「山々田山能トレーナー……いや、今のキミはブラックサンダー、このトレセン学園の生徒だ。
この学園の生徒として所属する以上、キミにも学園側での生活における取り決めを守っていただきたいが、キミはあまりにも例外だ。
なに、無理に自由を制限されるようなものではないよ。他のウマ娘と同じ生活を送ってもらうが、少しばかり特殊でね」
その日、空き教室を使って行われた僕ことブラックサンダーがこの学園生活を送る為のオリエンテーションが開かれて、僕の正体を知るシンボリルドルフは複数のルールを提示した。手渡されたA4サイズの用紙に打ち込まれた文字列を見て、僕は思わず目を見開いた。
一、部屋は一人部屋を使用すること。他のウマ娘で集まるのはいいが就寝時間は厳守。
二、外出は基本単独では行わない。必ず誰かと外出すること。※例外は別示する
三、外泊はレースによる遠征以外は認めない。※例外は別示する
四、実家への帰省は不可。
五、入浴時間は就寝時間後30分以内で単独で済ませること。
「生徒会長、幾つかいいか」
「構わないよ、ブラックサンダー」
「なぜ入浴時間は別なんだ」
「最初に切り込むのがそこなのか。もっと他に気になることがあるだろう」
「有無を言わさず、この議題だ。この議題こそ、僕の学園生活を送る上で最優先されるべき議題だ。
何故、ウマ娘である僕のみが、他のウマ娘との入浴時間をずらさらなければならないのか」
至極当然の疑問である。
トレセン学園のウマ娘として生活すること、それはこの学園のウマ娘と同じ時間と同じ場所で凌ぎを削り、共に高みを目指す事。
ライバルという存在を感じながら、友情を育み合うのは自然の摂理であり、彼女たちとの触れ合いの場である入浴を禁じられる事に疑問を抱くのは当然だ。
「……今はウマ娘の姿をしていて、間違いなく少女だが……キミは元々、男なのだろう?」
「あぁそうだよ!僕は男だよ!」
カミーユならば間違いなくジェリドに殴りかかっていたであろう剣幕で僕は叫んだ。
隣で聞いていたグラスワンダーの顔からは微笑みが絶えない、シンボリルドルフの表情は変わらなかったが間違いなく彼女たちは僕のあまりの形相に引いていたに違いない。
「元・男性のキミをウマ娘達のいる浴場に放り込むのは生徒会長としてはあまりにも信頼に欠ける……そういう事だ」
「どういうことだ」
「キミがまだウマ娘になる前、ハルウララやマヤノトップガンがちょっかいを出されて困っている、と彼女たちの担当トレーナーから苦情があったものでね。
基本的に
「苦情?苦情だって?僕はただ彼女たちにたまたま通りかかったら人参やお菓子を上げて、その見返りに〝高い高いさせてくれ〟と頼んでただけだ」
「さっそくキミの退学手続きを行うなら私も手伝うが」
「他意はないというのに。ならば、致し方ない」
「当然の対処なんだが」
やれやれと言うシンボリルドルフに僕は歯噛みする。
己の行いは、ただ幼いウマ娘に対して、日ごろから頑張っている彼女たちに少しでもエールを届けれればと行っていた善意なのだ。驚きの白さ100%の善意で出来ているのだ。
その度にグラスワンダーは弓を持ち出したり、薙刀を振り回して襲ってくることもあったけど。
「外出に制限をかける理由は主に、キミを狙う敵対組織からの接触を防ぐためだ。
学園内ならば、いくらでも理事長などの学園側の力で守ってあげることも出来るが、学園の外ではそうもいかない。
しかし、一個人として外出の制限を掛けられる事はあまりにも自由もなく、ストレスの原因にもなる……自衛隊などは若い隊員が最初に外出をする時は必ず二人以上を原則としているらしいからな。二人ならば、いざという時のトラブルの際に二人で対処できるし、片方が動けなくなった場合ももう片方が学園側に連絡することで対処が出来る」
「その学園内で僕事件に巻き込まれたんだけどな」
まぁ、とシンボリルドルフは続ける。
「本当にそういった組織が存在していて、キミを狙っているかも定かではないが、暫くは制限を解くつもりはない。
逆に言えば、キミを狙う者が誰もいないと分かった段階で、この制限はいずれ緩和させる方向で行く……『例外は別示する』、というのはそういう意味だ」
「納得しよう」
「納得してくれ……外出の件だが、同行者にはグラスワンダー。お願いできるかな」
シンボリルドルフに名を呼ばれた隣のグラスワンダーは「え?」と言葉を漏らす。
突然の提案に彼女は困っているようだった。
「私で大丈夫なんでしょうか……」
「キミの松葉杖もギプスももう少しで取れる頃だ。
キミの歩くリハビリ、というのもある。
それにキミたち二人は元トレーナーで、担当ウマ娘だ。お互いには気心の知れた仲だろう?
