朝が潮のように夜を追い出していく。
薄暗くも、陰のある世界に光を照らし始める河川敷が少しずつ輝き始める。
トレセン学園の外、長大に続く土手道を一人のウマ娘が走っていた。
それは僕、山々田山能ことブラックサンダーである。
さて、今日は僕のレース「日本ダービー」の当日だ。
重要な試合の日だというのに、まだ寮の皆が眠りこけている時間帯に何故僕はこんな事をしているのだろう。
理由は至極単純、特別な試合だからやたらと早めに目が覚めてしまったからである。
遠足とか修学旅行前は準備だけ手早く済ませて、あとは寝るだけになっていざベッドに入って見たら興奮して眠れなくて、でも眠りには付くんだけど朝も早くて、結果的には睡眠時間が超短い状態で修学旅行へいくことになった中学校2年生の記憶が思い出される。ちなみに当時の修学旅行では2時間くらい新幹線でクラスが座席を向かい合わせてトランプなどのカードゲームに没頭する中、僕だけが爆睡をかましていたのは内緒だ。
朝日に向かって走る。
陽の光に含まれるメラニンと言う成分は肉体を覚醒させる作用がある。
ランニングのペースも試合には影響しないレベルのものだ。
試合は午後から行われるが、それまでに出来る事はやっておきたい。
これは、僕が陸上競技を行っていた時から続けている一種のルーティンだ。
「おや……あれは」
時間が時間、ということもあって人の気配を感じない世界で僕一人だけが走っているという優越感を実感しながらも道中、河川敷で一人のウマ娘がストレッチをしているのを見かけた。
「アレ?もしかしてキミ―――」
鹿毛の髪を後ろで纏めてトレセン学園のジャージに身を包んだスポーティな少女はこちらの存在に気付いたようだ。
小柄だが、その立ち姿にはどこかトレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフを想起させる。
多分だが彼女は僕の事など知らないだろう。
だけど、僕は彼女の事を知っている。
「
「違うッ」
次の瞬間、僕の身体は倍化の術で肉体を変形させた秋道チョウジが肉弾大戦車をするかの如く、土手の上を転がっていた。
秋道チョウジならば、秋道チョウザを許すなというお決まりの掲示板勢の声が聞こえてくるが、そんな事をお構いなしに僕の肉弾大戦車は真っすぐにそのウマ娘の所目指して転がっていき、
「僕を新作アニメが決定したマカロンが出てくる重火器で武装した少女のアニメと間違えるな!
いいか!僕の名前はブラックサンダーだ!どうせなら、ブラック★サンダーの表記に変更しろトウカイテイオー!」
「ワケワカンナイヨー!」
小柄で鹿毛の少女は甲高い声を響かせた。
トウカイテイオー、彼女は奇跡を起こすウマ娘である。
「休みの日だっていうのに、朝からトレーニングか?トウカイテイオー」
「うん。といっても、もう殆ど終わらせちゃったけどね」
トウカイテイオーは既にメニューを終わらせてからの整理体操を行っていた最中だったらしい。
良く見れば、彼女の顔には汗が流れておりジャージ越しにも外気の寒暖差で湯気が見えるほどだ。
『勇気』、『不屈』、『奇跡』。
トウカイテイオーを僕が三つの言葉で表すとしたら、真っ先にこの言葉が出てくる。
あのシンボリルドルフと同じ無敗の三冠ウマ娘になる事を夢に見ていたウマ娘、トウカイテイオー。
無敗の三冠ウマ娘として有力な候補だったトウカイテイオーは最後のクラシック戦線、菊花賞目前に骨折が発覚し出走取消、その夢は潰えた。
その後、レースに復帰して当時最強のステイヤーであるメジロマックイーンと天皇賞・春で激突。距離適性の壁を前に敗北。
3冠も、無敗も失った彼女を次に待っていたのは一度骨折した箇所の右足の再骨折。
一度は完治するも、復帰予定レースであった宝塚記念の調整で3回目の骨折に見舞われる。
肉体的にも、精神的にも折れたのではないだろうかと思った。
あの時のトウカイテイオーを見る世間の目は「もう終わった」、「復帰は絶望的」と、そんな色で染まっていたから。
引退が囁かれて、秋の感謝祭で行われたミニライブで正式に引退するんじゃないかと噂だったくらいだ。
ウマ娘にとって、脚の骨折は命にもかかわる怪我だから。
