『さぁ、始まりました中山11R皐月賞。
前回のレースから雨が降り続けて、今日の快晴で重バ場から稍重に回復してのスタートとなります。
解説の二宅さん、各ウマ娘の動きですが内ラチが大分荒れてますので乾いている外側の芝を走っていますね』
『そうですね芝内さん、前回のレースではウマ娘達が最内を多く走っていましたからその影響でしょう。
逃げウマ娘にとっては少しばかり不利な状況ですね。
先頭を取り続けて後方との距離を開きながらレースを展開するウマ娘にとって、最内を走れないという事はコーナーを最短で回れない事を意味します。
後方のウマ娘達も同じですが、逃げウマ娘達は前の方でポジションをキープしなければならない為、特にスタミナの消費も多いです。
それに中山の最後の直線は短く、ゴール手前で坂がある……ここまでに充分脚を残せていないと後方のウマ娘に差し切られてしまう展開になるでしょう。
逆に最後方からのウマ娘は先頭との距離が離れすぎると仕掛けるタイミングが遅れれば届かない、今回のレースはどちらかと言えば先行勢が有利です』
『もっとも速いウマ娘が勝つと言われる皐月賞、ペースとポジションを維持しつつ脚を残せなければ逃げウマ娘に勝ちはないと。
私の推しウマ娘のブラックサンダーに勝ちは無いと?そう仰るんですね?』
『なんで急に推しの話になるんですか……』
『確かに同じ距離の弥生賞では以前までのような大逃げが出来ませんでした。
恐らくスタミナに不安があるのでしょう、しかし私は彼女がその壁を打ち破りこの皐月賞を制してくれることを信じています。
――――おっと!?開幕スタートダッシュからブラックサンダーが行った行った!内側に切り込んでいくぞ!?』
『お前ちゃんとレース全体の解説しろや』
〇
中山レース場、観客席前段に位置するグラスワンダーはじっと、ブラックサンダーの走るレースを見つめていた。
「……」
『君は彼を見る時、いつも不安そうだなグラスワンダー』
「ミスターXさん……」
栗毛の少女の隣に突如として現れる黒ローブを纏った巨体。
その正体は、ブラックサンダーのトレーナーであるミスターXだ。
『君の想像する通り、試合を前に彼はだいぶ緊張していたよ。
普段の彼にしては珍しく、水も喉を通さないような状態だった』
まぁ、それも解決したがね。
と、ミスターXが肩を竦めたのを見たグラスワンダーは視線を再びコースへと戻す。
「ミスターXさんは、ブラックサンダーさんがこのレースで勝てると思いますか」
淡々と言葉を作ったグラスワンダー、その問いにミスターXも同じコースへと視線を落として、
『正直、厳しいだろうな』
はっきりと、そう言った。
『後先考えない、スタミナを残さない逃げが通用するのはブラックサンダーの場合は1800mまでだ。
弥生賞、前回のレースでは最後の直線、上がり3ハロンのタイムはこれまでのレースでは一番遅かった……明らかにスピードが落ちている。
まだウマ娘として、本格的な成長を遂げることが出来ていないのかもしれないが、それ以前にスタミナ不足だ』
「やはり……そうなのですね」
現段階で、ブラックサンダーには2000m以上を走り切る為のスタミナが充分に無いことをグラスワンダーは気付いていた。
逃げウマ娘はハナを取りつつ、前に前にと進んで後方との距離を広げていく。最終的にスタミナが切れるがそれまで稼いだ後方との距離を使って勝つのが逃げの常套手段だ。
だが中途半端な位置で完全にスタミナが枯渇してしまうと、脚が止まったかのようにスピードが落ちる。
それは逃げ作戦の失敗であり、逆噴射したウマ娘を後方のウマ娘が追い抜くことは容易である。
これまでのブラックサンダーは1800mまでなら問題なくスタミナ管理をしなくても逃げ切る事が出来た。
だが、2000mからはそれが出来ない、これまでのような走り方は通用しない。
そのために、スタミナ増強のトレーニングを皐月賞までに積んでいた。
それで多少のスタミナに余裕を持たせることが出来るかも知れないが、本質的な距離適性は覆す事は容易ではないのだ。
春の天皇賞で距離適性を覆せなかったトウカイテイオーがメジロマックイーンに敗れたことでそれが証明されている。
『全ての脚質で逃げというのは一番安定しないものだ。
