僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

42 / 69
根性!根性です!根性で押し進むのです!


38.燃え尽きるほどの塵になっても

――――脚は羽根のように軽かった。

 

 

 スタート直後から、最初の一歩を踏み出した瞬間に今日の調子の良しあしが分かるときがある。

 10回に1回なのか、100回に1回か、1000回かの確率で起きるベストな状態。

 

 

 その1回がまさに今日このダービーでドンピシャに嵌った。

 

 

 

 身体がゲートから飛び出す角度、初動の足の運び、摺り足に近い忍者の動き。

 間違いなく、僕の思い描く中で最高のスタート。

 それは瞬く間に他の17人のウマ娘達を置き去りにした。

 

 

 地面を蹴る力も腕の振りとの連動も完璧だ。

 頭の中が澄み切った感覚がある。

 

 

 余計に力を入れずに自分の足が前に前にと進んでいく。 

 明らかにオーバーペースだ。もう少しセーブを掛けてスタミナを温存させろ、という脳の信号が僕の肉体に待ったをかける。

 当然だ。ここでリードを広げた所で、終盤の直線は途轍もなく長いので後ろのウマ娘達に差される可能性が高くなるだけだから。理屈的にそうなのだ。

 

 

 だけど、理屈はあくまで理屈だ。

 今の僕に必要なのは、僕としての意志だ。

 

 

 データとか、理論とか、普通だったらこうするよ、というものには頼らない。

 自分がこうなのだから、こう行く、という明確な揺らぐことのない自分だけの意志。

 

 

 心のままに従う。

 だから僕は脳の指令を拒んで、自分の意志()で肉体に命令した。

 もっと速く、ギアを上げろ、と。

 

 

 誰もが見ても無謀だと思うだろう。

 だけど、僕はいつでも、自分の信じた道を、自ら選んで、選び続けて来た。

 

 

 今までだってそうだったじゃないか。

 

 

 

 

 まるで魔法でも掛かったかのように僕の肉体に負荷はなかった。

 どこまでも走っていけそうな感覚があった。

 僕の周りから音が消えて、周りが薄暗くなって、一つの息遣いだけが聞こえていた。

 

 

 気持ちい。

 地平の彼方まで駆けていける。

 

 

 今どんくらいの距離を走った?800m?1000m?コーナーの標識なんて第1コーナーから先覚えてていないぞ?

 

 

 後ろなんて全く見てないから距離感すら把握できていない。

 自分が今どこを走っているのかさえあまり良く分かっていなかった。

 

 

 だが、これが僕の進む道筋なのだろうというのだけは分かった。

 多分、身体が無意識に感覚だけでコーナーを曲がったりしているのだろう。

 

 

 

 集中力を極限までに高めた状態。

 アスリートがよく試合中に陥る〝ゾーン〟と呼ばれるもの。

 こうなるとマラソン選手はどこまで走ってもいける感覚になったり、周りの動きが遅くなったり、試合が終わるのがあっという間になったりする。

 

 

 ゲームに例えるならマリオで言うところのスター獲得状態だ。

 

 

 勿論、マリオのスター状態も永遠ではない。

 時間が経てば、クリボーに接触するだけでティウンティウンする無防備状態に成り下がる。

 故にゾーンの状態もいつかは終わるときがある。

 

 

 僕も、陸上競技の試合で何度か〝ゾーン〟状態になった事があるから、それがずっと続くものではない事を知っている。

 そして、その終わりの予兆というものは突然終わりを告げてくる。予報もなく、予告もなくだ。

 

 

 ゾーンが解けた時はやたらと〝情報〟が入ってくる。

 視界から、耳から、身体全体に。

 目も覆いたくなるような情報量に押しつぶされてしまわないように、いつでも僕は準備をしていなければならない。

 準備、と言ってもそれに抗う事なんて出来るわけが無くて、特に準備出来る事など何もない。

 

 

 せめて出来る事があるとすれば、実際にその状態になった時に少しでも状況を理解して自分のレースを続けられる心の強さを持つことかな。

 多分コレ、まったく対策にすらなっていないんだけど。要は心の持ちようである。

 

 

 

 そして、その時が――――()()

 

 

 

 

 

 

「――――かっ……ふ!!」

 

 

 視界が明るくなったかと思ったら、急にレース場の全容が目に飛び込んできた。

 心臓が跳ね返る様にむせかえる様に息が吐き出される。

 耳に聞こえる大歓声、後ろから響く地鳴りのようなウマ娘達の地を駆ける音。

 

 

 現実に戻って来た。そんな感覚。

 情報だ。今は情報を確認しろ。

 

 

 順位は?1位?え?まだトップ?コーナーは第4コーナー過ぎてる?え?もう終盤じゃん?正確にはラスト525m?なげぇ!?脚は?重いッ!腕も?重いッ!後ろの娘との距離は?足音からして3バ身……やべ、今ペース落ちて半バ身縮んだッ!つーか足音多いッ6人くらい迫って来てんじゃないかこれ!?

