僕自身がウマ娘になることだ   作:バロックス(駄犬

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暑くて駄目ですねー、部屋にエアコン欲しい。


7.稲妻の始まり

「結論から言うよブラックサンダー。今のキミの走りはキミに適した走り方ではない」

 

 

 陽もすっかり落ち切った部屋の灯りがぽつんとついたトレーナールーム。

 操作したリモコンの先に映し出された、3連敗目の映像に一時停止をかけながらアグネスタキオンはそう言った。

 

「中団、もしくは後方からのポジションは先頭集団の動きを見て後半まで脚を溜める事が出来るが、即座に空いたコースへ入り込むレスポンス、そしてポジションを抑え、維持し、抜け出すためのパワーが必要だ。だが、ウマ娘よりも平均的にパワーの少ないキミには最後の直線に入る前に出口を塞がれてしまうだけで抜け出せなくなってしまう。

 私の見立てでは、キミは前を塞がれて、前に抜け出せたことは無い。一度だけあったけど、もう身体はボロボロで結局ほとんどのウマ娘に抜かされてしまった」

 

 

 皐月賞ウマ娘、アグネスタキオンは全てを見透かすような眼で僕を見ていた。

 きっとそこには侮蔑もの意味もない、ターフをかつて駆けていた先輩ウマ娘としての経験則からだった。

 

 

「キミ自身も薄々と勘付いているんだろう?その走り方では、決して勝てないという事を。

 そして、どうして連敗を重ねる中で一度たりとも、作戦を変えようとせず、頑なに後方からの差し切るレース展開に拘っていたのか。

 

 答えは簡単だ。キミは、()()()()()()()()()()()走って勝ちたかったんだ。

 かつての彼女が用いていた差し型のスタイルで、レースに勝つ姿を見せつける事で、彼女の闘志に火をつけてあげたかったんだ。

 キミはかつての〝グラスワンダー〟になりたかったんだろう?

 けど、分かるはずだ……君自身の考えが逆にブラックサンダーの力を引き出せていないことに……言うなれば、それは〝枷〟というものだよ」

 

 

 

 僕の走りは僕の力を出し切れない走りだと。

 今の走りはただの重い足枷なのだと。

 

 

「無理なんだよ、他人の走りでレースに勝つなんて……そんな技量も実力もキミにはない。

 キミは決して、〝グラスワンダー〟になれない……」

 

 

 言い淀むこと無く、その瞳と言葉は真っすぐに、真実だけを告げていた。

 

 

 そうだ。そうだよ、アグネスタキオン。

 全部、お前の言う通りだ。

 

 僕は僕なりに、グラスワンダーになろうとしていたんだ。

 グラスワンダーを演じる事で、レースに勝つことで、彼女の心に火を灯したかった。

 

 

 けど、偽物は偽物で。

 本物に近づこうとしても結局それは本物を見真似た紛い物でしかないのだと。

 

 

 2連敗したあたりから、気付いていた。

 僕は所詮、特別でもない、ただの普通のウマ娘でしかないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 機械によって制御された乱れのない一斉スタート。

 扉なんて視界に入れていない。ただその扉の開いた音だけを合図にして脚で地面を蹴り出す。

 

 

・・・・・良いスタートだ。

 

 

 乾いた芝はこの上なく地面に力を伝えやすくて、足を取られることもない。

 出遅れることなく、僕は全てのウマ娘達より、前に出る。

 

 

・・・・・まだだ、まだ足りない。

 

 

 出だしの5歩、ここで大きな差を付けなければならない。

 足の捌きをより細かく、短い歩数で加速する。

 

 

『おおっと!スタートと同時にゲートがいち早く飛び出したのはブラックサンダーだ!僅か数10歩で加速!そのまま先頭の位置に付けました!』

 

『他のウマ娘達も決してスタートが悪かったわけではなかったんですが、ブラックサンダー……彼女のスタート技術はこのレースでは群を抜いていますね』

 

『好位置に付きましたブラックサンダー。しかし、これまでのレースとは走り方が大きく異なっています……これは一体!?』

 

 

 

 と、実況席はこんな感じで困惑してるのだろうか。

 はたまた、僕みたいな然程有名でもないウマ娘がちょっと走り方を変えたくらいで注目されることはないのか。

 

 

 だが、真に動揺をくれてやっているのは実況席の人にではない。

 僕の後ろにいる、このレースを走る全てのウマ娘達だ。

 

 

 

「なんだ?アイツ、こんな前に出るレースしなかったはずだけど」

 

