ターフを駆け抜けるウマ娘の皆さん、初めまして。
僕の名前は
二十歳を超えて、四年大学を卒業後、教師の道を辞めてウマ娘のトレーナーを目指すという、両親にぶん殴られても可笑しくない僕に些か気になることがあるだろう。
何故、トレセン学園のトレーナーである僕が、ウマ娘の姿をしているのか。
これには海よりも深く、雲よりも高く、そして大宇宙に果てが無いかのような根深さを持った理由がある。
事細かく、事情を説明するならば一万二千文字に及ぶ文章で説明した所なのだが生憎、現在は選抜レースの待っただ中だ。
故に、サクラバクシンオーでも理解でき、端的で充分な説明が求められる。
眼鏡を掛けた死神……もとい、某名探偵少年のようにあらすじを語るならば、こういう事だ。
オッス!オイラはトレセン学園のトレーナー!
こう見えてもトレーナー歴三年でグランプリ三連覇したウマ娘を専属に持つ、自称凄腕トレーナー!
ある日、担当ウマ娘と今後の方針を話し合い、担当ウマ娘を寮へと送った直後の帰り道で僕は人気の無い路地に入り込み、担当ウマ娘の事を考えるのに夢中になっていた僕は、背後から近づいてくる謎の人物に気付かなかった!
ゴキンッ!
バットで殴られ、動くことも出来ない僕は謎の人物に怪しげな薬を飲まされ、目が覚めたら――――、
『身 体 が ウ マ 娘 に な っ て し ま っ て い た!!!』
山々田山能がまだ生きているとバレたら、また奴らに命を狙われる(奴らって誰に?)
事情を知ってもらった生徒会長シンボリルドルフと担当ウマ娘に学園で過ごす為の名前を問われ、取調室の机の上に置かれていたお菓子の名前を見て咄嗟に『ブラックサンダー』という名を名乗り、このトレセン学園に所属するウマ娘として籍を置くことになった。
『ふむ。キミもウマ娘の身体を手に入れたのだから、せっかくだ。レースに出てみるといい。
無論、選抜レースだ。腕試し程度にやってみるのもいいだろう。日程?あぁ、それは明日の午後からなんだが』
笑顔で語るシンボリルドルフにこれほど殺意が沸いたことは無かった。
背後から血を流すほどに殴られた後に肉体をウマ娘にさせられた翌日に、今年3回目の選抜レースに参加して来いよ、だと言う。
だから練習の調整もあったもんじゃない、学園の制服もシューズも蹄鉄もジャージのサイズ合わせなどに追われて、身体を動かし始めたのはもう陽が暮れ始めた頃だった。
台風とか来て、大雨と雷で芝が荒れて、三週間くらい期間を設けられないかなぁ、という僕の淡い期待は翌日のカーテンを開けて入り込んできた陽光とともにあっさりと打ち砕かれた。
天気晴れ、バ場状態良。
風も緩やかな、絶好のレース日和だった。
三女神様、僕は何か悪い事しましたか?
自分が走るレースに意識を向ける。
選抜レースの距離は1600m、マイルの距離だ。
この選抜レースに参加しているウマ娘は14人。
どのウマ娘も、まだトレセン学園に来て練習を重ねて、トゥインクルシリーズで活躍したいという熱い想いを持ったウマ娘たちだ。
レース前、このレースに参加するウマ娘の全員がそんな瞳をしていた。
中には、まだトレーナーの肉体だったころに練習場で見たウマ娘の姿だってある。
新しいトレーナーにスカウトする機会に何度も巡り合えず、それでも尚諦めなかった者達だ。面構えが違う。
ギラギラと熱気を身に纏った三人が前へ前へと位置を上げていく。
全員が前へ前へと呼応するようにアガリ始めた。
1600mというマイルの距離だ。他の者との距離はなるべく稼いでおいた方がイイ。
序盤の位置取りが出来るパワーとラストの直線で突き放すスピードがマイルレースには求められる。
前へ、前へ。
その位置は渡さない、どけ。
お前が邪魔だ、どけ。
言葉にしないが、目は口ほどにモノをいい、少女たちは混雑する走りの中でフォームを崩さず、身体のどこかをぶつける寸前を攻めている。
場合によっては進路妨害にも成り得る行為。ダーティプレイスレスレ。
だが自らの進むべき道は自らの力で勝ち取らなければならない。
だからダーティプレイスレスレという危ない橋を渡ってでもレースに勝ちたい。
負けることにしょうがないと納得するウマ娘などいない、誰もが勝利を望んでいる。
彼女たちの勝利への欲に、プレッシャーに圧倒される。
周りのウマ娘達が位置を奪い合う中、熾烈なポジション争いに加わる事すらも躊躇う気持ちが勝ってしまう。
自分を信じる気持ちが、無くなっていく。
(勝てるのか、僕が……こんなに勝利に貪欲な彼女たちを前に!)
