僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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いろいろ忙しくて、書けなかったんよ。
メインストーリー、スぺ編最高でした。前編も良かったのに、このあとグラスワンダーが不死鳥の如く舞い上がる後編もあるのかと思うと夜も眠れません、助けて。


40.稲妻、朝に鳴り響いて

 ウマ娘、グラスワンダーは唐突な日常の崩壊を感じ取り、思わず息を呑んだ。

 

 

 

 あの日、日本ダービーを4着と言う結果に終わった自身のチームメイトであり、自身の元トレーナーであるブラックサンダーが嵐の如く現れて、こんな事を言い始めたからだ。

 

 

「抱かせてほしい」

 

 

 日本ダービーで敗戦した後、医療室で一人泣いていた彼女の姿を見ることは出来なかったグラスワンダーだが、扉越しに聞こえてくるすすり泣くような声は今でも思い出せる。

 

 

 夢を追い続け、その夢に破れて、二度と目指す事の出来ない現実に涙を流す少年のような声。

 山々田山能としての、高校から大学の時に志した夢が終わりを迎えたあの日。

 グラスワンダーが、「今度は自分が走る姿でこの人を支えてみせる」と心に再起を誓った日。

 

 

「抱かせてほしい」

 

 

 そんなグラスワンダーが気落ちしているであろう彼を支えようとしている当の本人と目の前でトンチキな発言をしているウマ娘が同一人物だと誰が思うだろうか。

 

 

「……えっと、ブラックサンダーさん、いきなり何を言い出すかと思えば…どうしてどうして、ここでそんな事をする必要があるのでしょう…理由を聞かせていただけませんか?」

 

 

 しかし、グラスワンダーはグランプリ三連覇ウマ娘。

 強豪ウマ娘達をちぎっては投げ、ちぎっては投げてきた豪傑。

 常に不退転を志す彼女は、この程度のブラックサンダーの行動に多少の動揺を見せても、すぐに対応できる度量を身に付けていた。

 

 

「すまないグラス、説明したいのは山々なんだが火急の用なんだ。事態の収束を測る上で僕は迅速にお前を抱かなければならない。

 五丈原で蜀の陣地に火計を実行する陸遜を止めなきゃいけないくらいに事は重大なんだ」

 

「どうして三国志で喩えたのか分からないのですが……」

 

「抱かせてくれ」

 

「理由を聞かせていただけないのであれば……理由を聞いたところで返事は変わりませんが」

 

「抱かせろッ」

 

「語尾を強めてもだめです」

 

「分かった。(いだ)かせろ」

 

「ルビで誤魔化せるとでも?なんでそんなに壮大なセリフに……」

 

「かの有名なクラーク博士だって言ってただろ……〝青年よ、ウマ娘を抱け〟って」

 

「言ってないと思いますよ?」

 

 

 字面でちゃんとルビを振らないといよいよ如何わしいセリフになって来た。

 

 

 クラーク博士は言ってない。絶対に言ってないと思う。

 歴史の偉人の名言をここまで酷く改変出来るのは恐らく彼ぐらいだろう。

 

 

「トレーナーさん、こういう時だけぐいぐい来ますね……」

 

 

 グラスワンダーはぽつりと、ブラックサンダーに聞こえないくらいの小さな声で呟く。

 普段は他の小さいウマ娘に首ったけな奇人変人はこちらが色々とアピールしても何も反応してこない。

 

 

 過去に……トレーナーがウマ娘になる前、何度か目のゲームセンターに行った時の事だ。

 その時はトレーナーに誘われるのではなく、自ら勇気を出して誘ったのだ。

 「垣根が高いので」、という弱弱しい理由で誘いをするなど、とても自分はセイウンスカイの事を恋愛弱者とは言えないと思ったグラスワンダーだったが。

 

 

 ゲームセンターに二人で来たからにはグラスワンダーとしても二人で協力プレイできるもので遊び、楽しもうと思った。

 日ごろの感謝と、更なる絆を深めようとさえ思った。

 だから流れてくる曲に合わせて太鼓を叩くゲームを一緒にしようとしたのだが……。

 

 

 気づいた時、グラスワンダーのトレーナーはあろうことかグラスワンダーを放置して、ガンダムのアーケードゲームでハチャメチャに遊んでいた。

 

