トレセン学園トレーナー室。
普段、というか本来僕ことブラックサンダー、本来の名を山々田山能がいつも使用していたトレーナー室でだが。
自分が今まで居たトレーナーデスクを我が物顔で占領している巨体を前に僕は佇んでいた。
そして僕は眼前に広がる非日常な光景にあまり抵抗を覚えなくなっている自分自身に、少なからずとも恐怖を覚えつつある。
「えっと、ミスターX……明らかに人外の産物である両肩から出てる二本の細いロボットアームがパソコンのキーボードを手際よく叩いて、アンタ自身が優雅にお茶を飲んでいる事にこの際突っ込んだりはしないんだけど……取り合えず僕を呼んだ理由を聞かせてほしい」
椅子に座る黒ローブに白の仮面をつけた大柄の男、ミスターX。
胸部に付けられたトレーナーバッジが無ければ不審者と見間違えられる確率100%のこの男こそ、僕のトレーナーだ。
存在が異質すぎて、お前だけ別の世界の人間なんじゃないかと、日ごろから僕は疑っている。
なんせ、移動は常にドムのようにホバークラフトしながら浮いて移動するし、
今行っているパソコン業務もナメック星人の戦闘服みたいな肩部分から細いロボアームが二本伸びて、せわしなくパソコンのキーボードを叩きまくっている。
『これが気になるかね、ブラックサンダー。
人間の脳波と連動して意のままに動かせる運動型
「ま、まぁ……話には聞いたことがある。
交通事故の後遺症で手足が不自由になった人、脳卒中、ALS患者とかの生活が困難な人の為に作られたヤツだろ……?
数十年の間には日本の医療で本格的な実用化が期待されてるって、ちょっと待てよアンタ、どこか身体が悪いのか?」
『いいや、別に』
と、ミスターXはお茶を口元に運んだので、僕はズッコケた。
仮面の下の隙間から器用に飲みながら。
本当に器用だなァ、仮面キャラってみんなこんな感じなのだろうか?そんな事を思う。
仮面キャラの生活習慣というものを動画にしてアグネスタキオンの研究材料として提供し、真相の究明をしてみたいものである。
『特に他意はないよ……とても便利だ。
私の脳波とアームの動きにはラグが少なく、ほぼほぼリアルタイムで動いてくれる。
お陰で、私はこうして脳内で変換したイメージをアームに伝えるだけでお茶を飲みながらでも仕事が出来る……実に有意義だ』
「ただラクしたいだけだろ!」
『フフ、しかしながら私の身体のことを心配してくれるとはキミも存外優しい所があるじゃないかブラックサンダー』
「クソっ、最初本当にこいつの身体の事を心配してしまった自分をぶん殴ってやりたい……」
本当に、こいつの身体は人なのだろうか。
未来から僕をターミネイトしに来たスカイネットの機械兵士ではないかと思うくらい、この男の素性は不明である。
よくよく考えると、秋川理事長が〝詮索無用!〟とか言っている辺り、かなり怪しい気がするのだが。
なんか上手い事はぐらかされている気がするな、と考えているとミスターXが漸く僕を呼びだした理由を口にした。
『ブラックサンダー、まずは初G1レースである
「なんだ今の変な間は……というか一週間前の話をなんで今更……」
むず痒い感じがして、思わず僕は後頭部を掻いた。
面と向かって祝福されると、例え相手が嫌な奴であっても照れるという感情が生まれるらしい。
僕は既に、年内で出場したG1レースである朝日杯フューチュリティステークスで勝利を収めている。
ブラックサンダーの脚質が「逃げ」だと分かり、デイリー杯を制した僕はその勢いのまま初のG1レースである朝日杯を1位で勝利した。
逃げであることを自覚してからは練習メニューも逃げ作戦を意識したものに変わっていったので前回よりもペース、スパートのタイミングを重点に取り組んだ結果が出たのだ。
デビューしてから僕はどうやら同期の中でも最速でG1を制したウマ娘らしく、少しだけ記事に取り上げられていたらしい。
ミスターXは話を続け、
『作戦は以前のデイリー杯から変わらず、〝逃げ〟による先行策。序盤、中盤と先頭を進み続けて終盤後続を2バ身差でゴール。
後半のペース自体は落ちてしまったが、前回のレースから数週間で逃げの基礎をしっかり固め、成果を出していたから驚いたよ。上出来だ、と褒めてやりたくてね』
