「ねぇ、聞いた?303号室のライスシャワーさん」
「ライスシャワーさん?あぁ、前のレースで骨折した娘よね」
「そうそう、普通なら死んじゃうレベルの怪我だったみたいだけど……ウマ娘にとって骨折は命に関わるものだし」
「そうねぇ、でもライスシャワーさん。レース復帰目指してるんでしょう?今日も朝からリハビリするって張り切ってたじゃない」
「そうよ、そうなんだけど、ねぇ……担当のセンセが話してたの、私、盗み聞きしちゃってさ……あの娘――――」
ライスシャワーが入院している病院。
学校帰りに見舞いへとやって来たミホノブルボンは、その道中で看護婦たちの話を聞く中で、持参した見舞い品が入った籠を床へ落とした。
中のリンゴは病院の床を転がったが、ミホノブルボンは暫く床に落ちているリンゴを拾う事もせず、ただ立ち尽くしていた。
〇
「待てぇ、ミホノブルボン!逮捕だぁ!」
トレセン学園の敷地を駆け抜ける二人のウマ娘がいる。
どこかの怪盗を掴めるために世界を股に駆けるインターポールのとっつあんかの如く、黒い長髪を横に揺らして疾走するのは僕こと、ブラックサンダーだ。
背に刺股、ロープと鎖、手錠をぶん回しながら走るその姿はまさしく不審人物者のそれである。
ライスシャワーの所へ引き摺ってでも連れて行くと宣言した矢先、ミホノブルボンは踵をこちら側に返して全速力で逃げ出した。
故に、僕は彼女を……ミホノブルボンを現在進行形で追いかけ回していた。
契約の不履行は許されない。僕はミホノブルボンを地の果てまで追いかけると決めたのだ。
「知っているかミホノブルボン!僕が持っているこの手錠とか、ロープとか、鎖とか!
なんと全部対ウマ娘用に作られた物だ!いくら力のあるお前でも、一度捕まったら逃げられないぞ!」
「くっ……!ブラックサンダー、一体どこでそのような物を手に入れたのですか!?」
「アグネスタキオンが一晩で作ってくれたぜ!一週間高級にんじんハンバーグを弁当の中に入れてやるという約束でな!
アイツの発明を頼るとか僕自身でも血迷ったかと思ったけど!ライスシャワーの為だ!大人しく捕まれ!」
ジェバニンが一晩でやってくれたように、僕は悪魔の発明家でマッドサイエンティストのアグネスタキオンに今回のミホノブルボンを捕縛するアイテムの作成を頼んでいた。
財布の中身がすっからかんになるほどの手痛い出費となったが、後悔はしていない。我慢だ、我慢すればいいのである。
今回の玉座ガチャで絞りつくされたプレイヤーが次の給料日まで一袋16円くらいのもやしで生活するように、僕自身も食費や娯楽費を切り詰めるまでである。
「逃走経路、追跡者を躱すに要する時間、最短距離を最速でシュミレート……逃走成功率89%、緊急ミッション、開始」
ぶつぶつと走りながら呟くミホノブルボンは僕の追跡を躱す事など容易だと考えているようだ。
随分と舐められたものである。
しかし、実際の所は相手はあの二冠ウマ娘・ミホノブルボンである。
逃げとしての実力は一級品だ。レースセンスもこの数年間でかなりの領域に達しているだろう。
僕と彼女を力を比べるなら、ミホノブルボンの方が圧倒的に強いのだ。
例えるなら、5戦くらいしかしていない駆け出しのボクサーがいきなり幕ノ内一歩に挑むようなものである。
差は歴然、どう埋めるか考えていた時だった。
「おい、オイオイオイオイ!」
不意に隣から誰かが追い上げてくるのが分かる。
葦毛の髪を揺らしながら、そのウマ娘は僕と併走しながら言うのだ。
「オイオイ、なにか面白そうなことやってんじゃねぇかキュアブラックサンダー!ワサビ味のかっぱえびせんで鯛を釣ってる場合じゃなかったぜ!アタシも混ぜな!」
「お、お前はゴールドシップ!? くっ、僕の名前を初代プリキュアの名前と必殺技をくっつけたような呼び方をするな!僕の名前はブラックサンダーだ!