 しかも相手はナリタタイシンで、トレーナーは低コスト機体のドアンザクで高コスト機体のバエルを粉砕していた。

 

『ドアン・パーンチ!』

 

『ハァッ!?うっそでしょっ!?』

 

 

 彼は、トレーナーはゲーマーだった。

 ゲーマーであるナリタタイシンを越えるほどのゲーマーだった。

 グラスワンダーは彼を止められなかった。

 子供の用に目を輝かせてゲームに熱中している彼を、引き戻す事など出来なかった。

 

 グラスワンダーはただ一人、一人でバチを手に前日リサーチした動画の曲をぽんぽん、カッとリズムよく叩きまくっていた。

 ゲームセンターから出る頃には、太鼓のゲームは動かなくなり、稼働停止になっていたが。

 そして、その帰り道には。

 

『いやぁ、久しぶりにやってみたけど腕は落ちてなかったみたい。ストレスも発散出来たよ!ありがとうなグラス。グラスも、太鼓でフルコン連発してたな、流石だよ。お互い楽しめてたようだな』

 

 

 

―――そうじゃなくてッ!そうじゃなくてッッ!そうじゃなくてですねッッッ!!

 

 

 

 怒る気すらも無くなるくらいに、彼は色々と鈍い。ジャンプの恋愛漫画の主人公かよってくらい鈍い。

 こんな感じのエピソードがトゥインクルシリーズの最初の三年間分だけでも山ほどある。

 それらを語るときはまたいつの日か来るかもしれないが、それはさておき。

 

 

「くっ……!こんなに頼んでも駄目なのかよグラス!そんなに駄目なのかッ!?僕に抱かれることがッ!僕の事が嫌いになってしまったのかッッ!?」

 

「い、いえ……嫌いでは、ないのですが……その」

 

 嫌いではない。むしろ真の気持ちのベクトルは明らか。

 だが、あまりにも彼の行動が突拍子もないので困惑するしかない。

 

 

「他の娘が見ている所では、困ります……」

 

 

 既に周りには涙ながらにグラスワンダーに「抱かせろ!」と懇願するブラックサンダーを囲うような人だかりが出来つつあった。

 今は登校時間、必然と人の数は多い。

 トレセン学園の生徒や教職員や窓から外の景色を眺めているウマ娘達からの視線が一斉に集中しているのである。

 

 良く見たら、窓の方には生徒会長であるシンボリルドルフやらエアグルーヴやら生徒会のメンツが。

 木陰の隅には息を荒くしたアグネスデジタルが「オウッ オウッ ホゥッ」と謎の声を出している。

 

 

 確かにグラスワンダーとしても、彼に抱かれるならばとても素晴らしい事なのだが如何せん、タイミングだ。このような視線の中ではさすがの自分でも意地と羞恥心が勝るというもの。

 せめて別の、それでこそ誰もいないような場所でなら、と言おうとした時だ。

 

 

「ならば、その役!このエルコンドルパサー承りマース!」

 

 そう言おうとした時、隣の大怪鳥が余計な事を言い出したのだ。

 

 

「ブラックサンダー!やはり、アナタという者は!グラスには手を出さないと言いつつ、ここで約束を破る気デスね!そうはいきません!グラスの代わりに、このエルが抱かれマース!」

 

 恐らく、友人を守る為の彼女なりの妨害行為だろう。

 心優しい友人であることをグラスワンダーは誇りに思う。思うが、しかし、だ。

 

 

 グラスワンダーは思った。『この怪鳥、焼いてやろうか』、と。

 エルコンドルパサーは胸を張り、自らの身体を捧げんとばかりに、しかし堂々としている彼女に対し、ブラックサンダーは言うのだ。

 

 

「ふむ、この際致し方なし。グラスの同期なら、釣り合いが取れるというもの」

 

 

 何が致し方ないのか。

 しょうがないってどういうことだ。

 最初は自分にお願いをしていたのではなかったのか。

 自分で無ければいけなかったのではないのか。

 グラスワンダーは激怒した。

 激怒したけど、それ以上に焦りが勝っていた。

 

 

