僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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モデルナアームから解き放たれた私は無敵だ。


19.復活の条件

 僕の先輩、アグネスタキオンのトレーナーが学園から姿を消して、もう二年になる。

 僕や学園だけではなく、アグネスタキオンの携帯から連絡を入れても反応が無く、彼を捜索するのは非常に困難だった。

 

 

 先輩は去り際に、僕にチーフトレーナーとしての席を明け渡し、チームの運営とアグネスタキオンの世話を任せてどこかへ行った。

 だが、先輩がなんのためにトレセン学園から姿を消したかは僕は知っている。それは、担当ウマ娘であるアグネスタキオンの怪我を治すためなのだと。

 

 だから、トレセン学園の理事長が言うにはアグネスタキオンをレースに復帰させるという条件の下、長期の休暇という形で今はまだトレセン学園に籍を置いたままだ。

 ウマ娘の不治の病は国内のあらゆる名医も匙を投げたていた。だから行く先は恐らく海外だろう。

 

 しかし、海外でもこの病を完治させてレースに復帰したという事例は聞いたことが無い。

 先輩が目指す海外には病を完治させるためのアテがあるのだろうか。

 

 

 それから僕は先輩に代わってチーフトレーナーとなりチームの運営を行い、アグネスタキオンが健康面を害しないように面倒を見るようになった。

 彼女の為に弁当を作るようになったのも、丁度その頃からだ。

 

「アグネスタキオン、それで……アイツの提案する手術は成功するのか?」

 

「それが驚いた事に、彼が紹介しようとしているのはとんでもない名医らしくてね。

 この世界に治せない病なんて無い、と言い張るくらいのヤツらしいんだ。

 どうやら黒ずくめでツギハギの顔面に傍らには小さな女の子を連れた()()()()名医らしい」

 

「それなんてブラックジャック先生だよ」

 

 この作品はどうやら時空を越えさせて名医を召喚することが出来るらしい。

 ブラックジャック先生は同じ手塚作品の世界に登場するだけじゃ飽き足らず、ウマ娘の世界にまで進出するようになってしまったらしい。

 

 これが異世界ブラックジャックか。

 

「まぁ、医者の事なんてどうでもいいのだがね。

 手術費も全て学園側から負担してもらえるみたいだし、ワンシーズン棒に振る事になってしまうかもしれないが、走れるようになるみたいだ……しかし――――」

 

「?なんだよ、良い事尽くめじゃないか。怪我も治るし、レースにも出れる。しかも諦めかけてた研究ももう一度自分の手で始められるんだ。問題なんてあるのか?」

 

 この時のアグネスタキオンが苦虫を嚙み潰した表情をしていたのを僕は憶えている。

 どうしようもなく、苛つく、憎たらしい感情を抱いている時の感情が露わになっている時の感情だ。

 

 

 僕は察してしまう。

 これほどの好条件、ミスターXはアグネスタキオンにレース復帰の手伝いをするために()()()要求したはずだ、と。

 

「アグネスタキオン、お前、あの男に……ミスターXに何を言われた」

 

 僕の静かな問いに、アグネスタキオンはその重い口をゆっくりと開き始める。

 

「……レースに復帰させる、手術費も全て負担する、練習メニューも全て管理する……その代わり―――」

 

 その後の彼女が口にした言葉は信じられないものだった。

 

「〝前任のトレーナーの事は全て忘れ、ミスターXの担当ウマ娘になれ〟、だそうだ」

 

「マジかよ……」

 

 前任のトレーナーを忘れる。

 それは、先輩の担当ウマ娘を辞めて、あのミスターXの担当ウマ娘になるという事。

 アグネスタキオンの怪我を完治させる方法を探しに行っている先輩の帰りを、もうあきらめるという事だ。

 

 

「そんなやり方、ありかよ……!」

 

「落ち着けよ、山々田トレーナー」

 

「落ち着いてられるかよ、こんな事聞かされてさ!」

 

 

 自分の事でとやかく言われても平常心を保てる僕でも、唯一我慢できないのが身内に何かしらの危害が及んだ時だ。

 ミスターXのやろうとしている事は、アグネスタキオンと先輩の間を強引に引き裂こうとする行為。

 アグネスタキオンに、先輩を裏切らせるという最低な行為だ。

 

 そんな事を耳にして、冷静で居られるわけがない。

 今目の前に件のミスターXが居たら、僕は容赦なくウマ娘としての力を駆使して殴り掛かっていただろう。

 

 

 そう思っていた時だ。

 

 

『騒がしいね』

 

 

