僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

3 / 69
サブタイに〇〇Rってつけると毎回レースしないといけない気がしたので日常回を挟む為にR部分は外しました。
キャンサー杯、推しのグラスで戦う時が来たようですね……


2.鎌倉武士の優しい起こし方

 トレセン学園には複数の寮施設が存在している。

 

 トレーナー用宿舎、教職者用宿舎、学生寮など。ウマ娘やスタッフはそれぞれ地方や海外、遠方から来ている者と様々。

 トレーニングジムや最低限度の生活必需品を揃えられる売店や医療施設、栄養管理の行き届いた食堂など設備は整っているので、わざわざ学園の外から通う必要もない為か殆どの者がこの学園の施設内で過ごしている。

 

 

 中でも学生寮はウマ娘達が出入りしている宿舎だ。

 寮は栗東寮と美浦寮で分かれていて、この学園に所属することになった際に割り当てられるらしい。

 ウマ娘による自治活動も盛んで、寮長を中心に様々なルールが取り決められている。

 

 

 そしてウマ娘の寮はトレーナーの出入りは原則として禁止されている。

 男性トレーナーが入れないのは分からなくもないが、女性トレーナーすらも出入りが禁止されている理由とはこれ如何に。

 

 

「……むぅ」

 

 

 昨日の夜に読み進めていた『美浦寮地獄の鉄則~タイマンするか?相手になるよ!~第一部』。

 と書かれた小冊子の内容を思い出しながら僕、「ブラックサンダー」。

 トレーナーからウマ娘に変貌するという珍事件に巻き込まれた男、本名「山々田山能」は微睡の中から這い出るように瞳をうっすらと開く。

 

 

 時刻は朝の五時半。

 土日であれば、もうこの時間からはウマ娘の外出時間である。

 他のウマ娘達も起床していて、早朝トレーニングの為に走り始めているウマ娘達もいるだろう。

 

 

「スイーツ!キャロットキックッ!!」

 

 

 外から元気のいいはつらつとした声を出すのはビコーペガサスだろうか。

 特撮好きの彼女の事だから、空中に向けてライダーキックでも放っているのだろう。

 

「うわぁーん!はなせぇぇぇ!!」

 

 その後、通りがかりのヒシアケボノによって連れていかれたのが遠のいていくビコーペガサスの叫び声で分かった。

 

 

「皆ご苦労な事だ。朝からわざわざこんなに早起きするなんて……いや、僕もトレーナーの時はこのくらいの時間にはトレーナー室には入っていたけど

 まぁ、やる事なんて事務作業なり会議の準備だったりいろいろあるわけだけどさ」

 

 

 現在チームを運営するトレーナーは僕しかいなくて、トレーナー業は全て僕が行っていた。

 何せ、朝一からニートウマ娘、アグネスタキオンの食べても『普通だね』という感想しかない弁当を三食作らなければならないし、トレーナー会議や自分のデスクワークも進めなければならない。自分の仕事をするにも、色々な行事の合間、休み時間の間に切り詰めていくので精神的に余裕は無かった。

 

 

 多忙な日々、だと思うかもしれないが、これは高校の教育実習でも思い知った事だ。

 過去に教職を志していた僕は地元の高校で教育実習を行うことになったが、教師は年間の授業計画も立てるし、その週でどこまで、どの教科の項目をクリアするまでに至るか、また遅れている科目をどこで埋め合わせするのかも考える。

 

 

 一番面倒なのは体育の授業だった。

 外で授業をするならば朝一でグラウンドの状態や授業で使う道具を準備しなければならない。

 また生徒同士個人差が生まれるのでバスケなどの競技をチームで行う際は戦力を均等にバランス良く分けるようにすることも教師側が配慮しなければならない。

 

 

 授業に参加したくないやる気のない生徒や生まれつき身体が弱い生徒など、そういった特殊なケースの生徒だって相手することもある。

 ちなみに保健体育の授業は性に関する授業などをなるべく語弊なく、正しい知識を教えなければならないし、女生徒に面白半分で質問したりするとセクハラで訴えられて負ける可能性があるので気をつけろと言われたのはいい思い出だ。じゃあ授業ってどうやって教えればいいんだい。

