僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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50話記念です。年内で宝塚目指してたらいつの間にかリアルは年末有馬記念を迎えていたでござるの巻。


50.未だに残るモノ

 

「ククク……学園がいつにも増して騒がしいから屋上に来てみれば、面白いものが見れたじゃないか」

 

 トレセン学園屋上、真昼の暖かな風が吹きすさぶその場所に一人のウマ娘が喧騒の最中にある学園を見下ろしている。栗毛のボブカットにハイライトの消えかかった好奇と探求心に満ち溢れた瞳を持つウマ娘――――、そうアグネスタキオンだ。

 

 

 ウマ娘世界の恐怖のマッドサイエンティスト、裏の世界では怪人を作る悪の組織の死神博士なんて呼ばれてもおかしく無いであろうアグネスタキオンは数刻前に目の当たりにした光景を回顧して見せる。

 

 ブラックサンダーがいつになっても昼ごはんを提供しに現れないのでラボから重い腰を上げてみるとやけに外が騒がしかったので屋上からその状況を一望していると、学園では名の知れたウマ娘、サクラバクシンオーとナリタトップロードの委員長コンビに追いかけられているブラックサンダーの姿があった。

 理事長とゴールドシップの怪放送が流れていたのを聞く限り、何かロクでもない事が起きてるに違いない。そして、ブラックサンダーはそれに巻き込まれたのだろうとアグネスタキオンは考えた。

 

 

 他のウマ娘の装備には自分が提供した対ウマ娘捕獲セットを持ち歩いている生徒たちの姿が見られる。

 ブラックサンダーは多くのウマ娘に懸賞金でも掛けられた某海賊漫画のルーキーの如く追いかけ回されているというワケだ。

 

 

 しかし、勝負は決まったようなものだろう。

 何せ、ブラックサンダーを追い駆けているのは学園でもトップクラスに入るであろうスプリンター、サクラバクシンオーと最も強いウマ娘が勝利する菊花賞を制したナリタトップロードなのだから。それをトゥインクルシリーズ駆け出しのウマ娘であるブラックサンダーが降り切れる筈もない。

 

 

 アグネスタキオンは好奇の目を向けながらも冷ややかな分析をして、その展開を予測していた。

 だが次の瞬間、その予測を良い意味で裏切ったのはブラックサンダーであった。

 

 

 

 ブラックサンダーは距離を詰められながらも、そこから再度加速したのだ。

 スリップストリームで空気抵抗を受けないサクラバクシンオーやナリタトップロードよりも不利な位置取りにありながら、限界を超えた加速を行ったのだ。

 

 

 まるで自ら空気抵抗の壁を破壊するように。

 枷というものを外したように。

 

 サクラバクシンオーよりも速く。

 ナリタトップロードよりも粘り強く。

 

 スピードと持久性を両立させるブラックサンダーを後方二人のウマ娘はまったく差を縮める事が出来なかった。

 その光景を目の当たりにしたアグネスタキオンは瞳を輝かせ、両の手を震わせずにはいられなかった。

 

 

「素晴らしい……」

 

 これまで重ねてきたブラックサンダーに対する研究の中でもかなりの進捗を示した。

 クラシックでは抜きんでたスピードと本人の根性論という、研究としてはあまり興味をそそられない内容に暫く頭を悩ませていたアグネスタキオンだったが、

 

「やはりキミは最高のモルモットだッッ」

 

 

―――やはりキミは最高のモルモットだッッ

 

 

 言葉で。脳内で列海王と壇黒斗をミックスさせて叫ぶと確信を得る。

 自分の見立ては間違いではなかったと。

 

 

「キミもまた……速さの果てへと至れる可能性がッッ」

 

 

 己の欲望のままに速さを追い求め、それを生涯の研究対象とし続けたアグネスタキオン。

 自分自身の脚と友人に協力(一方的に)を仰ぎ、トゥインクルシリーズを駆けて来た彼女にとってブラックサンダーは新たな可能性を秘めたウマ娘だった。

 

 

 胸の鼓動が止まらない。

 ああ、あの映像をもう一度見なくては。

 映像は?記録は残っていないだろうか。

 学園の監視カメラから拝借しなくては。

 説明を……立証しなければ。

 データを取らなければ。

 数値にしなければ。

 

 

――――可能性を導き出さなければ。

 

 

 ここ数日停滞していた脳がまるで水を得た魚のように生き生きとし始める。

 エンドルフィンが大量に分泌しているのが分かる。今日は何時間でも、否、数日間ラボに籠って研究し続ける事が可能だ。

 

 

『ブラックサンダーも、ウマ娘としての能力を覚醒させつつあるようだ』

 

 

 不意に、空から声が聞こえた。

 ここは屋上、地上から数十メートルは高所で、その場所でもっとも高い場所にいるアグネスタキオンよりも高い所から聞こえた声にアグネスタキオンは思わず声のする方を見る。

 