二人三脚……とまでいかないかもしれないが、協力し合うことで見えてくる、新しい一面もあるはずだ。
だからお願いできるかな、グラスワンダー」
「はい、わかりました。この身を以って、トレーナーさんを全力で支えさせて頂きます」
担当トレーナーとして冥利に尽きるものである。
他のウマ娘を充てるのではなく、グラスワンダーを選出したシンボリルドルフからは彼女への信頼が窺えた。
山々田山能という男は、この世界でウマ娘から一番警戒されている男、という事になっているらしい。
何はともあれ、これからの学園生活は一苦労も二苦労もさせられそうな気がするが、そこには目を瞑って、再び学園生活を送れるという事に僕は少しだけ喜びを感じているのだった。
「さて、ここからはブラックサンダー。キミのレースに関することだ」
学園生活を送る上でのルールを大体話し終わって、シンボリルドルフが言う。
「ウマ娘としての姿を持ち、選抜レースを抜け、トレーナーに選ばれたキミはトゥインクルシリーズへの出走が可能になった。
今一度問おう、ブラックサンダー。キミにはこのトレセン学園で、中央という地方とは比べ物にはならない……乱世とも呼べるこの中央レースの世界に飛び込んでいく覚悟はあるか?」
皇帝・シンボリルドルフにウマ娘としての覚悟を問われた。
このトレセン学園には地方、海外からの実力者たちがトゥインクルシリーズで夢を実現するために集まってくるエリートの巣窟だ。
当然、地方などとはレベルは比べものにならないし、その実力差にあるウマ娘は絶望し、走る事を辞め、レースの世界から身を引くウマ娘は少なくない。
今のグラスワンダーがその状態だった。
グランプリ三連覇、偉業を達成し、ライバルであるスペシャルウィークを下した有馬記念の翌年。
グラスワンダーは掲示板を外す事も多くなり、ファンの期待に応える事が出来ず心に安定さを欠き、最後はオーバーワークによってレース後、左足を骨折した。
闘志を失った彼女はどこか遠くを見ていて常に心ここにあらず、といった様子で、とても見ていられるものではなかった。
トレセン学園退学の届けを出すと彼女が言い出した時は、僕は僕自身を無力なトレーナーだと思った。
「グラスワンダーは早熟で、もう終わったウマ娘だ」と世間が言い始めたのを見て、怒りを感じた。
僕は一つの決断を迫られた。
トレーナーとして、彼女の願いを聞き届けるか。
一人のファンとして、自分の願いを取るのか。
だから僕は選択した。
初めて彼女のレースを観た時から魅了されたこの心に従うことを。
グラスワンダーが再びターフに舞い戻ってくれる未来を創ると。
「僕の答えは決まっているよ、シンボリルドルフ。
以前の僕なら、人間の頃の僕ならひたすら机で資料を読み漁って、彼女が復活することを祈るしか出来ない男だった。
だけど、ウマ娘という身体を手に入れた今なら、自らの脚で戦う事も出来る」
僕がレースに勝利し、その姿をグラスワンダーに見せつける。
そして、思い出させてあげたいんだ。
彼女のレースに対する熱意を。
勝利への飽くなき欲求を。
不屈の闘志に火が点くまで。
最後まで僕は、彼女を支え続けるトレーナーでありたい。
「僕は戦うよ、シンボリルドルフ。 人とウマ娘の肉体が為せる限界まで。
〝不退転〟の意志を貫き通し、走り続けることを誓うよ……グラスワンダーの為に」
「キミらしい答えだ……担当ウマ娘の事になると、どこまでも真っすぐなのは噂通りだね。
グラスワンダー、キミは幸せ者だよ……立派なトレーナーじゃないか」
「……」
決意横に、グラスワンダーは耳を畳んで両手で顔を隠していた。
頭部から湯気が出ているぞ、どうしたどうした。
