そらごとのひめごと   作:カラオケで90点出せない

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誕生日を終わらせないで

 春の桜は死のにおいがする。

 

 だから、あまり好きではない。帰り道に通りかかることすら嫌だ。

 その死のにおいというものは、抽象的なものでしかなくて、きっと誰にも理解されないのだろうとわかっているが。

 

 そもそも高校生にもなってまで、そんなことにおびえていたら男らしくないと馬鹿にされてしまう。

 ゆえに、このことは自分だけの秘密。

 

 桜を避けるように反対側の歩道を通り、ゆっくりと自分の家へと歩いて帰る。

 今日もまた友人はできなかった。そんな空気じゃないと言えたならいいのだが、はやくも和気あいあいとした雰囲気が溢れているので、そこからあぶれているのは自分のせいでしかない。

 

 どうにもならぬ現実の無情。コミュ障に学校生活は難しい。

 もっと友人がいる高校に進学すればよかった、と思うも後の祭り。

 それでもって学校が嫌いというわけでもなかったから、家に帰る足取りが重たかった。

 

「はぁ……」

 

 ため息をつくと幸運が逃げるらしい。

 こんなことをしているから友人ができないのでは? と思う。

 入学して二週間だから焦ることはないのだが、友人がいない学校がこんなにも面倒だとは思わなかった。

 

 帰宅。手を洗ってうがいして、ついでに靴下を洗濯カゴに入れて自室に入る。

 家には誰もいない。一般的な共働きの家庭ならそんなものだろう。

 部屋に入って、タブレットで動画を流しながら、スマホを充電器につなぐ。学生服を脱いで、引っ掛けておく。

 そしてベッドに飛び込んだ。

 

 ぼふん、と音を立てて体を少しだけ放り投げるベッド。枕に顔を埋めながら、スマホを持ち上げてブラウザを立ち上げた。

 

 どこにでもある暇つぶしの1ページ。きっと誰もが似たようなことを行ったことがあるに違いない。

 自分の場合、ほんの少しだけ『楽しみ』が一般的じゃないだけで。

 ──いや、一般的なのだろうか? 自分が知らないだけで、ひょっとしたら誰もが似たことをやっているのかも。

 

 クラスの誰かも、ひょっとしたら。

 まぁもしも本当にいたとして打ち明けることはできないのだろうが。

 

「……小説を書いてるなんてこと、言えないよなぁ」

 

 単純に恥ずかしい、というか。

 

 自慢することでもないし。

 それに対しての反応が怖いし、面倒だし、嫌だというか。

 

 つまるところこれも自分のへたれからくる心因性の何かということで……。

 一歩前に踏み出すこともできない自分がどうにも嫌になってしまう。

 

 このへたれは、子供の頃からあったわけではなかった。むしろ昔は自分からアピールしにいっただろう。

 そう、自分だって昔は──昔はちゃんとできたのだ。

 

 自分がこんなものだと気づかなければ、きっとなんだってできたしなんにでもなれた。

 そんななことを思わないでもない。

 

 自分が誰のために誰にとって、誰であるのか。

 自分自身というものをこうあるものと仮定して。

 それから逸脱することがいつだって怖かった。

 

 キャラクター。

 コミュニケーションにおける、仮面というもの。

 その内側を見せることが何よりも怖かった。

 

 いっそのこと自分がキャラクターになってしまえたらいいのに。

 もしくは、全く別の自分になってしまいたい。そうすればきっとこの恥だって消えてくれるはずだ。

 

 自分の顔が嫌いなわけではない。

 むしろ、鏡で見るぶんには好きなほうだろう。

 そうであっても、自分自身になるためには──自分自身から逸脱したいと思ってしまう。

 

 それが本当に自分なのか、というところはおいておいて。

 

 別に哲学的な話をしたいわけじゃないのだ。

 ただ、単純に、自分の素を出すためにはその演技をする必要があるというわけで。

 それは自分自身にとって演技ではないから、別人になりでもすれば演技で通せてしまうという気がするというだけ。

 

 本当にそうである必要はない。

 でも思ってしまうのだ。

 もしも本当に自分が自分じゃなかったら、素直に自分が出せるのだろうか。

 

 もしもそうなら、自分は一体何になれるのだろう。

 きっと何者にもなれる。そう言えたならいいんだけれど。

 

 そんなことできもしないだろうから、今日もこうやって小説に対して自分の思いを吐き出している。

 

 共感は求めない。

 小説の()()をした、ただの独白だ。

 そんなものに共感を示されても迷惑だし、自分は自分でしかないのだから誰かと同じだどうだとかいう話は好きじゃない。

 

 ……こんなに我が強いところが、自分のへたれを意固地なものにしているのだろうか。

 

