『よーい、スタート』。
漆黒の巨躯は右腕を振り上げると、二人のウマ娘が勢い良く地を蹴りターフを駆けた。
練習用のコース付近には二人のウマ娘の走りを見ようとギャラリーが形成されている。
新人から、ベテラントレーナー、記者のカメラの視線もある。それだけに、今行われているレースが例え模擬レースにしては注目を集めているのは異様な光景であった。
「シャッ!!」
二人いる内の1人、黒鹿毛のウマ娘が我先にと前へ出た。足早に忍者の如く数歩の加速で先頭をモノにしたウマ娘はブラックサンダーである。
ブラックサンダーが一瞬、視線を後方へと向ける。絶好のスタートを切り、模擬レースを行う前に悠々と余裕そうな笑みを浮かべていたその顔が少しでも焦っていないかと期待はしたが―――、
「フフ……」
期待するだけ無駄だったとブラックサンダーは顔をしかめて、その端正な顔立ちのウマ娘、シンボリルドルフは余裕そうな笑みは尚健在であった。
その表情は余裕とも取れ、まるでブラックサンダーに「お先にどうぞ」と言っているかのようだ。
ならば、とブラックサンダーは視線を、意識を前へと向ける。1バ身の差をキープしたまま直線を征き、
ガッ!!と右足が土を蹴り上げ、最初のコーナーを回った。
距離は芝2200m、右回り、天気晴れ、バ場状態は良。
宝塚記念を想定したこの模擬レースが行われるに至った経緯は元々交友関係のあったシンボリルドルフのトレーナーとブラックサンダーのトレーナー、ミスターXがセッティングしたものだ。
コイツ友達いたのかよと、誰もが思う中、ミスターXから言われたのは
『シニア最高峰とも言えるシンボリルドルフと走れる機会はそうそうない、実力差を今のうちに知っておくことは大事な事だ』
続けて、
『あらゆる要素を感じ取れ。熱を、スピードを、距離感を。自身より遥かに格上の存在を自分がどう感じるのか。
勝利など当然望まない、私がキミに望むのは、キミの内に眠る可能性を呼び覚ますこと。
宝塚記念まで日はないが、私のツテを当りシニアウマ娘との合同トレーニングを行っていく―――キミの武器を磨くんだ』
クラシックとシニアの明確な壁を早いうちに理解すること。
これから多くの格上ウマ娘との模擬レースが待っていること。
己の武器を更なる高みへ。
そんな思惑があるとも知れず、周りのギャラリーは二人の始まったばかりのレースに魅入っていた。
しかし、その注目はどちらかと言えばシンボリルドルフの方に集まっていて、
「皇帝・シンボリルドルフが模擬レース?相手はメジロラモーヌでもマルゼンスキーでも、ミスターCBでもない…」
「皐月賞ウマ娘ブラックサンダーか。威勢がいいな、宝塚記念を前にシニア相手に下剋上か?相手は無敗の3冠ウマ娘だぞ?」
「だがシンボリルドルフのレースを分析するまたとない機会だ。カメラだカメラ!カメラ持って来い!」
「カイチョー!カイチョ―!カイッチョー!ガンバレカイチョー!!」
どこぞの新人トレーナー、中堅トレーナー、ベテラントレーナー、シンボリルドルフ限界オタクのウマ娘など好き勝手な事を抜かしながら周りがざわつくのを他所にブラックサンダーは今のレースに集中した。
・・・・・僕の武器はスピード、と……諦めの悪さ!そして、試せるものは何でも試す!