「では、今後のレースの方針は
「彼……?」
「と、トレーナーさん、あそこです……扉の前に人影が」
グラスワンダーの指示す先、扉のガラス越しに大きな人影が写っているのが分かった。
彼女もある程度分かっているのだろう、扉の向こうの人物が出している異様な雰囲気に。
『入らせてもらう』
次の瞬間、扉が開け放たれ、入り込んできたのは大柄の男だった。
男、なのか。声色は電子音声によって書き換えられたモノ。しかし、声色はどちらかというと男性寄りだ。
シンボリルドルフが退室すると同時、彼と入れ替わるように巨人が教室内に侵入し、僕たちの前に立つ。
『初めまして……と言っても、学園の理事長からは既に私が契約するという話は聞いているだろうブラックサンダーくん』
「聞いてはいたけど、契約したトレーナーを見るのは今日が初めてだし、まさかこんな裏ボスめいた、全身を黒ローブで覆った奴が来るなんて思いもしなかったよ」
『私の名前は、ミスター
「自己紹介始める流れがスムーズだな」
その異様な佇まいは人の目を引かざるを得ないだろう。
身長は2メートルにも達しているのではないかという大きさ。
全身を黒づくめのローブで覆い隠し、顔面には白のマスク。
左胸に装着しているトレセン学園のトレーナーバッジがなければ、一発で不審者扱いされて御用になることこの上ない。
明らかに出る作品を間違えている姿だ。
遊戯王当たりのイリアステル三皇のリーダーみたいな格好だな。
ウマ娘である僕の正体が山々田山能だという事実を知る者は限られている。
トレセン学園の秋川理事長、駿川たづな、シンボリルドルフ、グラスワンダー、アグネスタキオン、そしてこの男、ミスターX。
僕がレースに参加する為には必要不可欠となるトレーナー枠を秋川理事長が斡旋してくれたのがこのミスターXという男なのだ。
明らかに胡散臭い男、僕の正体も知る謎の人物、当然、話だけ聞いた僕も彼がトレーナーに付く事拒否したが、理事長は『無用!彼は我々が信頼できるに足る人物である!』。
と、言い張っていた。
「そうは言ってもな……」
『私自身、君が過去に人間だったこと、ウマ娘になってしまったこと……どちらにしても、私にとってどうでも良いことだ。
だから安心してほしい、私はただウマ娘に勝利を齎す、ただ一人のトレーナーでありたいのでね』
「ミスターX、それは本名なのか」
『そう取ってもらっても構わないし、別の名前があると推測して思考を巡らせてもらっても構わない。
だが、いずれにせよ君達には知る権利というものは無いと思ってもらいたい』
聞くだけ無駄だよ、と遠回しに言われた気がする。
肩パッドでもつけてんのかってくらいに巨大な肩が僅かに上下している辺り、顔は少し笑っているのだろうか。
なにわろてんねん。
『君のレースは実際に選抜レースの際に見させてもらった。初めてのターフでのレースで見せた直線の爆発的なスピード。
デビューを果たすに申し分ない実力を持っている事は理解したよ』
だが、とミスターXは続ける。
『まだまだ君は君の走りというモノを理解できていない。選抜レースで見せた大逆転ともいえるあの末脚は抜け出した先に、君を遮る障害物が何もなかったからだ。
そこに至るまで君は中段の下、下手をすればあのまま埋もれていた可能性もある……全て、運が良かったと言ってもいい』
「何が……言いたいんですか」
「グラス、落ち着け」
鋭い眼つきで睨むグラスワンダーを制しながら、尚ミスターXは続ける。
『今の君の実力では、精々Pre.Opクラスだ。
重賞レースになんて乗り込んでいけるとは到底思えない。
トゥインクルシリーズが始まってから1,2年で挫折して学園から去っていくのが目に見えていると言っているのだ』