 トレーナールームの扉が開かれ、入り込んでくる巨体がある。

 今しがた話題となっていたミスターXだった。

 

「ミスターX……!」

 

『ブラックサンダー……キミも一緒だったか。まぁいい、私の用はアグネスタキオン、彼女にある』

 

「待てよ、ミスターX!聞いたぞ!アグネスタキオンの手術の事を……!」

 

『キミには関係のない事だ』

 

「お前――――ッ」

 

 『仏の顔も三度まで』、そんな僕も遂にキレた。

 頭に血が上った僕はミスターXに向かって飛び掛かる。

 

 

 コイツは一度ぶん殴られた方がイイ。

 カミーユなら間違いなく修正パンチ案件だ。

 ウマ娘の力だろうが相手が人間?だろうがそんな事は関係ない。

 

 

 ミスターXは僕が分からせるしかない。

 そう思い、僕は拳を振りかざしその男の顔面に――――

 

 

『辞め給えブラックサンダー君』

 

 

 叩きつけようとした手がミスターXの巨大な掌に遮られていたのだ。

 ウマ娘の全力パンチをものともせず、ミスターXの腕は僕の拳を抑えたまま一ミリとも動かない。

 

 そして驚愕の事実を知る。

 僕の拳より先の感覚は、ミスターXの手は僕が良く知る皮膚の感触では無かった。

 明らかに鉄で構成された強固な物質。

 

 

「――げッ!?」

 

 

 そして掌一つで押し込まれる僕の腕。

 ミスターXが腕を軽く動かすだけで僕の腕が震えながら肘を曲げる。

 どんなに力を込めても、今度は僕の方が1ミリたりとも動かす事が出来ない。

 こんな事があり得るのだろうか、僕の脳内ではあるウマ娘の至言が浮かび上がる。

 

 

 

――――『人間がウマ娘に勝てるわけないじゃないですか』

 

 

 

「エイシンフラッシュの嘘つき!」

 

 

 人間とウマ娘の間にある常識がこのミスターXには通用しないらしい。

 非力な僕であっても、この結果は流石にへこまざるを得ない。

 

 

『私の肉体にはNASAの最先端技術によって作成された特殊筋肉繊維が仕込まれている。

 現段階の筋力はウマ娘の平均筋力を軽く凌駕しており、成長したゾウを持ち上げることだって可能だ』

 

「マジでお前別の世界行けよ!異世界行って主人公追放した勇者パーティの穴埋めして魔王でも倒してこい!」

 

「ミスターX、用があるのは私だろう?彼に構うだけ時間の無駄というモノさ」

 

『確かに……そうだな』

 

 アグネスタキオンに諭されたミスターXの手から力が抜けたのが分かる。

 ミスターXは手を僕から遠ざけると、アグネスタキオンと向き合い、彼女に尋ねるのだ。

 

 

『手術の件……考えてくれたかな』

 

「ミスターX、お前、本気なのか……?」

 

『あぁ、本気さ。彼女は怪我さえ完治すれば、まだレースへの復帰も可能だという事が私の分析した結果だ。

 あの超高速の脚が復活した暁にはトゥインクルシリーズの歴史は大きく動くことになるだろう。

 これ以上、いつ戻るかも不明な無責任なトレーナーの為に、彼女の時間を無駄にさせたくないのでね。

 だから条件を呑む以上、前任のトレーナーとの契約を解消し、私のウマ娘としてレースに出てもらおう。

 前任のトレーナーからの引継ぎの件は、私から理事長に掛け合おう、滞りなく進むはずだ。』

 

「何が滞りなく、だ。アグネスタキオンは先輩が担当するウマ娘だ」

 

『そうだな。彼はあまりにも愚かなトレーナーだったと聞く』

 

 なんだと、と僕の心の中でそう呟いてた。

 ミスターXの仮面から覗かせる赤い眼がぎらついて僕を見つめる。

 

『三冠ウマ娘として実力を間違いなく持っていたアグネスタキオンという才能の塊を管理不足から負傷させ、選手生命を潰しかけた愚かなトレーナー。

 挙句の果てに理由も明かさず一年以上も担当ウマ娘を放置しているのだ。これを愚かと称さずとして何というのか。

 彼女のトレーナーはね、彼女を置いて逃げたのだよ。恐らく、私の見立てでは一生待っていても彼はトレセン学園に戻ってくることは無い。

 優秀なウマ娘の将来を壊してしまったから。

 走るというウマ娘としての本懐を遂げることが出来なくなったから。

 救う手立てを結局見つけられなかったから。

 その罪の意識から逃げ続けているのだよ、だから彼は1年以上、アグネスタキオンの前に姿を現さないのではないかな?』

 

