僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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姉貴サンタ……お前を有馬で使うぞ。有馬チャンミは追込と逃げの殴り合いだ……そこに先行が割り込むスキなんてあるのだろうか……アオハル力、アオハル力を私にください!


29.その脚で走り続けてきたのでしょう?

―――花のような香りがする。

 

 グラスワンダーの腕に抱かれながら、僕はふと、そんな事を考えていた。

 

 女の子の身体って、マジで柔らかいし、イイ匂いがするのだなと僕は不謹慎さを感じながらも彼女に頭を撫でられながらも思う。

 

 

 心臓の音が聞こえる。

 とくん、とくん、と一定のリズムで刻まれるグラスワンダーの鼓動は落ち着いていた。

 他人の心臓の音なのに、耳を澄まして聞いているとこちらの鼓動も一定になり、先ほどまで感じていた不安が薄れていくように感じる。

 

 

「思い出しませんか?」

 

「え……」

 

 数分くらいして、頭を撫でながらグラスワンダーが呟いた。

 こちらからグラスワンダーの表情を窺う事は出来ない。

 まるでその行為を許さないように頭を撫で続けている。

 

「毎日王冠、あのレースの日……私はトレーナーさんに同じことをされているんです」

 

 

 そういえば、そんな事をしてしまったと今更ながらに思い出す。

 

 毎日王冠。

 東京レース場で行われたその年のG2レースはエルコンドルパサー、グラスワンダー、あの異次元の逃亡者・サイレンススズカという有名ウマ娘が一度に出走することになった伝説のG2レース。

 G2なのに、G1並の客入りだったのをよく覚えている。

 

 

 

 忘れもしない。

 あの日、他を一切寄せ付けなかったサイレンススズカの存在と、復帰後のレースで惜敗したグラスワンダーのレース。

 グラスワンダーにとっては、不甲斐なさで溢れた涙のレース。

 僕にとっては、そんな泣いている彼女をこれ以上辛い思いをさせないと胸に誓った、トレーナーとして大きく成長しようと思った大事なレースだ。

 

 

 あの時の僕は無我夢中だったからか、沸き起こる数々の感情から自らが起こした行動をあまり覚えていないのだ。

 僕はどさくさに紛れて、担当ウマ娘を抱きしめるという行為をしてしまっていたらしい。

 

 

 『抱かせろ』、という定型句はどうやら僕が作り出してしまったようだ。(違う)

 

 

「最低だ……俺って」

 

 

「シンジくん……」

 

「僕はブラックサンダーだよ」

 

「いや、まぁそうなんですけど……トレーナーさんは、自分の事を不甲斐ない、怠け者で、すぐ他のウマ娘に手を出す不審ウマ娘だと思ってらっしゃるかと思いますが……」

 

「不名誉極まりない名称が後半追加されてるんだけど気のせいか?」

 

「ふふ……調子が戻って来たみたいですね」

 

「ん、確かに」

 

 

 にっこりと、確かに笑ったのが分かるような声のトーンでグラスワンダーは嬉しそうに言っていた。

 グラスワンダーとの普段と変わらない日常会話が、少しずつ僕の調子を戻しつつあるようだ。

 

 

「私はあの頃、焦っていました。

 怪我で試合に出られず、走れず、やっとの想いで復帰レースに出れたというのに、あの不甲斐ない結果。

 トレーナーさんの忠告を無視して勝ちに行き、後半は失速……エルや、スズカ先輩の足元にも及ばない様をファンの皆様に晒してしまいましたね」

 

「仕上がり切れてない、復調していない状態だったんだ……むしろ、あのメンツに復帰直後であそこまで食い込んでいけたのは想像以上だった」

 

「それでも、敗北したことに変わりはありません。

 でも……悔しくて、悔しく、不甲斐なくて……そんな気持ちでいっぱいだった私をトレーナーさんはこうやって抱きしめてくれたんです。

 力強く、優しくも、温かく、でも震える手で、〝共にもう一度立ち上がろう〟と誓いを立てて……」

 

 だから、

 

「私がその時、どれだけ心救われたか。

 心を絆されたか。再び走る気力を取り戻せたか。

 あのレースだけではありません、復活できた宝塚記念も、スぺちゃんと競い合った有馬記念も。

 決して私一人では勝てませんでした……トレーナーさんが居たから」

 