「こんなにスタートが上手いやつだったとは思わなかった」

 

「緊張しすぎて自爆したのか……どちらにせよ、ちょっと前に出れたくらいでいい気になってもらっちゃ――――」

 

 

 後ろは確認しない質だが、こんな感じの言葉が耳に届いてくる。

 ウマ娘の聴力とは人間のより能力は優秀だ。

 まぁ、今まで中盤からのレース展開見せてたウマ娘がいきなりこんな先行策を取ってきたらそりゃぁ驚くだろう。

 

 

・・・・・だけど、ただの先行策だと思うな。

 

 

 

「前の娘……ちょっと、これ……っ」

 

「マイルの距離だからペースが上がるのは分かるけど、ちょっと早すぎない……っ!?」

 

「この娘……まさか、この作戦は……〝逃げ〟!?」

 

 

 その通りだよ。

 僕の本日の作戦は、「逃げ」だ。

 

 何人か気づいた娘もいるかもしれない、後ろから聞こえてくる脚の音の間隔が短くなった。

 後ろのペースが上がったんだろうが、そんなのは僕には関係ない。

 足音はどうだろう、今はどれくらい離せてるか……響く音からは判断するに、大体1バ身半くらいだろうか。

 

 

 突出したペースだ。

 このまま野放しにすれば不味い、そんな直感が働いたのだろう。

 でも、集団にはまだ楽観的な考えを持っているモノもいるハズ。

 

 

「いや、このままのペース……焦ったわね、いかに1600mと言えどもそんなハイペースで持つかしら?」

 

「京都の外回りはスタートの直線後に大きな坂があるんだから!」

 

 

 あぁ、知ってるよ。

 京都レース場、外回りには第3コーナーには高低差4.3メートルの大きな坂がある。通称、『淀の坂』だ。

 その後は第3コーナー途中からまた急な下り坂が待っている。

 坂を走るのはとてもパワーも使うし、スタミナも使う。序盤からこんな飛ばしていて、坂でパワーを使いきってしまっては最後の下りから直線でスタミナが無くなってしまう。

 しかも京都の最終直線はゴールまで400mと長めだ。

 

 

 脚は十分に残しておかなければならない、そう思っているのだろう。

 そして、大逃げをかましている僕は終盤で逆噴射して、沈んでいくと思っているのだろう。

 

 

 そうは問屋が卸さない。

 

 

『先頭に立ったブラックサンダー!2馬身と後続を引き離すが、京都レース場には高低差4.3メートルの坂があるぞ!

 序盤からハイペースなレース展開で、果たしてこれまでのようにリードをキープできるのか!?』

 

 

 さぁ、淀の坂を昇れ、ブラックサンダー。

 

 

『ブラックサンダー!ペースは落ちない!?落ちない!?同じく登り始めたウマ娘達に差を詰められるどころか、更に差を広げていっているぞ!?

 この細身の一体どこにこんな豪脚めいた力を宿しているのか!?まるで重力を感じさせない軽やかな走りだ!!』

 

 

 んなわけあるか。キツイんだよこっちは。

 

 

 正直な所、顔で結構やせ我慢してるだけで、内心はマジでキツい。

 ハムストリングスから大殿筋に掛けての負荷が半端ないし、まだ終わりの見えない坂が目に入っただけで心が折れそうになる。

 

 

 登坂走の練習はマジで嫌いだ。

 50m、100mの距離は走ったことがあるけど、70m程度しかないこの坂が今は140m以上の距離に感じてしまう。

 ウマ娘の肉体でなければ、今頃有馬記念で逆噴射したツインターボのような惨状になっていただろう。

 

 

 こんな坂、やり切れるヤツは実はドMなんじゃないかって思うくらいだ。

 あぁ、成るほど。僕か、僕はドМだったのか。なら納得だ。

 

 

 坂を走るなら、極力上は見ない、そして無理に足を後ろに向けて蹴らない。

 最小限の脚の運びでパワーロスを防ぎ、坂に対して並行に足を前に進ませる。

 

 

 今の速度をなるべく落とさない、そうするだけで他のウマ娘達の距離は縮まらない、もしくは開いていく。

 そして高低差4.3メートルの坂を昇り切ったのなら、後は一気に下るだけ。

 

 

「ここからが勝負だぞ」

 

 

 高低差4.3メートルの頂の後、4.3メートルの下り坂に直行する。

 まるで崖から落ちていくような感覚。スタミナも脚も残せていなかったら、下りの加速に脚がついて行かず、転倒することだってあり得る。

 

