僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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episode0は今回でラストです。



episode0:始まりの稲妻

 

「アグネスタキオン!」

 

 

 そのウマ娘がよく好んで籠っているラボの扉を開け放つ。

 陽の光も通さない漆黒のカーテン、足元には暗くて良く分からないが無造作に置かれた資料の山らしき物。

 一言でいえば、足の踏み場もない、薄気味悪い倉庫みたいな部屋の中で妖しく光り輝く試験管を片手に、一人のウマ娘が佇んでいた。

 

 

「おや?おやおやぁ?やれいきなり押しかけて来たウマ娘がいると思えば、グラスワンダー君と……見知らぬウマ娘がいる。君は誰だい?」

 

 

 扉を開けた僕の姿に気づいた学生服に白衣を着たウマ娘、アグネスタキオンがこちらを向く。

 真横にある室内灯のスイッチをオンにしてみる。

 突然明るくなる室内に、アグネスタキオンは目を手で覆った。

 

 

「何をするんだい。目が焼けてしまうよ」

 

電気の光如きで何を言っている。

外の陽の光を浴びたら溶けるのか?

僕は自らを指さしながら彼女に告げる。

 

 

 

「アグネスタキオン、僕だ。グラスのトレーナーの山々田だ。

 答えるだけでいい、内容はたった一つ。

 昨日帰宅途中の僕を黒ずくめの男ばりに殴って怪しい薬品を飲ませたのはお前だな、タキオン」

 

 

「ん?」

 

 

「なんだ。もう一回言ってやろうか。それともシラを切る気かアグネス。

 お前の怪しい薬のせいで、僕がウマ娘の姿になってしまったというのに。

 正直に言えば、八割程度のなます切りで許してやる。

 これでも穏便に済ませたいとは思っているんだ。

 さぁ、さっさと自ら犯した罪を認めるんだ、アグネスタキオン」

 

「悪いけど知らないねぇ」

 

 

「ほぅ、知らない。そうかそうか、知らないなら仕方ないな。

 僕もこんなナリにされたせいで些か頭に血が上っているようだ。

 善良なウマ娘であるお前を疑って悪かった今回の事は水に流して忘れてく――――ちょっとまて、知らないとはどういう事だアグネスタキオン」

 

 

「知らないものは知らないと言っているんだ。

 ましてや、目の前にいる初対面のウマ娘が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()山田トレーナーな訳がない、信頼性に欠けるね」

 

 

 矢継ぎ早に繰り出される僕のセリフにアグネスタキオンは頭部を掻いた。

 彼女は気怠そうに腕を組み、こちらの姿を一瞥する。

 

「名前一文字減らすだけで一気にモブキャラ化したぞ。 

 アグネスタキオン、僕の名前を間違えるな、僕の名前は山々田だ」

 

「証明してみ給えよ。キミが私の知っているヤマトレーナーだと」

 

「なんだろう。そう言われると、なんだかとっても歳をとったベテラントレーナーみたいにカッコよくなったから、むしろそっちの名前に改名したい気分だ」

 

 

 埒が明かない。

 話を円滑に進めるために、僕は彼女の提案を受け入れることにした。

 僕が僕だという証明……数十分前にやった同じことを、なんでまたコイツにしなくちゃならないのか。

 

 

「イイだろう。僕がお前の知っている山々田トレーナーだという事をその身を以って味合わせてやる」

 

 

 アグネスタキオンに示すやり方は簡単な手法である。

 とある事情で僕は彼女に良く食事を作っている。

 家庭科室を丸ごと借り切ったこの居城で良く引きこもるアグネスタキオンはあまり健康管理に気を遣わない。

 ウマ娘のトレーナーとしても栄養管理を行うことも仕事の一つだ。

 

 

「トレセン学園のトレーナーの中でも唯一スクランブルエッグを得意とする僕の料理に舌鼓を打つがいい」

 

「今日は和食の気分なんだが」

 

「冷蔵庫の中にはウィンナーと卵、それとレタスくらいしかない。諦めろ」

 

