「僕にファンレターが届いている?」
トレセン学園の授業も終わり、レースも練習もない、ごく至って普通のオフの日。
僕ことブラックサンダーは寮への帰り間際にトレーナールームに呼び出された先で、僕のトレーナーであるミスターXからそう言われたのだ。
『そうだ。キミもトゥインクルシリーズを……クラシック戦線を走るウマ娘として多くの人々がキミの走りを目にするようになった。
皐月賞、日本ダービー……そしてこれから挑むであろうシニア勢との戦いを楽しみにしている者達からの熱いエールだよ……ぜひ目を通してもらいたい』
「なんでCV若本みたいな変声ソフトで喋ってるんだ……まるで悪の親玉みたいじゃないか。というかお前、声変えられるのかよ」
『前の使用していた声に少し飽きたものでね……趣向を変えてみたのだよ……気に入ったかい?』
悪のボスみたいな変声ソフトで発していいセリフじゃない。
ミスターXの言葉の裏には何か含みがありそうだと誤解してしまいそうになる。
それは数か月彼の担当ウマ娘になって月日が経過した今でも未だにその謎さ加減と不気味さに身構えてしまうほどだ。
ちなみに前回は手塩に育てた弟子に背後から刺されそうな魔術師の声をしていた。
ミスターXの手にある数十通ほどの封筒を受け取って、それらを暫く見た。
封筒は普通の茶封筒のものもあれば、色鮮やかなものと、デコレーションや絵葉書など多種多様なものであった。
中には自分の名前の元となったチョコ菓子が箱で送られていたりもした。保冷剤を入れていないあたり今日の気温で中身が溶けていないか心配だが、
『やけに嬉しそうじゃないか』
「そりゃ、嬉しいでしょうがよ」
直筆、打ち込んだものに限らず、これらにあるのは僕を応援したいという純粋な想いだ。
名も知らぬ、有名どころの名家の出自ですらない、ぽっと出のウマ娘であるブラックサンダーを応援してくれる存在がいるという事は堪らなく嬉しいものだ。
学生時代では考えられない事だった。
僕も学生時代にはそこそこのタイムを出していたスプリンターではあったものの、こういった個人から応援を送られるという事は両親や後輩を除いて無いと言っていい。
何せ、全国からインターハイやら日本選手権の決勝に名を連ねるような連中が集まるような強豪校だったためか、僕以外に化け物染みた選手は周りにたくさんいたのだ。
彼らが歩けば、後輩は道を譲り。
彼らが練習を始めようとするときは既に練習環境は準備されていて。
彼らが一本レーンを走る度にフェンス越しの女子やら近くの後輩女子どもが黄色い声援を送る。
彼らが走り終えたのならばすかさずスポーツドリンク係のような奴が跪きながら差し出す……特権階級持ちの王族か何かか?
かたや僕はそんな有名人たちの横を流しで走り抜けるだけで「邪魔だどけオラァ!」、「跡部くんが見えないでしょうがァ!」、「前走るなァこのスカタン!」というマナーの悪い撮り鉄の如き暴言を浴びせられていた。
漫画で例えるなら、名門・第三野球部の檜あすなろ率いる3軍と京本直哉率いる1軍並の格差である。
『今の世代、第三野球部を知っている者は中々いないと思うのだが……せめてキャプテンくらいにしたまえ』
「そこはドカベンじゃないのか……キャプテンこそ知っている層は少ないだろうに……いや、まぁ、イイんだけどさ」
だけど、こうしてファンレターというものを受け取って見て、分かる事がある。
レース場やそれ以外の場所から送られるファンの声援にウマ娘は支えられているのだと。
僕自身がウマ娘にならなければ、この気持ちにはずっと気づけなかったに違いない。
『これまでキミの走りは、多くの人を魅了してきた。そしてそれは、これからもだ』
若本ボイスを巧みに使いこなしながらミスターXは言う。
『稲妻のように現れては卓越したスピードでターフを駆けていくブラックサンダー。距離適性の壁に挑む果敢な稲妻の存在は間違いなく今のトゥインクルシリーズを熱狂させる中心となっている……それゆえに、今後キミへのマークは厳しくなるだろう。私が問うのは一つだブラックサンダー……ダービーという一つの山を越え、三冠最後の菊花賞を挑む前に稲妻が
辿るレースは――――』
要約、『次のレース、予定ある?あるなら聞くよ?』である。
なんとももったいぶった言い草だ。ダークソウルの登場人物のセリフ並にややこしい。
だけど、そのミスターXの問いに対する答えを僕は既に持っていた。
「宝塚記念だ」
『……やはり、そうくるかね。いいかね、6月の阪神レース場に集うウマ娘達はダービーの時のようなクラシック勢だけではなく、連戦錬磨のシニア勢とぶち当たる事になる。
肉体的な差と相当な場数を踏んだ連中を相手にすることになるぞ、それでも往くか』
たしかに、宝塚記念はクラシック、シニアと出走するウマ娘が入り混じる。
トゥインクルシリーズ前半戦を締めくくるにふさわしいファンに選ばれた者達だけが出走できる名誉あるG1のグランプリレースだ。
