『ルールのおさらいだぜ!この鬼ごっこはブラックサンダーとミホノブルボンを捕まえたヤツだけに温泉旅行券が与えられるって言うゲームだ!
時間はこの昼休み中のみッ!それ以外での捕獲は認めねぇッ!捕獲セットは噴水付近の段ボールに置いてあっから好きに使えぃ!』
「どういう冗談だよゴルシの野郎ッッ!!」
まるで細部のルールを初心者にわかりやすく説明するような再放送に僕は苛立ちを覚えながらも走り続けていた。
このトレセン学園で、あらゆるウマ娘の魔の手から。
僕は確かに、ゴールドシップに助けを求めた。
助けを求めること自体が間違いではない、と僕は思っていた。
だって、ゴールドシップは普段からあんな感じだがやるときはやるヤツなのだと、そう考えていたから。
結局、その期待はマジで裏切られたワケだけど。
学園中のウマ娘が僕を捕まえに来るという最悪の事態に発展してしまったわけだけども。
・・・・・おかしい、僕はただミホノブルボンと話せる場を設けようと思っていただけなのに。何がどうしてこうなったのか。
日頃の徳の積み重ねが物を言うのだろうか。
三女神様の像の前で「金色、金色、金色!」と物欲染みた祈りを捧げてしまっていたからか。
ロイヤルビタージュースとカップケーキさえあれば鬼ローテで育成しても構わないという外道っぷりを三女神様に咎められてしまったのだろうか。
徳を積むという事を、アグネスデジタルを通して聞いてみよう。
そして今は、ひたすら僕を追いかけまわすウマ娘達を撒く事だけ考えよう。
「バクシンッ バクシンッ バクシンッ バックシィィィインッッ!!」
単調にして、明朗快活な声をあげながらこちらの背を追い駆けるように走るのは瞳に桜の花びらを浮かばせる長髪ポニーテールのウマ娘。
制服で革靴を履いているにも関わらず、その瞬発的な足さばきには天性のスプリント力を感じさせるものがあった。
「そこの黒いウマ娘!止まりなさいッ!止まらなければ血が果てるまで追いかけますよッ!!」
「文字を間違えていないかサクラバクシンオー!それを言うなら地の果てまで、だ!僕の血液が無くなるまで永遠に走り続ける気かッッ」
彼女の名前はサクラバクシンオー、短距離路線を突き進むバクシンロードを掲げる圧倒的実力を持つショートスプリンターだ。そしてクラスの学級委員長である。
「ふふふ、トレーナーさんとの特訓で私は長距離を克服しました……3600mという距離を問題なく制覇したこの私なら、中距離型のウマ娘であるブラックサンダーさんをセミの抜け殻のようになるまで追い込むことが可能ですッッ!!!」
「パリパリになるまで追いかけ回されるのかよッ!つーかイヤな例えだなッッ!!」
そして、桜バクシンオーと併走する形で僕を追うウマ娘がもう一人。陽の光を浴びればきっと輝いて見えるだろう、栗毛のウマ娘。
「バクシンオーさん、いつのまに苦手な長距離を克服したんですか!?すごい、すごいです……!菊花賞、天皇賞春を越える距離を走破することが可能だなんて……すごい、ほんとにすごいです!!」
「ええ!1200m×3本のレースを走りました!これは実質、長距離3600mを攻略したと同義ッ!学級委員長に嘘はありません!」
「え?1200m×3本……バクシンオーさん、トレーナーさんにいいように騙されてませんか……?」
「トレーナーさんは私を信じています!私もトレーナーさんを信じています!つまり、これは真実です!故に、私は長距離を走れますゥ バクシーンッッ!!」
「なんだろう、何か凄い思い違いをしている気がするのに、二人の絆が眩しすぎて……すごい、すごいです!!」
すごい、すごいと特徴的な語彙力の少女はナリタトップロード。
テイエムオペラ―、アドマイヤベガなどの優駿と凌ぎを削りあった覇王世代の一角で、最も強いウマ娘が勝つと言われている菊花賞を制したウマ娘。