「えー!!」

 

 

 調味料は確か棚の中にあったな。

 ここで良く料理をするから、いつでも彼女にご飯を作れるように材料を買い足しておいたのを思い出す。

 冷蔵庫の中は必要以上に物を入れると余らせたりしてしまうから、中身は基本少ないのだ。

 

 

 見つけた材料は卵、トマト、バター、トースト、ホウレンソウ、ベーコン。

 幸いなことに家庭科室であるこの場所にはある程度の調理器具が揃っている。

 今日はこれで簡単な朝食を作るしかない。

 

「トレセン学園のクッキングパパと言われた僕の料理を見せてやろう」

 

「キミはいくつ渾名があるんだい?」

 

 

 調理時間、約十五分。

 家庭科室の後片付けを済ませたテーブルの上、アグネスタキオンの眼前には僕の料理した品が並んでいる。

 

 

「ふぅン」

 

 

 卵とトマトのスクランブルエッグ、ベーコンとホウレンソウのバター炒め、ジャムトースト。

 トレーナ室に残っていたコーンスープを付け足して、彼女の朝食は完成した。

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 アグネスタキオンが箸を取り、手始めにスクランブルエッグを食す。 

 とろとろのスクランブルエッグに炒めたトマトが酸味を利かせているため、ケチャップなどは必要ないのがポイント。

 

 

 というか、なんでグラスまでしれっと混ざって飯食ってるんだ。

 まぁいい、料理というのは一人で食べるよりも誰か一緒に食べた方がいいからな。許そう。

 

 

 二人は淡々と箸を進めていく。

 調理した僕からすると、料理を口にしてどのような感想を抱いたのか、ぜひ聞かせていただきたいところだ。

 そう思っているとアグネスタキオンが箸を置いた。

 

「感想を利かせてもらおうかアグネスタキオン」

 

 

 アグネスタキオン、彼女は頑なに僕の料理に難癖をつけるわけではないがはっきりと美味しいとは言わない。

 どんな力作を用意しても、「ふぅン」とか「まぁまぁだね」という微妙な評価で終わるのだ。

 今日こそは、彼女の口からウマいと言わせてやりたい。その一心で、僕は日々料理作成に力を注いでいる。

 

 

 アグネスタキオンが口を遂に開く。

 

「このスクランブルエッグを作ったのは誰かね?」

 

「なんでいきなり美味しんぼになるんだよ。海原雄山かお前は。というか、作ったの僕しかいないだろそこで見てただろ」

 

「女将を呼べッ」

 

 いねーよ。

 だからなんで頑なに美味しんぼ推すんだよ。

 

 

「トレーナーさん、これは……」

 

 おお、グラス。

 和に心を住まわせる撫子、グラスワンダーなら僕の料理に真っ当な感想をくれるはずだ。

 さぁ、そこの自称・海原雄山という名のニートウマ娘より優れた食レポを頼む。

 

 

「このホウレンソウ、シャッキリポンと舌の上で踊ります! 

 柔らかで優しい味!胃の悪い人なんか、これ一口食べただけで治っちゃいます!」

 

「それはヒラメを食べた時の感想だ!ホウレンソウじゃないだろ!!なんだよホウレンソウが舌の上で踊るって!」

 

 こいつらなんでここまで結託して美味しんぼ推すんだよ。

 クッキングパパでいいだろうが。いや、料理漫画を前提に話を進めている僕も大概なんだけど。

 

 

「ふぅン、まぁまぁかな」

 

「こ、こいつ……」

 

 結局、最終的にはいつもどおりの感想を残してアグネスタキオンは僕の作った朝食を食べつくしてしまった。

 少しばかりイラっとくるが、仕方がない。今度こそ彼女が舌を巻くような料理を作り出して見せるだけの事。

 

 アグネスタキオンも、こうやって一言余計だがちゃんと出されたご飯を食べてくれるようになっただけで()()な方である。

 以前は、()()()()()()()……というか、僕が料理を作ってやるまでまともにご飯を食べようとはしなかったのだ。

 

