だから私は思った。「今日はなんかいける気がする」.と。二冠馬誕生の空前絶後の瞬間に、立ち会える日が来たのだと。
そして私の購入した5000円の3連複券は、スタート開始直後のドゥラエレーデくんの落馬により僅か数秒で紙屑と化した。
こんなレース展開誰が読めるかよッ
「ええーと……これは……」
ウマ娘、グラスワンダーの目の前には自分でもどう説明したらよいのか分からない状況が広がっていた。
トレーナーであるブラックサンダーと共闘し、ミホノブルボンと一対一で話し合いするための時間稼ぎをしたグラスワンダーは言われたとおりに迫りくる学生をちぎっては投げちぎっては投げては追い返し続けていた。
実際は物理的に手を下してはいなかったがグラスワンダーがただ突っ立っているだけで誰も近寄ろうとはせず、命の危機を感じ取った生徒たちはその場から立ち去って行ったのだ。
先程までの喧騒具合はどこへ行ったのだろうか。静寂を取り戻したグラスワンダーは視線をブラックサンダー達が居るであろう体育館倉庫へと向けた時、中から何やら物騒な音が聞こえ中へ入ると。
「どう、いう……」
青鹿毛のウマ娘、悲劇的なトラブルに巻き込まれウマ娘となってしまった自分のトレーナーであるブラックサンダーが今度宝塚記念を最後に引退を宣言しているミホノブルボンをマットの上で押し倒している光景が広がっていたのだ。
「……」
ブラックサンダーが息を荒げながらミホノブルボンの制服の襟に手を掛けている。
大してミホノブルボンは顔を背け、抵抗が無かった。まるでされるがままだ。
駄目だ。どれだけ平静を装っても、頭をクールにして冷静に状況を分析しようとしても答えが導き出されるわけでもなかった。
脳内では不可解な状況に「この人は何をやってるんだろう」という疑問だけが浮かんでくる。
おかしい。確かブラックサンダーは身長が低いウマ娘……幼い感じの……平たく言えばロリの部類を対象に行動を起こしていたはずだ。
ミホノブルボンは今までブラックサンダーが手を出してきたウマ娘の中ではそういった部類には入らないのは確かだ。
――――抱かせろ、のくだりは今もまだ続いているという事でしょうか。
あれだけきつく説教したというのにブラックサンダーはまたしても同じ過ちを繰り返そうとしている。
やはりあれか。男は結局のところ、幼い体型なんかよりもしっかりとした女性らしい体型の方に心が靡くという事なのか。
「男の人っていつもそうですよね」
私達ウマ娘の事、なんだと思ってるんですか。
などというテンプレートセリフを脳内でツッコミを入れながら、グラスワンダーは自分が如何にこの場で冷静な思考が出来ている事に驚いていた。
ブラックサンダーも刺した後はミホノブルボンも一緒に成敗したほうがいいのか。
だが取敢えず手にしていた得物を構え、過ちを犯さんとするブラックサンダーに照準を合わせる。
今度こそ、完膚なきまでにその性根を叩き直してやろうとグラスワンダーが踏み込もうとしたその時、目の前のブラックサンダーが不意に立ち上がった。
〇
事情があるのだと思った。
ミホノブルボンが引退することを。
怪我から復帰し、実力を発揮し続ける彼女が今度の宝塚記念を最後に引退するというのは。
きっと、部外者である僕なんかでは彼女の心中を察することは出来ないのだろう。
事情があるのだと思った。
親友であり、ライバルであるライスシャワーに浴びせるように、わざと聞かせた電話の発言。
嫌いだと、もう一緒に走る事に価値は無いのだと、冷徹なサイボーグの如く言葉を発するのは親友から闇落ちするくらいに勇気がいる事だ。
事情があるのだと思った。
怪我による引退へと追い込まれている自分が、ライスシャワーのレースで救われたようにミホノブルボンもまた自分のレースでライスシャワーを救いたい。
その鋼の如き意志を取り払ってまでも、ミホノブルボンがライスシャワーに故意的に嫌われるような手段を用いることには嫌われる以外に別の意図があるのだと僕は推測したのだ。
レースで決着を付けるのがウマ娘。
レースで誰かの心を救うのもウマ娘。
しかし、そのどちらの枠にも含まれずに零れ落ちていく例も確かに存在するのもウマ娘の一生だ。
もしかすると、ミホノブルボンにとってはこれがライスシャワーというウマ娘を救う最後の手段と考えているのかもしれない。