僕の成長補正値はスピードと根性に+15%の補正という、最初期の育成環境では何とも度し難いステータスなのではないかと勝手に自分で想像している。
皐月賞は根性が活きた自分らしいレースだったのだろう。
稍重の中山で上がり3ハロン36.7のスピード(途中で逆噴射)と粘りで勝利。日本ダービーはスタミナ負けはしたものの36.0の上がりで4着。3着とはハナ差だ。
やはり根性、根性は全てを解決する。
咄嗟の事態に動じない、限界速度の維持も根性が必須。
ブラックサンダー育成前のデッキ編成は友人も賢さカードもない、根性6枚編成スピード18因子という驚異のピンクカードの染まり具合となっている。
これならUD評価点も目ではない。
三冠ウマ娘だってそうだ。今こそ、この生徒会長を分からせる時だ。
互いが牽制することもなく静かな立ち上がりの中、レースは中盤の1000m付近に突入。
スタミナの余裕、スピードのキレは増すばかりだ。
ダービー以降のトレーニングの成果が出始めたか、それとも成長によるものか、以前の1000mを通過した際の疲労は感じられない。
今のままなら、2200mの距離などでスタミナ切れを起こさない自信があった。
・・・・・余裕そうじゃないか....なら見せてやる。
距離を詰めぬまま、最後のコーナーを迎えてもシンボリルドルフにはこちらを追い抜く算段というか自信があるらしい。
流石は無敗の三冠ウマ娘だ。面構えが違う。
絶対的な実力、経験がもたらすモノだが、時にそれは油断となり、足元を掬われる原因となる。
ギャラリーが大勢いるのだ。赤っ恥をかくことになってもこちらは知らぬ存ぜぬ。
「それにこちとら勝ちに来てるんでなッ」
踏み込むは一歩、目的は更なる加速、勝利に向けての総仕上げだ。
ブラックサンダーの右脚がこれまでとはアクセントを刻み、地面を蹴る。
シンボリルドルフとのこれまでに不可侵とも呼ぶべき1バ身の差を更に広げようとした瞬間。
「……む」
皇帝・シンボリルドルフが動く。
加速したブラックサンダーとの距離を、僅か0.5秒で帳消しにした。
・・・・・仕掛けに合わせて来た?いや、反応しただけか!それにしてもなんて反応速度ッッ!!
最終コーナーを前に、ブラックサンダーがシンボリルドルフを躱す為には1バ身の差では足りない。
ブラックサンダーの最大の山場における最終コーナーの仕掛けが成功し、尚且つシンボリルドルフとのリードが1.5バ身は必要。
だが、これは全ての要素が成功した場合であり、実際の勝率は30%を下回る。
シンボリルドルフの反応は実戦によって培われた読解力。
数多のG1、ウマ娘とのレースの駆け引きの中で自らが体感した一つに過ぎない。
―――今ここで引き離されるのはヤバイ
そう思わせる何かが、シンボリルドルフの脳内で警笛を鳴らした。
それは、自身の勝利を脅かすもの他ならない。だから動いたのだ。
これがシンボリルドルフ。
これが無敗の3冠ウマ娘。
ただでさえ勝つ見込みの低い算段の勝負が更に低くなった。
もう20%どころか、10%すら残っているかも怪しい。
・・・・・だとしても、このスピードは試したい。
己の持つ限界のスピードの更に先へ。
持てる全てを余すことなくぶつけてみたい。
シンボリルドルフの刻む走りが、息遣いが、心臓の音が、圧力がブラックサンダーの背を打つ。
それはまるで「見せてくれ」と問いかけるように。
応えてやろう、その期待に。
ブラックサンダーが先に最終コーナーに差し掛かる。動くならここだ。
三度目の踏み込みに合わせ、身体が大きく傾く。
「!?」
半バ身の差を詰めていた後方のシンボリルドルフはその光景を見て驚愕した。
ブラックサンダーの身体が内ラチに沿って大きく傾く。ぶつかるのではないかと、そんなギリギリを攻める無謀なコーナーの回り方。
そして聞く。勢いを殺さずに軸足一本で全体重を支える左足から鈍く、絞るような音。
まるで弓を限界まで引き、最大限の力で発射されるかのような。