 

 しかし、僕には問題ない。むしろ、ダウンヒルは僕の好きな部類だ。

 地形の助けもあって、自分が加速していく感覚が堪らなく好きだからだ。

 

 

 足の接地を短く、膝を前に、身体を起こさず余分な空気抵抗を減らせ。

 

 

 肉体が限界を超えていくのを感じる。

 この時だけはウマ娘の最高速度である70km台を超えて80にも100kmにも到達している気がした。

 

 ラスト400mになっても、あれだけのハイペースを続けていたにも関わらず僕の脚は軽い。

 

 

 

 まるで、羽根のようだと自分で思ってしまう。

 自分でも、驚くくらいに疲れというのを感じていない。

 

 

 眼前に広がる芝のみの景色に鼓動の高鳴りは最高潮を迎えていた。

 選抜レースとデビュー戦の時と一緒だ。

 

 

 何者にも遮られず。

 ゴールに向かって伸びるターフ。

 

 

 この時だけはレース場が競技場のタータン、400mレースのバックストレート100mの景色に見えた。

 短距離スパイクで大学時代のユニフォームを身に纏って駆け抜けた過去の風景が浮かび上がる。

 

 タイムを示す電光掲示板。

 スパイクのピンがゴムタータンに突き刺さっては、抜けていく、〝パツン〟という音。

 炎天下、地面が焼けて、鼻につんとしたタータン独特の香り。

 

 全てが懐かしい光景だ。

 『自分にとって最高のレース展開を維持していた記憶』が、僕の肉体の負荷を軽減させ、速度の上限を越えさせるような感覚があった。

 

 

 

 スタートで抜きんでて、初速を殺さず、コーナーを落とさずに最後の直線で出し尽くす。

 体力を残す走り方をしているように思っても、実際はギリギリいっぱいの状態だ。

 

 

 陸上競技種目400mの最後、ラスト100mの時、身体は酸素が無くなってきている状態だ。

 脚は油が無くなったブリキ人形のように動きがぎこちなくなるし、腕の振りは両腕に重しを乗っけられたかのように遅い。

 

 

 レース後は全身が筋肉痛を約束されているようなもので当時、400m以上の距離は長距離だと思っていた僕にとって400mを激走することは死を意味するものだと思っていた。

 

 

 だから、短距離の部門でも僕は400mより多い距離は嫌いだ。今でも。

 ましてや、1600mを元・人間が2分以内で走り切るなんて常軌を逸していると思ってる。

 

 

 

『ブラックサンダー!坂を越え、坂を下り尚も先頭!疲れを知らないのか殺人的な加速を踏みながらハナを進んでいく!後ろのウマ娘にはもはや追いつける望みすらも与えず、自らの影すらも踏ませない!3バ身、4バ身、その差をどんどん広げていくッ!後方のウマ娘も直線に入ってくる!猛追を見せるのは7番メルティロイヤルだ!恐ろしい末脚!果たして届くか!?届くのか!?』

 

 

・・・・・けど――――、

 

 

『ブラックサンダー!今1着でゴールイン!これが本来の彼女の走りなのか!?

 後続を4バ身半引き離してデイリー杯ジュニアステークスを勝利だ!稲妻復活ッ!!稲妻復活ッッ!!』

 

 

「はぁ…っ!はぁ…っ……しんど、い」

 

 ゴールしてから初めて顔を上げて、身体が欲していた酸素を嫌というほど取り込んだ。

 

 

 全身の血が沸騰して弾け飛びそうになる。

 今すぐにぶっ倒れてしまいたい。

 明日は絶対に練習は休む。誰が何と言おうと寝る。

 もう二度とこんなキツイレースなんてしないぞ。

 

 

 そんな事を、レースが終われば、根性なしが言いそうな事を僕は現役時代、度々口にしていた。

 

 

・・・・・だけど――――、

 

 

 

『ワアアアアアアアッッ!!!』

 

 

「なんだよ、皆してこんなに騒いじゃってさ……ダービーにでも勝った訳じゃあないっていうのに……あぁ、でも―――イイよなァ……この時だけは、さ」

 

 

 だけど、誰よりも先にゴールして観客の視線を全て独り占めにする……この時の感情を覚えちゃったらさ、どんな疲れなんてぶっ飛んじまうんだよ。不思議な事にさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラスワンダーの走りを、誰もが「マルゼンスキーの再来」、彼女の事を「怪物」と称した。

 