――――それでも。
「それでも」
僕は立ち上がる。
視線を正面に見据えると、顔を伏せたままのミホノブルボンからは先の電話におけるライスシャワーへの真意を読み取る事は出来ない。
だけど、着崩れた制服を元に戻そうともしなければ、こちらの呼びかけに応じることもない、まるで途方に暮れるかのような佇まいからは確かに、これだけは感じ取れた。
ミホノブルボン、お前は今、途轍もなく「悲しんでる」はずだ。
多分、電話を聞いてたライスシャワーと同じか、それ以上にだ。
「僕はお前を否定するよ。ミホノブルボン」
僕とお前は同じなんだ。ミホノブルボン。
お前は、ライスシャワーを救うために走り続けて来た。
僕は怪我をしたグラスワンダーの為にウマ娘になったこの身で走り続けている。
グラスワンダーが復活することを願って。
ウマ娘の走るレースを通してきたトレーナーとして。
彼女たちが起こしてきた数々の奇跡を目撃して来たファンとして。
僕自身がウマ娘の持つ無限の可能性を信じる一人のウマ娘として。
ミホノブルボンも、そうだったはずだ。
親友として、ライバルとしてのライスシャワーを元気づけさせるために、再起の火をくべるべく走り続けて来たんだ。
だけどミホノブルボンのこの引退はそのウマ娘の可能性を否定するものだ。
同じ想いを掲げている僕が、それを黙って見過ごせる訳が無いだろう。
「その諦めを、絶望を、悲しみを抱いたまま終わる事をお前自身は望んでいない。そして、僕自身も望んでいない。
もし、それがライスシャワーを救う最善の方法だって言うんだったら、僕がその幻想をぶち壊す」
怒り滾る気持ちは目力を強め、しかし口調は乱れずまっすぐ彼女自身を指さした。
「宝塚記念には僕も出る……僕と勝負だ、ミホノブルボン」
もはや迷いなど無かった。
二冠ウマ娘であり、今を尚成長を続けるシニア期絶好調のミホノブルボン相手に喧嘩を売るなどと言う事を。
誰もが無謀だと思うかもしれない。勝算など塵の一つも残されていないと誰がも思うかもしれない。
それでも、と言い続けろ。
だとしても、と言い続けろ。
自分の信じた可能性の未来に。
己の信念を貫き通す為に。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いたの後、僕はその場に居合わせていたグラスワンダーと一緒に倉庫を後にした。
ミホノブルボンは僕の言葉に応える事は無かった。少しだけ反応を見せただけでその倉庫から動く事はしなかった。
学園を騒がせていた鬼ごっこイベントはいつの間にか終息を迎えていた。タイムオーバーを告げる放送が無かったから僕を追い駆ける生徒で溢れているだろうと懸念していたが杞憂に終わったので何よりである。
次のレースが決まった。
相手は強敵シニアのウマ娘、サイボーグ・ミホノブルボン。
その実力は怪我から復帰して尚衰えず。相手にとって不足ナシ、と言ったところだが挑戦者である僕が太刀打ちできるのかと言ったのが現状だ。
レース展開、枠、スタート、それぞれの脚質、データ、自身の疲労、あらゆる要素に於いて問題というのは山積みだが、はてさてどうするかと頭を悩ませていた矢先、僕の後頭部が小さな痛みと共に何かコンッという音を発した。
「いてっ」
振り返るや、そこには長い棒を構えていたグラスワンダーが居た。
ふふふ、という優しさに満ちた笑みを浮かべながらもその内心には何やら怒気の感情が巡っている気がする。
命を背後から握られている気分だった。遊び半分ではない、本気の度合いが伝わるソレは僕を恐怖させるのには十分なものであった。
「ぐ、グラスさん……?」
「ふふふ、なんでもないですよ~?」
「え、でもなんで僕の額に棒をぐりぐりと押し付けて……」
「私、気功砲が見たいんですよ~。天津飯のように、トレーナーさんに第三の瞳を開眼してもらいたくて~」
「おかしい、頭蓋をくり抜くようなゴリゴリって音が聞こえるんだけど気のせい?」
「気のせいですよ」
僕の額に棒の先端を押し付けるグラスワンダーは更に続ける。
「決して私を置いてけぼりにして勝手に話を進め続けた事を咎めているわけではないのですよ~。
クラシック期のウマ娘が果敢にシニア勢のウマ娘と戦うグランプリレースに出ようとしている事に嫉妬しているくらいです」
「ツンデレのレベルが高すぎるッ」
