僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

23 / 69
良心が痛むねェ


18.アグネスタキオン

 

 

 僕こと、ブラックサンダー。

 そして、元トレーナーである山々田山能の朝というのは非常に早い。

 

 

 と言っても、他のウマ娘と一時間ほどしか起床時間は違うだけでそれ以外は別に普通の朝である。

 予定の時刻より早く起きたのなら普通の人間、ウマ娘に違わず二度寝へと洒落込もうというのが一般的だが、僕には起きてやらなければならない事があるのだ。

 

 しかし、それは勤勉に取り組むことでもなければ迫る皐月賞に向けての身体の疼きを癒すための早朝トレーニングに向かう為でもない。

 僕がこうして早起きする理由、それはチームに所属するウマ娘・アグネスタキオンの朝食作りの為だ。

 

 

 トレセン学園には起床後に自衛隊のようなラッパ点呼、整列点呼などが無いので起きたらすぐに自分の行動へと移せる。

 早々と制服に着替えてはカバンを持ち出して、一度家庭科室へと向かって調理を済ませたらアグネスタキオンといつも待ち合わせているトレーナールームへと向かう。

 ウマ娘になる前、トレーナーとして突如と始まったこの一連の動きは完全に確立されたルーティンとなっている。

 僕としても、こうやって朝に起きて料理を作らなければ一日が始まった気がしないと思ってしまうばかりに。

 

 

「上出来だ」

 

 

 一流料理人の如き、三ツ星レストランからスカウトされてしまいそうな僕のなれた手つきによって生み出された今日の弁当。

 彼女の好物であるウィンナーや脳を動かすために必要な栄養素をふんだんに詰め込んだアグネスタキオン専用弁当。

 

 

 包んでしまう前に僕は一度スマホのカメラ機能を駆使してはその弁当を撮影して、とあるウマ娘に送り付ける。

 送付先はカレンチャンだ。

 

 

『コレ、カワイイ?』

 

 

 そういったメッセージを付け加えてカレンチャンに送信を完了させる。

 カレンチャンは、このトレセン学園では僕にとって妹(自称)のような存在だ。

 きっかけはトレーナーだった頃にカレンチャンにアグネスタキオンへ渡す弁当を見られた事がきっかけで始まった事である。

 

 

 カレンチャンは僕の弁当を見て「カワイイ診断」をしてくれていた。

 なんでも、その時見せた弁当が彼女のカワイイセンサーに反応してしまったらしく、以来僕の弁当を見てくれては点数と評価を付け加えてくれるのだ。

 最初は辛口だった評価の弁当も、僕は試行回数を重ねるごとにその練度を上げていき、次第にカレンチャンの評価も上昇していった。

 

 

 どうやら彼女の御眼鏡にかなったようで、一度だけ評価値をカンストした事によりカレンチャンのウマスタで「#カワイイ、#お弁当」で掲載された事があり、その時はイイネが10万を超えたらしい。

 ウマスタ300万フォロワーの実力は伊達では無い。

 そしてそのツイートから僅か数十秒後にはグラスワンダーから「これトレーナーさんのですよね?」と通知が来たからマジでビビった。

 

 とまぁ、これは僕が山々田山能だった頃のお話で。

 

 ブラックサンダーとなった後は山々田トレーナーに弟子入りし、弁当マイスターを目指しているウマ娘として、カレンチャンに話を通しているので僕とカレンチャンとのお弁当チェックは今も続いているという訳だ。

 

 そのお話はまた別の機会にでも話させてもらうとして。

 

 

「アグネスタキオン、もういるのか?入るぞ」

 

 

 さて、話を元に戻すとしよう。

 トレーナールームの前に来た僕は室内の電気が点いているのが分かり、そこに時間通りならアグネスタキオンが来ている事を悟った。

 いつもながらこうして彼女に弁当を作るようになってから遅刻や居眠りをしないようになってくれたのは嬉しい限りである。

 

 後は、彼女が素直に僕の弁当の味に正当な評価をしてくれるかどうかである。

 毎度の事、今日こそはと望んでも彼女から返ってくるのは「まぁまぁだね」という越前リョーマのようなものばかりだ。

 そうなると、これが悪化して「なるほどSUNDAYじゃねーの」と跡部化してしまうのは時間の問題だ。

 

 

 今日こそは分からせるしかない。

 そう意気込んで扉を開けると、目の前には想像した通りアグネスタキオンがソファに座っている。

 

 

「……ふぅ」

 

 なにやら考え込んでいる様子のアグネスタキオンが見つめているのは長テーブルの上に置かれている一枚の用紙だった。

 やがて部屋に入って来た僕の存在を感じ取ると、アグネスタキオンはこちらに顔を向ける。

 

「やぁ、来たんだね山々田トレーナーくん」

 

「どうしたんだタキオン、その用紙をずっと見てたけど……何だよ、その紙」

 

「あぁ、これね」

 

 アグネスタキオンは一枚の用紙を摘まんでヒラヒラと靡かせるとそれを僕に手渡した。

 その紙には確かに、「誓約書」とだけ書かれている。

 見た目だけ嫌な予感がしたが、その答えをアグネスタキオンは僕に明かしてくれた。

 

 

「私の脚の手術の誓約書だよ。しかも場所は海外ときたもんだ」

 

「しゅ、手術? お前の....一体、どうして」

 

「さぁね?あのミスターXからの持ち込まれた話だから」

 

 

 あっけらかんと言い放つアグネスタキオンはソファでくつろぎながら窓の外の景色を見ていた。

 

 

 アグネスタキオン。

 僕の所属するチームのウマ娘で、グラスワンダーの先輩ウマ娘。

 

