僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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年末最後の投稿なるか。


30.サカヲカケル

 春の温かさを未だに感じさせる街中、人々のウマ娘のレースに対する関心は高い方である。

 クラッシック級のG1レースである皐月賞、日本ダービーと重賞レースが連続して行われるからだ。

 

 

「皐月賞も終わって今度は日本ダービーだな!お前、次誰が来ると思う!?」

 

「熱いのはフリーナイトジェルでしょう!ホープフルSで5番人気ながらも1着とって、皐月賞は3番だ。

 2000mから上の距離も走れそうだし、この娘で決まりでしょ!」

 

「俺はメルティロイアルが今度こそ来ると思うね。スプリングステークスと皐月賞で見せた最後方からの直線一気!

 ハナ差で2着だったけど、距離も足りてる2400mの日本ダービーなら敵なしだぜ!」

 

「ブラックサンダーも忘れちゃならねぇ。序盤から最後まで先頭を駆け、圧倒的なスピードで他のウマ娘を突き放すレース展開は俺の胸を痺れさせる……まさに、稲妻……」

 

「でもブラックサンダーってマイル戦でしか勝ててないだろ?この前の皐月賞も最後のゴール手前で完全に垂れてたし……」

 

「アサルトリリィのような美しいおみ足を持つブラックサンダーちゃんも、今回のダービーは厳しいな……」

 

 

 予想は、あくまで予想だ。

 確定的な情報が出歩いていないだけで、この娘は無理だとか、この娘が来るだろう、とかという噂が独り歩きしている。

 劇的な勝利を皐月賞で納めたブラックサンダーだったが、そのレース内容において長年トゥインクルシリーズを見てきた者達から評価は次回の日本ダービーでは戦えないだろうという見解だった。

 

 

 勿論、一部の熱狂的なファンは彼女がダービーウマ娘になることを信じてやまない者達もいる。

 それは、アイドルが決してウンコなんてしないような都市伝説レベルの妄執みたいなものなのだが。

 

 

「ブラックサンダーちゃんがウンコなんてするわけないだろ!いい加減にしろ!」

 

「誰に向かって喋ってんだ田中ァ、契約取ってくるまで会社戻ってくんなって言ったよなァ」

 

「係長、僭越ではありますが推しウマ娘の綺麗な部分だけではなく、美しくない部分も愛する彼こそファンとしての鏡かと」

 

 

 とあるオフィスで、SNSの内容を見た会社員たちの社内風景。

 

「社長!今度の日本ダービーでブラックサンダーちゃんが勝ったら全店舗で大特価祭りしましょうよ!」

 

「そうですよ!せっかくウチの商品に同じ名前のチョコ菓子があるんですから!」

 

「トレセン学園と交渉して、CMのオファーも入れれば儲ける事間違いないですって!」

 

「なんだこれは……まるで日本シリーズみたいな盛り上がりだ…たまげたなァ」

 

 

 とある製菓メーカーですら話題に事欠かない。

 あらゆる企業ですらトゥインクルシリーズの波に乗っかろうとする。

 これがダービー。全てのウマ娘が一生に一度しか走る事の叶わない選ばれた者だけが走る事が出来るレース。

 

 

 今年のダービーウマ娘の座は一体誰の物になるのか。

 

 

 

 

 

 

 

「坂を駆けるって、ユメヲカケルって曲となんか似てるよな。サカヲカケルって」

 

「そうですね」

 

 

 都内のどこか。

 太陽の光を吸収したことによって灼熱の路化した道路の上に立つ僕こと、山々田山能……もとい、ブラックサンダーとその隣に佇むウマ娘、ミホノブルボンは静かにそれだけを返答して前へと視線を戻す。

 

「では、坂路2セット目……スタートします」

 

「え、マジ?」

 

 1セット目で既に肩で息をしていた僕はスタート地点でしょうもない会話で休憩時間を引き延ばそうと画策していたのだがミホノブルボンは聞く耳を持たず、スタートを切った。

 

 

 さぁ、地獄の坂路走の始まりだ。

 練習内容は簡単、スタミナを鍛えるために日本ダービーまでの時間は坂をひたすら走る。

 

 そして練習相手として、坂路の申し子と言われるミホノブルボンと併走するというもの。

 ミスターXはミホノブルボンのトレーナーとは既に話を付けているらしい。

 

 

 クラシック時代に2冠ウマ娘のミホノブルボンを併走相手としてレンタルするとかどんな人脈持ってんだあの男。

 