 

 

 そう言った、自分が抱いていた理想とは違う形の教職の世界を見たためか、教育実習が終わるころには僕の心の中で「自分は教員は向いていないのだろうな」と思うようになった。

 じゃあ、なぜ僕はトレーナーという職に就いたのだろうか。

 やる事は人でなくて、ウマ娘に対象がなっただけで、内容は似たようなものである。

 

 

 

 と、僕の就労理由なんて考えていても仕方がない。

 今日の僕は他のウマ娘とは別の時間割で動いてる。

 まだ僕の編入準備は整っていないから、学園内でのウマ娘として生活するにあたり、オリエンテーションを行うようだ。

 

 オリエンテーションの開始時間は7時。

 だから6時30まではこの布団で寝て居られる事が許されている。二度寝最高。

 まだ寝れる。人間、寝だめする機能は搭載されていないが、二度寝というものは最初の睡眠よりも心地良い睡眠を得ることが出来る。

 

 

 僕はもう、人ではなくウマ娘。学生の身分だ。 

 朝出勤して業務をこなす社畜トレーナー業とは切り離されているのだ。これくらいの自由は許されるだろう。

 

 

 さぁ、マヤノトップガンのように深く寝入る事にしよう。そう決めてまた瞳を閉じた時だった。

 

 

「トレーナーさん?」

 

 

 扉側に背を向けているから、姿が見えないが誰が入り込んできたのかは声で分かる。

 グラスワンダーだ。

 同じ美浦の寮に住む者として色々と世話をしてもらっているのだが、とても有難いことだが、毎回朝起こしに来るのはやり過ぎではないだろうか。

 

「トレーナーさーん、起きてますかー。朝ですよー」

 

 

 担当ウマ娘のボイスに起こされるというのも些か悪くないと感じるがグラスワンダー。

 申し訳ないが僕は二度寝というドリームランドに入り込んだばかりだ。

 『言葉を紡ぐ時間もあれば、眠るべき時間もある』という古代ギリシャの詩人、ホメーロスが言っていたように今の僕に必要なのは『おはよう』の挨拶を交わす事より物言わぬお休みを優先する世界なのだ。

 

 

「今日は特別オリエンテーションの日ですよ。洗顔、食事、朝の身支度はしっかりしませんと。

 〝備えあれば憂いなし〟というのに……もう」

 

 

 やや呆れたように嘆息をついたグラスワンダー。

 甲斐甲斐しく遠くの部屋からわざわざ起こしに来てくれる彼女には心底感謝しかない。

 耳に響く少女の優しい目覚ましボイスに癒しだって覚える。

 真面目で武士のような彼女からすれば、今の僕は規則正しい生活を送れていないダメ男ならぬ、駄目ウマ娘であることだろう。

 

 

 それでもグラス、僕は世界の滅亡か睡眠かを天秤に掛けられたら間違いなく睡眠を取る男だ。

 お前の厚意を無駄にして、本当に済まないと思っている……だが私は謝らない。

 

 

「……こうなったら、仕方がありませんね」

 

 

 何をする気だろうか。

 背後で何やらごそごそとモノを取り出すかのような奇妙な音を鳴らす彼女に一抹の不安を覚えながらも僕はここを動く事はないだろう。

 

 これは『鋼の意志』だ。

 もはや賢さアップイベントとなってしまい、スキルは獲得されることなく育成を終了するあのスキルを僕は既に取得していたらしい。

 桐生院には感謝しなければならない。今でもトレーナー白書は大切に保管しているよ。

 

 

 全身を丸めて意地でも起きない意志を手にした僕を起こす事が出来るなら見せていただきたいものである。

 

 

 やって見せろよグラス!!