 指を止めて、天井を眺めた。腕が疲れてきたのでおろす。じっと宙を眺めていると、なんとなく自分が浮いたような気分になってきた。

 宙ぶらりん。眠気が襲ってきたようなものだ。

 

 熱に浮かされたような気分で、どこかふわふわとした気持ちで、いやに多幸感に包まれて、呟く。

 

「──おれが女だったらよかったのかな」

 

 借り物の一人称と、借り物の話し方。

 それにわずかに加えた本音。

 いったいどうして、そんなことが冗談でないことがあるのだろう。

 

 だからこれは冗談だ。

 そういうことだと定義するしかないのだ。

 

 部屋の中が煙に包まれた。

 

「!?」

 

 意識を奪いにくるような、まとわりつく煙が気持ち悪くて、振り払う。

 しかし無駄だ。手でかきわけたところで効果はなかった。体にびっしりと張り付くような気がして。

 

 違和感を感じるくらいの高揚感と、跳ねすぎて飛び出していってしまいそうな心臓と、反比例するように薄まっていく意識。

 

 そこで意識は、吹き消したようにかき消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「かくして契約は完了だ。対価は今後ゆっくりと徴収していく」

 

 なんて言葉が聞こえて、ゆっくりと意識が浮上する。

 何が起こったのか。未だに脳がとろけるような感覚が鮮烈に焼き付いている。

 窓の外は暗くなっていた。それを認めて、意識から逸れていたものへと向き直る。

 

「……誰?」

 

「哲学的な質問だ。俺は一体誰なんだろうな? オマエからして、俺は何に見える?」

 

「不審者」

 

「正解だ。これ以上ないくらいの正答だろう。そして一つ付け加えるのなら、俺はオマエの飼い主でもある」

 

「……はぁ?」

 

 意味のわからないことを語る、異常なくらいに長身の男。

 八尺様、というやつはきっとこのくらい大きいのだろう。部屋に収まりきらないところを、身を屈めてどうにか入っている。窮屈そうだ。

 

 長身に生まれなくてよかったな、と場違いなことを思いながら、おれはあぐらをかいてじっと男を見た。

 

「飼い主って、何? どういうこと?」

 

「自分の声を聞け。体を見ろ」

 

「は?」

 

 と、ここで気づく。どうやらこの怪訝な声は、間の抜けた高さと違って、純粋に高い音。

 多少落ち着きこそあるが、一歩間違えれば甲高く鬱陶しい声になってしまうだろう。

 そんな気がするくらいには、声は高く、細く、薄い。

 

 ──女性的。そんな言葉が頭に浮かんできた。

 いやまさか、いやいやまさかと体も見てみよう。

 そこにはものの見事に、女の体があった。

 容姿不語(かたらず)

 

「どうしてこんなことに……」

 

「オマエが望んだ。俺が叶えた。対価はオマエから恒常的に供給してもらう。

 つまりオマエは俺の奴隷だ。せいぜい苦しめ」

 

「死ね」

 

 腕を掴まれた。

 そのまま、指を絡ませるようにして手と手が触れ合う。

 握りつぶされた。

 

「いッた──」

 

「対価としてオマエから提供してもらうのは、俺の楽しみ」

 

 さらに腕に伸びる手から逃げるように上半身を思い切り後方に引く。

 勢いよく後ろに向かうから、がん! と壁に頭をぶつけてしまった。

 痛い。

 べきべきに折れてしまった手を庇いながら睨みつける。

 痛みに涙が溢れてきた。

 

 ことここまできて気づかないほど鈍感なものはいないだろう。

 目の前に立っている男は、まごうことなく化け物である。

 人智の及ばないタイプの、人をいじめることにまったく躊躇いのないタイプの化け物だ。

 

「じゃあその俺の楽しみってなにかっていうと、それは単純で明快だ」

 

 なんとなく予想がついた。

 

「人の苦しむ姿が見たい。それも嫌がる相手を無理やりにいじめ抜いたときの反応がみたい」

 

「ド変態!」

 

「そして俺は知りたい。一体何が俺のアイデンティティなのか。真実の俺はどこにあるのか。

 これはあくまでも根源的欲求に従っているにすぎない。極めて機械的な代謝でしかない」

 

「付き合わされるほうの身にもなれよ」

 

「とはいえ、そう都合よく付き合ってくれる存在もいない。そして俺は()()なわけだ。であれば、相手にするのは女の方が好ましい」

 

「……つまり」

 

「だから俺は、『女になりたい』という欲求を持った男の中から俺の責め苦に耐えられそうな相手を選ぶわけだ。男をチョイスする理由ってのは気楽に恩を売れるってのと、気の強いやつが多いのと、そのじつ痛みに下手な女より弱いからなんだが」