 

 そんな事を考えながら、練習前にミスターXに言われていたこの坂路走における()()()()()()()()を思い出す。

 

 

 『一度でもいい。この期間中、ミホノブルボンを坂路コースが終わるまでに一度は追い抜いて見せろ』

 

 

 無理難題もいい所である。

 こちとらスタミナに不安のある身体が仕上がっていないクラシックウマ娘、かたや彼女ミホノブルボンは皐月、日本ダービーを余裕勝ちしたシニアのウマ娘。

 

 

 技量も、力量も圧倒的に彼女が上だ。

 それを相手に一度でもハナを取れというのだから。

 

 逆に、それくらいの成長が見られないのであれば日本ダービーで、その先の距離を走る事は出来ないということだろう。

 

 

 なら、やってやる。

 やってみせるよマフティ。

 この期間で、僕は必ずミホノブルボンを追い越して見せる。

 

 

「うおおおおっ!」

 

「――――」

 

 ジャリ、というシューズが地面のアスファルトを強く擦りながら蹴り出す。

 坂ダッシュの基本、脚を後ろに流さないように最も力が発揮できる角度で『押し出す』。

 

 一歩一歩を確実に、地面に力を伝えて前への推進力を生み出していく。

 スピードを数歩で上げて、僕はミホノブルボンの背後へと迫った。

 

 

 

「いい脚だ」

 

 

 僕は背後からミホノブルボンの身体を凝視していた。

 見てほしい、この美しさと頑強さを併せ持ったトモを。

 

 

 かつて坂路の申し子と呼ばれたウマ娘、ミホノブルボンは当時スパルタなハードトレーニングを問題なくこなす事で有名であった。

 他のウマ娘が一本でくたばるような坂路走を追加で3本走る事があっても意に介さなかったという。

 

 限界を超えるほどのトレーニングによって完成された肉体はまさに鋼。

 その鋼の肉体が生み出す抜群のスタミナが彼女の長距離には向かないという前評判を覆した。

 

 

 故に、僕とミホノブルボンは少しばかり似ているのかもしれない。

 

 

 

 僕はこれから距離適性の壁を見定める。

 マイルが限界なのか、そうでないのか。

 

 

 ミホノブルボンは努力でその壁を打ち破った。

 距離適性の壁を打ち破った先輩として彼女とトレーニングをする価値は十分にある。

 まさに、この期間が僕の分岐点と言う訳だ。

 

 

「もっとキミの脚を近くで見たいな」

 

 純粋にスプリンターとして、他人の肉体には僕は興味があるのだ。

 どのような過程を経て、そこまでのフィジカルを獲得したのか。

 それは僕にも真似して至れる領域なのか、参考にしたいのだ。

 

 

 陸上競技選手としての見解だが、僕らのようなスポーツをする人間は自分自身と向き合わずにはいられない。

 

 肉体的に。

 精神的に。

 

 

 肉体は筋力、身長、柔軟性、体重を含めた全て。

 精神は自分自身の弱さ、時には過去とも向き合う。

 

 

 どちらが欠けていてもいけない、重要な要素。

 精神と肉体の両立、それが競技におけるベストパフォーマンスを生み出すのだ。

 

 

 だから鋼の如き肉体、機械のように正確なラップで走るサイボーグ・ミホノブルボンの肉体に僕は興味深々なのだよ。

 

 断じて卑しい気持ちをなど持っていないのだ。

 

 

 そう思い、ミホノブルボンとの差を詰めようとした瞬間、

 

「――――加速します」

 

「なにィ!?」

 

 

 ミホノブルボンが、加速した。

 僕より少ない歩数、たった一歩の踏み込みで、地面を押した彼女はそれだけで僕との距離を1バ身の差をつける。

 

 

 そしてその加速は、たったの一歩では終わらない、止まらない。

 まるでそこからが本気のような、坂路二本目という状態などなんのそのといった感じ、予定調和の加速。

 まるで自身がそうあるべきだとプログラムされているかのような機械的な動きに、僕は寒気を感じた。

 

 

「また、また離されて――――」

 

 背中が遠くなる光景が、先日見た悪夢を彷彿させる。

 永遠に届かないバ群。

 僕だけが取り残されていく、無力さを叩きつけられて、敗北する瞬間。

 

 

 同じシチュエーションに心が折れかけて、

 

 

「―――たまるか、よッッ」

 

