僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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充電してたんだぜ。なおストックは無い模様


26.皐月賞、夜のおでん屋

 

―――時刻、夜8時。

 

「あー……くそぅ」

 

 

 おでんの屋台で一人、白髪の老人がいる。 

 片手に酒の入ったお猪口を持ち、カウンター席に持たれかけるように両肘をついては脱力するように息を吐く。

 同じ年齢の店主も、長年の付き合いのある客だからか特に注意したりもしない。

 

 

「そういやよぉ、まっちゃん。今日皐月賞だったなぁ、残念だったよなメルティちゃん。あと少しだったのに、クビ差で負けちまったんだって?」

 

「オイオイオイ、せっかく酒の勢いで忘れかけたのに思い出させることしないでくれ。

 あのバカメルティのヤツ、あんだけ前に行けってレース前に言ってたのに〝黙って見てろやジジィ〟って無視しやがってよ。

 態々時間の掛かる大外からぶち抜く真似なんてするもんだから、あのスタミナ切れしてたブラックサンダーにまんまと逃げ切られちまった……がんもくれよオヤジ」

 

「へいへい……まぁでも、まっちゃんも久しぶりだったんだろ?自分の所に所属してるウマ娘連れて、皐月賞に出るなんてさ。

 チームも、ここ数年はまともに所属するトレーナーもウマ娘もいなくて困ってたみたいじゃねぇか……今何人いるんだよ」

 

「若いガキが一人とウマ娘が二人だよ……ケツの青い、人生舐め腐ってる奴らだよ」

 

 へぇ、と店主は松原の空いている更にがんもを取り置いた。

 

「何年トレセンにいるの、その娘達」

 

「もう1年は経つな」

 

「へぇ、最長記録じゃないの?いつもは1か月も持たないじゃない」

 

「うるせぇ」

 

 視線を逸らしながら、松原はコップに注がれている日本酒を一口だけ飲んだ。

 

「まっちゃんも、もうちょっとちゃんと若い子たちを育てて見なよ。

 いずれは、自分の後継者作りたいんだろう?そんだけ根性のある娘達がいるんだったら、適任じゃねぇか」

 

「根性だけでトレーナーが通じるかよオヤジ、最近の若ェ奴らはよぉ、〝元気があれば〟、〝根性さえあれば〟なんでも出来ると思ってやがるからな。

 挙句の果てには、こっちのやり方が気に食わねぇとかすぐ上司にチクりやがるからな……あのチビ理事長め」

 

 

 ここ最近、自身が体験した事なので信憑性は高い。

 彼が自身の所属するチームのトレーナーに対する指導で学園側から注意を勧告されたのはまだ記憶に新しい。

 最初は反省文がメインだったが、学園側は更に定期的にこちらに監視役を送っては普段のミーティングや練習風景の様子を事細かに理事長へ報告してきている。

 

 その結果、これまでのように、松原が若手を怒鳴り散らす光景が多少なりとも減って来たのは事実だが、おかげで思い通りに出来ないことから松原自身のストレスは溜まりっぱなしだ。

 担当ウマ娘であるメルティロイアルからは『なんだジジイ、いつものように怒鳴らねぇのか?ついにボケたか?病院行くか?』と、心配されてるのか煽られてるのか分からない。

 

「しかもチビ理事長が居なくなったと思ったら、変わりで代理まで来やがったし……」

 

 理事長が一か月の間に出張するから「これで堅苦しい時間から解放される」と思ったのも束の間。

 翌日から理事長の代わりにその代理が監視役でやって来た時は流石に食欲が減退した。

 暫くは監察は続くようだ。

 

 

 

「ストレスでハゲそう」

 

「人間いつかハゲるよ」

 

 

 短いながらもキレのある店主の返しは数十年の付き合いになるが衰える事は無かった。

 嘆息をつきながら、松原は追加で日本酒を注文して、それを受け取って、チビチビと飲んでいく。

 

 

『失礼』

 

「いらっしゃい……これはまた、大きなガタイしたお客が来たもんだねェ…外人さんかい?」

 

『いえ、日本人ですよ―――隣、宜しいですか』

 

「……フン」

 

 おでん屋の暖簾をくぐってきたのは屋台のサイズに納まりきらない体格をした黒ずくめに仮面の男。

 耳障りな電子音声で流暢に会話をする男は身体を少し屈めると、酒に視線を移して目を合わせないようにしている松原へと尋ねる。

 

