そらごとのひめごと   作:カラオケで90点出せない

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刹那輪廻

 夢を見た、ような気がした。

 

 実際のところそれが夢だったのかはわからない。寝ようとして、目を閉じて、そこからほぼ一瞬で映像が駆け抜けていったのだから。

 夢なのだとしたらやけに明瞭だった。登場人物は女と化した自分であり、相対していたのはなにやら知らない男だ。

 どうやら二人の関係性は良好らしく、いわゆるカップルかというくらいには距離感が親しくあった。

 

 予知夢ではないだろう。なにせ時代が違っているのだから。

 身につけている衣服は古臭い──よく言うのなら、ヴィンテージなものだったのだから。

 ひと目で繊維が違うことが見て取れるものだ。

 自分もファッションに詳しいわけではないが、それでも時代に合わせた変遷くらいはわかる。

 

 自分が将来こんな格好するわけもないので、きっと過去を舞台にしたものなのだとすぐに勘付いた。

 

「……夢、かな?」

 

 床に寝転んで不自然なほど静かに眠るバケモノへと目を向ける。

 胸はびっくりするくらい上下に動いているが、まったく寝息がしないので、一瞬『鼻をふさぐとどうなるのか』という疑問が鎌首をもたげた。

 

 やったら確実に痛い目を見るだけだろうから、当然やらないのだが。

 やってたまるか。

 

 ところで、ここはつい先日刹那輪廻が皆殺しにした者たちのアジトをぶんどったものである。

 麻薬を取り扱う連中なだけあって懐は潤っているようで、事務所と呼ぶには窮屈な場所を彩っているのは大量の金品である。

 

『人を殺すと……儲かるよな』

 

 と、我が恐怖のバケモノくんがしみじみと述べていたのが何よりもこわかった。

 自分も殺しに対する意識がどうこうは、あまりない。

 けれども金品ほしさに誰かを殺すようなやつにはなりたくないし、なる気がない。

 

 あくまでも結果的に金になるものをもらっているだけだ。現金も込みで。

 

 だからもうなってるとかそういうことは言われたくない。

 

 言われたくないのだ……!

 

「うーん、寒い寒い」

 

「わちょ」

 

 男が俺をぎゅっと抱きしめた。

 体から異音がする。冗談のように強く抱きしめられたせいで、また骨がきしんでいるのだ。

 ひょっとしたら折れたかもしれない。

 

 寝起きでいきなり襲いかかる痛みに、意識が完全に覚醒する。声をがんばって噛み殺して、拷問のような締付けに耐える。

 痛い。当然だ。痛くないわけない。

 怒鳴ってやろうかとも思ったが、それをやると不機嫌なこいつにおれが殺されるだけなのでやめておく。

 

 最近、痛みによって泣いてばっかりだなぁ。そんなことを思いながら、ため息一つをそっとはいた。

 

 もちろん、やつに気づかれないように、だ。

 

 最近は、ほんとについていない。

 こんな体になっていじめられていることもそうだし、こんな体になったことで外を歩くときにいやな目で見られることもそうだ。

 もう、全てが面倒くさい。

 

「──セツナ」

 

 と、ふと、そんな声がした。

 

 寝言のため、かなりふにゃふにゃした声だったが、それでもその単語はやけに明瞭に聞こえた。

 

 かなり情感たっぷりの声だった。様々な感情が入り混じったものだった。

 足にふれる熱量の塊が、ぐぐっと力を増した。

 

 こんな悪魔のようなヤツでも興奮とかするんだなぁ、などと思いつつ、びっくりしたせいで体をぴくりとも動かすことができない。

 まさか驚いて硬直するとは思わなかった。エロ漫画のようなセリフでもつければ、文脈としてはまんまになるだろう。

 

 しかし、そんな冗談を言える気分でもなかった。

 

 なにせ、この男が呟いた言葉は──何かしらの意味を含んだ記号なのだから。

 

 セツナ。

 セツナリンネがこうして呟く、セツナという言葉に意味がないはずがない。

 かならずどこかに意図や思いがあるに決まっている。

 