 

 

 スプリングベッドが軋む音がする。

 僕の身体が若干の沈みこみを見せる辺り、どうやら彼女が僕のベッドに乗り込んできたのが分かった。

 硬いものが背中に当る。布団越しにでも分かる、グラスワンダーの膝。

 布団の生地がずれ込むのは前のめりに体重を掛けているからか、足を怪我している筈だが無理はしないでほしいものである。 

 

 

「すぅ…はぁ……」

 

 

 何か、意識を研ぎ澄ませるように息継ぎをするグラスワンダーの圧は凄まじいものだった。

 全身を凍てつかせるような、殺気のようなもの。

 獲物を見つけた狩人ではない、斬首される罪人を苦しませないように一振りでトドメを刺す、介錯人のような。

 

 

 思わず目線を上へと向けて見開く。

 そこには朝日を浴びて妖しく光る白刃があり、それが僕の頭部目掛けて落ちてくるのと僕が身体を捻るのはほぼ同時であった。

 

 

「グ、グラス!!ま、待て!落ち着け!殺す気か!」

 

 ベッドを転がり落ちて身を起こせば、僕が先ほど寝ていたベッドの上には刀身に僕の姿が映りこむほどに磨かれた得物の全身図がある。

 

 

 薙刀。

 それは彼女がよくあるごとに引っ張り出しては僕に振り下ろしてくるものだ。

 そしてそれを振り回す時のグラスワンダーは目が笑っている。今回も、笑っていた。

 

 

「トレーナーさん」

 

 

 ずしっ、と引き抜かれる薙刀の刀身。

 どうやら、ベッドの裏側まで貫通していたらしい。

 

 

「起きますよね」

 

「はい」

 

 有無を言わせない威圧感に、ただただ頷く自分がいた。

 それから僕は、ちゃんと朝早く毎日起きるようになった。

 

 

 

 

 

「トレーナーさん、準備出来ましたか?」

 

「あいよ~、それじゃあ行きますか――――」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!トレーナーさん、まさかと思いますけど、その髪型で行くつもりですか……?」

 

「そうだけど」

 

 

 制服に着替えて、支度も整えた僕が食事に行く前、慌てた様子でグラスワンダーが呼び止めた。

 僕の髪に関してだろうか。

 腰まで届く黒い真っすぐな髪……今は完全に寝癖が付いて跳ね返っているな。

 まるでビオランテか、モルボルみたいなもじゃもじゃ頭だ。

 風呂の後に特に髪を乾かさずして布団に入ったせいだろうか。

 

 

「許せません……!!」

 

「何に許されてないんだ僕は」

 

「そんな綺麗な髪をしているのに何も手入れしないなんて……女性への冒涜です!!トレーナーさん、まだ時間はありますからここでちゃんと手入れをしていきましょう……!!」

 

 

 そこまで綺麗な髪だろうか。

 女性であるグラスが言うのであればそうなのだろうが、僕にとって長い髪というのは邪魔なものだ。

 前髪も長ければ顔にかかるし、腰まで伸びてるせいもあって若干頭も重みを感じている。

 正直な話、切ってしまおうかと思っているほどだ。

 

 

「グラス、悪いが僕は人間の時の髪型もさほど長くない短髪だ。学生時代の若気の至りで肩あたりまで伸ばしてアイロンとかやったこともないし、普段自分の髪に櫛すら通したこともない程に自分の髪には無頓着なんだ」

 

「な、なら今回は私が……!私が整えますから!」

 

 

 何故か興奮した様子のグラスが、強くそう言うものなので僕は仕方なく彼女から髪の手入れをレクチャーしてもらうことになった。

 あまりにも髪の乱れが酷くてグラスが「うわぁ、これ一回濡らさないとダメかもですね」と言うもので、自室から最低限の道具、ドライヤーやら櫛を持ち出して、あれよあれよとしている間に僕は自室の鏡台前に置いている椅子に座らされた。

 

 

「それじゃあ始めますね」

 

「よろしくお願いします。グラス先生」

 

「はい~」

 

 