『では』

 

「オイコラ、なんで勝手に……俺は帰るぞ、ミスターなんちゃら」

 

『ミスターXですよ、松原トレーナー。まぁ、そんな事言わずに……奢りますよ』

 

 

 明らかに自分より若そうな雰囲気を出すミスターXに奢られるのは気が引ける。

 だが、酒が好きな松原はもう一杯タダで飲めるのなら別に良いか、という安直な思考で再び席に座り直した。

 

 新しく日本酒が注がれて、一口飲んだ所で松原は口を開く。

 

 

「あの第三コーナーから内ラチを進むなんて作戦を仕組んだのは、お前か?」

 

 問うのは今日のレース、皐月賞。

 稍重のバ場を無理してコーナーを回るという、暴挙のような一手。

 その作戦によって、全てのウマ娘が出し抜かれたのは事実である。

 

『はい。ブラックサンダーの現在のスタミナでは2000mをいつものような逃げのペースで走り切る事は容易くはない。

 だが、先週のレース状況と今日までに続いていた雨によるバ場の変化から、私はあのゴールドシップが繰り広げた皐月賞の展開を再現できるのではないかと考えました。

 それが再現できれば、いや……その状況にならなければブラックサンダーは今日のレースで勝利することは出来ないと思ったのです。

 それでも、勝算の大分低い賭けでした』

 

 

 まぁ、途中でアクシデントはあったのですがね。と、ミスターXは仮面の口部分を開いて同じ日本酒を一口飲む。

 普通に飲めや、と思ったのは言うまでもない。

 

「トゥインクルシリーズは賭けごと(ギャンブル)するところじゃねぇぞ」

 

『ええ、仰る通りです。それに、無理が祟ったのでしょうが、ライブの後は体調を崩したらしく……ただの熱発なので大事には至らなかったようですが』

 

 ミスターXはお猪口を置いた。

 

『例え私が想定したレース展開になったとしても、ラストの直線で先頭に立てたとしても、スタミナを切らすのはブラックサンダーが先で、ゴール板10m前で他のウマ娘に差し切られるのは想像出来た……だから、最後の坂で足が止まった時に私は敗北を覚悟した』

 

「だが奴は……ブラックサンダーは勝った。あんな亀みてーなスピードでも、決して止まる事もなく、ゴール板を駆け抜けた。

 メルティロイアルは、ベストコンディションだった……あと数メートル仕掛けるのが速けりゃアイツが差してたかもな。

 まぁ、終わった後のレースに〝もし〟とか、〝たら〟とか〝れば〟とか、言い出すもんじゃねぇんだけどよ」

 

 

 悔やむ気持ちは確かにある。

 「ああしていれば」、「こうしていれば」、あらゆる可能性を模索する癖はこの歳になっても変わらない。

 当然、勝敗が別れた今となっては、ただの負け惜しみだという事を松原は理解している。

 だからこれ以上、多くを語る事を止めた。

 

 

「褒めてやれよ、ブラックサンダーを。

 この前会った時はクソ生意気なウマ娘だと思ったが、随分と根性ある奴じゃねぇか。 

 畜生、ガンダムみてぇな名前しやがって……俺は最近のCG主体のガンダムは分からねぇんだっつーの」

 

『ええ、今回ばかりは彼の―――いえ、彼女の粘りが勝利を呼び込んだのだと思います。ちなみに私のお気に入りは逆襲のシャアです』

 

「分かってんじゃねぇかお前ェ」

 

 

 今日は珍しく、一人以外でも酒が進みそうだ。

 そう思った松原だった。

 

 

 

 

 

「どうすんだィ、次の〝ダービー〟はよ」

 

『……』

 

 暫く酒を飲み交わして、松原が口にした言葉にミスターXは酒を飲む手を止める。

 

 

 日本ダービーとは、デビューしたウマ娘が生涯に一度しか出走することが出来ないレース。

 そのレースで勝利したウマ娘に送られる『ダービーウマ娘』の称号を狙って、毎年トゥインクルシリーズの熱気は下がる事を知らない。

 

 

 だが、松原丈は知っている。

 そのダービはまた、煌びやかな側面を持つ一方で残酷な現実と向き合う事になる側面を持つことを。

 少なくとも、この男が担当しているウマ娘、ブラックサンダーは間違いなく残酷な現実と向き合わなければならなかった。

 