 

「……ミスターX、盗み見とは感心しないねぇ」

 

『君に言われる程ではないさ、アグネスタキオン』

 

 黒の外套、そして真っ白なマスク。

 正体不明にして人外の疑惑を掛けられているブラックサンダーの担当を務める謎のトレーナー、ミスターX。

 

 

 その男が上空に浮いていたのだ。

 足から何やら圧力が放出され続けていてホバークラフトの要領で地面を滑空していたが空中も浮遊できるとは驚きである。

 推定2メートル以上はあるであろう彼の背丈を悠々と浮かせることが出来る出力をあの足元から一体どうやっているのだろうか。

 

 

 反物質によるエネルギー作用か。

 それとも空気中の大気を吸収し強力なエンジンでジェット機代わりに脚の底部から出力しているのか。

 はたまた、某少年漫画のように舞空術を体得しているのだろうか、科学者としてのアグネスタキオンとしての疑問は尽きない。

 

 

『もともと身体能力としては本格的な成長が入る前のデビューではあった。疲労後の回復具合や、スタミナ不足の面からはそれは明らかだった。

 だからこそ、トレーニングメニューや肉体のケアやレースの日程は私が主体で組ませてもらったのだがね』

 

 現実に引き戻すようなミスターXの言葉にアグネスタキオンは一つ咳払い。

 

「そんな事、間近でデータを取っていた私には最初から分かっていた事だよミスターX。

 それに付け加えるなら、レース後の集中的な熱発も過負荷に肉体が絶えられなくなっていた為さ」

 

『流石だなアグネスタキオン、まるでウマ娘博士だ』

 

「下手な褒め方をする……どんなにキミから言葉を受けても私がキミに靡かない事には変わらないのだから」

 

『そうか……それは残念だ』

 

 仮面の下でため息をついたミスターXは肩を竦める。

 ラオウのような巨大な肩の装束が上下する様は非常にシュールである。

 

 ふぅン、とアグネスタキオンは気を取り直し話を続ける事にした。

 

 

「ブラックサンダーのスピードは更に磨きがかかるだろう。ごく少数のウマ娘が発現することがある能力の覚醒……〝ゾーン〟の領域にね」

 

 

 レースを走るウマ娘もいつしか壁にぶち当たり、能力の限界を感じる。

 その壁を稀にぶち破り、限界を超えた力を発揮することをゾーンと呼ぶのだという。

 

 

「私が見た限り、発動のきっかけは〝直線で差を詰められた時〟に速度が上がっていた。

 つまり、ブラックサンダーの背後にいるウマ娘が追い上げをかけられる事だろう。

 しかし、終盤であの加速は途轍もない武器になる。あのサクラバクシンオーとナリタトップロードでさえ、ブラックサンダーに追いつけなかったのだから」

 

 

 少なくとも、今年のクラシック勢の中では間違いなく最速を誇るレベルになるだろう、とアグネスタキオンは推測する。

 だが、希望とともに問題点と言うものはあるのである。

 

 

『しかし、本人の体力の消耗が激しいのは明らかだ。ブラックサンダーは肉体が成長が本格化してもまだ成長の途中段階だ。

 筋肉や柔軟性を考慮すると、未発達な肉体で負荷の高い加速を使用し続ければ、ただでは済まないのは明白だろう』

 

 ミスターXの言う通り、今のブラックサンダーは組み立て途中の家だ。

 基礎も、骨組みも十分に作られていない不完全な家のようなものだ。

 不安定で、いつ崩れるか分からない状態なのだ。

 

 

 当然、無理を重ねれば取り返しのつかない怪我をするリスクだってあるのだ。

 

 

「ふゥン、勿論サポート側としては全力で走ってもらうために助力を惜しまないさ。

 私のこれまで培ってきたデータと研究成果はこの時の為にあったのだと思うよ。

 彼女は……ブラックサンダーは〝速さの果て〟に辿り着く可能性があるウマ娘なのだから……いや、辿り着いて貰わなくては、何故なら――――」

 

 

――――何故なら。

 

 

 と、アグネスタキオンの言葉はここで止まった。

 頭の中で浮かべて、その意味を再度自身へと問いただす。

 

 

 何故、自分はブラックサンダーに『速さの果て』に辿り着いて欲しいのだろう。

 

 

 至極単純な答えのハズだ。 

 これは自分自身が追い求める最終研究目標、ただそれだけのハズだ。

 

 

 

『……君はそれで満たされるのか、アグネスタキオン』

 

「――――ッッ!!」

 

『ウマ娘は、誰かの願いを背負って走る。そして、いつかは自分自身も誰かに願いを託していく。

 託された者は、覚悟を持つものはそれを受け入れて走るだろう。託した者も如何なる形の運命も受け入れる……指導者、解説者、レースの関係者など。

 だが、キミはどうなのかな?アグネスタキオン』

 