彼女もサクラバクシンオーと同じく、別のクラスで学級委員長の役職に就いていた。なるほど、ダブル委員長か。ガイアメモリを渡したら変身してくれそうだな。
「トレセン学園でもトップクラスのG1ウマ娘が二人も僕を――――」
追いかけている。
追わせている。
その事実に、僕の胸が高鳴った。
大きく、太鼓を穿つように響く衝撃は全身を駆け巡り、体温が沸々と熱くなるのを感じる。
背に感じる圧はレースをしているかのような、命のやり取りにも似た感覚だ。
最速と最強の存在が、容赦なく僕との距離を詰め始める。
脚を力強く蹴る度に彼女たちの息遣いがより鮮明に耳に届くのが分かる。
学園の外、大きく開けた視界が狭まり、極まった緊張感が僕のいるこの場所をただの学園敷地内をターフに染まったレース場へと変化させていた。
これがシニアを戦うトップクラス。
一瞬でも気を抜けば僕はすぐに二人に捕まってしまうだろう。
「……」
だから、ふと考えたのだ。
――――あのグラスワンダーも、後ろから迫ってくるときはこんな感じなのかな。
碧の炎が僕の脳内で揺らめく。
それはさながら幽鬼のように。
不気味だけど、どこか惹かれる炎。
否、僕は既にその炎に惹かれてしまったものの1人。
いつかその少女の前で、ターフで戦う事を宣言した者の1人。
決意し、告げた。
彼女は、頷いた。
いつか彼女は僕の前に以前よりも強い姿で帰ってくるだろう。
僕との約束を果たすために。
己の信念を貫く為に。
最強の怪物となって、僕の前に立ちはだかるだろう。
ならば、その最強のグラスワンダーと戦うなら、安易に前を譲ってよいのだろうか。
安易に、追いつかせて良いのだろうか。
答えは決まっている。否、断じて、否。
「もっと、もっと―――」
後ろに迫る二人よりも早く、速く、迅く。
僕が前にいるという事実を永遠に証明し続けていたい。
頭の中で何かが小さく弾ける音がしている。
微々たる音だ。線香花火のような、可憐で、弱弱しい小さな光。
「―――――もっとッッ!!!」
地面を踏んだ脚が感じ取る大地の感触。
トレーニングシューズのように学園の革靴がはち切れんばかりに、しなり、後ろへ蹴り上げた瞬間、風が吹いた。
「――――!?」
「バクシンッ!?」
足を一歩踏み出す感覚がやけに速く、軽い。
重力と言う枷など肉体に感じさせないくらいに前へと進む。
弾むリズムと加速が重なり、連続し、次第にそれは荒々しい
結果的にその速さはサクラバクシンオーとナリタトップロードを大きく突き放した。
その後の事を少しばかり、かいつまんで説明する。
結果的に言うと、僕はなんとか二人を撒くことに成功していた。
だがあの爆発的な加速も長くは続かず、程なくして僕の脚は止まりかけてしまった。
しかし、学園の廊下へ逃げ込んだ僕は手洗い場に設置されていたハンドソープの上蓋を外して、なんの躊躇いもなく追いかけてくるサクラバクシンオーとナリタトップロードの足元へと容器内の全ての液体を放出したのだ。
『ちょゎッ!?』、『ふえっ!?』とか、素っ頓狂な声をあげた二人は見事に脚を取られて転倒。
二転、三転ほどしたサクラバクシンオーとナリタトップロードは頭部の耳から尻尾まで果ては制服をヌルヌルのベトベトのハンドソープ塗れになりながらどこかのオールスター感謝祭の芸人たちのように立ち上がっては転び、立ち上がっては転びを繰り返していた。
『トップロードさん!滑ります!うまく動けません!』
『バクシンオーさん!こ、この液体!凄くヌルヌルして、だ、駄目です!とにかく駄目です!あ、あと、上から降りていただけると、た、助かります!』
白い潤滑性の薬品に塗れた二人の美少女ウマ娘が絡み合うという光景が目の前にあったので、記念にスマホで連続シャッターを作動させた僕は颯爽とその場を立ち去ったのだった。
出来れば彼女たちが転んでからの一部始終を5000~10000文字程度の文章で描写するべきなのだろうが、生憎僕には時間が無い。