 

「クソカスだ……」

 

 まぁ黙って聞けよ、と男は言った。

 

「そういうわけで、俺はこれまでだいたい……二十回は越えたかな? そのくらいには実験をしているわけだ。しかしどうにも参考にならないし、途中で反応が鈍くなるから面倒だ」

 

「……で? つまり?」

 

「オマエは壊れないといいなってこと」

 

「死に晒せ!」

 

 顔にそっと手を当てられた。振り払おうとしたがその前に首をねじられる。

 首から嫌な音が鳴ったのを感じて、声を出そうとした。余計に痛くて、結局かすれた声が溢れるのみ。

 

「……ぅ、ぐ、ぐ」

 

 無理やり頭を回転させて、もとに戻す。

 

「いい表情だ。よくわかっただろう? オマエには死すらない。よかったな。俺が飽きるまでは不老で不死だぞ」

 

「くたばれぇぇ──!!」

 

 もう、魂の絶叫だった。

 それでもあまり迫力のない声なので、明確に声帯の調子が変わっているのだろう。

 

 そしてその声が聞こえたのか。

 部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「あ、父さん!」

 

「誰だ!」

 

 泣きそうだったが(正確にはもう泣いてた)、姿が変わっている以上どうしようもない。

 なんとか気を取り直して、俺は手を掴んで訴える。

 

「おれだよ! ■■■■!」

 

「■■? そんなわけないだろう。何を馬鹿なことを言っている! ■■はどこだ!?」

 

「だーかーらー! おれがそうなんだって!」

 

「話にならん……早くこの家から出ていけ! さっさと! いますぐに!」

 

「ひえっ」

 

 引っ張り出してきたのだろうカッターが向けられる。

 内心全泣きのおれは、スマホだけ持って窓から飛び出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現実は物語とは違う。当然の話だが、起こったことがことなだけに、物語と同じ進行を期待しなかったかと問われると、当然期待した。

 それならばこの出来事は夢だとか、幻想だとか、そういった言葉で結論が出せる。

 

「でもそうじゃないんだもんなー」

 

 想像しうる限り全てが自分にとって嫌な方向に進んでいる。

 不利益は重なるものだということはわかっているが、それでも現状最悪を重ねて行かれるのは心にくるものがある。

 

 女になって。

 妙ちきりんな長身の男に奴隷扱いされ。

 挙句の果てには家から追い出されると。

 

 こんなに非道な現実があっていいものか。

 

「何を言ってるんだ。現実は常に非道だろう」

 

 と、男は言った。

 

「……なぁ」

 

「何だ?」

 

「男だとか、オマエだとか。そんなんで呼ぶのも面倒だろ? 名前を決めようぜ。とびっきりイカした名前がいいな。オマエのぶんをおれがつけるから、オマエはおれの名前をくれ」

 

 そう言って、少しだけ名前を考える。

 

「……よし、おれは決めたぞ。『ビリー』ってのはどうだ」

 

「……」

 

 男は、残念なものを見る目でこちらを見た。

 

「日本でビリーだと? 馬鹿じゃないのかオマエ」

 

「身長から考えて日本人名乗れるわけないだろ馬鹿じゃないのかおまえ」

 

 抱き潰された。

 全身の骨がぐちゃぐちゃになった。

 そんな痛みにわんさか涙する生ける屍を未だ抱きかかえながら、男は行く宛もなく歩いていく。

 

「じゃあおまえにいい案でもあるのかよ」

 

「刹那輪廻」

 

「……。いいんじゃないか?」

 

 キラキラネームのような感じがするけど、なんかいい気がする。

 

「じゃあ、おれの名前はどうかな?」

 

「奴隷」

 

「死に晒せ……あッちょっとまって痛い冗談だから!」

 

 手遅れである。

 またもぐちゃぐちゃになった全身がひどく痛む。

 

 歯が欠けそうなくらい食いしばって、声が出るのを耐え忍ぶ。

 そんな俺を見て、男──輪廻はひどく楽しそうだった。

 

「じゃあ、おれの名前は……■■■! これでどうだ!」

 

「好きにすればいい。俺はオマエ自身のことまで否定する気はないからな」

 

 とのことで。

 かくして名前が決まった。

 

 ここから何かが起こるのかもしれない。ひょっとしたら何も起こらないのかもしれない。

 

 願わくば後者がいい。

 そう思いながら、そうはならないのだと知っていたので。

 

「……はぁ」

 

 不幸のきっかけになったかもしれない、ためいきをまたついた。








 書き溜めないです。ざけんなや 続きが出せん クソカスが
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