 

 『超高速の粒子』と呼ばれたかつての皐月賞ウマ娘。

 他のライバルを寄せ付けないその圧倒的なスピードで当時の三冠馬は狙えると言われたウマ娘。

 速さの果てを追い求める狂気のマッドサイエンティスト。

 

 

 しかし、その超高速を支える脚はガラスの靴のように、脆かった。

 今のアグネスタキオンに、かつての三冠を狙えるようなスピードは、もうない。

 たったの四度のレースで彼女は伝説になった―――いや。()()()()()()()

 

 

 ガラスの脚は、文字通り壊れてしまったのだから。

 

 

 『ラジオたんぱ杯ステークス』、阪神芝2000mで人類はアグネスタキオンというウマ娘の存在を知った。

 当時有力候補であったジャングルポケット、クロフネの存在を掻き消すように彼女が人類に見せたのは上がり3ハロン30秒台という超スピード。

 2000mのコースレコードを生み出したアグネスタキオンはまさに将来有力な三冠ウマ娘候補であった。

 

 

 そして、皐月賞。

 

『アグネスタキオン、アグネスタキオン先頭だ!後ろからジャングルポケット、ダンツフレームも追いすがってきている!

 だがアグネスタキオン突き放す!追いつけない!誰も彼女に追いつけない!アグネスアグネス!もう大丈夫だ!今一着でゴール!

 中山2000m、まずは道を繋ぎました!アグネスタキオン〝まず〟一冠!』

 

 

 

 『まず一冠』。

 実況者が語ったこのフレーズがアグネスタキオンが当時の最速ウマ娘だったことをこれ以上ない程に物語っていた。

 

 

 

 だけど、当時の僕達は違和感を感じていたのだ。

 アグネスタキオンの皐月賞のレースで。

 

 当時の皐月賞、確かに彼女は速く、誰よりも先にゴールした。

 だけど、アグネスタキオンのいつもの走りではなかった。

 これまでのレースのように、他のウマ娘との距離に対して差が無かったからだ。

 

 

 あのアグネスタキオンが思っていた以上に差を広げられなかった事に僕は何かしらの異常があるのではないかと気付いていた。

 勿論、アグネスタキオンのトレーナーである先輩も同じだったらしく。

 

 

『タキオン、病院に行こう……』

 

『なんだい、モルモットくん。皐月賞を取ったばかりなのにやけに慎重じゃないか、次は日本ダービーだよ?

 なぁに、心配には及ばない。年明けから追い込んでいたから疲れが溜まっていたのかもねぇ』

 

『……念の為だ!お前にもしもの事があったら……頼むよ、タキオン』

 

『まったく、心配性だねぇモルモット君は』

 

 

 アグネスタキオンは先輩の事をよく『トレーナーくん』と呼ぶし、『モルモットくん』とも呼んでいた。

 頻度にしては、モルモットくんの方を良く好んで多用していたと思う。

 皐月賞後、アグネスタキオンは先輩と一緒に日本でも有数の病院へと行く事になった。

 

 そこで発覚したのは、先輩や僕が危惧していた〝もしも〟の事だった。

 

 

 アグネスタキオンに下された診断はウマ娘にとって『不治の病』と呼べるものだった。

 一度発症すれば、靭帯が炎症によって腱繊維断裂し、いずれ歩く事は出来ても従来の強度に戻る事は稀であるという。

 幾人ものウマ娘をレース世界から追いやったこの病に対する治療法は現段階では有効なものは見つかっていない。そして再び走ろうとすれば病は再発の可能性がある。

 

 

 完治することが無い、走るために生まれてきたウマ娘をただただ苦しめる最低最悪の病だ。

 

 

 

 この病は継続的な運動負荷によって発症するのだという。

 アグネスタキオンの超高速を生み出すその脚は他ならぬ自分自身の運動負荷には耐えきれなかったという事だろう。

 

 

 次の日本ダービーを、アグネスタキオンは出走を取り消す事になった。

 

 

 先輩はアグネスタキオンと「世界を取るぞ」と意気込んでいた。

 三冠の次は宝塚、有馬とつなげて、ゆくゆくは凱旋門だって酒の席で叫んでた。

 

 

『済まないタキオン……済まない、済まない……俺が、お前の夢を……』

 

『顔を挙げたまえモルモット君、私の研究を私自身の手で成し遂げる事は叶わなくなってしまったが、この時の為にプランBというものがあるのだから。だから……いつまでも泣くんじゃないよ』

 

 その時のアグネスタキオンは、優しく先輩をなだめ続けていたが彼女自身の瞳は力を失っていた。

 自らの手で掲げる研究を成し遂げる事が出来なくなった事が分かってしまったからか。

 

 

 ターフを走れなくなるという事、それはウマ娘にとって『死』を意味する。

 当然、再起不能になってしまったアグネスタキオンがトレセン学園に留まる事に意味はない。

 彼女が自ら退学届けを提出し、学園を去ろうという所で事件が起きたのだ。

 

 

 

 先輩が、トレセン学園から居なくなってしまった。

 

 

――――『必ず戻る。それまでタキオンの事を頼む』

 

 

 それだけをチーフトレーナーのデスクに書き残して、先輩はアグネスタキオンの前から姿を消した。

 

 

 

 

 




モルモッ党には辛い現実...この世界だと屈腱炎ってそのままの病なんですかね。





さてさてグラスちゃんも、タキオンも史実通り。
つまり皆さんもこの作品の趣旨が分かってきたのではないでしょうか。
さて、現在の段階でまだ出てきてないウマ娘....一体誰と誰でしょうかね。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。