 不味い、このままではエルコンドルパサーがブラックサンダーに抱かれてしまう。

 それだけは、それだけは、友人であるエルコンドルパサーにすら譲ることは許されない。

 

 

 エルコンドルパサーがこの人に抱かれてしまうくらいなら。

 

 

 意を決して、グラスワンダーは踏み込んだ。

 人目も気にせず、エルコンドルパサーとブラックサンダーの間に割って入る様に、その身を彼女の前へ。

 そしてその両腕でグラスワンダーがブラックサンダーの身体を抱きしめていた。

 

「ケッ!?グラス!?」

 

「うぅ……」

 

 顔が羞恥で熱くなるのを感じる。それだけじゃない、身体全体もだ。

 こんなこと、大和撫子を志す自分にとって、恥ずべき行為だ。

 自分でも何をやっているのか分からない。意味不明だである。

 

 

 それでも、他の人がするくらいなら、自分がしなければと思ってしまった。

 絶対に、決して逃がさないように、力強く彼女の身体に輪を掛けるように両腕に力を籠める。

 

 

 

「どういう事だこれはッ!」

「分かりません会長!」

 

 生徒会、混乱。

 

「あ、アグネスデジタル殿が気絶しておる!」

 

 と、周りのウマ娘。

 

 

 恥ずかしさに耐えながら、グラスワンダーは現実から目を逸らしながらブラックサンダーを抱き締めている。

 

 

「僕が抱かれてちゃ意味無いだろう、グラス」

 

 

 抱き着いて数秒、グラスワンダーの腕を解いた。

 ブラックサンダーのその言葉で我に返ったグラスワンダーは慌てて距離を取ろうとする。しかし、

 

「え―――」

 

 

 その手を再び掴んで引き寄せられたグラスワンダーの身は再びブラックサンダーの胸の中に飛び込んでいた。

 ブラックサンダーの手は淀みなく、洗練されたかのようにグラスワンダーの肩と、やがて背へと回る。

 お互いの肉体の隙間が無くなるほどの密着。

 抱いた相手から、再び抱き返されるという行為にさしものグラスワンダーも困惑を隠せず、棒立ちのままその抱擁を受け入れる。

 

 

 直に感じるブラックサンダーの体温と静かな息遣い。

 制服越しに感じる彼女の凹凸のある身体と骨の形。

 湿り気を帯びた黒の長髪。

 鼻腔に届く香りは柑橘系のものだったから、朝シャワーを浴びたのだろう……ランニングをした所を見るに自主トレは継続しているみたいだ。

 レースの疲労はまだ抜けきっていないのだから、安静にしてほしいものである……それよりも、

 

 

―――あぁ……これは……いけない。

 

 

 グラスワンダーは密着しただけでも、ブラックサンダーの事についてこれだけ分かってしまうのだ。

 トレーナーである山々田山能が触れただけでウマ娘の身体情報を会得するという稀有な特技を持つように、ウマ娘のグラスワンダーは彼について触れるだけ今日、彼の身に何が起きたのかが分かるようになってしまった。それは、彼がウマ娘ブラックサンダーになっても同じなのである。

 

「だ、抱けッ…!抱けェ…!!」

 

「あ、アグネスデジタル!お、おおお落ち着くデェース!もう抱かれてマスからぁ!!」

 

 

 ブラックサンダーと密接した事によって得られる多大な情報量が、幸福と変換されてグラスワンダーの脳内を狂わせる。

 この世で最も信頼できる者からの抱擁など、それに抗う術をグラスワンダーは持っていなかったのだ。

 このままでは自らの誉を失い、目の前の悦楽にただ流されるはしたないウマ娘になってしまう。

 

 だが、そういう雰囲気に流されても構わない。

 人目についてももう少しこのままという欲求が生まれてきているというのも事実であった。

 

 

「やはり、やはりそうか!分かった……分かったぞ」

 

 ブラックサンダーの拘束が緩まり、彼女の腕に留まっていたグラスワンダーの身体がするりと抜ける。

 名残惜しさを残すように伸ばされたグラスワンダーの手が空を切るのを他所に、ブラックサンダーは一人納得したように頷いていた。

 

 

「なんで急に冷静な顔になってるんですか」

 