「褒め、る……?」
背筋におぞましい程の寒気が走る感覚があった。
薙刀を持ったグラスに背後から追っかけ回されるのとは別のベクトルの寒気。
男が男によしよしするような、やべぇ感覚だ。
男版スーパークリークなんて呼ばれ方は我らが母であるスーパークリークに失礼か。
あれほどレース前に罵倒していたくせに、どういう風の吹き回しだ。
素顔すら見えない、性別からして不明な人物からのツンデレなんぞ一体誰が得するのだろうか。
こんなの、流石にあのアグネスデジタルも真顔になるぞ。
『どうした、青ざめた顔して』
「怖いんだよ!アンタ!キャラチェンジ早すぎるんだよ!この前みたいにひたすら罵倒する屁理屈上司だと思ってたのに!」
ミスターXは両肩のロボアームを仕舞うと、やれやれと続けた。
『私も指導者だ。何も感情任せに怒るという事を好き好んで行っているわけではない。
必要だから、例えキツイ言い回しでも伝えるべきは伝えなくては。
数十年前と違い、教育の環境は変化している……昔のようにジャージに竹刀を持って根性論を進める体育教師など、もう存在しない。
教育者にも時代を経るごとに求められることが多くなってくるのだよ。
それは教職をかつて志していたキミが一番よく知っているのではないか、山々田トレーナー』
ミスターXの言う通りだ。
確かにここ数十年の教育の現場は大きく変わった。
あからさまな熱血体育教師はナリを潜めている。
昔のように竹刀を振り回し、根性論で授業を進めようものなら校長、教頭から指導という名のお叱りを受ける。
そして得意分野だけ教えればいい、という風潮は無くなりほとんどの教師は得意苦手に関わらず全ての教科を教えられるようにしなくてはならない。
僕なんて、野球と陸上しかやってこなかったのに教育実習の最初の模擬授業でバスケットボールの授業を補助も無しで1クラスに教えるとなったときは……流石に青ざめた。
サッカーとかバスケとかドリブルが壊滅的に下手クソでダブドリ、ドラベリングは当たり前で。
ボールに突っかかって床を転んだ日には「センセー、ほんとに体育学校で勉強してんのかよー」、「センセーより女子の方が上手いかもね」と言われたときには猛烈に死にたくなったのは言うまでもない。
そしてGTOのアニメを見てメチャクチャ興奮していた『体操服、女子は絶対にブルマ』という鉄の掟は既に撤廃されて膝まで伸びたジャージタイプが近年の平均的な男女揃った体操着姿だという。僕が教職を諦めるようになったのは、そう言った自分自身が抱いていたギャップに打ちのめされたかもしれない。
いや、流石に体操着の件は冗談なんだけど。
ウマ娘のG1以外のレースは全部体操着で中にはブルマの娘もいるから、ヨシ!と思ったけどな。グラスには内緒だ。
『まぁ、教職論はさておき……これで私の提示する最初のレース朝日杯が終わった。
ところでキミに渡したレース計画表、覚えているかね?』
「あぁ、覚えてるよ」
初めてこの男と顔合わせをした日に渡されたレース出走予定表。
最初このレースのローテーションを見て、僕はある事に気付いた。
「朝日杯、毎日王冠、有馬記念、宝塚記念……このレースはグラスワンダーが過去に走ったレースだ。
アンタは、僕にグラスワンダーと同じ道筋を走らせようとしている」
そうだ、とミスターXは頷いた。
『私もこのチームを預かるトレーナーだ。
そしてトレーナーとしてウマ娘の考えにはなるべく協力したいと思っている。
キミはグラスワンダーに闘志を取り戻すきっかけを与えたいのだろう?
ならば、彼女の人生とも呼べるレースをそれぞれ走るというのも効果があると思ったのでね』
「僕はアンタの考えが読めないよ……味方なのか?」
『私はトレーナーだ。
それ以上も以下でもない……好きに捉えてもらって構わない。
私は君にレースを走れるように手配するまでのこと』
ますますこの男の事が分からなくなってきた。
もう思考を放棄して宇宙猫になってもいいだろうか。
ただ一つだけ理解したのは、ミスターXは少なくとも僕と同じで、グラスワンダーの事を何とか復帰させようと考えを巡らせているようだ。
ちょっと待て、じゃあアグネスタキオンは?
