はヤマヤマダ」
この警備員は一体何の話をしているのだろうか。
目の前で怪我をしているのは間違いなく僕だろう。
だが、周囲に僕以外の人間にウマ娘など存在しない。
なのに、この警備員は「ウマ娘がいる」と言っている。
まるで目の前の僕こそが、そのウマ娘であるかのように。
肌で感じるこの状況の不可解さに思わず僕も口走る。
「す、すまないけど僕以外に頭を怪我した者がいるのか?見たところ、周りにウマ娘なんて―――」
「何言ってるんだいキミは」
「いや、僕もこうやって冷静に会話をしているつもりだけど、頭の方は結構パニックになっているんだ。
僕は夕方担当のウマ娘と別れてここを歩いている途中、背後から謎の誰かに襲われた不幸なトレーナーなんだ」
「あー、ちょっと待ってくれ……こちら警備、どうやら負傷者は頭を強く打った影響で錯乱している模様。
具体的に?えー……自分の事をウマ娘ではなく、トレーナーだと言っています」
どうしてだろう。絶妙な程に会話が嚙み合っていない気がする。
そんな気がした僕はふと、自らの身なりを見た。
普段から着こなしているトレーナーとしての仕事着であるスーツがやけにぶかぶかだった。
まるで175センチ体重68キロの僕の身長体重に合わせていたスーツがここまで変形するなど、僕は気絶している間に劇的なダイエットをしてしまったというのか。
「袖が余って手が出てこない……」
まるで僕のチームのニートウマ娘のようだ。
脳が麻痺しているのか、特にそれ以外の感想を思い浮かばなかった僕は余った袖をまくり、自分の手を外気に晒す。
あれ、とまたしても疑問が浮かんだ。
僕の手はこんなに少女のように小さく、肌白いものだっただろうか。
頭がやけに重いと思ったら、黒のスポーツヘアだった僕の短髪は地面に垂れるほどの長髪へと変化していた。
そこで初めて、僕は自分自身に想像を絶する変化が起きている事を察知した。
大きすぎて嵌らない革靴。
大きすぎてダボつくスーツ。
存在するはずのない頭部と臀部の生えた耳と尻尾の違和感。
これじゃまるで、
「まるで……ウマ娘じゃないか」
「だからさっきから言ってるじゃないか。この場所で倒れていたウマ娘っていうのは、キミのことだよ。
とりあえず、頭を怪我してるみたいだから医務室に連れていくからね」
警備員は、漸く状況を理解したようだな。といった顔だった。
僕は当然、そんな状況を一ミリとて理解したつもりはなかったが。
連れていかれた医務室に置かれていた鏡を通して僕の姿を確認して、愕然として、一つだけ納得した事があった。
僕、トレセン学園のトレーナーこと山々田山能はとある事件に巻き込まれ、人間の身体からウマ娘になってしまったということを。
〇
俺は人間を辞めるぞ、JOJO。
そんな悪役の脳内台詞を再生しながら、僕こと、山々田山能は自身に起きた状況を口にする。
「僕はひょんなことからウマ娘になった」
「そんな夢のような話を信じると思うかい?」
敢えて口にする。
突拍子もなく、堂々と、さもそれが当然であるかのように。
この学園の生徒会長であるシンボリルドルフに。
深夜時間ということもあったあの後、僕は警備室の寝室で一夜を明かした。
ウマ娘であり、少女である僕に気を利かせてくれたのか警備員たちは皆優しく、温かいミルクを差し出したり、簡易なベッドメイクまでしてくれていた。
少女だと思っていた相手が実は中身男だったと気づいた時の彼らの反応が見て見たいものである。
ふと、部屋に掛けられている時計を見た。今は朝の8時。寝たのが確か夜の11時を過ぎていたから、8時間は寝たことになる。
8時間。
これは破格の睡眠時間だ。
トレーナーをやっていると担当ウマ娘のトレーニングやら試合日程やら考えたりする為に調べ物をする結果、必然と睡眠時間は削られている。
最近はチーム運営を任されたこともあって平均的な睡眠時間は4時間を切っていた。
だから僕にとって8時間の睡眠はご褒美のようなものである。
さて、話を戻す事にしよう。
1日経って朝を迎えた僕は色々と忙しかった。
学園内にヤマヤマダというウマ娘は所属していない。