 グラスワンダーは言う。

 

「あなたは不甲斐ないトレーナーではないのだと、私が言います。

 グラスワンダーと言うあなたのウマ娘が断言します。

 共にウマ娘の頂点を目指すと誓ったあの日より、この気持ちが揺らいだことは一度もありません」

 

 

 トレーナー、山々田山能という男を信頼に値する人物だと。

 

 

「ウマ娘としても、ブラックサンダーとしても。

 困難に立ち向かい、踏破していく勇ましい姿に、私は勇気を貰いました。

 私はもう、走り出すための力を取り戻しているんですよ。

 あなたの心が。

 あなたのその熱い走りが。

 私の心に響かせたんです。

 今の私は心の底からこう、思います……あなたのいる場所(ターフ)へ行き、あなたの隣で走りたいと」

 

 

 ウマ娘、ブラックサンダーである僕の走りが決して無駄で無かったと。

 共に走りたい、心の底からそう言ってくれたグラスワンダーの言葉に僕は力なく笑って、彼女の背中に両腕を回して、身体を抱きしめた。

 

 

「不安は、誰にもあります。

 心が弱る時は誰にもあります。

 でも……辛くて、苦しくて、走るのも嫌になりかけて、それでもあなたはその脚でここまで走って来たのでしょう?

 紛れもない、あなたの意志でこの道を走り続けてきたのでしょう?その道筋に後悔の念は―――」

 

「後悔なんて、あるわけない」

 

 

 そうだ。

 どんなに敗北で塗れても、きっと次は勝つと心に決めて走り続けてきた。

 折れる事はあっても、何度も立ち上がって、腐らずに挑み続けてきたんだ、僕は。

 

 トゥインクルシリーズの世界に飛び込んだのも。

 戦術逃げで挑んだデイリー杯も。

 スタミナギリギリで挑んだ皐月賞も。

 そして、これから走る事になる日本ダービーも、他ならぬ僕が進むと決めた道なんだ。

 

「忘れないでください。私達の約束を」

 

「約束―――」

 

 

 

―――レースで、ターフの上でグラスと走りたい。

 

 

 ウマ娘として走る覚悟を決めた際に誓ったあの言葉が僕の脳裏を過る。

 いつしか完全復活したグラスワンダーと競い合えるようになりたいと、そう思って口にした誓い。

 

 

「その約束を叶えるため、私は止まるつもりはありません。

 夢を夢で終わらせない為に。

 それまで、約束を違えることは許しません」

 

 

 手厳しい、流石グラス、手厳しい。

 ケツを引っ叩かれた気分だ。

 優しくも、厳しい、彼女らしい激励だ。

 

 

 止まるんじゃない、止まっている場合じゃない。

 

 

 

「ありがとうグラス、お陰で目が覚めた」

 

「いえいえ、どういたしまして」

 

「もう、昔の事に縛られるのはやめだ。

 昔の事でこれから先の試合で不安を抱くのはやめだ。

 この日本一を競う舞台で走ると決めたのは、他ならぬ僕自身。

 僕は曲がりなりにも、ダービーウマ娘になる資格を持った者の1人なんだ……それに相応しいウマ娘にならなきゃな」

 

「ええ……夢だったのでしょう?この一生に一度の大舞台を駆け、勝利を目指す事が。

 なら、迷わずその道を征きましょう。過去に縛られず、これから先の未来を見つめて。

 今だけは、私の為ではなく自分の為に走ってください」

 

「ああ、今回は……そうさせてもらうよ」

 

 

 既に二人の距離は一つ分の空間を置いている。

 僕の顔つきを見て安心したかのようにほほ笑んだグラスワンダーに礼を言うと、再び僕は体調を戻すための休息を取り始める。

 

 

 また眠り始めるころには、僕がこれまで抱いていた不安というのはどこかへ消えていて。

 目覚めた時は、これまでの疲れが吹っ飛ぶほどの快眠であった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂を駆ける。

 灼熱の太陽で照らされて、ジリジリと熱されたコンクリートの坂を。

 

 

「う、おおおおおっ!!」

 

 

 稲妻は垂れる。

 萎びた茄子のように、水分をからしたヘチマのような、情けなく力のない走りで。

 