度重なる骨折は癖になって、以前のような全速力で駆ける事も難しいという話を何度か聞いたことがあるから。
だけど、トウカイテイオーは走るのを辞めなかった。
「そういえば、今日は日本ダービーだもんね。朝からこんな所で走ってるのを見るに、さては緊張しているな?ブラックサンダークン?」
「あんまり眠れなかった……あぁ、確かに緊張もしてるけど、それだけじゃない気もする……この試合前に早く起きちゃうのもいつもの習慣だと思ったのに、なんか心が落ち着かないんだ」
「ふむふむ、それは間違いなくムシャブルイだよ!」
「武者震い……っていうか、なんでカタカナ?」
細かに事は気にしなくていいよ、トウカイテイオーは言う。
「マヤノ風に言わせれば、テイオー、分かっちゃったかな」
「ガキが、分からせるぞ」
「なんか急に雰囲気変わるよねブラックサンダー……多分だけど、この日本ダービーってさ、ブラックサンダーにとって大切な、ずっと待ち望んでたレースなんじゃないかな」
トウカイテイオーの言葉は凛としていて、それでいて明確に僕の心に入り込んできた。
「ダービーは、たくさんのウマ娘の夢が走るレースだから。
昔から思い描いていた場所で一番を競い合って、皆が熱くなる、一生に一度のレース。
それに向けて、キミはたくさん準備してきた。
子供の頃から、あるいは、どこかで心に決めていた。
日本一になるって、それを目指し続けていた」
つまり、とトウカイテイオーは続ける。
「今キミはメチャクチャ燃えてるってわけだよ」
僕が燃えている。確かにそうだ。
高校で、大学で一度たりとも走ることが出来なかった世代1を決める戦いにようやく飛び込むことが出来るのだから。
例え、人からウマ娘になったとしても……それは変わらない。
「トウカイテイオーは、こんな風にならなかったのか?ダービーの時は」
「ボク?ないかなー!だってあの時ボクはボクを信じていたから!
ダービーはボクが取るんだって!〝絶対〟にね!」
フェイスレス指令みたいな事をいうな、トウカイテイオー。
まるで自分が主人公みたいな……主人公だった。
絶対に。
その言葉には計り知れない不屈の意志が込められているのを僕は知っている。
あっけらかんに言い放つトウカイテイオーを見て、僕は改めて彼女を凄いウマ娘だと認識する。
絶対に自分を信じている。
絶対に自分を諦めない。
その不屈の心が一年ぶりの復帰レースとなった有馬記念での復活を成し遂げたのだ。
「ありがとう、トウカイテイオー」
「ムム?ボクに感謝するの?よいぞよいぞ、存分に感謝するがよい」
ガキが……分からせるぞ、と内心では思いつつ、僕は彼女に感謝することが多い。
あの有馬記念の奇跡の復活があったからこそ、絶望的な怪我から復帰したという前例があったからこそ、僕はグラスワンダーが骨折した時、に悲観的にならなかった。
必ずグラスワンダーを復活させてやりたいと、諦める事をしなかった。
トウカイテイオーがメジロマックイーンの為に走ったように。
ウマ娘になっても、僕はグラスワンダーの為に走りたいと思った。
そう言った意味で、僕は本当にトウカイテイオーに感謝しているし、彼女の事を尊敬している。
「じゃ、僕はもう行くからさ……見てなよトウカイテイオー、僕のダービーを」
「うん……後悔なく、全力で走っちゃえっ!」
「そうさせてもらうさ」
河川敷のトウカイテイオーに別れを告げて、僕は宿舎に向かって再度走り出した。
僕の胸からは、いつの間にか緊張とか、焦燥感というものは消えていた。
代わりに、今は僕の中で熱いものが込み上げてくる。
ずっと、ずっと僕の人生の中で描き続けてきた夢への旅路。
その過程で抱いていた僕の想いは決して間違いではなかったんだと。
情熱の炎が、絶えずに滾っている感覚がある。今日は、この心のままに従う事にしよう。
きっとそれが、僕にとっても悔いのない選択だと思うから。
テイオーくんは有馬の後に骨折して戦線離脱したけどもう走れるようになってます。マックスで走れるようにトレーニング中です。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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