存在しないウマ娘がここにいるのってかなり不味くないか?と周りにちょっとした緊張感が走ったのを感じた僕は一言、『生徒会長、シンボリルドルフに会いたい』と伝えた。
彼女なら分かる。
皇帝の心眼なら、この僕を山々田山能として分かってくれるはずだ。
そんな謎の確信があった。
寮長であるヒシアマゾンに連絡を入れて、身元不明のウマ娘を保護しているという情報をシンボリルドルフに伝える手筈になった。
そして別室へと移動し、部屋には生徒会長と僕の二人きり。
外では警備員が「もしも」の場合に備えて待機している。
そんなこんなで漸く生徒会長との面談が実現したわけだがものの一手で終わりを迎えようとしているコレでは不味い。
「この学園のデータベースにキミの名前は入っていなかった以上、キミはこの学園の生徒ではないウマ娘だ。
しかも、グラスワンダーの担当トレーナーである彼の名前を利用するなど、言語道断」
不味い、シンボリルドルフは僕に対して不信感を持っている。
姿も全く違うウマ娘が昨日会ってる同じ名前の人物の名を使っているのだから、それも当然か。
「仮に、キミがグラスワンダーのトレーナーで昨夜本当に何者かに襲われて、目が覚めたらウマ娘になっていたという話が事実だとしよう。
昨夜から山々田トレーナーはアパートにも帰っていないようだし、今日の朝もまだトレセン学園には顔を出していない。
この時間の前には彼は必ず学園の門をくぐっているのを私は何度も見ている。実に彼は勤勉なトレーナーだ。
そんな彼がこの時間帯までやってこない、そしてキミが着ている衣服とトレーナーバッジから察するに、彼に何かがあったのかは間違いはないのだろう」
「事務処理仕事が終わらないのはどこのトレーナーも一緒だと思うけどな。
僕のチームの場合は、朝飯を寄こさないと餓死するニートウマ娘がいるから、その準備だ。
けど、そこまで予想がついているのなら話は早いな。
信じてくれるのかい、生徒会長」
「いや……あくまで仮の話だ。
そして、予想するのは容易い。
しかし、それが真実であるかは誰も分からない。
山々田トレーナーと私は昨日出逢った
「昼過ぎの生徒会室だろ。グラスの自主退学の件で話をした」
揺さぶりを掛けられている。
昨日だけの会話の内容に齟齬が無いか、シンボリルドルフの会話には場所や内容を伏せている。
僕とルドルフだけにしか分からない会話だから、僕が一つ一つ、ルドルフの言葉に付け加えて返答していくことを求められる。
「学園でグラスワンダーの噂を聞きつけた者がいるのかもしれんな。
ちなみに彼女は、怪我をした箇所はどこだっただろうか」
「左足だ。左第三中足骨骨折……怪我自体は大したこともない。
あと数週間のうちにはギプスは取れて、年内には走ることは可能だ」
「私はその時、何に悩んでいただろうか」
「シンボリルドルフと辛抱強いを強引に掛け合わせたギャグを生み出そうとしてたけど失敗してたよ」
「失敗は成功の母というだろう」
「この期に及んで開き直るか」
皇帝と僕の問答は10分以上繰り広げられた。
グラスワンダーの身長は何センチだとか。
好きな食べ物と嫌いな食べ物は何なのか。
休日はどこに行くのが多いのか。
キミはグラスワンダーとお出かけをしたことがあるのか。
両親はキミの存在を知っているか。
「グラスワンダーはもう終わった……世間一般の言葉を、君はどう見る」
僕がシンボリルドルフにトレーナーであることを証明するはずが、途中から明らかにグラスワンダーテストになってきたことに違和感を抱き始めた頃、シンボリルドルフはそう言った。
恐らく、ルドルフのこれまでの質問はあまり、意味が無いものばかりだった。
唐突にレースに臨むかのような威厳さを醸し出すルドルフを見て、僕は悟った。
恐らく、これが本命の質問なのだろう。
「僕はそうは思わない」
「何故だ?」
「さっきも言ったが、怪我はちゃんと治る怪我だ。復帰トレーニングを経ていけば確実にまた走れるようになるし、レースにだって出場できる。
グラスワンダーは……終わったウマ娘なんかじゃない」
「だが、本人の心は屈しかけている……そこから再び戦いの道に戻すなど、彼女に鞭を打つような行為だと思わないか?