そう思った時、ミスターXが言うのだ。
『何故朝日杯から毎日王冠まで期間が空いているか分かるか』
「あぁ、そういえば……デイリー杯から朝日杯までキツキツのローテだったのにここからいきなり九月の毎日王冠までかなり間がある……これは?」
『キミの意見を聞きたかったのだよ、ブラックサンダー……ウマ娘として〝三冠路線〟を取るのか、また〝ティアラ路線〟を進むのか』
そう言ってミスターXは『トレーナー道』という文字が彫られた湯呑をデスクの上に置いた。
三冠、トリプルティアラ。
三冠は皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制したウマ娘がそう呼ばれ。
トリプルティアラは桜花賞、オークス、秋華賞を制したウマ娘がそう呼ばれる。
トゥインクルシリーズでウマ娘がクラシック期に突入した年でどの路線に進むかを決めなければならない。
どちらもG1にして格が高いことは勿論の事、レースを走るウマ娘にとってこの栄誉を手にする機会は一生に一度だけである。
これからクラシック期を迎える僕にとって必要な選択なのは間違いないが、気になる事がある。
どちらもグラスワンダーがかつて走ったことが無いレースだ。
これもグラスワンダー復活の何かしらの意図があるのではないかと思考を巡らせていると、その答えをミスターXは口にする。
『君自身の……ブラックサンダーとして考えてほしい事だ』
「僕自身?」
そうだ、とミスターXは続ける。
『ウマ娘ブラックサンダーとして、グラスワンダーの為ではなく、君自身が目指すのはどちらなのかと気になったのでね。
勿論、三冠やティアラに拘らずプラン通りのレースに専念するのもありだがね……年明けには方針を決めたい……それまで考えていてくれないか』
そう言って、僕とミスターXのトレーナールームにおける会話は終わった。
今までグラスワンダーの事ばかり考えてたから、自分がどうしたいとかまるで考えてなかったな。
唐突にこのような提案をしてくるとは思いもしなかったが、裏を返せば、僕が出たいと思えるレースにはなるべく考慮して出走させてくれるという意味ではないだろうか。
そこに、一体どんな狙いがあるのかは、僕の頭の回転力で測る事は難しい。
しかし、路線かぁ。
三冠もティアラ……どちらも、興味がないという訳ではない。
どのスポーツの世界でも、野球とかの三冠王という肩書というのは一生レース界に残る栄光であり、その栄冠を勝ち取ることは全てのウマ娘の夢だ。
陸上競技をやってた時、100m、200m、400mの日本一になれば陸上界の三冠王になれると思いあがっていた時期があった。まぁ、なれなかったけどな。
せめて僕が二人に分裂出来たら、それぞれの個体で三冠、ティアラ路線を目指せるのにな。
アグネスタキオンに頼んで「ひみつどうぐ、半分こ刀」を作ってもらうように頼んで見ようかな。
この件に関しては、一人で考えない方が良さそうだ。
グラスとか、他のウマ娘に相談してみるのもいいかもしれない。
もう少しすれば今から昼休みだったな、と思いつつ僕はトレセン学園の廊下を歩く。
アグネスタキオンに昼のご飯を届けたら僕もグラスと合流することにしよう、そんな事を考えていた時だ。
スカートのポケットの中、僕の携帯端末が震えるのが分かった。
スマホの画面を見て、メールを受信した通知があった。
そういえば僕はこのウマ娘の身体になってからレースやトレーニングで忙しかったからメールの返信とかしていなかったことを思い出す。
一応、山々田山能がウマ娘になったことはトレセン学園では公になっていない事であり、彼は海外のトレーナー機関でスキルアップの為の研修に行っているため学園には長期不在、ということになっている。
どちらかと言うと、友達があまり多くない僕にメールを送る者など限られるだろう。
この身体になってからというものの、送られてくるメールの相手はグラスワンダーかアグネスタキオン、そしてミスターXくらいだ。
もしくは不意に開いてしまったいかがわしいサイトだろうか。
今日はさて、どっちだろうか……そして何用だろうか。
そんな事を考えながら、僕はスマホ画面を操作する。
「ん?」
画面を操作し、メールボックスを見て指を、止めた。
そこには数日前から送られてきていたであろうメールが溜まりに溜まっていたのだが、なんとそれは全てが同じ送信相手で。
「未読メール、59件……!?しかもこれは全部、桐生院からじゃないか」
そこに表示されていたのは、僕がこのトレセン学園に同時期で配属になったトレーナーの少女、桐生院葵からのメールであった。
山々田山能の秘密
①ハッピーミークにおっさん呼ばわりされて、その日立ち直れなかった事がある。
山々田トレーナーは桐生院ちゃんやたづなさんとはそれなりに交流はあった方です。(サポカイベント終了済み。
この作品であなたが気になるウマ娘は?(略、今あの娘どうしてるの?
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