トゥインクルシリーズの前期を締めくくるグランプリレース、宝塚記念。
このレースに出場するウマ娘はほとんどがシニアを迎えるウマ娘ばかりだ。
「とても生半可な覚悟では……至れる頂ではありませんよ」
グラスワンダーの言葉には重みがあった。
確かにミホノブルボンは突出した強さを持つウマ娘だが、宝塚記念に出走するシニア期のウマ娘は彼女だけではない。
しかも、その殆どがG1レースに出走し、好走を納めた強者たちが集まるレースなのだ。
流石グランプリを連覇したウマ娘だ。説得力がダンチである。
「だからと言って、止まる理由にはならない」
覚悟なら、既にこのウマ娘となった身でトゥインクルシリーズを走り出した時に決めている。
止まらない事、進み続ける事。
「不思議だ……もう何もかも、燃え尽きたのだと思っていたのに」
日本ダービーという山々田山能という男が目指した大レースを終え、ゼロになったと思っていたモチベーションが回復していたのだ。
身体が走ることを求めている。
速くなることを望み続けている。
全身の血が沸騰するかのように身体の奥が熱い。
「相手は現役最強のウマ娘で、他にも強いウマ娘がうじゃうじゃいるって言うのに、僕は恐怖はおろか、楽しんでしまっているんだ。
ワクワクする……そして、酷く疼くんだよ」
『俺より強いヤツに会いに行く』。今の僕はまるで強さを追い求め続けるストリートファイター主人公のようだ。
「羨ましいです…とても。きっと、それが私が失ってしまった感情なのかもしれませんね……」
グラスワンダーはそう言って、視線を僕から外した。
怪我をした当初よりも気持ちは上向きになり、再び走り始めたグラスワンダー。
しかし、まだ本調子とは呼べず、かつてグランプリを連覇した闘志溢れる走りには遠い。
不甲斐なさを感じているのかもしれない。闘志を呼び起こせない自分自身に対して。
だけど、今までの事を考えれば身体の基礎作りから始まり、ようやくターフで8割以上の力を出せるようになってきたのだ。
着実に成果は出てきている。故に、僕は尚更止まるわけにはいかない。
「なら、もっと近くで僕を見ればいい。グラスワンダー」
「……!」
彼女の前に立ち塞がる様に佇み、俯いた顔は自然と上へと向けた。
「グラスが全盛期で感じていた熱を……いや、それ以上の熱を生み出してやる。
その目で、鼻で、耳で、口で、身体全体で感じてほしい。
朝も、昼も、夜、練習の時だって――――」
自信満々にグラスワンダーというウマ娘に向けて言う。
脳髄に刻み付けるように、魂に響かせるように。
「二度と忘れられないようにしてやる」
「と、トレーナーさん……」
胸の位置に置いた手をキュッと握る仕草と、頬を少しだけ朱を帯びたかのような表情にグラスワンダーからの気の昂ぶりを感じる。
僕の言わんとしたことが少しだけだが伝わったのかもしれない。
この熱意は本物だ。
嘘ではない、真の心からくるものだ。
未だかつて経験した事のないレースに対する情熱を他者に分け与えたくなるようなこの気持ちの昂り。
『宝塚記念でミホノブルボンに勝つ』。
僕が出走する次のレースが明確になった瞬間だ。
「で、では、私も力の限りトレーナーさんの支えとなりましょう。
あなたがあなたの意志を貫けるように……」
そこには頬のこわ張りがいくらか消え、いつものような柔和な笑みを浮かべるグラスワンダーがいた。
そうなると、次はこの意志をトレーナーであるミスターXに伝えなくてはならない。授業が終わったらあの男に出走の意志を伝えてみよう。
たしか僕宛に荷物が届いているらしく、トレーナー室に呼ばれていた事を思い出す。
ダービーからの疲労の事を考え、春は全休だと頑なに無理を禁じていたから賛同を得るのは難しそうだが。
前書きはただの怪文書なので無理して読まなくても大丈夫です。芝ダート、騎手テン乗り、令和のアグネスデジタルを目指すドゥラエレーデくんは今度の宝塚も走るから皆んなで馬券買って応援、しよう!
ようやくブラックサンダーさんも宝塚記念編へ。このあとは前のお話にもあった「イナズマファンレター」へと繋がります。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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