「グラス。僕はお前のお陰で解を得た……これは宇宙規模の進展だ。

 例えるなら、ゲッター線が地球に飛来した理由と進化の過程と、未来永劫続く宇宙の戦いを理解したゲッターチームのように」

 

「それ理解してないですよ、虚無ってますよ……ちなみにブラックサンダーさんが私を抱きしめて分かったというのは、一体……?」

 

 

 アグネスタキオンの劇薬を飲んだわけでもないのに、緑色に発光したブラックサンダーの瞳の奥には螺旋力に目覚めたような渦巻き模様が見えていた。

 彼の抱く謎の疑問が晴れたのであればそれはそれで良いとして、グラスはその行動理由を知る必要がある。

 

「ああ、それは――――」

 

 しかし、次の言葉を聞いた時にグラスワンダーはこの問をしたことを後に後悔することになる。

 

 

「実はここに来る前、スペシャルウィークを抱いたんだ」

 

「―――――――は?」

 

「そう、そうなんだグラス。僕は朝、学園でスペシャルウィークを抱いたんだ」

 

「――――――は?」

 

「エルコンドルパサー、同じことを何度も言わせるな。僕は今朝方、空から落ちて来たスペシャルウィークを抱いたんだ」

 

 

 

―――――は?

 

 

 と、恐らくその場にいたトレセン学園の関係者が同じことを口にして、或いは心の中で呟いただろう。

 グラスワンダーは呆然としながら、しかし目を見開いていて、それを見たエルコンドルパサーは即座にその場から退避を始めていたが、ブラックサンダーの激白は続く。

 

 

「それだけじゃない。僕はここに至るまでの道中、多くのウマ娘を抱いた。

 マヤノ、ウララ、タマモ、イナリ、ビコー、タイシン……カレンチャンは抱かせてもらえなかった……アドマイヤベガが僕に追い込み式ギガインパクトを放ってきたから。

 ちなみに、先ほどキングヘイローからバロスペシャルを見舞われて命からがら逃げ伸びてきたところさ」

 

 

『いかん、このままでは学園の風紀が乱れる』

 

『会長、お供します』

 

 

 学園の窓の向こう側、生徒会は動き出した。

 

 

「あ、アグネスデジタル殿がまた気絶しておられるぞッ」

 

 

 木陰でひっそりとアグネスデジタルは気絶していた。

 

 

「僕の見立てではスペシャルウィークの体重はデビュー、クラシック、シニアの時期と比べて、酷く落ちている。

 それこそ、レースだけでなく日常生活に支障が出るくらいに……だけど事態解決を試みるにはデータが大量に必要だったんだ……ウマ娘の身体情報データが。

 だから、僕は多くのウマ娘を抱くことでスペシャルウィークの体調にどれほどの変化が起きているか比較していたというわけさ」

 

 

 ああだから、こうだから、なんか色々と訳の分からない言い訳のような御託を並べている、としかグラスワンダーは認識していなかった。

 とにかく、少なからず分かっている事は、ブラックサンダーが自分以外のウマ娘を自分を抱きしめる前に抱いていた事である。

 

 

「ブラックサンダーさん……誉を失いましたね」

 

 

 その事実に、グラスはキレた。

 

 

「誉などでは飢えは凌げないぞ、グラス。 あ、あとグラス、さっき抱いてみて分かったんだけど3キロ増えたぞ、少し絞った方がいいな」

 

 その手に、いつの間にか持っていたかもしれぬ薙刀の刃をぎらつかせながら、グラスワンダーは氷のように冷たい笑みを浮かべた。

 グラスワンダーの怒りは留まる事を知らず、始業のベルが鳴り響いてもトレセン学園では薙刀を振り回すグラスワンダーに小一時間ほど追い回される逃走劇が繰り広げられた。

 

 

 誰もがグラスワンダーに恐怖した事だろう。

 そこには、ブラックサンダーの命を完膚なきまでに破壊し尽くさなきゃ、という鋼鉄の意志と鋼のような強さを感じる程だったから。

 

 

 

 ちなみに、ブラックサンダーがいろんなウマ娘にハグしていた理由をグラスワンダーが知るのは暫く先の話になる。

 

 

 




スペシャルウィーク編はまた別の機会に。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
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