周りが僕を置いていく。
置き去りにされる感覚がある。
元人間である僕がウマ娘の身体になったのはつい二日前の事で、身体の構造というものが違うからなのか、ウマ娘のようながっつきたいほどの勝利への欲は無い。
トレーナーにスカウトされたいとか。
トゥインクルシリーズに出たいとか。
無敗の3冠ウマ娘になりたいとか。
トリプルティアラという栄光を手にしたいとか。
大層な夢は持ち合わせてはいない、だけど。
だけど、僕がこの身体になって走る理由はちゃんとある。
それは、たった一つだけ。たった一つだけだ。
間違いなく、僕の身体を動かす原動力となっているモノ。
「うおおおっ……!」
既に第3コーナーを過ぎている。
もうすぐ、最終コーナーだ。
内側は空いていない、あの大型ゴリラのウマ娘が僕を含めた後続のウマ娘の進路を塞ぐように走っている。あまりにも邪魔だ。
ラストの直線になって、間がバラけるのを待つ方がイイだろうが、きっとその頃には前方のウマ娘達が最高速に達してもう追いつけないだろうし、ましてや今の彼女たちが素直にポジションを明け渡す事は決して無いだろう。
ならば、ならばならば。
ならばどうする、山々田山能。
元陸上選手として、スプリンターとしての答えを出せ。
多分そこしかない、きっと、そこしか勝ち目はない。
(―――外ッ)
第4コーナーを超えた。
内側へ切り込めないから大外を走らされ、ここで加速しようものなら身体が遠心力でぶっ飛ばされる。
速度を落とさず、体幹をしっかりと保ち、耐える。
引っ張られるような外側への遠心力に耐え、速度を維持した状態で前を見る。
僕が見据えた正面には、何もなかった。
一番先頭を走るウマ娘も、前を塞いでいたゴリラ型のウマ娘も。
邪魔となる障害物を全て取り払ったかのように綺麗なターフの直線がゴールに向かって伸びていた。
遮るものは何もない。
残り400m、死力を尽くして前へと駆ける。
全力だ。とにかく全力。
自分がこの肉体で振り絞れる限界までギアを上げろ。
雑念を抱かず、何人たりとも視界に入れるな。
ただひたすらに願い続けろ。
速く、誰よりも
力強く在れ、一直線に、ターフを駆け抜ける風になれ。
ゴール板を通過したことに気付いたのはレース場に響き渡ったどよめき声を聞いて、すぐの事だった。
その瞬間、足の接地をミスったのか態勢を崩した僕は芝の上で前のめりに倒れこんで、無様に滑った。
速度をある程度落としていたから大事は無いものの、思いっきり顎を擦ったようだ、なんかヒリヒリする。
「えーっと、着順、着順は――――」
顎を抑えながら掲示板を見ようとして、興奮した実況のマイク音声が響き渡った。
『選抜レース、見事一着を手にしたのは青毛のウマ娘、4番・ブラックサンダーだ!
第4コーナーから直線、驚異的な末脚はこれまで先頭に立っていた全てのウマ娘達を見事に撫で切った!差し切った!
ブラックサンダー、まさに黒き稲妻の如し!これからの活躍から目が離せません!
2着、マイナーロンブン。3着は―――――』
鳴りやまない歓声と、やけにテンションの高い実況を聞いて僕は漸く自分自身がレースで一着になったという事を理解した。
「1着……1着、ふふ」
1着。
その言葉を聞いて、上がっていた息が元に戻り、思わず頬が緩んだ。
選抜レースといっても、誰かと速さを競い合って、その先で手にした1着というのは、
死力を尽くした勝負に勝って手に入れた1着という順位は、格別なものだ。
遠い観客席で、このレースを観に来ていたシンボリルドルフが小さく拍手を送っていた。
勝利を祝福してくれるのは有難いのだが、もう少しレースに準備時間を割かせて欲しかった。
「あー、もうっ!負けちまったじゃねぇかクソ!