ウマ娘としての超直感が発動したのかもしれない。
「これ以上は規約違反だ、垢BANの刑に処するゾ」という、三女神様からの最終警告のような、そんな感じがしたのだ。
「それにしても、あれはなんだったんだろうか」
人気の無い学園のルートを壁沿いに進みながら、サクラバクシンオーとナリタトップロードに追いかけられている際に自身の身に起きた変化の事を僕は思い返す。
大きな背に圧を感じた瞬間、身体の無駄な力が抜けて爆発的なスピードが生まれた。安直に言うなら、こんな感じの現象が起きたのだ。
よくウマ娘がある日突然、爆発的な力を発揮するという。成長期による肉体的成長の「本格派」とはまた違う、自らの能力の限界を超えるような、殻を破り、上の段階へと至る領域のようなものが。
「はぁ、はぁ……やべ」
だが、それと引き換えにどうやら身体には大きな疲れが現れるらしい。
レースが終わった後にぶっ倒れるようなものではないが、若干のふらつきを覚えている。
一瞬の事だったので深い考察は出来ないが、少なくともあの爆発的なスピードはレースの武器にはなるかもしれないが自らを犠牲にする諸刃の剣にも成り得るだろう。
周囲を警戒して、時には植物の後ろに姿を隠して観察すると僕を追いかける生徒達はまだ残っているようだ。
刺す股で草木を掻き分け、ロープ付き手錠を常備しているウマ娘を見ると、まるで僕が犯罪を犯した凶悪ウマ娘になったようだ。
僕ほど人畜無害なウマ娘など世界に類と見ないというのに。
全員が所持している捕獲道具は僕のと同じ、アグネスタキオン印の対ウマ娘用に作られたものだ。
人間の力を遥かに超える存在のウマ娘を封じるためにこれ以上の道具はこの世界に存在しないだろう。
というか、もうこれ商品にして売り込んで発明家になった方がイイんじゃないのか、アグネスタキオン。
さほど大きくもない身体を茂みの中に隠しながら必死に息を整える。
だが、どうにも消耗が激しいのか、中々呼吸が落ち着かない。
いくら僕がスタミナに不安のあるウマ娘だからと言って、バクシンオー達に追いかけ回されたからと言って数キロの全力ダッシュでバテるようなヤワな鍛え方はしていなかった筈だ。
・・・・やっぱり、まだダービーの時の疲れがあるのか。
自分でも走破が難しい日本ダービーの2400mという距離をハイペース戦に持ち込んだ代償なのか。
あのレースの後はどうも調子が戻らず、練習時の走りも、軽めのランニングでも身体が鉛のような重さを常に感じるようになっている。
肉体はまだ、全快ではないという証か。
今の僕は相当疲弊しきっている。
このタイミングで追跡者である学園の生徒に見つかったら、僕は逃げ切れずに簡単に捕まってしまうだろう。
僕が捕まっても何をされるわけでもないし、精々ゴールドシップが生徒を無理やり巻き込むためについた嘘の温泉旅行券に踊らされていた事に気付いた皆が「おのれゴルシ!」と某四国の仮面ライダーの如く光る杖を振り回しながら地獄の追いかけっこへとなるのは目に見えている。
だが僕がここで捕まるとミホノブルボンには会えない。
ライスシャワーとの約束を果たせなくなってしまう。
「不味い事になったな……」
「何が不味いのです?言ってみてください」
「不味いってそりゃあアレですよ、無残様―――って、うぉっ!?」
ふと顔をあげ、そこにはしゃがみこんでこちらを見ているひとりのウマ娘の存在があった。グラスワンダーだった。
「ふふ、トレーナーさん。誰が鬼の一族のラスボスですか~?」
「いやいや、グラスワンダー。落ち着いて聞いてれ、冷静になってくれ。
決してグラスの事を心を読みながら平然と圧を掛けてくるパワハラ上司と揶揄したわけではなくてだな」
頬を緩めながら、はにかんだような笑みを浮かべてはいたもののグラスワンダーの胸中は穏やかではないのは僕の目には見て明らかであった。