 

 

「ふぇ……もぅ坂路走なんて無理だよぉ……」

 

 

 足を生まれたての小鹿のように震わせながら、僕ことブラックサンダーはゴールすると同時に前のめりに倒れこんだ。

 熱をもったコンクリがまるで熱されたフライパンの如く僕の肌を焼く。

 

 

「アツゥイ!!」

 

 あまりの熱さに思わず身体が飛び上がった。

 目玉焼きも焼けちゃう暑さだぜコイツはァ。

 

 

 

 原因不明の熱発から解放された僕は、暫くの休養を挟んだ後で東京のとある場所にて坂路走……つまり、坂ダッシュトレーニングをさせられている。

 勿論、狙いは日本ダービーを戦うためのスタミナ増強トレーニングである。

 

 

 なんでも、今走っているこの道路はあのトウカイテイオーが天皇賞春に出場するまで長距離対策の際に練習で使用していたコースらしい。

 スタートからこのゴール予定地点までおよさ1000mある。加えて、トレセン学園の坂路とは比べ物にならない角度があり、肉体に掛かる負荷はかなり高い。

 

 

 現にスタミナに自身のない僕などは、こうして500mを越えた辺りから足の運びが明らかに鈍くなっている。

 

 

 

 正直、坂ダッシュは何度やっても慣れないものだ。

 最初は勢いよく飛び出せても、坂を登れば登るほど減速して、自分が如何にノロマな存在なのかという事を分からされる。

 瞬発的なスピードを長く持続させるためのトレーニングなので坂路ほどうってつけのトレーニングはないとはいえ、精神も肉体も擦り減るこの練習は人間の頃から苦手なのだ。

 

 

 明日は間違いなく、ケツが筋肉痛になるだろう、そんなことを思っていると膝に手を当てて休もうとしている僕に人影が現れる。

 

 

「ブラックサンダーさん、まだ5セットある内の一本目が終了したばかりですが」

 

 

 息を整えるのに必死の僕は目の前に立つ僕とは真逆に息を一つも乱していないウマ娘の少女に苦笑いを浮かべつつ視線を送る。

 

 

「そ、そうだけど……セット間で5分のインターバル挟む筈だよな……?」

 

「ええ、そうですが」

 

「な、なら呼吸を全力で整えるから、休むから、時間になったら教えてくれない?」

 

「了解です。では、インターバルのカウントダウンを開始します……4分48、4分47、4分46、4分45――」

 

「わざわざ刻むな!口にするな!目の前でセット間のカウントとられると休んだ気がしなくなるんだよ!」

 

「ご迷惑でしたでしょうか。同じチームでは坂路を走るとき、こうやってメンバーの前でカウントしてあげると皆が次セットを意識して休むようになるため

肉体的にも精神的にも鍛えられるからとマスターから続けて行こうと言われているのですが」

 

「お前のマスター性格悪すぎだろ」

 

「否定。マスターの提案により、これを坂路走に取り入れた結果、メンバー全員の今季のタイムはベストを更新しています」

 

 

 お前んとこのチームメンバーもメンタル強すぎだろ。

 

 

 

 脳内で激しいツッコミを入れながらも、疲弊で動けない僕を他所に目の前の栗毛のウマ娘は軽い足取りでスタート地点へと戻っていく。

 

 

「私は先に行きます。休むのは必要ですが、それは脚部に溜まっている乳酸物質を高率良く分解する為に歩きながら行った方が良いかと……では」

 

 

 そう言い残して――――ミホノブルボンは坂を下りて行った。

 彼女もまた、日本ダービーを制覇したダービーウマ娘。

 

 

 今回の坂路走で僕の特訓に協力してくるウマ娘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その内トレーナー視点の毎日王冠とグラスちゃん視点の毎日王冠をあげるつもりです。このお話でざっくり話しましたが、二人はこのレースを機にトレーナーとグラスちゃんは互いに成長しました。


この作品のブルボンさんはライスに負けた菊花賞後の怪我から奇跡の復活を果たして昨年の有馬記念を制覇したヤベー奴です。テイオー達の有馬とは時期がズレてます。というか、この作品は基本的に実際のレース結果の歴史改竄は行わない予定なのであしからず。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
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