「……これ以上語る事はない、ミスターX。私は、私の望む研究を進めていくだけだよ」

 

『そうか……今は、そういうことにしておこう』

 

 一瞥したミスターXはアグネスタキオンに背を向けて空中浮遊をしながらその場から離れていく。

 マジでアイツ本当に人間なのだろうか、という100人中100人が目撃した同じ疑問を抱くだろう彼の後ろ姿を浮かべながら、アグネスタキオンは彼に言われた言葉を思い返していた。

 

 

―――君はそれで満たされるのか。

 

 

 まるでこちらの心を見透かしたかのように。

 至極当然のように、紡がれたミスターXの言葉が耳にやけに残る。

 

 

 

「悔いはない筈さ。私は納得して、今の私になった筈さ」

 

 

 

 後悔なんて、あるわけない。その筈なのに。

 

 

―――さぁ、可能性を導き出そうかッ 行こう、モルモット君!!

 

 

『中山2000m、道を繋ぎました!アグネスタキオンまず一冠!!』

 

 

 

 レース場に響き渡る鉛のような歓声と。

 己の肉体を日々超越していく感覚と。

 速さと一体になっていく心地良さを今も忘れられない。

 

 

「あぁ、誰かが言っていたな、そういえば。夢というのは、呪いと同じなのだと」

 

  

 どこかのヒーロー番組で登場人物が口にしたセリフ。

 夢を追いかけた者達に対する主人公キャラの『夢』という言葉に対となるアンサーの一つで。 

 夢を叶えられなかった人は、死ぬまで呪われたままなのだという。

 

 

 あの日の胸馳せた想いも、歓喜も、もう味わえないのは分かっているのに。

 夢を友人達に託したはずなのに、自分は終わった者なのだと理解しているというのに。

 時々、いや、シリーズを駆けるウマ娘達を見るたびに思う事がある。

 

 

――――どうして、そのターフの上にはいつも自分がいないのか。

 

 

 

 レースに立ち、走る幻影をアグネスタキオンは見てしまう……見せられてしまう。

 夢を叶えらえれなかった人は死ぬまで呪われたまま……それは恐らく、ウマ娘も同じなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 体育館の使い古された倉庫に、ミホノブルボンは身を隠していた。

 

 

 辺りはしんと静まり返っており、生徒達がこちらを探すような声も聞こえない。 

 それもその筈だ。ここはもう倉庫としての機能はしておらず、今年度中には取り壊す予定の倉庫の為、この場所には立ち入ることが出来ないように出口に立ち入り禁止のテープが張られているのだ。 

 生徒会が指揮を執って進行している筈の倉庫撤去だが、普段の業務やレースで忙しいからか、中にはまだ埃をかぶったマットやらウマ娘の力でボロボロになったサッカーボールや運動靴の類がまだ残ったままである。

 

 

「昼休み終了まで残り10分14秒……ここに滞在して5分経過。

 周囲に人が探しに来る形跡は無し……ファルコンさんやフラワーさんに感謝をしなければ」

 

 

 追跡してくるブラックサンダーや校内の生徒を躱し続けていたミホノブルボンはスタミナ負けしないという自負があるが、それでも多少の疲労はあったのかマットに腰を掛けては息を整えている。

 

 

 

・・・・・このまま昼休みを乗り切り、今日はこのまま早退という手段をとるしか無さそうです。

     先生方やマスターには追って連絡をすれば問題は無いでしょう。

 

 

 チャイムが鳴れば、ウマ娘達も授業を受けるべく元の場所に戻るだろう。

 元々、このバカげた追跡劇も昼休みが終わるまでの時間制限を設けていたのだから。

 全体的に騒ぎが収縮して静まったのを確認次第、ミホノブルボンはトレセン学園を早退する算段であった。

 

 

 全ては、自身のレースの為。

 己のトゥインクルシリーズのラストランとなる、宝塚記念への調整の為なのだから。

 そしてこの選択こそが、自分が考え得る最善最高。

 幕引きに相応しいものなのだ。

 

 

 

「見つけたァッッ!!!」

 

 時間を潰すミホノブルボンの意識を覚醒させるかのように怒号が硬く閉ざされた扉の向こうから響いてきた。

 

「!?」

 

 次の瞬間、ミホノブルボンは目の前の鉄の扉が豪快な音を立てて倒れるのを見る。

 同時に、扉を蹴破ってきたように両足を揃えて倉庫内に転がり込んでくるのは漆黒のウマ娘。

 

 

「……ブラックサンダー」

 

「よう、ミホノブルボン。僕と一緒に〝お話〟、しようか」

 

 

 頭に乗った埃を祓うと、ブラックサンダーは立ち上がってこちらを見据えては長い青鹿毛の髪を搔き上げるのだった。

 




グラスちゃんは邪魔が入らないように薙刀をチラつかせて警備してます。

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

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