 

 寸での所で持ち直す。

 歯を食いしばって、現実を見て、距離が詰まらないと尚知っても、必死に食らいつく。

 

 

 もう、自分自身から逃げないと決めた。

 負けるのを恐れるのを辞めると決めた。

 現実に打ちのめされても折れないと決めた。

 

 

 心が折れそうになってからが、真のトレーニングだ。

 肉体だけじゃない、精神も鍛えられる絶好のタイミングなのだ。

 

 

 立ち向かえ、そして進め。

 それが例え、どんなに辛い道のりであっても。

 

 

「―――再加速します」

 

 

 それでもミホノブルボンとの距離は変わらなかった。

 変わるどころか、また離されるだけだった。

 

 

 次第に坂路の疲れからスピードが落ちる僕と違い、ミホノブルボンは最後までそのペースを維持することが出来る。

 技量の差もあると思った。

 経験の差もあると思った。

 身体の差もあると思った。

 

 しかし、これほどの差があるのか、と思わされるほど。

 

 

 

 結局、2本目と3本目と坂路走を行ったが僕が見たのはミホノブルボンの背中しか見ていない。

 セット間を置くたびに、脚がどんどんと重くなっていき、肉体の疲労はピークを迎えつつある状態になり、

 

 

「――――――はぁ…っ…はぁ…!」

 

 

 4本目を終えた所で膝がかくん、と落ちて身体が地面に転がった。

 そして臀部付近に激痛が走る。

 

「うおおおおおおっ!?け、ケツが痛い痛い!」

 

「……どうやら疲労値が上限に達したようですね」

 

 

 先にゴールしていたミホノブルボンがすかさず僕の元へと駆け寄ってくる。

 あれだけ走ったというのに、漸く彼女も4本目で肩が上下に動くくらいに消耗したようだが、まだ走れそうだ。元気すぎんだろ。

 

 

 ちなみに、僕の今のこの状態。

 陸上競技を行っていた者なら馴染み深い「ケツワレ」という現象だ。

 走り続ける事で肉体に溜まった疲労物質である乳酸が痛みとなって表れているだけである。

 

 しかし、このケツワレ現象、肉離れとか骨折などの怪我ではないのだが大の大人でも蹲るくらいに激痛が走る。

 マジで。ほんとにマジで。

 どれくらいの痛みかといえば、真面目にケツが4つに割れてんじゃないかってくらいの痛み。

 

 

 一度起きれば、本当に治まるまでじっとしているしかないが、そこまで肉体を追い込めたのだと僕は少なくともこのトレーニングに感謝をしなければならない。

 

 

「どうしますか、ラスト一本が残っていますが」

 

 

 ミホノブルボンがそう問う。

 無機質な表情の彼女が、今だけは少しだけ心配しがちな顔をしている事に僕は気付いたが、その余地を考察するよりも、練習を継続するかしないかの問いには即座に応えて見せた。

 

 

「走るに決まってるさ、このまま」

 

「あなたはこれからダービーを走る身です。生涯に一度しか出られない栄誉あるレースをオーバーワークによる負傷で欠場という結果になってしまっては元も子もないのでは」

 

 

 それは、過去にハードトレーニングを行って、菊花賞後の調整で怪我をしてしまったミホノブルボンからの当然と言えば当然の静止なのだろう。

 ケツワレは怪我ではないが、それほどに身体を追い込んでいて、消耗している状態である。そこから過剰に肉体に負荷をかければ故障に繋がる事もおかしい話ではない。

 

 

 だからこそ、僕は言うのだ。

 

「一生に一度……だからこそ、走るんだよミホノブルボン」

 

 




有馬記念、ワクワクしながら見ました。
始まる前のCMでなんかぞわぞわしてて、レース始まったらうっひょー!って叫んでました。ラスト直線、馬群が密集してわちゃわちゃしてやがるってハラハラしながらエフフォーリアが抜け出してくるのを見て、ゴールして、「うおおおっ!」とまた叫んでました。

ウマ娘のお陰でリアル競馬に興味を持つことが出来ました。
競走馬たちにも実際に会いたいと思えるようになりました。
職場の競馬好きの後輩と飲みの席で話し合えるようになりました。


ウマ娘のお陰で充実した1年になったと思います。
来年もよろしくねウマ娘。これからもよろしくウマ娘。
未完作品増やしちゃってほんと申し訳ありません待っている皆さん。
それでは良いお年をです。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
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