 

 ミスターXは続ける。

 

 

『私なら必ず、アグネスタキオンを導ける。

 そのための手立ては全て用意できていると言ってもいい。

 手術後の復帰メニュー、レースプラン、食事管理、試合前後のあらゆるケア。

 レースで勝つためのあらゆる術を全てキミに教えよう。

 アグネスタキオン、キミが求める研究、〝ウマ娘の肉体が目指せる速さの果て〟は私の下で再び始めればいい』

 

 

 だから、

 

『答えを聞かせてくれ、アグネスタキオン。

 私の下でもう一度トゥインクルシリーズを走るのか、それともこのまま無意味な時間を過ごすのか』

 

 

 その言葉は僕を再びキレさせるには十分な内容だった。

 先輩は決して、アグネスタキオンの管理を怠っていた訳じゃない。

 負傷をしてしまったけど、結果的にそうなっただけで、先輩は常にアグネスタキオンと共にあり続け、その時間の分、彼女と向き合い続けていた。

 

 

 アグネスタキオン一筋と言っても過言ではないあの先輩が、今更彼女を置いてどこかへ逃げ続けるというのは無理な話なのだ。

 

 四六時中、担当ウマ娘の事しか考えてない先輩だぞ?

 練習中にフォームの強制をするために10個もカメラを使う人だぞ?

 デスクのパソコン内に〝タキオンフォルダ〟って書かれたのが10個以上ある人だぞ?

 お薬の時間だよー、って差し出された得体の知れない薬品をノータイムで飲み干す人だぞ?

 勝負服の白衣の袖部分に手を突っ込みたいって言ってる先輩だぞ?

 

 

 ただの変態じゃないか、僕の先輩は。

 

 

 たしかに、疑いの余地が無いくらいに変態かもしれない。

 だけど、その異常性が霞むくらいに彼は担当ウマ娘の事を第一に考えている。

 それは一種の愛情ではないかと思ってしまうくらいに。

 

 

 

 だから彼が、アグネスタキオンの事を諦める筈がないのだ。

 必ず復活の方法を見つけ出して、再び彼女の前に現れるのだと、僕は今でも信じている。

 アグネスタキオンだって、先輩の事を信じている筈だ。

 

 

 

 僕の攻撃が通らないから、力が無いからとかもう関係ない。

 先輩の名誉を傷つけた報いを受けさせるべく、僕は再びミスターXを殴ろうとした。

 

 

 だけど、

 

 

「よせよせ、山々田トレーナーくん。これ以上暑苦しいのは嫌いだよ」

 

 僕の決死の行動が為される前に、それはアグネスタキオンの言葉によって遮られた。

 

「タキオン、なんで止める?」

 

「柄にもなく熱血かますんじゃないよ。

 そういうのは、私はなるべく無縁で在りたいんだ……ミスターX、幾つか質問があるが」

 

『ふむ、構わんよ』

 

 そう言いながら、アグネスタキオンはミスターXを見据える。

 睨みつけるような眼つきで、彼女は問うのだ。

 

「私の脚は復帰後も全盛期のように走り続ける事は可能か?

 この怪我は、無理に走ろうとすれば再発の可能性があると言われているが」

 

 その問いに、ミスターXは返して見せる。

 

『問題ない。再発の可能性は皆無だ』

 

「私の本格化の時期はとっくに過ぎている。

 ブランクもあるが、現在のレースで私がトゥインクルシリーズで通用すると思うかね」

 

『本格化の時期を迎えても、能力の減退はウマ娘個人によって異なる。

 それに、減退傾向はどのウマ娘も非常にゆっくりだ。

 トレーニング次第ではキミの現役時代と同等、いや、それ以上の走りをすることも可能だ。

 キミはまだ輝ける……いや、この私が輝かせてみせよう』

 

 

 まるでプロのトレーナーがデビュー前のウマ娘に持ちかけるような誘い文句。

 僕の時とは違って短絡的なやり取りの中で行われたものではない、用意周到に彼女が反応しそうな単語をチラつかせて、興味を引き付けている。

 

 

 しかも、それは嘘ではなく信頼度が高いのであればそれはまさにアグネスタキオンにとっては願ったりかなったりの状況。

 失った足を取り戻し、再びレースを走り、自らの研究を継続させることが出来る夢のような提案。

 だけど、アグネスタキオンにとって大切なものを失わせてしまう地獄のような提案でもあるのだ。

 

 