あれはマズイものだ。無視してはならない。
警笛が再度鳴り響く。
皇帝を脅かすほどの直感がこのウマ娘を先に仕掛けさせてはならないと、自らも加速し、追い上げようとする。
だが次の瞬間、
「えっ!?あ、うぉう!?」
素っ頓狂な声とともにブラックサンダーの身体がコーナーを回り切り前に大きく外側へとブレる。
加速した分の勢いがそのまま外ラチに向かい、斜行ではないかと疑われるくらいにシンボリルドルフの前を横切りながら前へ進む。
そしてシンボリルドルフはその隙を見逃すほど甘くは無い。
わざわざ空いてくれたコースを悠々と直進し、最後の直線でブラックサンダーとの距離を詰め、加速を始めるが。
ブラックサンダーが態勢を立て直し、舌打交じりに直線で加速でシンボリルドルフとの距離を開こうと試みても、一度減速に入った状態で3冠ウマ娘を振り切ることなど出来るわけもなく、最初にゴールしたのはシンボリルドルフであった。
「流石だな、シンボリルドルフは……レースが終わって見れば、3バ身。途中までは良い感じに見えたけど、やはりブラックサンダーに皇帝の相手は分が悪かったか」
「コーナー前であんな無茶な加速したら膨らむのは当たり前なのに……あれがG1を勝利したウマ娘の姿か?」
「宝塚記念の挑戦も結局引退するミホノブルボンを脅かす存在にはなりそうにないな……いい意味で今は引き立て役にはなっているけど」
ギャラリーがシンボリルドルフに歓声をあげ、観察していたトレーナー達の感想は中々に酷評であった。
しかし、レースが終わり、観客のウマ娘やトレーナー達が引き揚げていく者の中には僅かにだが気付く者達がいる。
「へぇ……そっか。ブラックサンダー、面白いね」
皇帝を越えた奇跡の帝王、トウカイテイオーはにしし、と堪えていた笑みを溢れ出させていた。
最初から最後までのブラックサンダーの仕掛けに、気付けた者は一体どれくらいいるのだろうか。
春先に見せたレースと違い、2000m以上の距離に対応が出来ている事実に。
ブラックサンダーの仕掛けに対し、シンボリルドルフが動かされた事実に。
そして最終加速。失敗はしたが、あの加速が成功していたらどれほどのスピードが出ていたのだろうか。
そのスピードが先ほどのレースを覆す可能性があるものならば……そう考えるだけでも、トウカイテイオーの身体が僅かに震える。
「キミは……どんなウマ娘になるのかな、ブラックサンダー」
嬉しくて、楽しくて、もっと見たくて。
自分も負けていられないのだと、そう思わずにはいられないトウカイテイオーであった。
〇
「ミスった」
レースの熱狂は冷めきってしまった。
観戦していたウマ娘もトレーナー達も、それぞれが個人の練習メニューをこなしながらの時間を過ごしている。
手にしたスポーツ飲料水をチビチビ飲みながら、僕ことブラックサンダーは先ほどのシンボリルドルフとのレースを思い返しては頭を抱えていた。
気負い過ぎたのかもしれない。それほどにスピードを求めてしまった。
自分の周りが見えなくなるほどに、自分の身体を制御できないまでに。
「素晴らしい模擬レースに感謝を、ブラックサンダー」
「ルドルフ」
振り返れば涼し気な顔をしたシンボリルドルフがいた。
さっき2000mを走破したような疲労感を微塵も感じさせない。なんて体力だ。
これがスタミナ補正10%の差だというのか。
「驚かされるよ、キミの成長には……春先とは大きく走り方が変わっているし、距離適性にも幅が効き始めている。
特にラストのコーナー……アレには少し肝を冷やした。宝塚記念までには、日の目を見られるのかい?」
「そうしなきゃ、ミホノブルボンに大口叩いた意味がない。必ず間に合わせて見せる」
どうやらシンボリルドルフはこちらの思惑に気付いたようだ。
そうでなければ、最後のこちらの仕掛け前に即座に踏み込んでくる反応など見せる事もしなかっただろう。
ラストのコーナーまでの3段階加速。