再び打ちのめされ、二度とターフに立てなくなるかもしれない」
「そんな事にはさせない。その為に、僕らトレーナーがいるんだ。
これは……どちらかというと、僕のエゴだ」
そうだ。エゴでも何でもいい。
もう一度、グラスワンダーの走る姿を見て見たいという僕の願いであり、エゴだ。
「彼女の走りを、片時とも忘れたことは無い。
彼女の走って来たレースの事は今でも僕の記憶に焼き付いていて離れない。
デビューの時も。
朝日杯も。
毎日王冠も。
宝塚も。
有馬記念も。
僕は彼女の走りに夢中だった。
いつの間にか勝利を期待して、勝手に期待と夢を乗せていたグラスワンダーのファンの1人になっていたのさ。
彼女は僕の最推しウマ娘なんだよ」
推しのウマ娘に、もう一度元気な姿で走ってもらいたというのはファンならば当然の思考だ。
「だから僕は、彼女を支え続ける。
グラスワンダーのトレーナーとして、彼女に魅入られた一人のファンとして。
この姿になっても、この想いだけは変わらない、絶対だ」
例えどんなに月日が経ったとしても。
例えどんなに年老いて、外見が変わったとしても。
例え僕の命が明日尽き果てるものだったとしても。
僕は、山々田山能は永遠にグラスワンダーを支え続けるトレーナーとして、ファンとして居続ける。
それだけの覚悟なら、僕はもう既に持っているのだ。
それを聞いたシンボリルドルフが「君は……」と口を開く。
「山々田トレーナーの話は、私も周りからの話しか聞いたことが無かった。
彼を知る者曰く、
『身長の低いウマ娘にちょっかいを良く出す』
『そのせいで担当ウマ娘に薙刀を持ち出され、追いかけ回されている』
『グランプリ三連覇などというマグレの功績に調子づいた新米トレーナー』
『トレーナーとしての実力は無く、全てはウマ娘の能力に依存した結果』……とか」
「随分と不名誉な言われようじゃないか」
他のウマ娘とかとのスキンシップは必要不可欠だ。偵察を含めてな。
デビューした最初の三年のトゥインクルシリーズで、僕とグラスが叩き出した功績は称える者も多ければ、新米の身である僕が成果を出したことを快く思わない者達もいるのは既に知っている。
「だが、〝ウマ娘と真摯に向き合うことを大切にしていて、担当ウマ娘の事をちゃんと考えている奴だ〟。
彼の事をそう言っている人物もいるのだよ……私の身近な人物だがね」
それがもしかしたら、シンボリルドルフのトレーナーだと思い、僕ははて、と頭を捻る。
シンボリルドルフのトレーナーとは一度も会話も、何だったら今まで顔を合わせたことなど一度もない。
どこからか遠くから見られていたのだろうか。それにしても、彼女のトレーナーが僕の事をそう評価してくれたのは少しばかり嬉しくなると同時に背中の辺りが痒くなる。
「私も昨日彼と話をしていて、彼が自分の担当ウマ娘を考えている人物だというのは分かった。
そして、担当ウマ娘もまた同じ……『情意投合』、二人の情熱と意志は常に共にあるのだな」
羨ましそうにシンボリルドルフは笑った。
一瞬だけ凛々しい顔が砕けて、現れた微笑みに思わず面を食らったがすぐに元の皇帝の顔つきに戻り、
「キミの担当ウマ娘を思う気持ち、確かに私が昨日会った山々田トレーナーを感じさせる。
理由はどうであれ、キミがグラスワンダーのトレーナーだという話、私は信じてもいい」
本当か、と再度聞こうとしてシンボリルドルフは掌を前へと翳す。
「もう一人だ。もう一人、キミが山々田トレーナーであることを証明するために呼んでいた者がいる―――入ってくれ」