 

『分かっています。問題はブラックサンダーのスタミナ不足でしょう』

 

 

 勿論、ミスターXもその事実を充分理解している。

 日本ダービーの距離は2400mだ。前走の皐月賞よりも400m長い。

 2000mの弥生賞、皐月賞はギリギリ走れる距離だったが、最後の方は完全にスタミナを切らしていてゴールと同時に倒れてしまった。

 

 皐月賞のレース後、ミスターXは結論を出した。

 トレーナーとして、的確に、そして残酷に。

 仮にブラックサンダーが万全の状態で最高のレース展開をすることが出来ても―――、

 

 

『結論を言えば、彼女が……ブラックサンダーが日本ダービーを勝つ確率は限りなく、0に近い』

 

「……」

 

『今日みたいな奇策はもう通じない。

 彼女のスピードが2000mから極端に落ちるという事実が、他の陣営に知られてしまった。

 ブラックサンダーは2000m以上の距離なら、他のウマ娘は彼女が垂れてくるのを待つだけ……中距離を得意とするウマ娘達からすれば、脅威にすらならない。

 あるいは、彼女が今日のレースで二着、いや……それよりも下の順位でアクシデントによる失速、というブラフを踏まえて次の日本ダービーに望めれば可能性はありましたが……』

 

 

 皐月賞のレースで、ブラックサンダーはスタミナが無いという重大な弱点を曝け出してしまった。

 次のレースでどれだけ奇策を練ろうとも、他のウマ娘達はもう気にすら留めないだろう。

 

 

「だが、テメェの目はそんな事は〝百も承知〟って感じだな」

 

 

 松原は短時間だが、ミスターXについて少しだけ理解がある。

 この男は普段冷静沈着と、得体の知れない謎の男を装っているがその中身は普通のトレーナーと変わりがない。

 恐らく、この男は誰よりも静かに、だがウマ娘の事を一番に考えているトレーナーだ。

 

 

 そして、ウマ娘の事を考えている時のこの男は間違いなく大きな熱を抱いている。簡単に言うと、魅入られた者にはとことん情熱を注ぐタイプだ。

 

 

「何か手があンだろ?」

 

 こういう男は、ウマ娘が諦めない限りはトレーナーである自分も諦めない。

 ウマ娘が勝利を求める限り、トレーナーとして全力を以ってサポートする。

 松原はミスターXと言う男を、そう判断した。

 

 

『フフ、流石はトレセン学園きってのベテラントレーナーです。その慧眼は侮れませんね』

 

「若造が、舐めた口を聞いてんじゃねぇ。こう見えて、テメェの倍以上はトレーナーやってんだからよ」

 

 

 賺した笑みを仮面の下で浮かべた気がしたため、多少腹が立った松原だがすぐにその気は失せる。

 ミスターX、彼もまたウマ娘であるブラックサンダーと同じく、〝諦めが悪い〟タイプの者だったからだ。

 

 松原丈はそういった人間やウマ娘が好きなのだ。

 戦いを前に諦める事、戦わずに逃げる事、それは最も愚かな事だ。

 勝利を欲するならば、ファーストに胸に抱くのはまず、〝諦めない〟こと。

 

 

 Don't Never Give up。

 これこそが、全ての人生に通じる言葉だと松原は思っている。

 

 やがてミスターXは言葉を作り、松原に言うのだ。

 

 

『全ては、ブラックサンダー次第と言ったところでしょうか』

 

 

 酒の注がれたコップを揺らし、液面が上下する様をミスターXは見守りながら続ける。

 

 

『日本ダービーは〝もっとも運があるウマ娘が勝利する〟と言われるレース。

 勝つも負けるも、ブラックサンダーの持つ〝運〟が決めると言っても過言ではありません』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皐月賞編、無事に終了しました。ありがとうございます。
次回から日本ダービー編に入りますが、皐月賞より短くなるのでサクサク進んでいくと思います。


現在のブラックサンダーのスタミナはE+。
固有は加速と速度のハイブリッドスキル。
回復スキルはナシ。

だけどまだ本格化を迎えていない……。


そういえばアマプラで閃光のハサウェイが始まりましたね。
ガンダムネタが多いこの作品ですが、お陰でネタに困らなくなりそうです。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
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