枠番による有利不利、バ場によるスタミナ管理、ライバルとの位置取り、逃げる為にどれくらいの差を付けなければいけないのかという計算、逃げながらも休む……身に付けなければいけない技術がいくつもある。それを全て体得していた逃げウマ娘は、恐らくここ数年の間ではあのサイレンススズカくらいだろう。まぁ彼女自身、感覚に頼っていた部分もあるかもしれないがね』
ブラックサンダーがこの2000mを走り切る為にはコーナーでのスタミナロスを最小限にする位置取りと直線での減速、最終コーナーを回る前に息を入れるなどのテクニックを駆使していかなければならないのだが、ウマ娘として実戦経験がまだ1年くらいしか経っていない彼にはそこまで芸当を期待するのは難しい。
『新年、私は彼に言って行った……〝どの路線を進むか考えていて欲しい〟、と。
クラシック路線というのは、〝夢〟や〝憧れ〟で追うべきではない……そのウマ娘に見合った脚質の路線を確実に歩ませるのも進むべき道の一つだ。
本来なら、伝統の3冠路線よりも桜花賞、オークス、秋華賞のティアラ路線やNHKマイルカップ、安田記念、マイルチャンピオンシップのマイル路線を進むのがブラックサンダーというウマ娘にとって最適な道だった』
「……」
『君はどうだね、グラスワンダー。
〝怪物2世〟と言われたウマ娘のキミならブラックサンダーが3冠路線を進むと決めた時に距離適性の問題に気づいていた筈だ。
もしキミが私と同じ立場なら、トレーナーとして、彼にその道を進ませることを止めたかね』
ミスターXの問いにグラスワンダーは少しだけ考える。
「私は……」
考えて、思い出す。
新年、初詣に行ったときの事を。
そこでブラックサンダーが言っていた事を。
―――女王様の冠に興味が無い訳じゃない、だけど、男の夢ってやつかな……うん、そうかもしれない。
三冠路線を進むことを、彼は『男の夢』と言っていた。
男の夢、というのは一体何なのだろう、自分は女だから分からない、とグラスワンダーは思った。
けれど、夢というのがどんなものなのか、それはグラスワンダーにも分かる。
夢と言うのは、胸を熱くさせる。
夢と言うのは、替えの利かない。
夢と言うのは、自分の進む道筋。
ブラックサンダーこと、山々田山能という男はグラスワンダーからして見れば変人だ。
ウマ娘に自分の事を『お兄様』と呼ばせるトレーナーや『お兄ちゃん』と呼ばせる変なトレーナーが多い事で有名なトレセン学園の中では極めつけの変人だ。
低身長のウマ娘に肉体的な接触を好んで行う。
小学生ウマ娘とキャッキャウフフしてたこともある。
そのせいでグラスワンダーが頭を下げる事は日常茶飯事であった。
体重を減らすために減量を行っていた時期に自分の目の前でジャンボパフェを見せつけるように、
―――その顔が見たかったぁ~!私に嫉妬するその顔がぁ!
どこぞのブレンのように煽りながらパフェを食べていた時は本気で殺意が湧いた。
同期のウマ娘達と自分のトレーナの話題になった時は、
『グラスちゃんのトレーナーさんって……確かこの前ニンジンの衣装着てウララちゃんと遊んでたよね……う、うん!お、おもしろい?人だよね!!』と、スペシャルウィーク。
『グラス、今からでも遅くは無いのでエルと一緒のチームに入りませンか?』と、エルコンドルパサー。
『セイちゃん、この前芝でお昼寝してたんだけど目を覚ましたら隣でボロ雑巾みたいになったグラスちゃんのトレーナーがいてびっくりしたよ。話を聞いたらウララと遊んでたらキングに粛清されたみたいでさ』と、セイウンスカイ。
顔から火が噴き出そうな勢いだった。
こんな話題しか聞かないものだから、常に平然としているグラスワンダーでも「あれ、私もしかしてトレーナーさんセレクトミスりましたか?」とさえ、思った。
育成ならば、サポートカードのイベントがジュニア期に来なかったから「あきらめる」ボタンをノールックでタップしたくなる感じ。
彼のトレーナーになってから他のトレーナーに話しかけられた事が何回かある。
面と向かって、こんなことを言われた。
『グラスワンダー、君のような実力のあるウマ娘があんなトレーナーの下に居ても才能を腐らせるだけだ』
『どうしようもないロクデナシだわ……他の担当ウマ娘にちょっかい出すなんて。
その癖自分のウマ娘の管理は怠る……トレーナーの出来損ないね』
『デビューしたての頃は強敵と思っていたけれど、今なら俺のウマ娘がお前より強えーな。