 決めつけ、というか──いや、これは信頼なのだろうか。

 あるいは、自分自身が思いたいだけなのかもしれない。

 

 こいつの行っていることに意味と、意図があって、遊びでこうしておれをいじめているわけではないんだと思いたいだけなのかも。

 

 そうだとすれば浅ましいと思った。

 けれどそれでもいいと思った。

 

 その浅ましさが、ある意味で自分らしさなのだろう。

 そして未だ萎えない、足に当たるこの情念の塊も。

 

 ──でもまぁ、おれは絶対に受け入れたくはないのだが。

 

 

 

 

 

 

 実のところ、この最低な生活にもそこそこ慣れてきて、そのそこそこに応じるように刹那輪廻との関係性もそこそこ良好になってきたように思う。

 

 最初は不遜が服を着て歩いているような男だと思っていたのだが、最近はまた違うものなのだとわかってきたところだ。

 

 なんというか、彼はかなり自分勝手ではあるのだが、ある特定のルールに従って生きているような気がするのだ。

 常人が行わないことを常人離れしたその能力で行うのだが、なんというか──それでも、ただ漠然と生きているだけのおれと比べると違和感を覚えるくらいには人間みがあるのだった。

 

 人間味があるというのは決していい意味で使っているわけではないが。

 

 意思を用いて悪を為すのが人間なのだから、バラエティに富んだ()()()を受けているとき特に「あーこいつ人間ちっくだなー」と思ったりするのだ。

 やめてほしい。

 

 ……意外な話であるが、『自我』についての話題では特にこいつと話があう。

 同じ悩みを共有するということはかなり重要なファクターなのだな、とよくわかった。

 

「人間らしい食事というのは数年ぶりだな」

 

 なんてことを、刹那輪廻は言った。

 

 回転寿司チェーン店にて、だ。

 彼は惜しげなくその長身を衆目に晒し、座っていてもひと目を集めている。おれも無関係な立場だったら絶対に彼を見ていただろう。それくらいには、彼は異常な体格をしていた。

 

 彼の言葉に対して、おれは回ってきた寿司──いかの皿を掴みながら、眉を寄せて返す。

 

「おまえ、これまでそんな劣悪な食生活だったの?」

 

「実のところ、食事は腹を満たす意図でしか行わないからな。

 人間のように栄養素に悩まされることもない。食ったものをエネルギーとして吸収するだけだ」

 

「ふーん。ところで、今はおれを食べてるんだけれど。味付けとかってほしいの?」

 

「悲鳴でいい」

 

 怖気がした。

 

「今日はしないから安心しろ」

 

 と、彼は適当に話す。

 

 こうして堂々とおれたちの秘密について話している現在だが、まぁたかだか一般客に対して聞き耳をたてる相手もいないだろうということだ。

 それにそこらへんの勘がバケモノは異常に優れているので、こうして声のボリュームは絞りながらも、普通に話しているというわけだ。

 

 はまちを引っ掴んだ男は、ガリで醤油をネタに塗って食べた。

 

「それさー。面倒じゃないか? 普通にぶっかけたほうがいいだろ」

 

「浅はかだな」

 

「あさっ……!?」

 

「考えてもみろ。どうしてガリをつける必要があるんだ?」

 

「え、付け合せじゃないの……? 味変というか」

 

「無学だな。刺し身は現代でいうファストフードだ。相当古くだがな。そんな時代に生魚を取り扱っていたんだぞ。どうなると思う?」

 

「え、腐る……?」

 

「食中毒防止だな。もっと言えば手づかみで食うものだ。指の殺菌の意図もあるだろう。ちなみにわさびにも食中毒防止の意図があるぞ」

 

「へぇー。知らなかった。じゃあ今の時代にこれを置いておく意図って?」

 

「どうして作法になったのか知らんが、今やったように醤油をつけるために使うためらしいな。

 あとは食い合わせの問題だろう」

 

「おまえ、頭いいんだなぁ。びっくりしたー」

 

「来る前にネットで調べた」

 

「その言葉いらなかったよ」

 

 台無しにするじゃん。

 