つーか、ワサビ味のかっぱえびせんで鯛なんて釣れるのか!?そもそも、学園で何やってんだお前!?」
そこへ現れたのは葦毛のウマ娘、ゴールドシップ。
トレセン学園のヤベー奴だが、その実力はG1に名を連ねるほどのウマ娘だ。
皐月賞を虚空でワープ移動したヤベー奴。
ゲートに入るだけで拍手が湧くヤベー奴。
120億のヤベー奴。
と、その奇行からもゴールドシップと言うウマ娘は有名だ。
だが、今は猫の手も……いや、他のウマ娘の手も借りたい状況だ。
ミホノブルボンを追い、捕まえる戦力は多い方がイイ。
「ミホノブルボンを捕まえてほしい。ゴールドシップ」
「あん?」
「手段は問わない。お前の考える手段を用いてあのミホノブルボンを捕まえるのを手伝ってほしいんだ」
「ほうほう、希代の逃げウマ娘のホープ、ブラックサンダーがアタシに頼み事か……ヤキが回ったのかお前」
「くっ……ゴールドシップに言われるとは…!僕自身もそう感じているんだけど!だが!今はお前の手も借りたい、ライスシャワーの為だ」
ライスシャワーの名前を聞いたゴールドシップが反応を示すと、そうか、と呟いた気がした。
何かを悟ったような、そして理解したような雰囲気を出すとゴールドシップはいつものような顔つきへと戻る。
その顔は、まさしくこれから何かをしでかす希代のエンターテイナー、ゴールドシップの顔であった。
「トレーナーと宇宙旅行に行く予定だったけどなぁ~、いいぜ。オマエさんにゃ皐月賞で面白れぇレース見せてもらったからよ、今回は手を貸してやるよ。
その代わりアタシの出すプランにケチつけるんじゃねぇぞ?」
「任せろ、ゴールドシップ。そして、任せたぞ」
「あいよ!ゴルシちゃんにお任せあれだぜ!」
軽快な了解を得るとゴールドシップはサムズアップをしてミホノブルボンを追うコースから外れていく。
具体的な作戦なんて、僕は知る由もなかったが去り際のゴールドシップの表情にはふつうの笑みの裏にある一定の邪悪さが滲み出ていたのを僕は見た。
察するに、きっと、多分だけど、いや、十中八九ロクな作戦じゃない気がした。
そして、僕のそれが思い込みではなく、確信となったのはそのゴールドシップが消えてから数分後の事だった。
『トレセン学園の野郎ども!よおく聞きやがれ!このゴールドシップ様がビッグニュースをお届けするぜ!?』
学園全体へと響き渡るアナウンス。
それはまさしく、先ほど姿を消したゴールドシップのものだった。
一体いつのまに放送室をジャックしたのかは定かではないが、今の昼休み中にこの放送を聞き逃すものなどまずいない。
しかし、ゴールドシップよ。この校内放送を使って、今学園中の生徒達に向かって何をアナウンスするつもりだ。
『第一回トレセン学園超鬼ごっこを開催するぜ!鬼役はあの二冠ウマ娘、ミホノブルボンだぁ!勇気あるヤツ、自信あるヤツ、ミホノブルボンを追い駆けて追いかけて捕まえてみやがれェ!』
「なにこの放送」
「この声って……もしかしてゴールドシップ?」
「そういえばさっきブラックサンダーがミホノブルボンさんが一緒に走ってたよね」
「鬼ごっこか……面白そうかも」
「いやいやいや、やめときなって!あのゴルシだよ?普通の遊びじゃないって!巻き込まれたら大変だよ!?」
そこらへんでこの放送を聞いていたウマ娘諸君、至極普通の反応である。
学園内で奇行を働く申し子と呼ばれるゴールドシップが開催を告げるのだ。普通であるはずがない。
当然、ゴールドシップを知る者達はこの放送がロクでもないものだと悟るのは目に見えていた。
恐らく、校内放送を行う事で学園の生徒を巻き込み、ミホノブルボンを捕獲するというアイディアだったのだろうがそれも無駄に終わりそうである。
そう思った矢先、さらにゴールドシップの声が響いた。
『なんだなんだァ!?まさかただの鬼ごっこだと思ってねぇかお前等ぁ!当然、捕まえたら賞品が出るに決まってんじゃねぇかッ
ミホノブルボンを捕まえたヤツには、限定ハチミツドリンク1年分!!そして―――――』
そして、僕の嫌な予感は的中することになった。
『ミホノブルボンと一緒に、ブラックサンダーを捕獲した奴にはなんと……温泉旅行券を二枚プレゼントだァァァ!!』
「は?」
思わず、というか僕がそんな反応をするのにコンマ0.1秒すらもかからなかった。
もはや、脊髄反射レベルだったとだけ言っておこう。
「え?温泉旅行券?マジ?」
「二枚ってことは、アタシとえーっと……あの人とで…」
「いやいやいや、待て待てお前達!情報も本当かどうかも分からないぞ!あのゴールドシップだからな!」
メインとなる捕獲報酬よりも、僕を捕まえたことによって得られる報酬の破格さに流石の周りのウマ娘達も食いついた。
だが、それでもあのゴルシだからという理由で警戒されているのはまだ多数いるのである。だが、ゴールドシップはそれすらも読んでいた。
彼女は既に、このイベントの信憑性を得る為の手筈をきちんと整えていたのだ。
『理事長!開催の宣言、よろしく頼むぜェ!ビシッと言ってくれよビシッとォ!』
『うむっ!ーーー宣言ッ!!ウマ娘諸君!戦いは既に始まっているぞッ!健闘を祈るッッ』
ゴールドシップの声に続いたのは、間違いなくトレセン学園理事長、秋川やよいの声であった。
トレセン学園内でのイベントの開催に秋川理事長が関わる事は多い。数々のイベントの開催宣言も行ってきたから分かるのだ。
学園内に響く最高決定権を持つ理事長の開催宣言、それがどういった意味を齎すのか……それはこのゴールドシップの先ほどのイベントの内容に嘘偽りが無いことを全てのウマ娘に認識させることとなった。
「ま、マジだッ!温泉旅行券マジだ!マジの奴だ!」
「り、理事長が言うなら間違いないよ!これ、本当の奴だよ!」
「ミホノブルボンさんとブラックサンダーでしょ!?さっきまでそこに居たし!まだ間に合うかも!!」
「探せ!探して捕まえろ!」
「祭りじゃ!トレセン学園の祭りじゃああ!!!」
「はちみー!はちみー!はちみー!」
「温泉!温泉!温泉!温泉!」
歓喜に似たような雄たけびがトレセン学園中に響き渡る。
それはまさしく、この学園の生徒全てが僕とミホノブルボンに襲い掛かってくることを意味していた。
「ゴルシ……なにやってんだお前ェッッ!!!」
こうして、ウマ娘達の血を血で洗い合う、欲望渦巻く鬼ごっこに僕は巻き込まれる事になったのだ。
タキオン印の捕獲セット
※頑丈すぎてゾウが乗っかっても壊れない一品。
ウマ娘を捕まえてどうするかはご想像にお任せします。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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