 

 後半、最終コーナーから素早く抜け出し、芝が捲り上がるほどの強烈な豪脚であっという間に先頭集団をごぼう抜きしていく……その光景を見ていた僕はただただ圧倒された。

 歓声が沸き上がる観客席の中で、僕はただ一人彼女の走りをじっと見ては強烈な衝撃を受けていた。

 

 

 それはまるで、世界最速と呼ばれたジャマイカの英雄、ムサイン・ポルトの走りを初めてテレビで見た時のような衝撃と似ていた。

 

 

 あんな風に豪快な走りをしてみたい。

 あんな風にスピードで他者を追い抜いてみたい。

 あんな風にいつも強く、周りを湧かせられる選手になりたい。

 

 

 あんな風に。

 あんな風に。

 あんな風に。

 

 

 そこには憧れがあった。

 子供が為れもしない英雄になろうとするような、そんな淡い夢を僕は抱いた。

 高校、大学と打ち込んだ陸上で誰よりも速くあろうとして、世界最速の男の真似事をしていた時期。

 あの時の夢を、あの時胸に抱いていた気持ちを僕はグラスワンダーに見出した。

 

 

 僕はきっと、グラスワンダーに憧れたんだと思う。

 

 

 ずっと、傍で彼女の走りを見ていたから。

 三年間、僕の追い続けた理想が、そこに再来したから。

 ウマ娘になって、僕の走り方がグラスワンダーの走り方に行き着くのは自然だった。

 

 

 でも、ウマ娘になって分かってしまった。

 僕には、彼女の力を再現できるような才能も、力もないことを。

 彼女の走りが僕を弱くしている原因になっていることを。

 

 

 僕が強くなるためには、僕自身の夢を追う事を、諦めなければならないことを。

 

 

 ミスターXの言う通りだった。

 僕はずっと、「為れもしない理想をただただ追いかけてるだけ」だったのだ。

 

 

 ごめんな、ブラックサンダー。

 お前は、ずっと前を走りたかったんだな。

 

 差しとか、追い込みとか、先行とかじゃなくて、最初から最後までぶっちぎって、身体がヘロヘロになるくらい体力を使い切って走る「逃げウマ」だったんだな。

 気づけなくて、悪かった。トゥインクルシリーズは僕とグラスだけじゃない、ブラックサンダーというウマ娘とも一緒に駆け抜けなきゃいけないんだ。

 

 

 

 

 ウィナーズサークルの上に立つ。 

 レースに勝利した者のみが立てる栄誉ある場所から観客席に目を向けるとたくさんの声援をこの身に受けた。

 

 

「やるじゃないかメシモットくん!今日は特上人参ハンバーグで決まりだねェ!祝勝会、楽しみに待ってるよ!」

 

「ブラックサンダーさん、おめでとうございます……!これが、貴方の本当の走り……!」

 

 

 アグネスタキオンもグラスも僕の勝利を祝福してくれていた。

 辺りを見渡すと観客席の上部に一際大きな巨体のローブが目立つように僕の視界に入った。ミスターXだ。

 

 

 ミスターX、全てはアンタの計算通りという訳か。

 僕を挑発したのはブラックサンダーが本来の力を出し切れていない事を認識させるためか。

 ブラックサンダーの特性をいち早く見抜いていた。

 トレーナーとしての素質はかなり高いようだ。秋川理事長が信頼に足る人物だと言っていたのも頷ける。

 あの男の事はまだ信用したわけではないが、僕がこの先レースで勝つためにはあの男の助力が必要不可欠になってくるのだろう。

 

 

「いいぜ、やってやるよ……ミスターX」

 

 改めて、このウィナーズサークルで誓おう。

 僕は変わる。変わって見せる。

 今までの自分から新しい自分になる為に。

 グラスワンダーの希望になる為に。

 

 

 僕のトゥインクルシリーズはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 




メルティロイヤルの秘密
①休暇から帰ってくると周りから「痩せた?」と言われる。






大真面目にギャグやる感じが好きなので、シリアスとギャグの振れ幅が大きくなってしまいがち。ブラックサンダーちゃんの脚質は逃げA先行C差しF追込F、距離適性は短距離AマイルA中距離B長距離B金回復積んだり努力すれば長距離3200も走れちゃう。長距離、逃げ……キタサンブラックかな?

この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?

  • スペシャルウィーク
  • セイウンスカイ
  • キングヘイロー
  • キタサンブラック(ロリ
  • サトノダイヤモンド(ロリ
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