テメェら肉団子にするのはまた別のレースでだな!」
さっきまで先頭集団に入り込んでいたゴリラ型のウマ娘がドシンドシン、と苛つきながら芝を踏みつけている。
ゴリラはどうやら、最後の直線で伸びきれずに掲示板を外してしまったようだ。
そうカリカリするのは良くない、カルシウム成分が足りないと見える。
煮干しと牛乳を積極的に摂取することをトレーナーとしては推奨したい頃だ。
「おい、勝ったぞアグネスタキオン」
ゴール付近の観客席、僕の事を見つめているウマ娘を見かけて声を掛けた。
栗毛のウマ娘は腕を組みながらこちらを一瞥して、
「ふぅン……まぁ、見事なものだったよトレーナー君」
アグネスタキオンは薄く笑ってそう答えた。
彼女も僕の正体を知る、数少ないウマ娘の1人。
「第3コーナーあたりで前にも行けずにもごもごしてるときは〝あ、これは終わったなぁ。他のウマ娘にブロックされて抜け出せない、パワーが足りなかったようだねぇ〟と思ったものだけど……
最後の直線でこれだ。2着に5バ身差をつけて圧勝するんだから……まったく、ウマ娘化したキミの身体は私の予想を大きく超えてくれるねぇ!」
「いい顔して笑うじゃないかアグネスタキオン。
なら、そろそろ明かしてくれてもいいじゃないか?いや、マジで。
マジで、僕をこんな体にしたのは、100%、お前が僕の身体になんかしたからなんだろ?そうなんだろ?
いいか、今ならお前に朝昼晩提供している弁当のおかずを3連串刺しブロッコリーから、3連串刺しメザシにランクダウンさせるだけで許してやるから真実を喋ろ」
「キミも懲りないねェ。まだ私の事を疑っているのかい?」
「当たり前だろ。というか、お前っていうウマ娘を知っていたら、トレセン学園の奴らは10割は疑うだろ!
開幕10割、『創聖のアグネスタキオン』なんて怪文書動画が生まれるくらいだ!」
このトレセン学園でアグネスタキオンというウマ娘はとにかく怪しい噂が絶えないウマ娘だ。
ウマ娘の身体を使ったり、人の身体を使って人体実験をしている……なんて噂を聞いたことがある。
彼女の実験内容に人をウマ娘にする薬品を作る、というものがあっても可笑しくない。
いや、あくまで噂程度のお話なんだけど。
その僕の噂話を、アグネスタキオンはため息一つと、鼻で笑って返して見せる。
「昨日から言ってるじゃないか。私はキミの事件に関してはまったくもって無関係だよ。
いくら実験好きの私でも、人の肉体をウマ娘にする薬品なんて、作れるわけがないじゃないか、何を言ってるんだキミは。
虚言癖はよしたまえよ、
「アァァァグゥネエェェスゥゥゥゥウッッ!!!」
と、本人曰く、僕がウマ娘になってしまった件に関しては速攻で問い詰めたがこの通り無関係だと言っている。
実際に彼女がその時間寮の中で過ごしていたことは寮長から確認は取れているし、今の彼女が頻繁に学園内を歩き回れるとは思えない。
限りなくクロに近いけど、限りなくシロ、だ。まったくもって納得が行かないんだけど。
「そんな事より、はやく
私よりも、きっとずっと、キミのレースを観ていたハズだからねぇ」
くつくつ、と笑みを浮かべてアグネスタキオンは視線だけを向けて僕をそっちに向かわせるように仕向ける。
この諸悪の根源を(恐らく多分)を小一時間は問い詰めてやりたいが今はアグネスタキオンの言う通り、このレースを見守ってくれていたもう一人のウマ娘の少女に逢いに行くことにする。
「あ……」
観客席の上段。そのウマ娘の少女はいる。
僕の視線に気づいたのか、彼女は
「いい!そこで待ってろ!」
彼女の脚には痛々しくもギプスが巻かれていて、松葉杖が無ければ歩行は出来ない。
段差のある観客席だ。上段から無理に動こうとすれば、足場が不安定な彼女では転倒してしまう可能性がある。
僕は観客席とコースを隔てる柵を飛び越えるとすぐに彼女のいる上段へと駆けあがっていく。
先ほどのレースで話題になったウマ娘が目の前に現れたからだろうか、観客達がざわつくがお構いなしだ。
数秒と掛からず、僕は見慣れたであろう栗毛のウマ娘の前に立つ。
「トレーナーさん……」
「その名前は皆の前ではよしてくれ、今の僕はブラックサンダーだ」
「サン……」
「うん、なんかどこかのジブリで出てくる白い狼に山で育てられた野生の姫みたいな名前だ。
でも僕の名前は、ブラックサンダーだよ」