それを成功させるタイミングはシビアすぎるが、今は泣き言なんて言ってられない状況だ。
僕の今できる全てを残りの時間を、次の宝塚記念に捧げる、それくらいの覚悟で臨まなければならない。
「健闘を祈るよ……ブラックサンダー。次はどこかのG1レースで、完成したキミの走りと相対したいものだ」
「望むところだ。シンボリルドルフ……次こそはお前を置き去りにしてやる」
夏か秋か冬か、それとも来年の春か。どの季節か分からないけれど、僕とシンボリルドルフは再びレースで競い合うのだと、そう誓ったのだった。
〇
「突貫工事にも程がある叩き上げレースが終わったわけだが、なかなか興味深いデータが取れたじゃないかグラス君」
「はい、タキオンさん」
シンボリルドルフとブラックサンダーが互いに握手をしている光景を遠くの位置で眺めていたウマ娘は制服姿のアグネスタキオンとジャージ姿のグラスワンダーだ。
「昨年と比べて、少し走り方が変わったということに記者やほかのウマ娘達は気づいているのかな?ではグラスワンダー君、キミの見解を聞こうじゃないか」
「そうですね……走りがだんだんと柔らかくなってきたって感じがします。脚で地面を蹴る際の接地時間が短く、それでいて速い、だけどスタミナは維持できている。短距離向けのピッチ走法に近い動きをしているにも関わらず」
「脚が地面を蹴る際のエネルギーは膝や関節や筋肉の負担になる、人もウマ娘も逃れる事の出来ない生理機能。だが蹴り出す衝撃を前へと移動させることによって加速エネルギーとして再利用しているという事だ」
この走法の最大の利点は地面を蹴りだした衝撃エネルギーを加速エネルギーに変換することにより脚部へのダメージを軽減させることが出来るという事に尽きる。
無論、容易な事ではない。この動きを実現させるためには地面に踏み込んだ際のエネルギーを踵→つま先へと即座に移動させるという極めて高度な接地のテクニックが必要になってくる。
「最初は目を疑ったよ。でも結果として、ブラックサンダーはその走りを実現させつつある……更にその先の領域まで見据えているのだから」
「先の領域……」
グラスワンダーの見立てではブラックサンダーが行っている省エネ走法はあくまで脚部負担を無くすメリットが多い。
どちらかと言えば、距離が長いレースに向いた走法だ。宝塚記念を見据えた2200mの距離でこの走り方には必ずしもハマるとは考えづらいのである。
中盤から終盤にかけてブラックサンダーのスピードが跳ね上がるのを見ている。無茶なオーバースピードによるコーナリングがもたらした大きな膨らみだ。シンボリルドルフに敗北した結果だけが残っている。
「あの地面の抉れ方は...」
まるでパイルバンカーを突き刺したかのような穴にグラスワンダーの視線が注がれる。
気づく者は気付く。ブラックサンダーの意図した動きに。
あのコーナーリングの失敗に、今度の宝塚記念の勝敗を分けるファクターがある。
要約するとサウンドマン走法です。
気付けばこの作品の宝塚記念を書き始めて現実では3回目の宝塚記念が行われるんですね。何やってんだよ、3年だ3年。6年間使い続けてたパソコンがついにネットを開いてから開くまで1時間掛かったりといよいよご臨終の気配。こうなりゃスマホでやるしかねぇ。
しかし人間の気力とは長くは続かぬもの。休憩がてらに府中でNHKマイルカップに行ったり3月からの新シナリオをひたすらやり込んだりして文字を起こすことすらしない始末。挙げ句の果てに漫画モンキーターンを見てしまった為にウマ娘×モンキーターンなんてアホみたいな構想を思いついてしまう始末(多分やりません)
それよりも花嫁ガチャが来たんですけどいつになったらグラスちゃんに3着目の勝負服を授けてくれますか。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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