既に背中にはナチュラルに所持していて遂に学園からも余程の事が無い限り、レース中の固有演出でなければお目に掛かれない薙刀が彼女のすぐ傍に置いてあったからだ。
「まず、話を聞いてくれグラ――ごほっ、ごほ……っ」
「……」
整わない呼吸で無理に話をしたからか、咳をし始めた僕を見たグラスワンダーは周囲を一瞬だけ見渡して状況を見極めた後に身を屈めて僕に言う。
「一度ここから離れた場所で落ち着いた方が良いでしょう。トレーナーさん、こっちです」
「お、おぅ……?」
グラスワンダーに手を引かれ、身を低くしながらそそくさにその場を後にしていく。
忍者の如く静かに征く先には人の影は無く、外から響く喧騒が窓越しに聞こえてくるだけであった。
先陣を切るグラスワンダーのお陰で僕は誰にも会うことなく進むことが出来た。
僕の一歩先を歩くグラスワンダーが人の気配を察知すると数名のウマ娘達が走って来ていたので、彼女たちに見つかる前に僕の身体をどこかへ隠す。
僕の担当ウマ娘は見聞色の覇気使いだったらしい。
「なるほど、トレーナールームは比較的に安全ってワケか」
「はい。ここは関係者以外はあまり出入りをしませんので……はい、水をどうぞ」
「助かる」
あれよあれよと手を引かれ連れてこられたのは僕達チームのトレーナールームだった。
僕のトレーナーであるミスターXは不在で、いつもなら昼休みはここで徹夜明けで寝ているアグネスタキオンも見当たらない。
もしかしたら、研究の為に家庭科室のラボに引きこもっているのだろうか。
グラスワンダーが渡してくれたペットボトルの飲料水を受け取り、口へと含む。
冷蔵庫でよく冷やされていたのか、全力疾走で疲弊した所へのこの水分補給は砂漠の中心でオアシスに巡り合ったのと同じくらいの快感だ。
駆けつけ三杯の勢いで丸々一本を飲み干した。
身体に力が漲るのを感じる。
先ほどよりも息を整えられた辺り、大分体力も回復してきたのだろう。
これなら再びミホノブルボンを追い駆けることが出来る。
「助かったよグラス。お前が居なかったら、きっと僕は何も成せずに捕まっていた。
そして衣服を剝ぎ取られて、温泉旅行券が無い事に逆上した僕は簀巻きにされて焼かれていたかもしれない」
「中世の魔女狩りの如き所業をする風習がこの学園にあるとは思いませんが……まぁ、困ったときはお互い様ですから。私もトレーナーさんに力添えが出来ればと」
「充分すぎるくらいだよ、グラス。僕はいつもお前に助けられてばかりだ……そうだ、僕に何か出来る事があれば言って欲しい。可能であれば、グラスの期待に応えられるように出来る限りの事をしよう」
何よりも、ここには僕の相棒であるグラスワンダーもいる。
彼女の協力が得られれば、ミホノブルボンを追い駆けるうえでこれほど心強い味方はいない。
助けを請うのであれば、それなりにグラスワンダーに感謝をしなければいけない。
その上で僕は彼女に言ったのだ。『グラスワンダーに褒美を与える』ような言動を。
ガチャ、と金属の鳴る音がした。
それは部屋の扉の鍵が閉まる音だった。
カチャ、と続けて僕の身近な場所で同じような金属が閉まる音がした。
それは僕の右腕から発せられていて、そこには手錠が掛けられていた。
「え?え?え?あれれ?なんで?グラスなんで手錠?」
「トレーナーさん、では、私の願いを聞いてくれますか?」
僕の眼前、そして僕の右手に繋がれた手錠を手にしたグラスワンダーが笑みを浮かべる。
「私に
いつものような穏やかで可憐さを残しつつも、どこか毒を感じさせる花のような笑みを。
皆欲しいんだよ温泉旅行券。
グラスワンダーが楽しそうで何より。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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