その瞬間、グラスワンダーが立ち上がる。
いつの間に取り出したのか、彼女は薙刀を構え、その刃の先をミスターXへと向けていた。
今にも斬りかかりそうな般若の貌で、殺意満々。だがミスターXは怯む様子はない。
「無礼な……!!」
『随分と慕われているようだな、ブラックサンダー。しかし、レースとは非情だよ……特に、この中央という魔窟はね
トレーナーである君自身も、それは良く分かっていると思うが』
この男の言う通りだ。
デビューを果たしても、そこから未勝利のまま一定の期間を迎えればそのウマ娘を待つのは引退のみ。
グラスワンダーとトゥインクルシリーズを駆け抜けてきた最初の三年間、
勝利を願い、乗り込んできた勇ましい少女たちもこのトゥインクルシリーズでは歯が立たない事が多い。
誰もがターフの上で涙を流し、惨めさに耐えきれず学園を去っていく。
そうなった彼女たちがレースに戻ってくることは無い。決して。
だから彼女たちは勝利を願うし、欲する。
貪欲に。
執拗に。
それでこそ斜行して進路を妨害するほどに。
試合前に罵詈雑言を浴びせて相手を委縮させるほどに。
他のウマ娘に勝たせてほしいと八百長を持ちかけたりする者もいるほどに。
「良く知っているよ、そういう、厳しい世界だって。
観客席やパドックからじゃ見えない部分があって。
だけど、そういう必死な想いで成り立っているのも……トゥインクルシリーズだ。
決して、ただ星のようにキラキラしたものだけじゃない
もっと黒くて、ギラギラした熱いモノだって混ざってる……レースって、そういうものだよ」
舐めている筈がない。
死に物狂いで行われるまさしく生存競争とも呼べる戦いに、僕は乗り込んでいく。
その覚悟は、とうに決めたはずである。
「見せてやるよ、ミスターX。観客席から見ていればいい、トゥインクルシリーズで僕だけの、ブラックサンダーの輝きを。
その輝きが、決してトゥインクルシリーズでも埋もれる事のないものだって、証明してやる」
『面白い。見せてくれ、ブラックサンダー君。
人の肉体からウマ娘となった、君にしかたどり着けない〝果ての世界〟を私に見せてくれ。
私が最初に君に教えるレッスンは、〝己を知る事〟だ……ここに君が出場する試合を記しておく、後で確認しておいてくれ』
「うぉっ!?どっから出してんだアンタは!?」
ミスターXは右手を差し出すと右手の甲の部分から一枚の用紙を出現させた。
まるで印刷機のようにウィーンという機械音を出しながら、だ。
人間印刷機……いや、もう本当に人間なのかも怪しくなってきた。
やっぱりこの人、出る作品間違えてるんじゃないか。
『さらばだ』
ミスターXはホバリング移動しながらその場を去っていった。ドムかよ。
人外がトレーナーやってる、という頭のイカれた設定をぶち込まれて少しばかり混乱している僕だが、一つだけ分かっている事がある。
僕は勝たなければならない。
彼の言う、トゥインクルシリーズ序盤で埋もれるような結果にならない為にも。
そして何より、僕が走り続け、勝ち続ける事でグラスワンダーの闘志を取り戻す為にも。
「デビュー戦は来週の土曜……まずはそこを確実に取る。大丈夫、なんとでもなるはずだ」
トゥインクルシリーズの第一歩と呼べるデビュー戦。
迫りくる初戦に向けて、僕は内に闘志を燃やすのだった。
ミスターXの秘密①
肩部に製氷機が搭載されている。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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