力の差は歴然。
レースの場数も、小手先も、僕の知らない技を見せてくる娘もいるだろう。
「それでも、だ」
僕の答えはただ一つ。
それでも、僕の足は怯むことなく、その瞳は揺るぐことなく宝塚記念へと向いている。その理由は――――、
「あのウマ娘が……〝ミホノブルボン〟が宝塚に出るというのなら。彼女と決着を付けなければ」
スペシャルウィークラピュタ式落下事件やら、ブラックサンダー抱かせろ事件から少しの時間を経て、〝ミホノブルボンが
トゥインクルシリーズを引退し、ドリームトロフィーリーグに移籍するのではなく、レース業界から去ると宣言したのである。
「僕は既に宝塚記念に向けて動き出している。日本ダービー以降からメディアへの露出も多くなってきてるし、ファンの前でイベントを行う機会も増えた。
SNSやウマチューブを活用した手作りお弁当チャンネルを開設し、他のウマチューブをしているウマ娘とのコラボ動画を作る事で票獲得へむけた取り組みもしている」
『キミがSNS活用すると犯罪沙汰にならないか未だに心配なのだが』
「大丈夫だ、問題ない。アカウントが凍結されたときの為の裏アカウントは三つ用意しているからな」
『不祥事が起きた際の対応策の事を聞いているのではないのだが』
イーノック的には問題ない、安心してほしい。
確かに、僕という台風の目とも呼ぶべきウマ娘がSNSを使って活動するのは些か危険と思われてしまうかもしれない。
SNSというものを扱う以上、僕は正しくガイドラインに則って活動することを心掛けている。
イロハはカレンチャンに叩き込まれている。心配は無用だ。
『そういえば、キミはエルコンドルパサーとどうやって決着をつけるつもりだ』
「ん?ああ、話は聞いていたのかよミスターX。本来、僕が正月でエルコンドルパサーを煽って取り決めたんだけど実際どのレースで白黒つけるかまだ決めてないんだ」
今年の正月、グラスと僕の関係を怪しんだ事によって生じかけた友情崩壊を未然に防ぐべく演じたあの悪役。
『僕に勝利することでグラスワンダーを取り戻す』と決意を固めたエルコンドルパサーだがレースの指定は未だに無い。
日常的にも普通に僕と会話してることもあるから、なんか最近は僕と約束した事も忘れられている気がしてならない。
「あのエルコンドルパサーなら、あり得るかもしれない……もしくは、僕の動きを待っているのか」
『ふむ、この事をエルコンドルパサー陣営がどこまで話を進めているかだが……そこでどうだろう、ヒールを気取って戦いを吹っ掛けたのだからこちらからレースを指定しては』
ミスターXの言葉に腕を組んで考える。
それもいいかもしれないと、想いながら。
自分は基本的に挑戦者でもあり、同時に襲い掛かる敵を迎え撃つ側でもある。
プロレスのような舞台形式をエルコンドルパサーが好むのであれば、こちらからレースを指定して、待ち構えるのも一つの手段だろう。
ヒール役を買って出たのであればその内容は徹底的にやろうじゃないか。
「毎日王冠」
『ほう』
毎日王冠はG2のレースで距離は1800mとマイルの距離だ。
このレースを挙げたのは理由がある。
それは、距離適性。
エルコンドルパサーは世界に羽ばたいたウマ娘、その距離適性はマイル、中長距離、ダートと幅広い。
その中で僕が勝負できるのはスタミナを気にしない2000m以下のマイルレースくらいだろう。
ジャパンカップとかの2400mとかにしたら確実に負ける自信がある。
そしてエルコンドルパサーは今年のレースは既に重賞を含めて4勝という戦績だ。ノリに乗っている。
油断も隙もありはしない強敵だが、今の僕にとって挑む価値のある敵なのだ。
『もしこのレースが実現するならば、エルコンドルパサーが黄金世代の最初の相手になる……しかし、毎日王冠か…思い出す』
ミスターXは一息。
仮面から窺えないがその瞳はどこか懐かしむ様に遠くを見ているような気がした。
『逃げウマ娘、ブラックサンダー。そしてそれを追う怪鳥・エルコンドルパサー……そして毎日王冠、サイレンススズカとエルコンドルパサー、グラスワンダーというウマ娘が一堂に会したあの日をだ』
あの『異次元の逃亡者』、サイレンススズカと怪鳥・エルコンドルパサー、怪物・グラスワンダーが競った、毎日王冠。
ファンの記憶には一生残った最強の逃げウマ娘による逃亡劇場、伝説のG2レース。
僕と、グラスワンダーにとっての、本当の始まりとなった敗戦で。
トレーナーとして、色々と考えさせられるようになった想い出のレースだ。
試合ローテーション
6月 宝塚記念 9月 毎日王冠
お前、この流れから菊花賞いくのかよ。せめて2000以上の距離一回踏もうぜ!という声が聞こえる聞こえる...
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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