 そう言いながら彼女が取り出したのはヘアブラシだ。

 ブラシの先端を優しく、髪の繊維を傷めないように下に向かって滑らせていく。

 寝起きの髪は絡まっている事もあるから、ブラシで髪をとかす事でその後のスタイリングが楽になるのだという。

 

 

「トレーナーさんは髪が長いし、全部やっていたら時間も足りませんので今回は時短方式で行きます。

 やり方は私がこれから教えていくとして、ちゃんと覚えれたらご自分で手入れしていってくださいね……〝髪は女の命〟だと言いますし。

 あ、でも分からなかったり、どうしても出来そうになかったら私に言ってくださいね。私だったら、いつでもその、してあげますから……髪の手入れくらい」

 

 

 決して髪を掴むことは無く、痛みを感じさせない。

 他人の髪だというのに、随分と手慣れていると思う。

 女性というのは、かくも自らの髪の手入れにこれほどまでに精通しているというか。

 勿論、グラスワンダー自身の女子力の高さもあるのかもしれないが。

 

 

「エルにも、時々こうやって手入れしているものですから……他人の髪を手入れすることに慣れてしまってるのかもですね」

 

「部屋の同居人とは上手くやってるんだな」

 

「ふふ、もう長いですからね……あ、聞いてくださいよ。エルったら、納豆にホットソースをかけて食べるんです……許せませんよね」

 

 

 他愛のないことを話す。 

 最近の部屋でのエルコンドルパサーの奇行とか。

 グラスワンダーが怪我をして無理な外出が出来ない時に買い出しはエルコンドルパサーがやってくれている事とか。

 昨日の夜は、こうやって過ごしたんだとか。

 トレーナーさんはもっと自分の身体を大切にしましょう、とか。

 そんな、どこにでもいる普通の会話をだ。

 

 

「はい、どうですか」

 

「おお……!!」

 

 

 話し込んでいるうちに、全ての行程が終わったらしい。

 いつの間にか仕上げのドライヤーまで使い仕上げた僕の髪は手入れをする前とは比べ物にもならないくらいの艶を得た髪へと蘇っていた。

 サラサラと油気の無い髪だ。手に乗せても分かる、指に絡むことも無ければまるで溶けていくような滑りに思わず感嘆する。

 

 

 

「寝癖直し用のスタイリング剤で髪に水分を与えてます。ちょっと中途半端かもしれませんが、最低限はこれくらいはやらないと」

 

「助かったよ、グラス。しかし、女性というのは髪の手入れもここまで手間をかけなければならないのか」

 

「これからはシャワー後は髪を乾かしてから眠る事。

 朝も跳ねた部分はちゃんとヘアブラシを使ってスタイリング剤をしっかり使うのも忘れないでくださいね。

 私の部屋に余ってたスタイリング剤とか、よければ御貸ししますから」

 

「そこまでされると申し訳ないから、週末に外出が出来たら買い物に行くよ……と言っても、こういうのを揃えるにはどこに行けばいいのかも、分からないんだけどな」

 

 

 でしたら、とグラスワンダーが両の手を合わせて瞳を輝かせた。

 

 

「その時は私もご一緒します。その方が、トレーナーさんに色々とアドバイス出来るかも知れませんし……ただ、足の怪我がもう少し良くなったらになるかもしれませんが」

 

「グラスにはあまり無理をしてほしくはないんだけど……うん、分かった。その時は色々と迷惑をかけると思うけど、付いてきてくれると助かるよ」

 

「ええ、お供しますよ……どこまでも」

 

 柔和な微笑みを向けられて、釣られて僕も顔が綻んだ。

 雀の心地よい囀りが耳に届く、そんな朝の出来事だった。

 

 

 

 




山田トレーナーとグラスちゃんは命のやり取り(一方的にグラスのワンサイドゲーム)をする仲です。襲われる理由は、トレーナーさんも良く分かっていない。
グラスちゃんに朝耳元で囁かれながら起こされたい派です。
初めてウマ娘小説書きましたが色々な方から評価を頂けて嬉しい限りです。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。