 ──こうして話すぶんには、やはりかなりマトモだ。

 はじめてあったときのような無理やりさを感じない。

 

 それは──どうしてなのだろうか。

 

 「本当は、人を傷つけたくないんだ」なんてくだらないことは絶対に言わないだろう。

 けれど、こうして話しているとどうにも理知的というか……快楽に踊らされるような男には見えないのだ。

 勘違いかもしれないのだが、なんというか……朝に感じたときのような。

 

 なんらかの意図がある。

 そもそも無理やり何かを手篭めにしたいのなら、どうだってすればいい。

 簡単に人を殺せるのだから、もっと無差別にやってしまえばいいのに。

 

 こいつが人を『殺す』というレベルまで痛めつけるのは、基本的におれのような『被害者』もしくはあの男を『嘗めた』やつだけだ。

 自由にするというのなら、そうすればいいのに。

 

 一体そこになんの美学があるのだろう。

 

「……おい」

 

「どうした?」

 

「あそこに肥満体の男がいるな」

 

「うん」

 

 刹那輪廻が指差したのは、寿司の皿を大量に積んでいる男だ。

 

 こいつが興味を持ちそうな相手だとは思わない。

 おれは言われたままに彼を見て、そしてどういうことかと視線を戻した。

 

「懸命だな」

 

 おれの顔の動きを見て、彼は言った。

 

「結論から言おうか。あの男は人殺しだ」

 

「はぁっ……」

 

 思わず大きくなりそうだった声を、意識して尻すぼみに。

 叫び声を抑えるより喉への負担は小さかった。

 ……あれで慣れるのはどうかと思うが。

 

「偉いぞ。よくやった」

 

「んー、んー……それはいいとして、一体誰を? おれたちってことはありえないよな」

 

「どうしてそう言い切れる?」

 

「見られてはなかったし、見覚えはないし……なんだろう。こう、ずーっと死んでたせいかさー。死にそうなときの感覚ってのがわかってきたんだよね」

 

 これは本当。

 どのラインでおれは死ぬのか。また、人を殺すときの相手がどんな反応をするのかなども、なんとなくわかってきた。

 

 こいつにはそういう動作がないからよくわからなかったりするんだが。

 

「おまえのせいで一般的な『人殺し』の事情なんかはちょっとずつ見てきたし。なんとなくわかるとしかいえないんだよな……」

 

「……そうか」

 

 じっとこちらを見据える目が、どうかしたのだろうかという気分をもたらしてくる。

 そのままじーっと、バケモノの目がこちらを見て。

 

 どん! と、窓から音がした。

 

「……む? これは……別件か?」

 

 音に反応して窓を見る。

 そこには、顔の全体を血で染めた男が目を見開いてひっついていた。

 

 ……生きている。

 

 このくらいじゃ人は死なない。自分の体感ラインから割り出したその結果に、男を見る。

 

「そのとおりだな」

 

 帰ってきたのは肯定だ。なんだ、と思った瞬間、いやな予感がして、おれはしゃがんだ。

 

「頭下げろ」

 

「なるほど、本当に()は良いようだ」

 

 窓が割れた。

 それは、男の頭からなにかが飛び出してきたせいだ。

 

 貫通力からするに弾丸だろうか? いや、しかし頭蓋骨を貫通するのだろうか。

 押収したもので何度か実験された。そのときの結果は、よく覚えてない。

 大経口ならまた別なんだろうか? しかしそんなものをどうやって日本に?

 

 おれの疑問をよそに、彼はゆっくりと呟いた。

 ポケットから一万円札を取り出し、机に置く。

 

「動くぞ。盾になれ」

 

 ぴん、と手に持った弾丸を指で弾きながらのセリフに対しておれは。

 

「必要あるのかよぉ……」

 

「あるさ」

 

 バケモノが腕を掴んで言う言葉に、ちょっと泣いた。






 キーボードがダメになっててゲーミングキーボード買いました。赤軸。
 日本語配列のやつです。思ったよりいいんですが慣れるまではミスタイプが増えそう。でも打ってて楽しい。

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