 アグネスタキオンはミスターXの言葉に腕を組むと、

 

「ふぅン……」

 

 と唸った。

 そして彼女は言う。

 

「素晴らしいね」

 

 ミスターXの提案を、素晴らしいね。そう言ったのだ。

 

 

「もう二度と走れないとまで言われた私の脚がもう一度ターフを駆ける事が出来る。

 再発のリスクも無しにだ。それに、私自身の研究も再スタートが出来る。

 やはり実験は自らの肉体を駆使して行うことには良質なデータは取れないだろうからねぇ。

 モルモット君も本当にいつ帰ってくるかも分からない、その為に時間を失う事こそ、研究者にとって致命的なものだ。

 もう一度言うよ、この提案は私にとって非の打ちどころのない程に素晴らしいものだよ」

 

 

『では―――』

 

「ああ、だからミスターX、私の返答はコレだ」

 

 

 そう言うとアグネスタキオンは手にしていた手術の内容が記載された一枚の誓約書を上部分を両手で摘まんで見せると、一気に破り裂いた。

 

 

 びりっ、びりっ、ぐしゃ、ぐしゃ。

 縦に裂き、横に裂き、手で丸めて、更に小さく纏めた手のひらサイズの紙屑を近くのごみ箱に向けて投擲する。

 美しい弧線を描いた紙屑は一度壁に反射してゴミ箱の中に納まった。

 

 

「ふぅン、スリーポイントかな」

 

 答えは、否定。

 アグネスタキオンはミスターXの申し出を断って見せた。

 

『本気かね』

 

「確かに、私は私の研究を続けたい。

 ウマ娘として、私個人として、これは私が永遠に追い続けるテーマだ。それには変わりはない。

 だけどね、〝ウマ娘の可能性〟、〝速さの果て〟を追い求める助手はキミではないのだ。

 

 

 

 アグネスタキオンは一息、

 

「それに、私はモルモット君と山々田トレーナーの作る料理以外食べるつもりはないからねェ」

 

 ふふ、と不敵に笑ったアグネスタキオンにミスターXは尋ねる。

 

『考え直してはくれないのかな』

 

「無理な相談だねぇ」

 

『……そうか、ではまた日を改めるとしよう。

 私はキミを諦めないよ、決して』

 

 ミスターXはそう言い残して、トレーナールームを去っていく。

 熱烈な歓迎を一蹴された彼は気落ちしたような感じは無い。

 宣言通り、彼はこれからもアグネスタキオンにアプローチを続けていくのだろう。

 

 

「やーい振られてやんのー!」

 

「山々田トレーナーくんは小学生かい?」

 

 

 僕を差し置いて猛烈なアタックをするからだ。

 恐らく罰が当たったんだと思うようにしておこう。

 

 邪魔者はいなくなったと言わんばかりに、弁当を漸く食べ始めるアグネスタキオン。

 少しだけ遅くなった朝食の最中、ウィンナーを口にしている彼女に、僕は失礼を承知で聞いた。

 

 

「なぁ、タキオン。僕が言うのもなんだけど、本当にいいのか?」

 

「なぁんだい山々田トレーナー、キミもあの男と同じことを言うのかい?

 私は脚を治してまであの男と研究を続けるつもりはないよ。

 私の研究は、私だけのものではない、私とモルモット君とで作り上げていった研究なのだ。

 彼以外、私の助手はあり得ないよ」

 

 まぁ、とアグネスタキオンは続け、

 

「何十回も何百回もアピールされ続けたら、何かの間違いでコロッと心変わりしてしまうかもしれないねェ。三顧の礼、三国志で諸葛孔明が劉備玄徳の三度目の説得で応じたように。

 ハハ、そうなったらモルモット君もビックリするだろうなァ、帰ってきたら知らない男に自分のウマ娘を取られているんだから……そうならないように、早く帰ってきてくれないかねぇ」

 

 

 海外遠征から帰ってきたら担当ウマ娘が別のトレーナーに奪われていた。

 なんという、ウマ娘NTR劇場だろうか。

 悪趣味な性癖持ちが居たら精神的にドストライクな展開だが、これ以上はサイゲの規約に引っ掛かりかねないので先輩には一刻も早く、トレセン学園に戻ってきてもらいたいのが僕の心からの願いである。

 

 

 

 

 そして月日は流れて四月。

 僕は遂に、クラシック戦線の一つ目であるG1レース、『皐月賞』を迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ウマ娘NTR劇場、タキオンってNTR属性あるんじゃないかな。いや、ウマ娘全般NTR属性があるのでは……

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

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