 

「山々田トレーナーくん、おっと今はブラックサンダーだったか。

 せいぜい次の料理では精進し給え、せめて()()()()()()()()()()()並に私を喜ばせられる料理を作ってくれないと、私をぎゃふんと言わせられないぞ?」

 

「……アグネスタキオン」

 

 

 彼女の言う、「前任のチーフトレーナ」。

 僕らのチームにはアグネスタキオンとグラスワンダーのみ。

 今こそ、僕がチーフトレーナーだったが二年前、僕よりも前にチーフトレーナーが居て、このチームの運営を行っていた。

 

 

 彼は僕の先輩トレーナーだった。

 そして、彼女……アグネスタキオンの専属トレーナーだった。

 

 グラスワンダーはアグネスタキオンの後輩で、僕らがトゥインクルシリーズを走る頃アグネスタキオンと先輩はクラシック期の半ばに踏み込んでいた。

 トレーナー間で、仲はそれほど悪いようには見えなかったと思う。

 なんなら、僕と先輩でアグネスタキオンの実験に巻き込まれて半日ほど虹色に光らされた時だってあったくらいだ。

 

 

 あの時のアグネスタキオンはちょっと狂ってたけど、愉快な奴だった。

 担当トレーナーの前だと、良く笑ってて、先輩も一緒に狂ったような感じで笑ってた。

 お似合いな二人だよな、オイって陰で言ってた。

 

 

 だけど先輩は……アグネスタキオンのトレーナーはチーフトレーナーの運営を僕に任せて、僕達の前から姿を消した。

 アグネスタキオンに何も告げず、二年間、トレセン学園に戻ってきていない。

 

 僕や学園も手を尽くしたけど、駄目だった。

 先輩の家族にも「しばらく家を留守にするから連絡できない」と電話で言われて、それっきりだそうだ。

 

 

 そこから、アグネスタキオンは自堕落な生活を送るようになった。

 遅刻の常習犯、三食抜きは当たり前、図書室や使っていない家庭科室を根城に研究の毎日。

 栄養失調で保健室に運ばれる事が当たり前になっていて、身体を壊していく彼女を見ていられなくなったから僕が料理を作るようになった。

 

 

 アグネスタキオンのトレーナーである先輩は、とある事をきっかけに彼女に弁当を作るようになったのだという。

 味を占めた彼女に昼と夜も作れよとだだを捏ねられるのは想定外だったと酒の席で僕に半笑いで言ってたっけ。

 これが功を奏し、僕の作ってくれたご飯でも食べてくれるようになったアグネスタキオンは徐々に体力を取り戻し、今に至る。

 だけど、レースに出れない現状は、変わっていない。

 

 

 僕は虚空を見つめて思いを馳せる。

 

 

 

 先輩、あなたのアグネスタキオンはここまで元気になってますよ。どこにいるんですか、先輩。

 早く戻って来てくれないと、彼女はますます増長して、その内「ポン酢の〝ポン〟とはなんだ、とか言い始めかねません。

 早く帰ってきてください、先輩、マジで。

 

 

「ちなみに山々田トレーナーくん、ポン酢の〝ポン〟とはなんだ」

 

 

 あぁ、遅かった……先輩、助けて。

 

 

 

 

 

 

 結局アグネスタキオンが僕をウマ娘にした真犯人だとかと言った真相は分からずじまいで、何もかもが迷宮入りになってしまった。

 今僕は、これから過ごす事になる美浦寮の部屋を案内されている所である。

 

 

「好きに使ってくれ」

 

 シンボリルドルフにそう言われ、紹介された部屋はなんと一人部屋だった。

 本来二人部屋で使われるはずの量の部屋を丸々一室使えるようにしてあり、ベッドとテレビ、テーブルのスペースが他の部屋よりも断然広い。

 本当にこんな部屋を僕一人が使用してもいいのかと思うくらいだ。

 