「ブラックサン……」
「なんだろう、間違いではないんだけど。その呼ばれ方だと、〝おのれゴルゴム!〟っていうのが口癖で何でもかんでもゴルゴムのせいにする仮面ライダーみたいだな。
別に僕、BLACKは好きだから、むしろそっちの方で名前登録すれば良かったなって今ちょっと後悔しているんだけど、残念だが僕の名前はブラックサンダーだ」
「仁……」
「僕は別に境井の息子でも、蒙古軍を蹴散らす
というか、もはや本来の名前の原型すら留めてない!」
「ふふ……冗談ですよ。ちゃんと名前は憶えています、ブラックサンダーさん」
こんなやり取りが自然と出来るのは最初の3年間、トゥインクルシリーズを一緒に戦い抜いて積み上げてきた信頼関係があるからだろう。
艶のある栗毛に、燃え上がるような闘志を秘めた青色の瞳の少女はにこりと笑って見せてくれた。
「ところで、だ。 お前から……〝グラスワンダー〟の目から見た、今日の僕のレースはどうだった?」
「そう、ですね……もっと中盤から前に行くべきだったと……
最後のコーナーを回ってから前方に誰もいなかったから直線勝負をモノに出来ましたが、試合運びとしては―――」
「何点ですか、グラス先生」
「53点です」
「辛ッ!!グラス先生の採点辛ッ!!」
「ですが―――」
グランプリ3連覇という偉業を成し遂げたワンダーウマ娘の評価は手厳しい。
とほほ、と肩を落としたのも束の間、グラスワンダーはぽそっ、と小さく呟く。
「私の胸の奥が、少しだけ熱を帯びた気がします。
本当に、ほんとうに少しだけなんですけど、確かに……」
「そっか……それなら、良かった」
自身の胸に手を当てて、彼女はその反応が起きてくれる事に戸惑っているようだった。
僕は、それだけでこのレースに参加できたことと、ウマ娘になれたことに意味を見出すことが出来る。
彼女はグラスワンダー。
かつてトゥインクルシリーズにその名を刻んだグランプリ3連覇ウマ娘。
どんな怪我にも屈せず、不屈の精神で不死鳥のように復活を遂げた、希代のワンダーウマ娘。
僕の最初の、トレセン学園に所属してから最初に担当したウマ娘だ。
しかし、ある時を境に彼女は不屈の心とレースへの意欲を怪我と共に失った。
レースからの引退を考えるほどに。
トレセン学園から身を引く事を自ら提案するほどに。
彼女のトレーナーとして僕は考えていた。
もう一度、グラスワンダーに復活してほしい、その一心で。
だから僕は、ウマ娘となった我が身でレースを走る。
その姿を彼女に見せつけて、もう一度グラスワンダーが闘志を取り戻す為に。
「あ、顎のところ……擦りむいてます。寮に戻ったら消毒しないと」
「唾でもつけとけばダイジョブ――」
「ばい菌入ったら大変ですよ?」
「いや、ほんとに」
「トレーナーさん?」
「あづっ!? グラスさん!?的確に痛いところ抓るのやめて!」
「黒き稲妻くぅん、試合後のキミの筋疲労状態を確認したいんだ。ああ、あと今日の夜ご飯も頼むよー、今日は人参ハンバーグの気分かなぁ」
「日本語訳にすると厨二センス全開の名前になるからやめろ!お前、僕を召使かモルモットかなにかと勘違いしてるだろう」
「違うのかい?キミは出す料理は微妙だが三食しっかり作ってくれるそこそこの召使いであり、私に貴重なデータの提供をしてくれるモルモットだろう?
そうさ!キミは私にとって最高の召使い兼モルモットだァ!名付けてメシモット!」
「どういう語源だ!」
これは夢の頂を目指す物語に非ず。
道を失ってしまった者達が。
再生を願う者達が。
幾多の困難に抗い続ける物語。
夢の先を目指す物語。
主人公の山田トレーナーは体育大学で教職専門のコースだった元・陸上選手。種目は短距離・100mから400m。四年生大学卒後、目指していた教師の道を辞めて『ウマ娘のトレーナーになってトレセン学園に行く』って親に言ったら、『受かるまで実家帰ってくんな』って半ば勘当されかけた。
チームはグラスとタキオンのみ。それぞれトレーナーがいる。
レース描写、盛り上がれなくて済まない……。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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