ガチャリ。
部屋の扉が開く音がして振り返って、そこに居た人物に僕は目を見開いた。
「グラス……!」
グラスワンダー。
僕の担当ウマ娘だった。
「他ならぬ、キミの担当ウマ娘がキミを認めるならば、私もキミの事を信じよう。
故に、彼女が認めないのであれば、キミは山々田トレーナーではなく、ただの不法侵入したウマ娘だ……警備員と連絡をとって、すぐにでもこの学園から追い出す」
それは限りなく皇帝としての凄味を感じさせた最後通告であった。
シンボリルドルフは最初からこの話を受けた時からグラスワンダーを質問にぶつける事を考えていたのだろうか。
「……」
グラスワンダーが僕の顔をジーっと見つめてきている。
碧の瞳が真っすぐに、僕の表情を、仕草を一つ一つを見据えて、それらを判断材料としていく。
グラスが僕だと分からなかったら、どうなってしまうのだろうか。
グラスに見捨てられてしまったら。
そんな事を考えると胸が少しだけ痛みを感じた。
やがてグラスワンダーが口を開く。
「嘘……こんな事が」
まるで信じられないものを見たようで。
グラスは僕の頭に触れて、耳を触り、顔の輪郭をなぞる。
「本当に……トレーナーさんなんですか……」
「グラス……こんな姿になっても、お前は僕の事が、分かるのか」
「ええ、何故だかわかりません……でも、不思議と私には分かるんです。
あなたが私の知っているトレーナーさんなんだってことが」
「グラス!」
思わず、僕はグラスワンダーに抱き着いた。
僕を僕と理解してくれた嬉しさから。
ずっと闇の中にいるような孤独感から救い出してくれた。
地獄の中で仏に出会ったような、砂漠の中でオアシスを見つけたかのような喜怒哀楽の頂点を極めたかのような感覚だ。
至極の感情をどう表現していいか僕自身も分からない。
それならばいっそのこと、声に出して、その身をもって表現するべきだと僕は考えた。
担当ウマ娘に抱き着く、その行動へ移すのは自然の流れだ。
とは言え彼女は怪我をしていて松葉杖を使用している身だ。
彼女が倒れないように最善の注意を払って、包み込むような優しさで抱きしめる。
「え、ええぇ……っと、よしよし……あの、トレーナーさん……会長も見ている事ですから……その…」
「……」
「急に真顔になるな……そういう事は家でやれ」
「家でなら良いのか生徒会長」
「良い訳ないじゃないですか!」
傍で担当ウマ娘と感動の再会を果たしていた所を腕を組みながら見つめてくるシンボリルドルフだったが、僕が真顔でグラスから離れたことに対してのツッコミが入る。
ボケ担当かと思いきや、この皇帝、もしかするとツッコミの才能もあるかもしれない。
赤面するグラスを他所に、僕の脳が急激に冷えていく。
外から直接冷や水をぶっかけられたかのように、だけど胸の内が少しだけ熱くて、それが羞恥心だということに蓋をして、黒の長髪を靡かせた。
「僕をこんな目に逢わせたヤツに天誅を下す」
「アテはあるのか?」
シンボリルドルフの言葉に僕は頷いて見せる。
当然だ。
こんな常軌を逸した現象を作り出せるヤツなどこの学園において可能な者はただ一人。
この作品のルドルフは時々ルナる
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
-
スペシャルウィーク
-
セイウンスカイ
-
キングヘイロー
-
キタサンブラック(ロリ
-
サトノダイヤモンド(ロリ