「必要な物は揃えてあるが、もし入用だった場合は寮長を通して補給係に連絡してくれ。その日のうちに対処しよう」

 

「感謝するよ、シンボリルドルフ」

 

「なに、お安い御用さ。ところで、ウマ娘の肉体を持ったキミに提案がある」

 

 

 なんだ?とシンボリルドルフの答えを待っていると、それは意外に早く来た。

 

 

「レースに出てみないか?」

 

「それは……なんでだ。理由を聞かせてくれ、シンボリルドルフ」

 

「キミの走りが、グラスワンダーの復活に繋がるかもしれない」

 

 話を聞かせてほしい、と僕が言うと、彼女はその理由を語り始める。

 どうして僕の走りが、彼女の復活に関係するのか。

 

 

「ウマ娘の走りというのは、見る者全てに影響を与える。

 ある者はその走りに惹かれ。

 ある者はその走りに目標を抱き。

 ある者は生きる気力すら生まれてくる。

 かつて、私の良く知るウマ娘が〝絶対に勝つことは出来ないだろう〟と言われたレースで勝利し、見る者人々に奇跡を見せたように」

 

「だけど、なんで僕なんだ……他にもいるだろう、エアグルーブだって、エルコンドルパサーやスペシャルウィークに……それこそ、シンボリルドルフのような実力者が適任なんじゃないか」

 

「いや、これは……キミにしか出来ないことだ。

 グラスワンダーのトレーナーである、山々田山能トレーナーでしか」

 

 得体の知れない現実の打開策は僕だ、とシンボリルドルフは言い切った。

 

「ブラックサンダーを山々田山能と理解できたグラスワンダーだからこそ。

 お互いを信じあっているキミたちだからこそ、双方が与え合う影響は大きい。

 ウマ娘は走る者を目で追う。そこに執着心が生まれれば、自然と走りに熱が灯る。

 負けたくない、追いつきたい、その一心で勝利への欲を生み出すのだ。

 今のグラスワンダーはキミに関心を示している……凄まじい程にね。

 キミが走るレースで、彼女を熱くさせる事が出来れば、再び走り出すきっかけになるはずだ。

 

 〝誰かを想い走る事で生まれる奇跡〟を、私は信じている」

 

 皇帝・シンボリルドルフはそう言った。

 僕もそれに不思議と違和感無く聞き入れることが出来ていた。

 

 

 

 オールカマーのツインターボは怪我で引退を考えていたトウカイテイオーを奮起させるために走った。

 そのトウカイテイオーは怪我で復帰が困難なメジロマックイーンの為に走り、奇跡を起こして見せた。

 

 

 誰かを想い、走る事で生まれる奇跡を僕はもう目の当たりにしている。

 その実行者に、奇跡の体現者に本来、ウマ娘になるはずもなかった元・人間である僕がそれを成せ、と言っている。

 

 

 出来るのだろうか。

 彼女を、グラスワンダーを再びターフの上で走らせることが。

 

 

 だけど、可能性があるのなら、僕はそれに掛けてみたい。

 他ならぬ、ウマ娘を信じてきたトレーナーとして。

 ウマ娘が起こしてきた奇跡を見てきた者として。

 

 

 レースで走る決意を、僕はこの時決めたのだ。

 

 

「分かったよ、シンボリルドルフ。レースに出よう」

 

「おお!」

 

「まずは選抜レースだな……トレーナーにスカウトされなきゃ……次の選抜レースはいつだ?」

 

「ああ!選抜レースは丁度明日だぞ!時間はまだある!

これから調整できるな!!」

 

「張り倒すぞ生徒会長」

 

 

 こうして、僕のウマ娘としての、グラスワンダーの闘志を取り戻すための戦いが幕を上げたのである。

 

 




次回より満を持してのクラシック戦線のお話へ移っていきます。
他のウマ娘と楽しく絡んでいく予定なので楽しんでいただけると嬉しいです。
 
誤字報告、感想、いつもありがとうございます。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
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