だってそうだろ?アイツの下で指導されたウマ娘が怪我なんかして、まともにレースに出れないんだからな。
お前も、あのトレーナーも学園から姿を消すのも時間の問題だね―――怪物も堕ちたな』
『あの男がいるチームから抜けなさい、私が手配するから』
どれも、これも、山々田山能という男の事を毛嫌いした者達の罵詈雑言。
彼らは自分が怪我をしてクラシック戦線を離脱して調子を落とした時期にこぞって現れるようになった。
だが、グラスワンダーは知っている。
彼が、山々田山能という男がウマ娘の為に弛まぬ努力をしている事を。
トレーナーデスクはいつも本と栄養剤が散らばっていた。
本は全て医療系の書物で、栄養剤は多い時は数10本以上は飲んでいる。
自分が怪我をしてからトレーナールームに籠って徹夜を繰り返しては、よく出会う度に骸骨のように瘦せ細り、覚醒前の日暮 熟睡男みたいな顔になりながら自分に復帰プランを作ってくれた。
色んなトレーナーの担当ウマ娘にちょっかいを出してたのもトレーナー同士でパイプを作り、治療の為のアテを探すためだったというのは後で知った事だ。
怪我に効く食べ物やら、秘湯やらに連れて行ってもらっていたのもその時期だった気がする。
それでもレースに出れない不安から、怪我を推して練習をしようとした自分を、彼は身を挺して止めに来さえもした。
決して力では敵わないウマ娘相手に、一人で、堂々と、真正面から。
何度地面に投げ飛ばしても、彼は止まらなかった。
這いつくばってでも、身体をボロボロにしながらも、自分の脚を掴んで離そうとしなかった。
『グラス、こんなことで僕を止められると思うなよ……お前のトゥインクルシリーズは僕にとっての大事な夢なんだからな。
お前がここで無理をしてまた走れなくなってしまったら、僕は腹切りして死んでも死にきれない!
我儘かもしれないけれど、個人の私情が入りまくりだとか、そう言われても構わない…だけど僕は……一度決めたら絶対に曲げねぇよ。
だからグラスも僕を引き剥がすなら僕を蹴り殺す気で来い!根競べなら、僕はマジで負けねぇからな!』
結局、彼を無理やり引き剥がす事など、自分には出来なかった。
気絶させて、終わらせることも出来たはずなのに。
力では勝るはずのウマ娘が、人間相手に叶わない道理はない。それは事実だ。
だが、心の部分では自分は彼に負けたのだ。
なので、先ほどのミスターXの問いに答えるなら自分は迷うことなく、明確に言う事が出来る。
「私がトレーナーの立場だったとしても、止めはしないでしょう……ええ、決して」
グラスワンダーは知っている。
彼は、変人でも自分の事を何よりも考えてくれるトレーナーであるという事を。
彼は、一度自分で「こう」と決めたなら決して揺るがないという事を。
「あの人は……そういう人ですから。
一度決めたら引くことを知りません。
器用とは無縁な人で、正直に正面からぶつかっていくんですよ、どんなことにも。
ミスターXさんも、その気持ちに気付いていたから止めなかったんじゃないんですか?」
こちらの答えにミスターXは、
『ああ、その通りだよ』
やや間を取ってから、静かに、そう答えたのだった。
その直後、場内に歓声とどよめきが入り混じった声が響いた。
『おおっとブラックサンダー!?急激に逃げの先頭集団から離されていくぞ!?
スピードが落ちて、ずるずると下がっていく!?ハナを進むウマ娘から2バ身以上……離されたァ!これはどうした事かブラックサンダー!いつもの逃げではなぁい!!』
実況の声で展開を追い始めた二人に飛び込んできた光景は、第1コーナーを過ぎた辺りで先頭集団からズルズルとよろめきながら下がっていくブラックサンダーの姿だった。
「え?」
『え?』
その時はグラスワンダーも、あのミスターXでさえも想定もしなかった展開に思わず素っ頓狂な声を漏らしていた。
ミスターX「逃げ程安定しない脚質はない」(育成初日から地固めを一発ツモしながら)
アグネスタキオンはミスターXとなるべく出くわさないようにグラスの傍から離れた場所に居ます。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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