 

 

 

 落ち着け、落ち着け山々田山能、そしてブラックサンダー。

 プッチ神父がしていたように、素数でも数えて冷静さを取り戻したいところだが、脳に酸素が行き渡っていないせいか小学生程度の知能すらもあるかどうかの所なのだ。

 

 

 やはり、無理があった。

 スタミナに不安がある状態で本来ならセーブを掛けて走るレースをスタートの段階から飛ばして勝つのは。

 無理が祟って、肩で息をしている状態じゃないか。

 

 

 見ろよ、もう後ろの娘が詰めてきてる2バ身差まで来たぞ。どうすんだ山々田山能。

 足跡が近くなってくるぞ、追って来てる娘達の足音も更に多くなってきてるぞ?

 

 

 

 

 また負けるのか―――この大一番の日本ダービーという舞台で。

 また負けるのか―――今までと一緒だろ?慣れてんだろ?

 また負けるのか―――もともと、そういう星の下に生まれたんだろ?

 また負けるのか―――負けた理由は丸わかりじゃないか。スタミナとペースだよ。

 

 

 

 もう、楽になっていいかもしれない。大人しく、力尽きて後続にハナを渡してあげよう。

 いい想いが出来ただろ?ウマ娘になって、レースで勝てて、日本一を決めるレースに出るという僕自身の夢が叶ったんだから。

 

 

 

 もう、満足だろう?走らなくて、いいだろう?

 僕は、それだけで満たされてしまうんだろう?

 

 

 

 敗戦インタビューの事、考えておくか。

 何着になるか分からないけど、インタビューされるか分からないけど、ここまでのレースを作った張本人として週刊誌あたりからお声が掛かってもいいかもしれない。

 

 

 なんて答えようか、負けた時のセリフ。『坂路走とかいっぱいやったんだけど負けちゃった★一緒にトレーニングしてくれたミホノブルボンちゃんごめんね★』とかにすれば、スレの一つでも立つんじゃないかな。

 

 

 

 

・・・・・待て、なんで僕は負けた時の理由を考えてるんだ?それを負けた時の理由にしていいのか?

 

 

 

 違うぞ、何かが違うぞ山々田山能。

 今一度、己自身に問いただせ『本当にそれでいいのか』、と。

 

 

 

――――()()()()()()()()()()、今日まで努力をしてきたのか?

 

 

 

 

 

・・・・・違うッ 違うだろッ

 

 

 

 心の中で自分自身にそう叫んだ。

 

 ミホノブルボンとの坂路走も。

 グラスワンダーとの約束も。

 今日までのトレーニングも。

 僕が取った大逃げ先行策も。

 

 

・・・・・全部、()()()()にやって来たことじゃないか!

 

 

 負ける為にじゃない。勝つために。

 負けて涙を流すためじゃない、勝って至福の涙を流すために。

 

 

 小学、中学、高校、大学、そしてウマ娘になっても、そのために走り続けて来たんだろうが!そのために努力を積み重ねてきたんだろうが!!

 

 

 正直になれよ山々田山能。お前は、勝利したいんだろう?

 〝お前は良くやったよ〟という努力の過程が認められるのではなく、1位になった証の日本ダービーの優勝レイをその身に纏いたいんだろう!

 勝利したという何よりの結果が欲しいんだろう!?

 〝僕が日本一だ〟って、〝僕がダービーウマ娘だ〟って、胸を張って証明したいんだろう!!

 なら、今その為に必要なのは諦める事なのか?負けを認める事なのか?

 

 

 諦めねぇ事だろうッ!!最後まで、命を懸けてもいいぐらいの覚悟で、2400走り切って見せろよ!勝って見せろ!レースに出ただけで満足してんじゃねぇッ!

 いつだって、自分の勝利は自分の手で掴み取るしかねぇんだからッッ!!

 

 

「勝つ……勝つんだッッ」

 

 

 肉体に喝を入れる。

 鉛のように重い脚を無理に動かして、可動域の限界までストライドを伸ばす。

 硬直して固まった腕を無理に動かして、今日できる最高の振りを再現する。

 身体に溜まった乳酸なんて無視して、前傾姿勢で前に、前に。

 

 

 口に溜まる唾液はほのかに鉄の味がした。 

 視界もぼやけている……だけど構わない。

 

 

 残り300m。

 

 

 壊れても構わない、生涯最後のレースになっても構わない。

 

 

 残り200m。

 

 

 200がなんだ。こっちは坂路走累計で10000mは走ってんだ。残りたった200だろう?

 

 

 

 残り100m。

 

 

 現役時代、それこそ1万回くらいは走ってる。お前の得意分野だぞ。

 

 

 残り50m。

 

 

 小学生の時にやたら走った。ゴールはもう目の前に。

 

 

 残り30m。

 

 誰かの息遣いが聞こえる。

 

 

 残り20m。

 

 誰かが僕の隣に並んでくる。

 

 

 残り10m。

 

 誰かが視界に入ってくる。

 

 残り5m。

 

 それも一人じゃない。何人かが真横に見えて、それが僕より前に抜け出してくる。

 

 

「だあああああッッッ!!!!」

 

 

 残り3m。

 

 

 それでも負けたくなくて、抗いたくて、必死に脚を動かして、唯一無二の勝利を掴みたくて。

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、2400mのゴール板を駆け抜けた。




次回で日本ダービー編はラストになります。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。